東西落語特選

始末の極意



客人 えー、すんまへん、いてはりますか?
始末名人 ああ、お前さんか、まぁ、どうぞ、こっちお入り。どうじゃな、この間はあれこれと、始末、倹約てなことについて話ししたけれども、あれから少しはやってるか?
客人 やってます。やぁ、わたしもね、始末、節約てなことについては人にはちょっと引けをとらんと思うてましたが、いやぁ、ああたには恐れ入りました。いゃぁ、ほんに、よう考えてはる...ただねぇ、ああたの始末にはちょっと危ないことがある
始末名人 なんじゃ、その「危ない」ちゅうのは?
客人 ああた、この間言うてはりましたやろ、「一枚の紙を三通りに使う方法」ちゅうの
始末名人 ああ、そうじゃ。世間の人らみな、紙に字を書いて、用がすんだらくしゃくしゃっとしてポイとほかしてしまう。あんなもったいないことしたらいかんぞ。字はもう書けんでもや、他のことに使えるやないかい。考え方の幅を広げなほんまの始末はでけへんで。そうやないかいな。字が書けいでも、鼻くらいはかめるやないかい。鼻かんだからちゅうてこれをポイとすてるようではまだまだやで。裏表よーにお日ィさんにあてて乾かして、これをお便所へ持っていって落し紙に使う。いやいや、ほんまにやるかどうかは別として、考え方の幅を広げないかんという話しや
客人 そうでんねん。こらええ話しきいたなぁと思いましてなぁ、いつもやったら真っ黒けになるまで書いた紙はクシャクシャ、ペッと捨ててたとこを「ここやな!」と思うさかいに、これをお便所へ持っていた...
始末名人 い、いやいや、違うがな、さきに便所へ持っていてどないすんねん、やるんやったら、さきに鼻をかむんやがな
客人 いや、わたし、さきにお便所へ持っていったんですわ...で、お尻拭いて、これを裏表よーにお日ィさんにあてて、乾かしてこれで鼻を...
始末名人 おぉ、これこれ、それ何をすんねん!
客人 も、もうちょっとでえらい目にあうとこやった!
始末名人 それなにをすんねん! ほんまに無茶したらどもならんで。ものごとはよーに考えてせなあかんけれどや、考え様によっては無駄なものは何一つ無い。鉛筆の削りカスやなんか風呂の焚きつけにしたり、下駄の鼻緒の古いのなんか羽織の紐にしたりやで...
客人 そ、そんなんできまっかいな!
始末名人 いやいや、実際にするかせんかは別として、物事の考え方の幅を広げることが大事や。
客人 いや、そのことでんねんけどね、わたし、今日はあんたに誉めてもらおうと思うてきましたんや
始末名人 なんや
客人 その一本の扇子がおまっしゃろ、この扇子を十年もたせる工夫ちゅうのを考えましたんや
始末名人 ほほぅ、一本の扇子を十年もたせる...どういうふうにします
客人 へへ、半分だけ広げますねや。ここがコツでっせ。半分だけ広げて、丁寧にていねいに、こう、ゆるゆると扇ぎまんねん。こうすると、夏だけのことですからな、上手に使えば五年はもちます。五年経ってボロボロになった頃に、残りの半分を広げたら、あと五年もつ勘定でんがな
始末名人 なるほど。で、十年たったあとはどないする? 十年もつ、ちゅうことは十年しか使えんちゅうこちやで
客人 いや、そらそうですがな
始末名人 ふっふっふ...わたしならな、十年は愚か、我が身一代はもとより孫子の代まで一本の扇子を伝えてみせるで
客人 扇子一本で!?
始末名人 おまはんみたいにやなぁ、半分広げるてなケチ臭いことをしてたらいかんなぁ。始末とケチとは違うちゅうことをわきまえなあかんで。そんなもん、パーッと鷹揚にひろげんといかんで。そこでおもむろに、扇子は動かさんと、顔の方をば、ブルブルブルブル...
客人 ンなアホな! そんなん涼しいことおまへんやろ!?
始末名人 ...暑い
客人 そんなアホな!
始末名人 暑さをいとうていては始末はでけん
客人 ンなアホなこと言うてたらあきまへんで! 訳の分からんことを!
始末名人 はっはっは... ところで、おまはん、このごろ、どんなものを食べてかい?
客人 へぇ、このごろは三度さんど塩ですわ。最初のうちはゴマ塩ふってましたけどな、考えてみたらゴマだけよけいですわ。贅沢でっせ。そやさかいに、このごろは塩だけですわ。あれより安いものはおまへんやろ
始末名人 まぁ、な。塩もええけど、あれ...減るやろ?
客人 減るやろ...て、減らんものおますか?
始末名人 おまはん、梅干し、やったことないか?
客人 梅干しくらいのもん、一番に試しましたが! けどあきまへん。朝に梅干しの皮、食べまっしゃろ。で、昼に身をおかずにして、夜は残った種をペロペロねぶって塩気も何も無いようになるまでねぶりつくして、終いには半分にパコーンと割って中の天神さんまで食べても、一日に一個は手荒いと思いまっせ...
始末名人 お、おまはん、梅干し一日に一個食べるやなんて、そんな贅沢な暮らしをして、ローマの王侯貴族やあろまいし、そらあかんで!!
客人 へ、梅干し一個は贅沢でっか?
始末名人 贅沢やないかい! 梅干してなもの、食べるやなんて、いったいどこの誰から教わったんや! あら、食べるもんやない、見るもんや
客人 見るもんですか!?
始末名人 見るもんや。梅干しをひとつ小皿の上に乗せとくやろ。ご飯とお箸を持って、これをグググーッと睨むぞ。この時に想像力というものを働かせなあかん。「この梅干し、口にいれたら酸っぱいやろうなぁ...」実際に口の中に入れた気になってやらなあかんで。するとや、人間のからだちゅうものは不思議なもんでな、酸っぱい唾が口のなかに湧いて出てきよる。これをおかずにご飯をいただくんじゃ。これはうまいぞ。
客人 へぇ、あんさん、そんなことしてますのん? ...けど、そんなことばかりしてたら身体がもちまへんで
始末名人 おまはんの塩まんまとたいして変わらんと思うがなあ。ま、たまにはわたしかて、お汁の一杯もこしらえて吸うぞ
客人 えぇ? あんたが? ほんまでっかいな。あんたのこしらえるお汁てなものは塩を湯に溶いたような...
始末名人 そんなみみっちいもんやない。わたしのこしらえるお汁は、ほんまもののかつお節のダシが十分にとってあって、お汁の実には菜くらい浮いてるという結構なものや
客人 そんなもん作ったら、銭がかかりますがな!
始末名人 それが一文もいらんねや...ふっふっふ...教えてやろうか? ...教えてもええが、よそで言いなや。人にやられるとこっちがやり難うなるからな。

