東西落語特選

上方版 饅頭恐い



 「十人寄れば気は十色」と昔からよく申します。皆さんそれぞれにお顔が違いますように、その気性も違いますわな。まぁ、違うさかいによろしいんでございまして、こんだけ集まってはるお客さんがみな揃ってお手洗いに行かはったらそらもう騒動でございましょうなぁ。

 さて、それぞれに気性が違う連中が何人か集まりますともう噺の始まりとなりまして...
  
源やん しかし、よう集まりよったなぁ
清やん ほんに、よう集まった
源やん ちょっと酒呑もかてなこと言うたら、ふだんずぼらな連中が呼ばれもせんのにどっからともなしに湧いて出てきよる。またこいつらがそれぞれにみな気性が違うさかいにおもろいわなぁ。それぞれに好きなもんでも違うやろ?
清やん そら違うわなぁ
源やん おまはんなんか、何が好きや?
清やん わしの一番好きなもんは言わずと知れたぁる。酒や
源やん これや、何が一番や? 酒や! ぽんぽーんと男らしいて気持ちがええがな。隣は?
喜六 わいは...二番目が酒やで
源やん なるほど。この辺に気性の違いっちゅうもんが現れてるな。こいつは一番が酒、こっちは二番が酒っちゅうわけや。ほんならおまはんの一番好きなものは何や?
喜六 一番は...二番が酒なんや
源やん いや、二番は分かった。一番は何やちゅうてんねん
喜六 ...三番は...
源やん 誰が三番きいてんねん。はっきり言わんかい。一番はなんや?
喜六 一番好きなもんは...へへっ...おなごや
源やん 何をぬかしやがんねん。なんやえらい言いにくそうにしてると思うたら...ま、ええわい。「男が好きや」言われるよりは健康的、ちゅうやっちゃ。で、次は?
他の若者達 わしやったら、誰が何と言うても羊羹やな
源やん いや、別になんとも言わんけどな。ああ、おまはんは甘党やったな。で、竹やん、おまはんは?
他の若者達 まあ、わしの好きなものちゅうたら、麺類ならぼた餅か
源やん ...お前...今、何言うた?
他の若者達 麺類ではぼた餅やっちゅうてんねん
源やん ほう...ぼた餅っちゅうものは、あれ、麺類かい?
他の若者達 お? 魚類やったかい?
源やん 知らなんだらややこしいこといいな! ほんまに頼りない! で、次は? おまはんならどんなもんが好きや?
他の若者達 まあ、わしの好きなものと言うたら、このくらいのどんぶり鉢か
源やん へぇ、おまはんが焼き物てな高尚な趣味があったとは知らなんだなぁ
他の若者達 いや、別に「高尚な趣味」てな結構なものとはちゃうけどな。このくらいのどんぶり鉢の中に炊き立ての、シュンシュン湯気の立ってるような熱々のご飯をほりこんで、その上へポンポンポーンと卵を五、六個割って、白身をどけて黄身だけ乗せんねん。ここへ鯛の一番身のええところをぶつ切りにして上に乗せてな、ほんで浅草海苔の上等なやつを炭火であぶってように揉んで振り掛けんねん。そこに持ってきてワサビをおろしてすりこんで濃口の醤油をチョロチョロッとかけて、ガサガサーッとかき回して、八杯食う
源やん 食うんかい! そらどんぶり鉢と違う、中身が好きなんや! 次ぎ、お前は何が好きや?
他の若者達 まあ、わたしの好きなものといえばおぼろ月夜ですか
源やん また風流な物言いしよったなぁ。「おぼろ月夜に味噌つけて食う」なんて言わんといてや
他の若者達 おぼろ月夜が食えますか? いやいや、おぼろ月夜はええもんですよ。おぼろ月夜の晩に、わたしが一人でフラーと歩いてる。足にポーンと当たるものがある。何気なく取り上げてみるとこれがこのくらいの風呂敷包みですな。中を開けてみると札や銀貨や一杯いっぱい取り混ぜて三十八万六千八百円入ってる。これを交番へ届ける。こっちの忘れた時分に呼び出しがかかる。「なんやしらん」思ていて見たら、風呂敷包みの一件、落し主が知れん、拾た者のモン、あんたにやる。あんたはこれだけの大金を拾いながらネコババもせずによう交番へ届けた。偉いやっちゃ、感心なやっちゃ、人間の鑑や、見上げたもんやとせんど誉めてもろうてこの三十八万六千八百円みなもらうのが好き
源やん そら誰かて好きやけど、お前、ようそんなあつかましいこと考えてるなぁ。そんなたいそうなことやなくて、ちょっとした食べ物では何が好きや、言うてんねん
他の若者達 それやったら、乳ぼうろです
源やん ...あほ、そっち行っとけ! まあ、おまはんらの好きなものはだいたいわかったけど、呑みあいしょうちゅうねんから、嫌いなものも聞いとかんならん。あんたは何が嫌いや?
他の若者達 もう、嫌いなもの、ちゅうただけでパッと思い浮かぶのがヘビやな、ヘビ
源やん ヘビか。まぁ、ヘビが好きっちゅう人はあんまりおらんわなぁ
他の若者達 もうあのニョロニョロちゅうヤツがかなわんねん。縄が置いてあっても飛び上がるくらいやねん
源やん しかし、いかもの食いちゅうて、またあれを食べるやつかておるんやさかい、世間は広いわい。隣は?
他の若者達 わいはナメクジやなぁ
源やん ああ、こっちは?
他の若者達 カエルや
源やん なんや三すくみが順番に出て来よるなぁ。で、おまはんは?
他の若者達 ムカデや
源やん あれも気色悪いなぁ。で、そっちは?
他の若者達 おれはゲジゲジがかなわん
源やん そっちは?
他の若者達 デンデンムシや
源やん 情けないなぁ。デンデンムシか... で、おまはんは?
喜六 わい、アリが恐いな
源やん アリ? なんやだんだん小そうなって来てよるけど...アリみたいなもんが恐いか?
喜六 アリっちゅうやつ、気色悪いでぇ。チョコチョコ、チョコチョコっとこう歩いてな、で、でぼちん(額)からなんや、こんな、ピコンと出てるやろ、あれをこうやってあっちとこっちとで突き合わせてなんやゴジャゴジャ、ゴジャゴジャと話ししてんねん。あれ、ひょっとしたらわいの悪口言うてんのやないかしらんと思うて...心配で心配で...
源やん ...ええ年して、ようそんなあほなこと言うてるなぁ... で、隣は? あんたは何が恐い?
他の若者達 何が恐いちゅうたかて、うちは嫁はんほど恐いものはないわ
源やん ああ、こら恐い。あんたとこの嫁はんは、他人のわしでも恐いがな。それと同居してるやなんて、こら同情にたえませんわ... ああ、清やん、あんたは何が恐い?
清やん キツネ
源やん 何?
清やん キツネやがな
源やん キツネ? キツネみたいなものが何が恐いねん?
清やん キツネやタヌキは人を化かしよんねんで。こんな恐いもんがあるかいな!
源やん そ、そんな、今時そんなこと言うてたら、子供に笑われるで、今時の若いもんが
清やん お前は知らんさかいにそんなことが言えるねん。わしにはそれだけの訳があるねん
源やん なんぞあったんかいな
清やん もうだいぶん前のこっちゃけどな、大和の叔父さんとこに行ったんや。そらもう大分のいなかや。で、「叔父さん、ちょっとブラブラしてくるわ」ちゅうたら、叔父さんが「ああ、日が暮れの時分にこのあたりウロウロしたらあかんで。悪いキツネが出て人を化かすさかいに」ちゅうのや。「山の手のほうへ行たらキツネ獲りの罠が仕掛けたぁる。危ないさかいに近寄るな」、とこない言うねん。

