ＳＴＥＲＥＯ ＰＯＷＥＲ ＡＭＰＩＦＩＥＲ ￥１８０，０００
ソニーが１９７７年に発売したパワーアンプ。薄型でシンプルな外観に大出力を秘めた高性能機でした。そして，その内部は
パルスロック電源，ＰＷＭ変調によるデジタル増幅と非常に先進的なもので，現在のデジタルアンプのルーツとでも言うべき
アンプでした。あまりに早く出すぎた名機と言うべきか，その良さがあまり認められないままカタログからも姿を消してしまい
ました。
ＴＡ-Ｎ８８の最大の特徴は，上記のようにＰＷＭ変調によるデジタル増幅方式であることでした。この方式は，入力信号（アナ
ログ）で搬送波である５００ｋＨｚの方形波パルスを変調して，入力信号に比例してパルス幅が変わるようにし，増幅された信
号をローパスフィルターを通すことでオーディオ信号のみを取り出すというものでした。パルスの増幅にはスイッチング素子だけ
でよいため，熱損失がほとんどなく非常に効率がよいのが特徴でした。このような方式であるため，アンプの内部構成も従来
の方式と大きく異なり，入力高速アッテネーター，キャリア発振回路，積分回路，高速コンパレーター回路，ゲートドライブ回路
スイッチング回路，ローパスフィルターからなる独特のものでした。ゲートドライブ回路とＰＷＭ動作の要ともいうべき高速スイッ
チング回路には，ソニー自慢の高速素子であるＶ-ＦＥＴが使われていました。このＰＷＭ変調によるデジタル増幅は，その後
業務用アンプやカーオーディオの分野で生きていきました。そして，最近になってこの方式を発展させ，新しくデジタルアンプと
して登場してきたのは周知の通りです。
電源部は，ソニー自慢の「パルスロック電源」が搭載されていました。これは，トランスレス整流回路で直流（正確には脈流）を
作り，これをスイッチングにより２０ｋＨｚの方形波に変換，小型のトランスを通して電源とするもので，５０Ｈｚ，６０Ｈｚ等のハムが
発生せず，パルス幅で一定電圧になるよう制御しているので，たとえ，ＡＣ電源９０Ｖ〜１３０Ｖまで変動しても小出力時から大
出力時まで極めて安定した電源供給能力が得られるという利点を持っていました。逆にスイッチングによるパルスから発生する
バズの影響が問題となるため，シールドは厳重に行われていました。この「パルスロック電源」は「デジタル電源とも」言われそ
のメリットは大きかったものの，上記の問題点が嫌われ，消えていってしまいました。しかし，最近になってクレル，リンなどの海
外製の高級アンプにも採用されるなど，もう一度脚光を浴びつつあります。デジタル技術が発達した今，シールド技術も高くなり，
そのメリットをより生かせるようになってきたからでしょう。その意味でも，「早く出すぎたアンプ」といった感じで，その先進性は今
見直されるべきかもしれません。
以上のような先進的な技術の複合により，極めて高効率で安定動作のアンプとなっており，発熱が少ないためヒートシンクも不
要で，かつ電源トランスも小型のもので充分なため，１３５Ｗの消費電力，高さ８０mm，重さ１１ｋｇの小型・軽量ながら，１６０Ｗ
＋１６０Ｗ（８Ω）の高出力を発揮しました。音の方は，デジタル臭さや冷たさを感じさせず，滑らかで明るく伸びの良い音で，暖
かみもある癖のないものでした。あまりに早く出すぎた先進技術の固まりのようなこのＴＡ-Ｎ８８の設計の基本的な考え方に今
時代が追いついてきたと言えるのではないでしょうか。
以下に，当時のカタログの一部をご紹介します。