まずかつお節やがな、町の乾物屋へ行って

「ちょっとすんません。贈答品にしたいんで、かつお節が二、三十本欲しいねやが、ちょっと見せてもらえませんかなぁ」

と声をかける。ほしたら向こうは商売や。長いのや細いのや、あれやこれやと見本を出してきよるやろう。

「なるほど、一口にかつお節ちゅうても、いろいろと種類があんねんなぁ。うーん、ここで決めてしもうてもええねんけどなぁ、うちの嫁はんがボヤキでなぁ、なんで一言相談してくれません? とかなんとか言うて三日も四日もグズグズ、グズグズ言うてどもならんねや。どうやろか、何種類か見本をうちまで届けてもらえんやろうか」

こういわれて、嫌や、てなこという商売人はいてへんで。よろしゅうございます、ちゅうて風呂敷きに入れてうちまでついてきよる。家の前まで来たら玄関先で、

「お咲、いま戻った。いやいや、こないだ言うてたかつお節の一件やけどな、いま、乾物屋はんに見本になんぼか持って来てもろうてんねん。ちょっとこっち来て、見てもらえんか...おい、お咲? おーい!? ありゃ、留守か...留守ではしょうがないなぁ、困ったなぁ...乾物屋さん、すまんけどこの見本、一晩預からせてもらえんかいな。今晩嫁はんと相談して、明日には必ず返事するさかいに」

