三和音本来の美しさ(純正ハーモニー)を構築し、様々な音楽に生かす事によってハーモニーを伝えていく。
それを踏まえて、三和音の美しさを生かせる音楽を中心に以下の種類の音楽を主に扱っていく。
1、ルネサンス期の音楽(純正律成立期の音楽) パレストリーナ、ジョスカン・デ・プレ、バード 等
オクターブ、四度、五度の和音に三度の和音が加わって純正律が成立し、それと旋律とが絡み合って高度な音楽を構築した時代。
独立した各声部の旋律の絡み合いとそれら声部の縦の和音が生み出す純正ハーモニーの美しさという、この時代独特の音楽を再現する。
2、ロマン派の音楽(ミーントーン復権期の音楽) メンデルスゾーン、モーツァルト、シューベルト 等
その前の時代のヴェルクマイスター音律に立脚した構造的でポリフォニックな音楽に対するポストモダンとして、縦の和音の美しさを強調する音楽が発展した時代。
この時代の音楽が見せる、縦の和音の変化によって様々な感情表現を実現する事を目指す。
3、北欧(フィンランド、エストニア、スウェーデン等)の音楽
純正ハーモニーを認識した音楽活動が続けられ、またそうした活動を意識した音楽が作曲されている地域であるので、それらの国々の音楽を扱う事は勉強になる。
4、日本の曲 磯部 俶、多田武彦 等
邦人作品の中で比較的三和音を生かした作曲をしている曲目を取り上げ、日本語による表現を含めた音楽表現を行う。
5、ポピュラーソング
一般の人々に耳慣れた音楽を通して純正ハーモニーを伝える。そのためには三和音を生かした編曲を探したり、独自に作る必要がある。
また、運営上いつでも演奏できる曲を持つために、過去に扱った曲目のいくつかを愛唱曲として継続して練習していく。他に、上記とは違う種類の音楽をSingle流に演奏する事を試みるため、たまに少数扱う予定。
2005/ 2/13 | 香川県ヴォーカルアンサンブルコンテスト2005に参加予定(坂出高校音楽ホール) |
200? | 第2回単独演奏会開催 |
2004/ 2/15 | 香川県ヴォーカルアンサンブルコンテスト2004に参加(坂出高校音楽ホール) 一般の部 銀賞 Beati Mortui、Der frohe Wandersmann(作曲 F.Mendelssohn Bartholdy)演奏(5名) |
2003/ 2/16 | 香川県ヴォーカルアンサンブルコンテスト2003に参加(坂出高校音楽ホール) 一般の部 金賞(3位かな?) 男声合唱組曲「木下杢太郎の詩から」より「3.柑子」「4.雪中の葬列」演奏(7名) |
2002/11/10 | 初の単独演奏会開催 Single Singers First Live in Utazu 2002年11月10日(日) ユープラザうたづハーモニーホール(JR宇多津駅徒歩4分) 13:00開場 14:00開演 入場料 500円(全席自由) 第1ステージ Mass for three voices 作曲 William Byrd
第2ステージ 「みんなでハモろう! ボーカルは君だ!!」
第3ステージ 男声合唱組曲「木下杢太郎の詩から」(メロス楽譜版) |
2002/ 1/13 | 香川県ヴォーカルアンサンブルコンテスト2002に参加(坂出高校音楽ホール) 一般の部 金賞 アカペラ賞(事実上の総合1位) 男声合唱組曲「木下杢太郎の詩から」より「2.こおろぎ」「5.市場所見」演奏(7名) |
2001/ 9/ 9 | 丸亀市の陸軍墓地で開催されたエンゲル祭に参加 「菩提樹」「野ばら」等 式典、単独ステージで計10曲演奏(6名) |
2001/ 1/21 | 香川県ヴォーカルアンサンブルコンテスト2001にグリークラブ香川有志メンバーと共に「Single Singers Unlimited」として参加(坂出高校音楽ホール) 一般の部 金賞(第1位) 男声合唱組曲「木下杢太郎の詩から」より 「1.両国」演奏(5名+助っ人3名) |
2000/11/ 5 | バッカスフェスタ BACCHUS FESTA 第2回関西男声合唱祭に参加 「Finlandia」「The Lord is my Shepard」演奏(6名) |
2000/ 1/23 | 香川県ヴォーカルアンサンブルコンテスト2000に参加(教育会館) 一般の部 銀賞(第3位) 「Finlandia」演奏(7名) |
1999/ 8/13 | 石川県曽々木海岸窓岩で行われた「海辺のコンサート’99」に参加(3名+助っ人1名) |
