東西落語特選
悋気の独楽
悋気 (りんき:嫉妬、焼きもち、ジェラシー) は女の慎むところ、疝気 (せんき:漢方で言うところの腹・腰の痛む病気の総称) は男の苦しむところてなことを昔から言うてございますが、悋気、焼き餅も適度に焼いておりますとまことに色気があってようございますが、檀さん夜分に帰りが遅いと、御寮さんはじっとしているわけには参りませんな。「どないしてはんねんやろかいな」てなことを思いながら行ったり来たりしておる。お店では若いものが大勢寄って話しをしております | |
御寮さん | 番頭さん |
番頭 | へ、御寮さん (ごりょうさん:商家の奥さん) 、なんでおます |
御寮さん | 檀さんお出かけになったらおかえりが遅いさかい、あんさん方、ねむとおすやろ |
番頭 | へへっ、恐れ入ります |
御寮さん | あんた、檀さん今日、どこへお出かけになったか知らんか |
番頭 | へぇ...今日檀さんがお出かけになった時分には、わたくしは帳面を調べておりましたので...えぇー、檀さんがどちらへお出かけになったか、へへっ、一向に、存じまへんので |
御寮さん | これ、常七。あんさんは檀さんどちらへお出かけになったか知りまへんか |
常七 | へぇ、わたい、その時分には三番蔵へ入っておりましたので、檀さんがどちらへお出かけになったか、ちょっと... |
御寮さん | ああ、そうか..これ太七、あんさんは? 檀さん知ってやないか? |
太七 | へ、御寮さん、何とおっしゃいました? |
御寮さん | いや、檀さん知ってやないか、と聞いてますのや |
太七 | へへっ...御寮さん、ご冗談を...わたい、十三のおりにこちらへご奉公に上がらせてもろうて、今年二十八でございます。十五年間、檀さんの顔、明け暮れ見せていただいてよう知ってます。檀さん、色の浅黒い、苦みばしった、ええ男でおます |
御寮さん | な、なにを言うてますの! 檀さんがどちらへおでかけか知りまへんか、と聞いてますのや! |
太七 | あぁ、そうでっか...そら、知りまへん |
御寮さん | 玄助 |
源助 | へへ、存じまへん! |
御寮さん | ま、まだ何も聞いてないやないか |
源助 | へへ、いずれおっしゃるやろと思うて、口開けて待ってました |
御寮さん | ま〜ぁ、玄助と言うただけで「存じまへん」やなんて...どうせあんた方は檀さんづきでっしゃろ、同じ穴のキツネや! |
太七 | コ〜ン! |
御寮さん | だれやぁ、ほんなこと言うのはぁぁぁぁぁぁっ! |
御寮さん、お店でなぶられたというので、台所と店との間の襖をばバシーッと閉めて、内らへ泣いてお入りになってしまいました。 さて、奥で針仕事をしていた女中が「雀のお松」「雷のお松」とふたつ名をとります女中で、この店に年古くから住み、しっぽが二股に分かれて、丑みつ時に行灯の油をぺろぺろ...とは舐めまへんが、まぁ、それくらい、海千山千のおなごでございます。梁の上を歩いてるネズミがこの女中のクワァッ、というひと睨みで心臓麻痺でポトッと落ちるという、俗に言う「ネコ要らず」の女中でございまして、 | |
お松 | ま〜ぁ、御寮さん、どう遊ばしたんでございます、泣いてござるやおまへんか、御寮さん、何かございましたんでございますかぁ? |
御寮さん | お松、聞いておくれ。あまりにも檀さんのおかえりが遅いので、お店へ聞きに行きました。番頭に聞いたら帳面を調べていたので知らなんだ、常七に聞いたら三番蔵へ入っていたので知らなんだ、太七に「檀さん知ってやないか?」と聞いたら「十五年間、檀さんの顔、明け暮れ見せていただいてよう知ってます。檀さん、色の浅黒い、苦みばしった、ええ男でおます」やなんて。「檀さんがどちらへおでかけか知りまへんか、と聞いてますのや!」と聞いたら「あぁ、そうでっか...そら、知りまへん」やなんて...「玄助」と名を呼んだだけで「へへ、存じまへん!」「まだ何も聞いてないやないか!」と言うたら「いずれおっしゃるやろと思うて、口開けて待ってました」やなんて...「どうせあんた方は檀さんづきでっしゃろ、同じ穴のキツネや!」と言うたら、誰や「コ〜ン!」やなんて... わたいがおなごやと思うてみなでバカにしてからに... ウウウッ...それが悔しいて、悔しいて... |