ふーん、今時分そんなことがあるんかいな、と思いながらも、行くなと言われたら行きたいがな。山の手のほうへブラブラ、ブラブラと歩いて行たのが日が暮れちょっと前や。ふと見たら、あっちこっちに穴が掘ったぁる。「ははぁ、こいつやな」と思うたさかいに、それをしばらく見てたら、その罠の一つに、太ーい尾が見えるねん。キツネがかかってんねや。こら立派なキツネやなぁ、こらええ、こいつで襟巻き作ったろと思うて、これくらいの石を拾うてきて、ゴチーンとやったろとしたら、罠の中でキツネが手ェ合わして、「どうぞ命ばかりはお助けを」ちゅうねん
源やん 何かい、キツネがしゃべりよった?
清やん そういな。しゃべりよったんや。

「おまえらみたいな人を化かして悪いことするやつは助けることはでてけん、殺してしまう」

「どうぞ命ばかりは助けとくなはれ。そのかわり、あんさんが命を助けてくれはったら、生涯見ることもでけん珍しいものをお見せします」とこう言う。

「何を見せてくれるねん」

「キツネやタヌキは人を化かすところを決して他の人には見せへんもんやけど、あんさんだけには特別にお見せします」とこない言うねやがな。

人が騙されてるところを見るちゅうのはこれはおもろいもんに違いない、ええ、ほんまかいな、騙すんとちゃうやろな、ちゅうて罠をはずしてやったらその辺の草をむしってきて、頭へ乗せたり、身体へひっつけたりしてたけどな、そのうち手拍子を三つ打ってくれちゅうさかい、「ほれ、ポン、ポンのポン」と打ったら、キリキリッとトンボを切って、スーッとそこへ立ったのが年の頃なら二十三、四、色の抜けるように白い、鼻筋の通った、眼のパッチリとした、髪の艶々とした、まあなんともかんとも言えん色っぽいおなごやがな...へへ...へへへ...
源やん よだれを拭け、よだれを。キツネの化けた女やろうが
清やん キツネやと分かってても思わずほれぼれしてしもうたくらいのええおなごやがな。

「思わず見とれてしもうたで、おキッつぁん」
源やん なんや、そのおキッつぁんちゅうのは
清やん キツネ相手で名前が分からんからおキッつぁんや。

「おキッつぁん、ええ女に化けたなぁ、ちょっといっぺん、後ろ姿拝ましてぇな」と言うたら、キツネが様子しやがってなぁ、こう色っぽうに身体をくねらせて

「まあ、兄さんのお口のうまいこと、わたしらみたいなお多福、なんの様子の良いことおますかいな。後ろ姿見て笑おや思て。へぇへ、なんぼでも笑うておくれやす」とスーッと後ろを向きよった。まあ、なんとその情のあること。後ろ姿もええんやけど、悲しいかな、急な仕事やさかいに、帯の間から太い尾がダラーと下がってる。

「おキッつぁん、後ろ姿もええけど、お前、尾が見えてるがな。尾隠すの忘れてるで」ちゅうとキツネがその尾をスッと隠して

「オー、恥ずかし」
源やん あほ、キツネがそんな洒落言うかいな
清やん 「どやって人を化かすねん」

「向こうから来るあの若い男、あいつを騙します」と言う。

なるほど、ひょいと見たら鼻の下の長そうな、すけべそうな男がフラフラ、フラフラとこっちへ歩いて来よる。へへっ、こいつが騙されよんねんなぁ、気の毒に、と思うて、こう見てたらな、そのキツネの女がそばへ行て、耳のはたでぼしゃぼしゃ、ぼしゃぼしゃとなんかしゃべっとんねん。そしたら、その若いの、ウンウンとうれしそうな顔してうなずいて、それから二人で肩ならべて歩き出したんや。わしが見つからんようについていくと、小さな納屋みたいなものがある。そこへ二人がすっと入ったんや。わしも続いて入ろうとすると、目の前で戸がピシャッと閉まってしもうた。