家は分かってる、乾物屋、安心してこれを置いて帰るわな。さぁ、これからや。このかつお節、欠いたり削ったりしたらあかんで。形が変わってしまうよってな。中でもいちばん太うて上等そうなのを一本、丸のまま鍋の中へザブーンといれてしまうな。これをコトコト、コトコトと煮込んで、ダシを十分に取るだけ取りきった段階で、これをそーっと引き上げるな。で、これをかまどの灰の中に埋めるな。これで水気が取れてしまう。この後、ひとばん軒下に吊るして干しといたら次の日にはきれいに乾いてしまうがな。このままでは艶が無くなってしまうさかいに、これを荒縄でキュキュキュキュッと擦るな。するとピカーッと艶が出て、他のと見分けがつかんがな。翌日、乾物屋が

「どないなりました?」

てなことを聞きに来るやろ。

「ああ、あれなぁ...すまん、いやぁ、実はな、きのう嫁はん出かけてたやろ、あれなぁ、かつお節買いに出てよったんや。夫婦の考えることはよう似てるわ。かつお節何十本も買うてきてよってなぁ。すまんけど、もう買うてしもうたもんはどうにもならんさかいに、今回はそっちを使わせてもらうわ。またなんぞで埋め合わせするさかいに、今回はこれ、引き取って」

とダシを取りきったかつお節を、他のといっしょに返す。事情を知っててるわしが見てもどれかわからんくらいやさかいに、もちろん乾物屋もわからんわな。そんなくらいやから店にも迷惑かけん、損もかけんとダシが取れる。これ、ええやろ
客人 ......いや、そら店には損はいかんやろうけど、そのかつお節、買うたお客はどうなります?
始末名人 そら、災難やなぁ...なんぼ炊いてもダシも何もでん...そんなもん買うたらいかんわ。品物はちゃんと選ばんと
客人 ンなえげつないこと...あんたにはかないまへんわ...ところで、菜の方はどうしますねん?
始末名人 菜か。これはな、八百屋はんやなんかで買うたらあかんで。朝早うに玄関の前にむしろを敷いて待つんじゃ。なるべく乾いてささくれ立ったようなのがええで。そのうちにな、近在のお百姓が間引き菜かなんかを天秤棒で担いで売りに来よるさかいに、これを呼び止める。

「もし、すまんなぁ、うちとこ家内が多い。十人くらいいてるさかいに、それ全部欲しいねやが、なんぼにしてくれる」

「全部だすか、お安うさせてもらいます」

「安うて、なんぼや。ただか?」

「た、ただではよう売れまへんが、五十銭でどないだす」

「五十銭...まぁ、これだけで十銭なら安いとも言えるけどなぁ...おまはん、これ中までぜんぶええ菜か? 虫食うたりしおれたりしてないか?」

「檀さん、そんなややこしいもん持ってきますかいな」

「まぁ、いっぺんここに全部出して広げて見せてや」

「へい、よろしおます」

お百姓、むしろの上にバーッと広げよる。

「なるほど...うん、こらなかなかええ菜じゃ。よっしゃ、これ全部もらおう。ただ、五十銭ちゅうのはちょっと高いなぁ」

「檀さん、朝商いでっさかいに、多少ならまけさしてもらいまっせ」

「そうか...どうや、これ五銭にまからんかぇ?」

「ご...なんとおっしゃる?」

「いや、五銭にまからんか、ちゅうてんねん」

「五銭...ああ、なるほどね、五十銭のところを五銭まけて、四十五銭にね」

「な、なにを勝手なこと言うてんねん。五銭ちゅうたら五銭やないかい。五銭で買う、とこう言うてんねん」

こう言うたら百姓、怒りよるで
客人 そら怒りますわいな!
始末名人 「馬鹿にしなさんな、盗んで来た菜でもそんな値で売れるかいな!!!」

ちゅうてギャギャギャギャッと菜をかき集めて帰ろうとしよる。そこを呼び止めるな。

「ちょっと待ち、待ちぃて。嘘やうそや、冗談やないかいな。だれがそんな値で買うかいな。まあ、もういっぺんここへ菜、置いてように見せて」

「檀さん、朝商い、忙しいおますねん。なぶらんようにしておくなはれ」

「あんなもん本気にするほうがおかしいやないかい。買うちゅうたらほんまに買うやないかい。すまなんだなぁ、悪かった。腹たったやろ」

「立ちました」

「よっしゃ、色つけよ。わしも男やで。色をつけるとなったら二割り増しの三割り増しのとケチなことは言わんで」
客人 そ、そんなん五銭の二割、三割てなんぼでんねん!
始末名人 「そうやなぁ、これだけの菜やからなぁ。五銭ちゅうのは無茶や。よっしゃ思い切って倍の...十銭でどうや」