お松 | ま〜ぁ、御寮さん、さようでございますかぁ...い〜ぇ、何でございます、お店の人らぁはみな檀さんづきでございますえ、御寮さん、気ぃつけなはれや、御寮さん、何でございます、今日はな、定吉どんがお供して参ったんでございますえ、お帰りになったらちょっとおっしゃらなあきまへん。い〜え、わたくしが付いております。大丈夫でございます! 御寮さん、おっしゃれや、そらちょっとはおっしゃらなあきまへんえぇ...おっしゃれやぁ |
御寮さん | まぁ、お松、よう言うてくれはったなぁ、あんただけやで、こないに言うてくれるの...あ、ちょっとこれな、この間小間物屋さんが持って来てくれはった、かんざしなんやけどな、わたしにはちょっと玉が大きいてちょっと派手なように思う。あんたじゃまでなかったら、頭かきにでも使うて |
お松 | ンまぁ〜あぁぁぁぁぁっ、御寮さん、このような高価なものを女中ふぜいがいただきましてはバチがあたりますがな! とんっでもございません! 何をおっしゃりますやら...御寮さん...そうでございますかぁ? あえて辞退はかえって失礼にあたりますさかいに、それでは遠慮無しにちょうだいいたしておきます。いや、御寮さん、ちょっとはおっしゃらなあきまへんぇ。 いや、話しをせんとわかりまへんがな、わたいこれでも所帯止みですの。へぇ、うちの村にゾンゾロ坂の茂左衛門というひとの息子で茂吉という人がおりましてな、それはそれはええ男でございますの。夏祭なんかになりますとな、やぐらの上で、それはええ声で唄いはりますの。その茂吉とわたいとがええ仲になってしまいまして、一夜ならともかく二夜、三夜と度重なりますと親の耳に入って参ります。親の許さん不義いたずらをしたとひと騒ぎでしたけどな、中に入ってくれる人がありまして、所帯を持たせてくれました。 最初のうちはよろしゅうございましたけどな、男というものは悪性なものでございますな、村にお小夜後家という因業なばばがおりまして、そこの娘におちょねというのがございましてな、そのおちょねと茂吉とがええ仲になってしまいまして、わたいもう腹が立って腹が立って、そこの家へ怒鳴り込んで行ってやろ、と村の中途までやって参りますとな、その二人が向こうから手ぇつないでこっちくるやおまへんか、それでわたい言うてやりました。「こら、親っさン、たまにはうちに帰ってきたらどないや」そしたら茂吉が「家で悋気したからというて、外で男に恥をかかしやがった!」とわたいを突き飛ばしたやおまへんか。わたい、不意を突かれたもんやさかい、そばの池にころこんで落ちてしまいまして、やっと這い上がってくしゃみしたとたんに鼻の穴からどじょうが三匹も飛んで出たやおまへんか! まあ、家へ帰って親に話しをしたところが、「そんなど不精な男はいっそのこと別れてしまえ」ちゅうて別れ話しを持ち出したところが、御寮さん、どうでおます、「手切れ寄越せ」とこんなこと申しますやおまへんか。村にアゴたの軽兵衛ちゅうて口の軽い手軽い男がございまして、これが間に入りまして銀二百匁で別れ話がまとまりました。まぁこんなこともございますでな、御寮さん、ちょっとはおっしゃれゃ、おっしゃらなあきまへんえ〜ぇぇぇぇぇぇ! |
御寮さん | まぁぁぁぁぁ〜ぁっ、お松、よ〜ぉぅ、言うてくれた、あんただけや、こないして言うてくれるの。あんたがこないして言うてくれるさかいに、わたいほんまに気丈夫な。 あ、この付け襟やけどな、ちょっとわたいには色が派手で、若返ったようで恥ずかしいさかい、お松、じゃまにならんかったら、あんたふだんの襟にでも着けて |