おいおい、そら何すんねん、これからキツネの女とあの若いのがどないなるか、ここからが一番面白いところやないかい、どっか覗くところは無いかいな、と探すと、こんな節穴が開いてて、そこから白い指が出てきて、チョイチョイ、チョイチョイとおいでおいでするように動いてスッと引っ込んだ。こら、ここから覗けちゅうことやな、と思うから、わし、そこへ眼を当てごうて、中の様子をジーッと覗きこんだ
源やん ほうほう、で、中の様子はどうやった?
清やん 真っ暗や
源やん いや、まだそんな暗い時分やなかったんやろ、日が暮れ前ちゅうてたやないか
清やん そうな、外はまだ薄明るいねや。なんでこないに暗いねやろ、と覗き込むんやけど、あかん、真っ暗や。で、ジーッと覗き込んでると頭の上からフワーッとなんや妙なもんが下がってくるさかい、そいつをこうはねのけて、ジーッと覗き込むんやけど、ただもやもや、もやもやしてプーンと妙な臭いがする
源やん ...なんじゃ、それ
清やん さあ、なんやしらんと思うて、ジーッと覗くんやけど、真っ暗で、またフワーッと頭にかかってくるさかいにこれをはねのけて覗くんやけど、ただモヤモヤ、モヤモヤして、プーンと臭い
源やん おかしいやないか
清やん そう。おかしいと思うて、ジーッと覗くんやけど、真っ暗で、またフワーッと頭にかかってくるさかいにこれをはねのけて覗くんやけど、ただモヤモヤ、モヤモヤして、プーンと臭い
源やん それいったいどないなるねん
清やん どないなるのやしらんと思うて、ジーッと覗いてると、後ろから、「これ、何してるねん、危ないがな」とポーンと背中をどつかれた。フッと気がついたら、わし、馬の尻の穴覗いてた
源やん ほなら、お前が騙されてんねやがな!
清やん それからキツネが恐うて
源やん なっさけない! ようそんなアホなこと言うてるなぁ、お前。あほらしいていかんわ、こいつの話は
おやっさん おう、若い者が寄って何の話をしてるのじゃ?
源やん おお、おやっさん、まあまあ、こっちお入り。いいやな、清やんがキツネに化かされて恐かったちゅう話聞いてみなで笑うてましたんや。まあこっちあがっとくなはれ。いいえぇな、好きなもんはなんや、ちゅう話から恐いもんはなんやちゅう話になって、とうとうこんなアホ話になってしまいましてん。そうそう、恐いもんちゅうたら、おやっさん、あんたは恐いもんはこの世に何一つないて普段から威張ってなはるが...
おやっさん おうよ。ええか、人間は万物の霊長、ちゅうてな、あれが恐いのこれが恐いのと情けないことをいうもんでないぞ。はばかりながらこのわしは、オギャアと生まれてこのかた、恐いなんぞと思うたことはただのいっぺんもないわい
源やん そうやそうでんなぁ。いやいや、おやっさんがたいそうお強いお方やちゅうことはかねがね聞いてましたんや。そやけど、これだけ長いこと人間やってはると、いっぺんくらいは「ああ恐い」と思うたことがおまっしゃろ
おやっさん そういうと...あれはもう四年くらい前のことじゃが...
源やん なんぞおましたか!?
おやっさん死んだ婆さんがまだ元気じゃった時分のことじゃ。わしが「パリッと糊の効いた浴衣が着たい」ちゅうたら、婆さん、鍋いっぱいに糊を炊いて、その糊を全部つこうて浴衣を洗濯しよったが...あの浴衣着た時はほんにこわかった... (上方に限らず、「堅い」ことを「こわい」と言う地方がある。固く炊いたご飯を「おこわ」というが如し)
源やん そら、こわさが違いますがな! なぶりなさんな、おやっさん、そうとちゃいますがな。恐い、恐ろしい、と思うたことはおまへんのか
おやっさん いや...実はな...ほんまのことを言うと、実は後にも先にも、たったいっぺんだけ、心から、底から、冷や汗流して「ああ、恐い」と思うたことがあったなぁ...
源やん おやっさん、あんたが恐いと思うくらいのことやったらそれはほんによっぽど恐いことでっしゃろなぁ。どうです、その話、みんなに聞かしてもらえませんやろか
おやっさん えぇ? そらまあ、話くらいならしてもええが...おまえら、この話...最後まで...聞くことが...できるか...な?
清やん そんなもったいつけんでも、話くらい聞きますわいな
おやっさん 途中で止めてくれちゅうても止めんぞ。ええか、他の皆もそれでええんやな。よっしゃ。そこまでの覚悟があるなら聞かしてやろう。

あれはわしがまだ二十二、くらいの歳のことやったなぁ
源やん よーっぽど前の話でんなぁ
おやっさん だいぶん古い話や。その時分、わいの叔父貴というのが、南農人橋、御払い筋をちょっと入ったところに住んでたんや。仕事の帰りに遅うに近所を通りかかって、「おっさんまだ起きてなはるか」と寄ってみると叔父貴これから寝酒を呑んで寝ようちゅぅとこや。おう、ええところへ来た、まあ上がれ。世間話をしながら酒の相手をしてるうちに、だいぶ夜が更けてきた。泊まって行け、と言うのを「もう帰ります。明日の仕事がありますさかいに」と振り切るようにして外へ出たのがもうかれこれ夜中過ぎ。雲が低うに垂れ込めてジメジメした陰気な晩じゃった。

スタスタ、スタスタと道をとって、農人橋をいま渡ろうとして、ヒョイと見ると、橋の真ん中に...若い女が一人...ズボーッと...立ってよるやないかい
清やん ......真夜中に、若いおなごちゅうのはなんや薄気味悪いもんでっせ
おやっさん そうや。本町の曲がりからあの辺へかけては昼日中でもあんまり気色のええとこやなかった。この夜中に若い女が一人で来るようなところやない。何をしてんねやろうと、目を凝らして見ると、落ちてる石を拾うては袂に入れてる、こいつ、身投げや。

おまえら、教えといたる。身投げ助けるときに、「待ったぁ」てなこと言うたらあかんで。どないしょう、と思案してるもんが、その声を合図に飛び込んでしまうんやさかい。わしゃ、黙ってタッタッタと側へ寄って、ガッと羽交い締めにしてから、

これ待たんか、なんちゅことすんねん
どこのどなたか存じませぬが、死なねばならぬわけのある身でございます。どうぞ助けると思うて、殺しておくなはれ
何を言うねん、医者の見立て違いやあろまいし、助けると思うて殺したりできるかい、いずれ死なんならんわけがあるんやろうけど、いっぺんそのわけちゅうのをわしに聞かしてみぃ。話を聞いた上で、なるほどこれはどうでも死なんならんなあと思うたら、もしお前が女の身で死に損のうた時にはわしがこの手にかけてでも立派に死なせたろ。そのかわり万が一つにも助かる工夫があるのやったら、なんぼでも相談に乗ろうやないか...