今度は百姓、ものも言わんで。ギャギャギャギャーッと菜、かき集めると、ギッとこっちを睨み付けて

「覚えてけつかれっ!!!」

と捨てぜりふ残して行てしまうちゅうやっちゃ。人間、短気起こしたほうが負け、ちゅうのはここやで。むしろのケバケバやら、あちこちに菜がいっぱいくっついたぁるやないかい。これを丹念に拾い集めたら、三日や四日のお汁の実に事欠かん。こんなんどうや?
客人 はぁーっ、えらいことしまんねんなぁ。下手したら、ゴーンと一発、いかれまっせ
始末名人 まぁ、一発もろうてコブができたら、今日も身が増えたなぁとでも、思うとかな、始末はでけんぞ。

おまはん、これくらいでビックリしてたらあかんで。こないだなんか、一銭玉二枚、二銭やで、二銭切りで住吉さんへ参詣して、四つの社のことごとくにお賽銭を上げて、帰りに買い物の一つもして、お尻から煙が出るほどたばこを吸うて、ご飯を十分によばれて土産までもろうて帰った、ちゅう話し、どうや?
客人 えぇぇぇっ!!? 二銭でそんなこと、できまっか??
始末名人 できるかできんか、まあ、あたしの話しを聞きなはれ。住吉さん、これは御近所じゃで、ちょくちょくお参りさせてもろうてます。まず、お賽銭やな、これはするべきものやで。二銭の銭のうち、一枚をまず下の社の賽銭箱の前で...中へほりこんだらあかんで。賽銭箱の縁に乗せて、よーに十分に拝んでやな、「お下がり頂戴します」、ちゅうてこの一銭をもろうて、次の社へ行って、また、賽銭箱の縁に乗せておんなじように拝んでやな、拝んですんだら「お下がり頂戴」ちゅうて順々に拝んでいくねや。最後に本殿まで来たら、今度はポンポーンと景気ように賽銭箱にほうりこんで、「みなさんでどうぞ」と...

まぁ、相手は神さんのこっちゃさかいに、わしが、わしがとおっしゃることもなしに、あんじょう分けはるやろう。問題は残りの一銭や。

裏へ回ると駄菓子やがある。一銭出すと大きな飴を二、三個包んでくれるわいな。これを自分で食べてしもうたらあかんで。あたりで遊んでる子の中からしつけの行き届いてそうな、可愛いて素直そうで、賢そうな、ええとこのボンてな子供を見つけて、「ぼん、これあげましょ」ちゅうて上げんねん。これ、こましゃくれたハナ垂れガキにやってしもうたらなんにもなれへんねんで。その場でガリガリ、と食べてしまいよるさかいに。子供の選び方が肝心やで。

ええとこのぼんや。その場で食べてしまうなんてことはせんと、うちへ持って帰りよる。その後を見え隠れにつけていくねん。

「これ、よそのおっちゃんにもろうたんや」なんて言うてるところへちょうど通りあわすようにいかなあかん。ここらの呼吸が難しいで。ま、初心者は十ぺんやったら七、八へんはしくじるで。

「あ、あのおっちゃんや!」とこどもに言わしたらもうこっちのもんや。母親としてはほっておけんやないかいな。

「これはこれは、うちの子が結構なものを頂戴いたしましたそうで」

「なにをおっしゃいますやら、礼を言うてもろうたらご損がいきまっせ。あぁ、お宅のぼんぼんでしたか。いやぁ、あんまりにも可愛らしいもんやさかい、つい手が出てしまいました。よそからのもらいもん、ほんのお裾分けですさかいに、気にせんとっておくれやす」