お松 | ンまあぁぁぁぁぁぁ〜っ、御寮さん、このような高価な品を女中ふぜいがいただきましては罰が当たります! ま〜ぁ、さよでございますか、あえて辞退は失礼にあたりますさかいに、そうなれば頂戴をいたします。ほんまに御寮さん、ちょっとはおっしゃらなあきまへん、おっしゃれや、おっしゃれやぁぁぁぁぁぁ〜っ |
常七 | おい、ちょっと見てみい。お松のガキ、御寮さんのノドの下はいっとるがな |
太七 | へ〜ぇ、そらえらい狭いとこ入りよったんやなぁ |
常七 | ちゃうがな、おっしゃれや、おっしゃれや言うて、ちょっとの間にえらい銭儲けしとるがな |
太七 | へぇ、そらえらいぼろいことしてんねんなぁ...よっしゃ、わいもちょっと行て「おっしゃれや」言うて来るわ |
常七 | あかんて、お前、さいぜん「コーン」ちゅうたやないか |
太七 | え、そうか...こら、えらいこと言うてしもたなぁ...もう、こうなったら「スココンコ〜ン!」ちゅうてこましたろか! |
常七 | ンなこというたら、怒られるで! |
とお店の方はワイワイ言うておりますが、一方、檀さんはお妾さんの宅で... | |
檀さん | これ、お艶、今夜はわしゃもういぬのが大儀になった。こっちで寝るで |
手掛け | ま〜ぁ、そうでしたらもっと早うおっしゃればよろしいのにィ、定吉どんがぁ、さっきから待ってはるやおまへんか |
檀さん | おぉ...定が待ってたか...そら可哀相なことしたな。 定にはな、本家へ帰ったら、「檀さん、竹内さんとこへおこしになったところが、渡辺さんや小林さんがおいでになっておって、碁がはずんで、碁のお相手をせんならんので今晩はいねん。火の元に注意して先に寝るように」とこう伝えるように言うて、先に帰して |
檀さん | ま〜ぁ、それでしたらもっと早うにおっしゃればよろしいのにィ、可哀相に... 定吉どん、お待ちどうさん、あぁ、独楽で遊んではりましたんかぇ |
定吉 | す、すんまへん、勝手なことして... |
手掛け | 気にせんでもええの。なんでしたらそれ差し上げますえ。またお暇なことに遊んどくなはれ。それで、あの、檀さんのことですけどな、檀さん、今晩はこちらへお泊りになりますさかいに、ご本家へお帰りになりましたらな、「檀さん、竹内さんとこへおこしになったところが、渡辺さんや小林さんがおいでになっておって、碁がはずんで、碁のお相手をせんならんので今晩はいねん。火の元に注意して先に休むように」とこう言うていんどくなさるか? |
定吉 | あ、さよか...へぇ、ほなわたいお先に失礼しますわ |
手掛け | あ、ちょっと定吉どん、ちょっと、お腹すいたやろ...お松、あれを...これ...帰り寒いさかいに、これで帰りしなにうどんでも食べて... |
定吉 | へっ、いつもすんまへん、遠慮のうちょうだいいたします、ほな、これで失礼します...おおきに、さいなら...ごめんやす... かなんなぁ...さっぱりわややがな...うぅっ、ぶるぶるふっ、寒いなぁ...檀さんのお供したらいつもこないして帰りが遅うなんねん...ほんで帰ったら御寮さんに睨まれるし、間に入って丁稚、辛いつらい...(ズルズルッ)鼻水がでてきよった... ...檀さんといっしょやったら表の戸もすぐに開けてくれるけど...わいひとりやったらいつまでたっても開けてくれはらへんねや...こないだも表で長いこと立ってたら、横丁の赤犬が出てきよって「グゥォォォッ」ちゅうて、も、もうちょっとでかぶりつかれるとこやった... 今日は檀さんといっしょや、ちゅうて嘘ついてビックリさしてこましたろかいな...そんなことしたらゴツーンと一発や二発どつかれるやろか...けど、寒い中長いこと立ってるよりその方がましやで...よーし、今日は一発、ウソかましたろ! (トントントントン!)ええ、ちょっとお開け! 檀さんのお帰りだっせ!(トントントントン!)檀さんのお帰りだす! ちょっと開け |
常七 | おい、寝てる場合や無いで、檀さんお帰りや言うてるがな...早う開けな怒られるで |
太七 | (ガラガラガラガラ...)へっ、檀さんお帰りやす |