噛んで含めるように言うたのじゃが、ありゃ死神が憑いたとでも言うのじゃろうか、ただサメザメと泣いて、「死にたい、死にたい」と言うばかり。今のわしならどつき倒してでも引っ張って帰って来るところじゃが、なにぶんにも歳も若い。ムカッときた。

何かい! 赤の他人のこのわしがこれほど言うてやるのに、その親切も無にして、おのれかってに死のうちゅうのんか? ええい、死ね、死にさらせ! この、どめんた! えいっ!!

ダーンッ...と突き飛ばした。女は欄干に頭ぶち当てて「ヒィーッ」「ざま見さらせっ」後も見ずにタッタッタッ、いま橋を渡りきろうという時に、後ろでザブーンッ...という...水の音じゃ。

ああ...たった今抱き止めたあのおなご、ちょっとの辛抱が足らんかったばっかりに、死なせてしもうたか...仏になったか...南無阿弥陀仏...思わず念仏が出たで。いやな晩じゃ。早よ帰ろうと足を速めると、後ろのほうからなんじゃ濡れわらじででも歩くような足音が...ジタジタ、ジタジタと...
喜六 な、なな、な、な、な、な、な、な、な
おやっさん なにを言うとんじゃ?
喜六 な、な、なんやぁ、そら...おお、お、お、おやっさん...
おやっさん なんや分からん。そうなるともう後ろを振り向いて見ることもできん。さらに足を速めてスタスタスタスタと行く。と後ろの足音もジタジタジタジタ...立ち止まるとピタリと止まる。歩き出すとまたジタジタジタジタ...
喜六 はは...ははははははははは...
おやっさん なんじゃ、今度は
喜六 ははは...はははははは、お、お、おやおやおやおやっさん! こ、こ、こ、こここ、こ、このはなはなはな、話、ほんに、ちょっと恐いわ。み、みな、逃げたらあかんで、みんなわいのそばに居ててや、居ててや、あかあかあかんで、逃げたらあかんで、居ててや。ほ、ほ、ほいで、おやっさん、それからどないしはったん?
おやっさん さぁて、この足音からどないして逃げようか、ふと見ると小さい御堂があって、その前に賽銭箱が置いたある。これや、と思たさかい、タッタッタッと急ぎ足でササッとその陰に隠れた。足音のほうはそれには気づかんと、ジタジタジタジタと行き過ぎる。どんなやつがつけてきやがったんやろうと、こう、覗いて見ると、前へ行く一つの影じゃ。フラフラ、フラフラ、フラ... 安堂寺町の角、往来安全と書いた石灯篭の明かりのところまできて、見失うたか...という顔でキョロ、キョロ...ヒョイと振り向いたその顔が灯篭の明かりで見えた! さいぜんのおなごや! 欄干に当たったときの傷と見えて、額から目のあたりへかけてザックリと割れて血みどろ、見当の違うた目つきでヒョッと賽銭箱に目をつけると、ヒョロヒョロ、ヒョロヒョロと戻ってくるなり、賽銭箱のかどへ...こう、手をかけて...身体をヌーーーーーーッ......

さっき...助けてやろうと...おっしゃった...お〜か〜た〜
喜六 ああああぁぁぁぁっっっ、恐ぁぁっ、ああああぁぁぁぁっっっ、恐ぁぁっ、おや、おや、おやっさん、なんちゅう顔して、なんちゅう声出しなはんねん! もうこんな話聞いたらこわぁて、もう夜中に一人では手水へ行けん、わいおまる抱いて寝る! おやっさん、わいの手ひいて手水行って!
源やん 情けないこというのやあらへん
清やん で、おやっさん、あんたどうしなはった?
おやっさん わしゃ、パッと女の前に飛び出した
源やん 飛び出した!?
おやっさん そうや、飛び出した。正体が知れたらもうこっちのもんじゃ、なんの恐いことがあろうか! かえって度胸が据わるっちゅうやっちゃ。パーッと飛び出した。

いかにも、さいぜん助けてやろうと言うたんはこのわしじゃ。助けてやろうという親切がありゃあこそ赤の他人があれほど言うてやったんやないかい。それを言うことも聞きやがらんと、おのれ勝手に飛び込みさらしやがって! 定めて死に損ないやがったんやろ! いかにもさいぜんの約束どおり、このわしがこの手にかけて殺してやる。さあ、こっちへ来い!