「ほんとにありがとうございました。今日は住吉さんにご参詣? ご信心なことで。うち、ここですねんわ。よろしかったら、ちょっと上がっていかはったら?」

「いや、そんな図々しいことを...あ、そうでおますか? いやぁ、今日は朝から出かけて来ましたんでな、ちょっと脚が疲れてますさかいに...ほな、ちょっとだけ御厄介になりましょか」

てなもんやな。上がり口のところに座り込む。お茶、お茶菓子、煙草盆くらいは出るやろ。お茶をすすりながら、懐からカラの煙草入れを取り出す。これは初めからカラや。そのことは重々承知の上で、相手にカラや、ちゅうことがよーに分かるように、おもむろに...いま気がついたような顔で

「お...煙草、切らしてしまいましたなぁ、御近所に煙草屋さんは?」

「うちのも煙草吸いますの。お口にあいますかどうか、どうぞ、お試しになって」

「あ、そうですか。これはすんまへんなぁ、いやいや、煙草飲みが煙草切らしたらどもなりまへんわ。ほたら、遠慮なく...あ、お茶、もう一杯だけもらえまへんかなぁ」

ちゅうて相手を奥へやっておいて、カラの煙草入れいっぱいに煙草を詰め込むな。あと、相手の煙草入れの中の煙草をフワーッと...バレんように、ちょっと細工だけはしとかんならんで。あとは自分の煙草入れは懐になおしてしまうな。煙草は向こうさんのをなんぼでも吸うたらええねんからな。

煙草を吸うてはお茶を飲み、茶菓子をつまみ、また煙草を吸い、ゴヂャゴヂャ、ゴヂャゴヂャ言うてるうちに、昼時分になる、向こうのご亭主が帰ってきよる。玄関先に見慣れん男が座ってよる。どなたはんや、てな顔しよる。向こうの奥方が言いよるわ。

「あなたからもお礼をおっしゃってください。うちの子にほんに結構なものいただきましたの」

亭主は、まさか飴玉二個やとは思わんがな。ナニ、貰いよったんや、てなもんや。

「いやいや、うちの坊主がえらい結構なもの、ちょうだいいたしましたそうで」

「いや、なにをおっしゃいますやら、しょうもないもんでんがな!」これはホンマやで。

「けど言うてまんねん。うちらの子せがれは、モノをもろうてもじきに口の中にほうりこんでしまいまんねんけど、お宅のぼんは違いまんなぁ。しつけがいき届いてま。ちゃんとお母さんに見せに帰らはるやなんて、賢い、しつけの行き届いた、可愛らしい、ええぼんぼんで!」

ちゅうて頭のひとつも撫でてみなはれ。子供、誉められていやがる親なんてあらへんで。

「可愛いやなんて、そんなことおまっかいな、ほんまだっせ、はは、はははは、ははははははははは...つ、つらいなぁ。おい、お前、何をボヤボヤしてんねん、早うお昼のご膳をさしあげんかい 」

ちゅうことになるやろうがな
客人 なりまっか!?
始末名人 なるように持っていかなあかへんがな。そこですぐに上がったらあかんで。いちおうは遠慮ちゅうモノを見せとかなあかんで。

「ナニをおっしゃいますやら。初めて伺いましたばっかりで、お昼まで呼ばれて帰るやなんて、それではあんまりにも図々しい! いやいや、これをご縁にちょいちょい...あ、そうですか? あんまりお断りしてもかえって失礼にあたりますさかいに、ほたらちょっとだけ」

と、ここは間を計って、うまいこと上がり込まなあかへんで。いっぺん間をはずしたら、二度と言うてくれんさかいに。ま、急なことやさかいに、ごちそうはないやろうけどな、贅沢言わなんだら、米の飯だけは、晩ご飯は食べいでもええ、ちゅうくらいに十分に詰めこまなあかんで。

さて、ここで、なんぼ無いちゅうても必ずあるのがお漬物や。これをふた切れほど残しておいて、ご膳の後で懐から懐紙を取り出して、これを包むような、包まんような...これも相手から見えるような、見えんような...