太七 | 檀さんお帰りやす |
番頭 | お帰りやす |
常七 | お帰りやす |
源助 | 檀さんお帰りやす |
定吉 | あ、後をちゃんと閉めとこぞぉ! |
太七 | お前、ひとり何言うてんねん...何を言うてんねん...後をちゃんと閉めとこぞ? 檀さんは? |
定吉 | 檀さんお帰りやおまへんねん... |
太七 | お前、今「檀さんのお帰りだす」て言うたやないか |
定吉 | へへっ、あれ計略でんねん。あない言わななかなか開けてくれはらしまへんさかい... |
太七 | 計略!? このガキ、何かちゅうたら大人なぶりをしさらして! この、この、この、この! |
定吉 | いたたた、そ、そんな四発も殴られたら約束が違う! |
太七 | 誰が約束した、おまけじゃ! もう一発、この! |
定吉 | いたたた! |
太七 | ほんで、檀さんは? |
定吉 | 檀さん...は、お手かけさん (お手かけさん=お妾さん、二号さん、愛人) とこだす |
太七 | うわぁ...御寮さん、えらい怒ってはるぞー |
御寮さん | 今表の戸が開いたようなけど、定吉とちゃうのか |
太七 | みてみぃ、御寮さんが呼んではるぞ...おぃ、返事せんかい! |
定吉 | へ〜ぃ 御寮さん...ただいま戻りました |
御寮さん | ああ、ご苦労さん。で、檀さんは? |
定吉 | だ...檀さん...へぇ、あの...御寮さん、あの、檀さんでっしゃろ |
御寮さん | 何を言うてますの? さ、檀さんどこへお供したんや? |
定吉 | だ、檀さん...こ、小林さんとこ、へ、おこしのときに、わ、渡辺さんや竹内さんが...1あれ? 竹内さんとこへおこしのときに、竹内さんや渡辺さん...ありゃ? ...と、とにかく碁がはずみはって、碁のお相手をせんならんので今晩はいねん、火の元気を付けて先に休みなはれ」と...へぇ...それで、もうわたい...終い |
御寮さん | あんた、ウソついてますな |
定吉 | いぃえぇな、わたい、ウソついたことおまへん。いつもホンマついてますねん! |
御寮さん | ホンマつくちゅうことがあるかいな。そこの座布団に触ってみなはれ。ちょっと手ぇ伸ばして。どうだす。温うおますやろ。今まで誰が座ってはったと思う? 今の今迄竹内さんが来てはったんやで。檀さんに折り入って相談したいことがある、と夕方からずーっと待ってはったんや。檀さんがなんぼにもお帰りにならんさかいに痺れを切らしなはって、つい今し方帰らはったところやないか。今までここに居てはった竹内さんと碁が弾みますのか? |
定吉 | ...そやけど、あて、檀さんと...竹内さんとこ...あ、ぁあの... |
お松 | 定吉どん、あんた、ホンマのこと言わんか! ホンマのこと言わんとあかんで! |
定吉 | な、なんやお松、女中だてらに、偉そうに... |
お松 | ああ、うちは女中や、女中やけど今日は御寮さんのお許しを得てしゃべってんねやさかい! あんた、ホンマのこと言わんとあかんえ! |
定吉 | なんかしてけつかんねん...なんや、えらそうに... |
御寮さん | まあ、よろしい。あんた、そこまで言うなら嘘は無いんやろ。よろしい。休みなはれ |
定吉 | へぇ、ありがとさんです。おやすみなさい... |
御寮さん | あ、これ、定吉...ちょっと待って、こっち、もう一度こっち入りなはれ。お松、それちょっとこっちへ... 今日はご苦労さんどしたな。わたしからご褒美をあげます。これ、食べなはれ |
定吉 | あ、御寮さん、ありがとございます。ほなら、わて、寝間に入ってゆっくりよばれますわ |
御寮さん | そんな行儀の悪いことするもんやない。遠慮せんでええから、ここで食べなはれ |
定吉 | ああ、そうでっか...ほんなら遠慮のぅ... なんでっか、これ...上用のおまんでんな...あて、これ好きでんねん...底に竹の皮の座布団敷いて、これうもぉまんねん。へ、ほな遠慮のぅいただきます...(ムシャムシャ)うわぁ、うまいわ〜、お松どん、ちょっとおぶぅ汲んで |