女の髪の毛を鷲づかみに掴んでズルズルズルーッと橋の真ん中まで引っ張ってきた。

さあ、女、よう見いよ、これが音に名高い東横堀、二、三日前からの雨で少々濁ってるかはしらんが、末期の水はくらいしだいじゃと言うなり、女の身体を目よりも高く差し上げて、川の真ん中めがけて、ザッブーンッ!
源やん ほりこんだか!
おやっさん わいがはまった
源やん お、おやっさん、あんたがはまった?
おやっさん はまったんじゃ! 拍子の悪い、橋の下に船が一艘つないであってな、その船の角ででぼちんをせんどぶつけて、はずみで目から火花がバチバチバチーッ、その火で足やけどして熱いの熱うないの、「熱いーッ」ちゅう自分の声で目が覚めたんやが、お前らに教えといたる。やぐらごたつは危ないぞ
清やん ...やぐらごたつ?
源やん ...夢!? 夢の話かいな! おやっさん、あんた夢の話するんやったら最初に夢やて断りなはれ、みな手に汗握って聞いてんねやないか! 喜ィ公なんか、もうおまる抱いてまんねんで! しかし、えらい長うてはっきりした夢見たもんやなぁ。わたい、ちょっと聞いたことがありまんねんけどね、こんだけはっきりした夢ちゅうものは全部が絵空事ちゅうわけやのうて、ほんまのこともちょっとはあるもんや言いまっせ。おやっさん、あれほんまに全部夢でっか
おやっさん いや、実はちょっとほんまのところもある
源やん さあ、やっぱりや、おやっさん、どの辺が夢でどの辺がほんまの話でんねん
おやっさん 川へ落ちてずぶぬれになったと思うたら、わい、寝小便たれしててん
源やん ...なぶりなはんな! もう、おやっさんに遊ばれてんねやないか! 情けない、これだけ若いもんが寄って...おお、光っつぁん、あんた居てたんやないか。光っつぁん、ちょっとこっち出ておいで。ほんまに、この人はいっつも人の後ろでニヤニヤしながら、人の話し聞くだけで、おのれだけ賢いような顔して笑てんねん。こっちい出ておいでちゅうねや。光っつぁん、みんなで好きなもんや嫌いなもん言いあいしてんねや。あんただけ聞かなんだら不公平ちゅうもんや、な。あんたの恐いもんなんだんねん。あんた、なんだんねん
光っつぁん いや、わたしは別に恐いものとて...
源やん 「いや、別に」やなんて、何言うてんねん、そんな気取った物言いして。なんかおまっしゃろ、人間一つくらい恐いもん、あるはずでっせ
光っつぁん いや、それは...ま、無いこともないんですけどな。も、もう堪忍しておくなはれ
源やん いや、堪忍でけまへんな、おまっしゃろ、おまっしゃろ、言いなはれ、言いなはれ、なに恥ずかしいことおますかいな、アリが恐いなんてやつもいてまんねんで、おっしゃれや、おっしゃれやぁなぁ
光っつぁん いや、こればっかりは口に出して言うのも恐い
源やん だいぶんと恐いもんやなぁ、それは。な、な、なんでんねん、あんさんがそれほど恐がるモノっちゅうのは。気になりまっしゃないかいな! おっしゃれや、おっしゃれやぁぁぁ
光っつぁん 実は...面目ない話でんねやけどな、あの...お...お饅が恐い...
源やん おまん...? お饅? お饅ちゅうたら、饅頭のことでっか? 食べる饅頭? 子供がおやつに食べる、あの饅頭? あれが恐いの? こう、手のひらに収まるくらいの丸いかっこうして、ポカッと割ったら中に餡が...
光っつぁん ああぁぁぁっ、殺生や! ハァッ、ハァッ、ハァッ...饅頭という言葉を口にしただけでも恐いというてますのに、手のひらに収まる丸い形、割ると中に餡が入ってるやなんて...中に...餡...ああぁぁぁっ、もうあきまへん...震えが出てきた...もう恐うてここにはおられしまへん、どなたさんもお先ぃ、さいなら、失礼します、ごめん