「あ、どうぞ、そのままにしておいておくなはれ。決して汚いなんて思わしまへんよって」

「なーに、汚いと思うてしてるわけやおまへん。このお漬物、奥さんが漬けはったんでっしゃろ、そうでっしゃろ。店屋で買うたらとてもこうはいきまへん。結構なお味やおまへんか。うちのカカも毎年やってますけども、不器用でね、どうかしたら腐らしてしもうたりしますねん。今日、これを頂いて帰って、カカに、漬物ちゅうものはこういう具合に漬けるんじゃぁ! と、言うて聞かせようと思いまんねん」

「まぁ、妙なものがお気に召しましたこと。そんなもんでしたら、ここに何本でもおまんねやわ。これ、お清! 五、六本、包んで差し上げて!

と、これで土産ができたがな...
客人 はっぁーっ......感心も得心もしましたわ...あんさんにはかないません...しかし、あれですなぁ、始末には肝心かなめの、ここっ、ちゅう極意が、あるのとちゃいますか?
始末名人 ん! えらいこと、言うた!
客人 そ、そんなえらいこと言いましたか?
始末名人 えらいこと言うたな。おまはん、ちょいちょいえらいことを言うな。今まで言うてきたこと全部をやったからというて、財産ができるわけでも、世渡りができるわけでもないで。始末は肝心かなめ、ここ! という極意があるのじゃ!
客人 ...す、すんまへん、わ、わたいに、その極意、ちゅうのを、教えてもらうわけにはいきませんじゃろか...
始末名人 ......おまはんは見込みがあるさかいに、教えてあげよう。取りあえず、庭へ出なはれ
客人 へ、よろしゅう!
始末名人 さ、礼は言わいでよろしい。この極意が伝授できるかどうかは、おまえさん次第じゃ。そこに枝振りのええ、松の木があるじゃろ、で、横に梯子が転がったぁる。その梯子を、松の木に立てかけて、取りあえずトントンと、登りなさい
客人 木へ登るんですかい? 始末の極意と、木登りと、なんぞ関係がおますのか?
始末名人 文句を言わいでもええ。わたしが始末の極意を伝授するのじゃ。上りなさい...登ったか? 登ったら、その横に伸びた枝に、両手でぶら下がりなさい。ブラーンとぶら下がる...下がったな。ぶら下がったなら、梯子をはずす
客人 ......ちょ、ちょっと...ナニしはりますねん...そんなんしたら危ないがな...わたい、軽業の稽古をしたいのと違いまっせ...
始末名人 ええから、言うとおりにしなさい。まず、左の手をはずす
客人 ひ!? 左手をはずす!? は...はずしました...
始末名人 よっしゃ。次ぎは右手の、小指をはずしなはれ
客人 小指でっか? は...離しました...
始末名人 よっしゃ。やっぱりおまはんは見所があるで。さ、今度は薬指を離しなはれ
客人 ...薬指...も...は な し ました...
始末名人 よし、始末の極意の伝授は目前じゃ! 今度は中指をはずしなはれ!
客人 中指! ななななな、なな、な、なな、な、なかゆび...はずしました....
始末名人 よし! いよいよじゃ。 今度は、人差し指をはずしなれ!
客人 人差し指を...あ、あほな! そんなもん、はなせまっかいな! 落ちてしまいますがな!
始末名人 離せんか!
客人 離せません! こればっかりは離せません!!
始末名人 これ、離すなよ! これ、離さんのが始末の極意じゃ!
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 「始末」とは「節約」「倹約」といった意味である。

 この噺、文章で書くと、いったいどういうオチなのかよく分からない。そういう意味で、「見立てオチ」であり、高座で見るべき噺の一つだが、その徹底したケチぶりが頭一つ分抜きん出ているので、取り上げた。『饅頭恐い』もそうだが、上方落語はちょっとした素材を思いきり膨らませるのが得意である。

 肝心のオチだが、高座で見ると、木にぶら下げられた男を演ずる噺家は上に掲げた握りこぶしを小指から順に開いていく。そして、最後に中指を離した時、天を突くがごとくに掲げられたその手はいかなる形をなしているか、想像して欲しい。人差し指と親指で輪を作る...伝統的に「おゼゼ」を表す形になってはいまいか。つまり始末の極意とは「おゼゼを離さない」こと、というオチである。



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