御寮さん | なに言うてんねん! そんなもん、自分で汲み! |
定吉 | な...なんや、偉そうに...ええわい、おぶぅなんかいらんわい! (むしゃむしゃ、もぐもぐ)う...うわいわぁ〜、おんなんあかいおおあべあおおおあえんあ〜 |
御寮さん | なに言うてますねん、お行儀の悪い。口の中が空いてからしゃべりなはれ |
定吉 | へぇ、(ごくっ)...もうこんなん長いこと食べたことおまへんわ。丁稚の暮らしも楽やおまへんねん...最後に食べたんいつやったかなぁ...確かお手かけさんとこで...ぐっ、グググァクゥッ...はぁ、はぁ...びっくりしたぁ...危なかったぁ、もうちょっとで言うてしまうとこやがな! |
御寮さん | ふっふっふ...定吉、あんたひとりで言うて、ひとりでビックリしてますな。定吉、言うとくけど、そのおまんじゅう、普通のおまんじゅうやおまへんえ |
定吉 | へぇ、あて、知ってます...上用のおまんです |
御寮さん | そうやない。その中には熊野の牛王さん(ごおうさん)というものが入ってますの |
定吉 | へ? 牛王さんてなんでおます? |
御寮さん | それ食べてウソついたら、血ぃ吐いて死ぬし... |
定吉 | ...へッ? え、えらいことしたぁ...えらいことした! 「甘き物食べさす人に油断すな、後で後腹痛むものなり」て誰か言うてたなぁ...えらいこと...あれ? 御寮さん、血ぃ出てしまへん... |
御寮さん | ウソつかなんだら、出ぇしまへん。さ。白状しなはれ。檀さん今日、どこへお連れしたんや? |
定吉 | つらいなぁ...つらい! |
御寮さん | 何を辛がることがあります。死んでもよろしいのか? さ、白状しなはれ |
定吉 | あて...つらいなぁ、五十銭貰うてますさかいなぁ |
御寮さん | あんた、安い義理立てやなぁ。五十銭で死んでもよろしいの。何です、五十銭やなんて、ケチ臭い。あたしやったら一円上げます! |
定吉 | ほな、な、なんですか? あの、御寮さんやったら一円おくなはる? |
御寮さん | ああ、一円上げます |
定吉 | さよでっか...ほな、先に一円おくなはれ |
御寮さん | 後で上げます |
定吉 | 後で...て、こんなもんくれなんだから言うて、集金に回るわけにもいかんし...どなたさんに限らず、わたいこの節、現金で |
御寮さん | 何を言うてますの! 後で上げます。さ、言いなはれ! |
定吉 | あの、檀さんに内緒にしておくなはれや |
御寮さん | わかってます。さ、どこへお泊めしたんや |
定吉 | お...お手かけさんとこだす |
御寮さん | な...なにかいな、定吉、檀さん、手かけ置いてんのか... ま〜ぁ、あたしには始末せぇ、節約せぇと渋いことおっしゃるくせに、御自身はそんな贅沢なこと! で、その手かけというのはいったいどこにいてますのや!! |
定吉 | なぁ、先に一円、おくなはれな...あの〜、御寮さんに一円貰いますやろ、ほんであて五十銭持ってますやろ、これで一円五十銭で、あて、万年筆買おうと思てますねん... |
御寮さん | 万年筆くらいなんです! わたしが別に買うてあげます! |
定吉 | え、ほななんだっか、御寮さん、別に買うてくれはるんでっか? |
御寮さん | 買うてあげます。さ、言いなはれ。どこや! |
定吉 | あのな、心斎橋大宝寺町南入ったとこでんねん |
御寮さん | まぁ、街中のそんな賑やかなとこに...手かけがいてんねんな! |
定吉 | 万年筆売ってまんねん |
御寮さん | そんなんどうでもよろしい!!!!!! 手かけはどこにいてまんねん!! |
定吉 | ...もうええわ...こないなったらヤケクソや。御寮さん、もうわて全部言うてしまいますわ。鰻谷中橋東入った北側でな、張り物やの一間路地だすわ (このあたりの地名などは極めてあやふやである。聞こえた通りに書いているに過ぎず、誤りがあればご指摘願いたい) |