喜六 えらい、ぎょうさん謝って行きよったで...
源やん けったいなやっちゃなぁ...饅頭の話しただけで、あいつ顔色変えて逃げて去によったで。こんなことて、あるもんやろか?
清やん そら、あることや
源やん あるかぁ?
清やんある。世間には虫が好かんちゅうことがあるがな。ええか、黄色いもの見たらゾッとする人、カボチャ見ただけで身体が震えるちゅう人かてあんねんで。江戸幕府を開いた徳川家康ちゅう人、あんな偉い人でもクモ見たら足がすくんで身体が前へ出んかったちゅう話や。お前、ヨナ ?! ちゅうもんを知ってるか?
喜六 なんや、ヨナて?
清やん 人間がオギャアと生まれるときに、お母はんの身体からいっしょに出てくるもんや。まぁ、今はせんようになったけど、わしが生まれたころはな、それをすぐに庭に埋めて、その上を親がいっぺん踏んだんや。なんでて、それはな、ヨナを埋めた上を一番最初に通ったものを、その子は一生涯恐がると言われとったんや。親に逆らわん子にするために親が最初に踏んだんや。ところが家康はんの場合は、親より先にクモがシューッと通りよったに違いない
喜六 はぁはぁ、ほいでクモを恐がるっちゅうわけやな
清やん そいな。ヘビが恐いっちゅうやつはヘビが通りよったんやな。アリが恐いちゅうのもおんなじようなわけや
喜六 ほたら、饅頭が恐いちゅうのは?
清やん それは...ま、饅頭持ったこどもか何かがたまたま通りかかって、手に持った饅頭を落としてしもうて、それがコロコロ、コロコロとヨナの上を転がって行きよったんとちゃうか?
他の若者達 そんなあほな話があるかい。わしが思うに、これはな、先祖の因縁や
源やん 先祖の因縁? なんじゃ、それ
他の若者達 先祖がネコを殺したら子孫に怨念が祟ってネコがこわい、ヘビを殺したらヘビが恐いちゅうやっちゃ
清やん ほたらなにかい、光っつぁんの先祖が饅頭を殺したんで、光っつぁんに饅頭の怨念が...
他の若者達 饅頭の怨念てなもんがあるかい。わし、聞いたことがあるんやけどな、光っつぁんの先祖ちゅうのはもと東国の何やら藩の侍やったけど、なんやいざこざ起こしてそこから逃げ出して大阪へ来たっちゅう話や。このいざこざちゅうのが実は、藩にお出入りの饅頭屋を殺害したに違いない
源やん なんで侍が饅頭屋を殺さんならんねん
他の若者達 そこや! この饅頭屋ちゅうのが密かに奥方と不義密通してたんやなぁ、考えてもみい。饅頭てなもん、ふつう侍が食うもんやないで、饅頭を欲しがるのはおんな、子供、つまり奥方や奥女中や。この饅頭屋、悪いやっちゃで、自分の店を藩の御用達にしたいばっかりに奥方を色仕掛けで篭絡して手なづけてしもうたんやな。ところが奥方と饅頭屋がいちゃいちゃしてるところへ出くわしてしもうたんが光っつぁんの先祖の侍や、歳の頃なら二十二、三、まだまだ血気盛んな若侍や。あまりのことに逆上したんやな。お城の中ちゅうのも忘れて刀を抜いてしもうた。それだけでも切腹ものの大罪や。おまけに、この侍、饅頭屋に切りかかった時に、奥方にまで怪我をさせてしもうた。饅頭屋は血まみれで転がってる、奥方も虫の息、こらあかん、わいはもうここにはおられへん
源やん おい、東国の若侍が「わいはもうここにはおられへん」てなこと言うんかいな
他の若者達 そういうようなことを東国の侍言葉で言うたんや。ほんでひとり城下を逃げ出して大阪へ流れ着いたちゅうやっちゃ。その時の饅頭屋の怨念が悪霊となって、光っつぁんに取り憑いてんねや。そやさかいに饅頭て聞いただけであの恐がりようや
源やん ようまぁ、そんだけ見てきたような話を作ったなぁ...しかし、おっかしなことがあるもんやなぁ。光っつぁんが饅頭の名を聞いただけで、顔色変えたっちゅうのはほんまのことやさかいなぁ...