1999/ 1/24 | 香川県ヴォーカルアンサンブルコンテスト’99に参加(高松テルサ) 一般の部 銅賞 「アッシジの聖フランチェスコの4つの小さな祈り」3、4演奏(7名) |
1998/11/ 1 | 島根県松江市で行われた第1回三市交流音楽祭に出演 「アッシジの聖フランチェスコの4つの小さな祈り」全曲演奏(6名+助っ人1名) |
1998/ 1/18 | 香川県ヴォーカルアンサンブルコンテスト’98に参加(高松テルサ) 一般の部 銅賞 コダーイ男声合唱曲集より3曲演奏(3名) |
1997/ 1/19 | 香川県ヴォーカルアンサンブルコンテスト’97に参加(高松テルサ) 一般の部 銀賞 「アフリカの神に栄光あれ」演奏(4名) |
1996/ 9/14 | グリークラブ香川第7回定期演奏会の打ち上げの席で「Finlandia」「風」を演奏(4名) |
1996年3月、グリークラブ香川の練習後に沢井代表から、 「翌年より香川県でもヴォーカルアンサンブル大会が開催される事が決定した。」との発表があり、 それを機に団内でもその大会に出場するためのカルテットグループ結成の気運が高まり、 その中で川田一郎が井上に「一緒にやろう。」と話を持ち掛けた事から始まる。
その時井上の頭にあったのは、メンネルコール広友会内にあった「除名嘆願 独身会」(1989年当時存在。 現在は解散した模様)に触発された「独身カルテット」とのコンセプトであった。 そのコンセプトに沿ってBassメンバーの田中克明を勧誘。その後、Secに適当な人物が見あたらなかった事から、 当時最年少であったTopの白井昌央を誘う。ここにTop、Top、Bar、Bassと変則的ながら「独身カルテット」Single Singersが誕生する。
グループ名は当初井上が「(独身カルテット)悲しい楽器」を提案するがメンバーの猛反対にあい撤回。 その後、グリー島田氏より現名称を送られ決定。
結成からしばらくたったある日、「独身メンバーに愛の手を」とグリー北島氏の紹介で合コンが企画され、 SSのメンバーも参加する事になった。その二次会で田中のカラオケのコーラスを即興で歌った時、 かつて経験したことがない程のハーモニーを味わい、彼の声の才能に気付く。
通常、日本人の声楽関係者の間では太い声といって、
一つの音を出しているつもりでもその周りの少し高い音やすこし低い音を同時に出している幅の広い声が好まれているが、
こういった声はたとえ音程が合っていたとしても、他の声や楽器の音と合わせてハーモニーを構築する事はできない。
ところが、彼の声は一つの音だけを細く正確に出す事ができるので、
正確な音程の声を重ねると気持ちいい程のハーモニーを作り出す事ができるのであった。
この体験をきっかけに、
長い間筆者の中で燻り続けていた「純正律ハーモニーの構築」というテーマに挑戦しようという意欲が湧いてきたのであった。
しかし、元々合唱経験の少ないメンバーばかりで構成したため理想に向かうには程遠く、 楽器で示した音を正確に出すための発声練習から始めなければならなかった。 さらに皮肉な事に「ハモるための細い声」ゆえにわずかな音程の違いでさえたちどころに周知となってしまうため、 ただでも遅い音取りがさらに遅れて、そこに筆者の難曲嗜好が重なり練習計画を圧迫しつづける事になる。
98年度にF・Poulancの「アッシジの聖フランチェスコの4つの小さな祈り」を演奏する事を決定し、この曲が最大6声部になるため、
97年11月新メンバーにSec、鴨田青、Bass、Y.Hを勧誘。6人体制に移行する。
98年3月、少し以前にグリーに入団していたSec、藤島一宏と会話していた折、SSの話題に興味を示してくれたので入団してもらう。
98年9月、川田の事実上休団を受け、Ten補強のため元Top、TBHを勧誘。現在はBar担当。
99年9月、Sec、児玉英雄を勧誘。
00年10月、グリークラブ香川外で以前からの知り合いであったI.H氏が本HPを見て協力を申し出てくれる。
名誉会員として協力して頂く。
00年11月、謀略をもってTop、北島良仁氏の協力を得る。さらに氏の尽力でTop、香西茂樹氏、Bass、三井英樹氏の協力を得る。
その後、団の方針変更等もあり、なし崩しに団員に。
01年10月、井上の指揮者化に伴い、Bar補強のため藤本英樹を勧誘。
02年1月、Top、Y.K氏を勧誘。
02年11月、Bar、TBH、独自の音楽を追及するため退団。
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