御寮さん | はぁ...で、手かけはひとりで住んでんのか? |
定吉 | お女中と二人暮らしだす |
御寮さん | まぁ...女中まで置いてんのか!? |
定吉 | へへっ、うちのおなごしさん、お松どんいいまっしゃろ、向こうのおなごしさんもお松さんいう名前でんねん。同じお松でもえらい違いでっせーっ。向こうのお松どんは別嬪さんで、色が白うて、優しいて...そこいくとうちのお松どんは...ははっ、おもろい顔や! |
お松 | オモロい顔で悪かったな! |
定吉 | わい、知らんわい! ウソついたら血ぃ吐いて死ぬわい! |
お松 | 何を言うてんの! |
御寮さん | 定吉、あんたさいぜんから聞いてたら、たもとでカタカタ、なんや音がしてるやないの。なにをもってますのや? |
定吉 | ...独楽...だす |
御寮さん | まぁ、お使いに行っても帰りが遅いと思てたら、独楽なんか持って遊んでましたんか? |
定吉 | いや、ちゃいまんねん...これ、今日、お手かけさんから貰いましてん。確か「辻占の独楽」ちゅうもんでんねん |
御寮さん | 辻占? 辻占、て、どないしますねん? |
定吉 | これ、なぁ...独楽、三つおまっしゃろ...この黒うて花菱の紋のついたのが檀さんの独楽でんねん。蔦の紋のついた赤いのがお手かけさんの独楽でんねん。で、桔梗の紋で色のハゲた... |
御寮さん | なんやてぇッ!!!! |
定吉 | い、いやっ...あの、色の淡いのが御寮さんのだす。これをいっぺんに回しますねん。で、檀さんの独楽が御寮さんの独楽に当たったら、その日はお帰りになって、お手かけさんの方に当たったらお泊りになる、て、辻占に使う独楽でんねん |
御寮さん | まぁ...そないなアホなことで...人をコケにして... 定吉、お前、いっぺんそこでやってみなはれ! |
定吉 | えぇ? ...へぇ、こんなもん回すんはは罪のないもんがええ、て、いつもあてが回す役になってましたんや...へぇ、やりまっさ、もうこうなったらヤケクソや! まず御寮さんの独楽、回しまっせ...よっ、と...次にお手かけさんの独楽回しますやろ...よっ、と...で、ちょうど真ん中...このへんだんな...ここへ檀さんの独楽をよぃっ、と...回しまっしゃろ。...御寮さん、ちょっと見てみなはれ...檀さんの独楽、お手かけさんの方へ行きまっせ...ほらほら、ほら、どんどん走って走って、檀さんの独楽お手かけさんの独楽へ、コチーン!お泊りです! |
御寮さん | まぁっ、嫌いっ!!! なんで、そないなりますのや! 定吉! もう一回やってみなはれ!! |
定吉 | こ、こんなもん、遊びだんがな、御寮さん、そうムキに...へぇ、やります... へぇ、ほたらまず御寮さんの独楽回しすわ...よっ、と...それから、お手かけさんの独楽...ちょっとこっちの方へ...襖開けて、敷居の向こうで回しまっさ...御寮さん、ように見といておくなはれや、わたい、これだけ御寮さんの味方してまんねんで。 お手かけさんの独楽をよっ、と...で、檀さんの独楽を...檀さん、頼みまっせ、あて、間に入ってほんに辛うおまんねんから...よっ、と...ほ、ほら、見ておくなはれ、御寮さんの独楽、檀さんの方へどんどんどんどん、すごい勢いで...あぁぁ、檀さんの独楽、逃げるにげるにげる...うわぁ、敷居飛び越えて、檀さんの独楽、お手かけはんの独楽へコッチーーーーンッ!お泊りだす |
御寮さん | まぁぁぁぁぁっっっ、嫌いぃっっ!!!!! なんで、そないなりますのや! 定吉、その独楽調べてみなはれ! |
定吉 | 御寮さん、わて公平にやってまんねんで、決してお手かけさんに荷担するような真似は...あ、あきまへん、檀さんの独楽、肝心の心棒が曲がってます |
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