どうや、みんな、おもろいもん見せたろか
清やん なんや、おもろいもんて
源やん あの光っつぁんちゅう男、常から高慢なやっちゃでぇ。人がみんなでワイワイ、ワァワァあほな話してても、いっつもみんなの後ろのほうで、ニタニタ黙って笑うて、こいつら皆あほや、ちゅう顔しとおるやろ。あのガキむかついてしゃあないねん。そやさかい言うて、わいらの仲間内で学があんのあいつだけやろ、学校出てよるさかいに、何かあったらあいつに頼まんならん、仲間はずれにするわけにもいかんさかいに余計にむかつくねん。そやさかいこれからなぁ、光っつぁんとこへ皆で饅頭買うて行くねん。ほいで、お見舞いに来ました言うてあいつの部屋へさして饅頭をポーンとほうり込むねん。あいつの家、一方口で裏口あらへんさかいに逃げることもでけへんで。入り口から饅頭をパーッ、パーッ、光っつぁん、キャーキャー言いよるで、饅頭の格好言うだけで震えるやつが、ほんまもんが飛んで来よんねんで。キャー、バタバタ、キャー、バタバタ、光っつぁん、お見舞い、パー、パー、パー、キャー、バタバタ、キャー、バタバタ、こんなん見て楽しもちゅうねん。どや
他の若者達 おもろい、おもろい、それやろうやろう!
源やん よっしゃ! ほたら、みなで手分けして饅頭買うといでや。光っつぁんにバカにされんように、これが饅頭の中の饅頭や、っちゅうような上等の饅頭を買うてこいよ。安物買うて恥かきなや!
  
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清やん おぅっ、買うて来たか!
源やん 早いなぁ、わいもたいがい早かったけど、清やんもう買うて来てたんか? 何買うて来たん?
清やん 見てみい。薯蕷(じょうよう)饅頭や
源やん うわぁ、張り込みよったなぁ。わしは太鼓饅頭や。おうおう、みな帰ってきた。みな、何買うてきた?
他の若者達 おれは三笠や
源やん そっちは?
喜六 金つば
源やん うわぁ、へぇ、ふくさに、へそ饅頭に、田舎饅頭、そば饅頭...うわぁ、こらぎょうさんに揃うたなぁ。いやいや、もうこれくらいで十分や。ほんならみなで手分けして持って行こう。

ええ、お前らこんなおもろいもん見たらもう芝居やら映画やらてなもん、あほらしいて見てられんで。あんなもんなんぼおもろいちゅうたかて役者が芝居でやってんねんからなぁ。今日のは正味ほんまもんやさかいなぁ。これだけええ饅頭が揃うたら、キャー、バタバタ、キャー、バタバタ...

静かにしぃや、光っつぁん、勘が鋭いさかいに、気づかれて逃げられたら元も子もない...様子見てみるさかいに、ちょっと待ちや...

光っつぁん、様子はどないですー、いやいや、ちょっと近所まで来たんで、みなで見舞いに...みな心配してまんねん、どないな具合です?
光っつぁん へぇ、えらいすまへなんだ...おかげさんで...震えだけは...止まりました...
源やん ああ、さよか...おい、震えだけは止まったんやて、気の毒に、また改めて震えなおさんならんとも知らんと...あんさんにお見舞いちゅうのが来てまんねや。へぇ、ぜひお会いしたいちゅうてな、へぇ。じょうよう屋のお饅さんちゅうてえらい別嬪さんでっせ。色の白い、ポチャポチャッとした...入ってもらいまひょか...えへへへっ、入ってもらいまっせ、それ行けーッ、パーッ、パーッ、パーッ
喜六 キャー、バタバタ、キャー、バタバタ、キャー、バタバタ
清やん ......お前が、キャー、バタバタ言うてどないすんねん
喜六 あれ? 今のわいか?
清やん あほ、光っつぁんがキャー、バタバタ言うのを聞きとうてみなで饅頭買うて来たんやないか、光っつぁん、シーンとしてるがな、お前のキャー、バタバタ聞くために誰が銭出すかい。そんなもんならわしらただで聞くぞ。おぅっ、源やん、どないしてくれるねん!
源やん どないて、わしに怒ったかて知るかい! そんなもん、わしかてこんなこと始終やってるわけやあろまいし、生まれて初めてやがな。多分、こうやったらこうなるんやろうと、思うてやったけどそうならなんだだけの話やないかい...しかし、ちょっと静かすぎるな...ちょっと覗いて見たろ...
喜六 どんな様子や?
源やん ...み、光っつぁん、死んだ...
喜六 死んだ!?
源やん 死ないでかぁ、饅頭の「ま」の字を聞いただけで身体が震えんねんで! 安心しきってるところへパッ、パッ、パーッと五、六十個も饅頭が飛んで来てみい、「アッ」と言うたんがこの世との別れや! キャーもバタバタもあらへん、ビックリ死にや。ああっ、みな、ちょっと、逃げたらあかん、逃げたらあかん、こうなったらみな共同責任、共犯ちゅうやっちゃ! 誰も逃がすな! 急くな、慌てな! もうここまでやってもうたら諦めなしゃぁない。バタバタすな、覚悟は決めい! 人間やっぱりこういう時の覚悟の据え方ちゅうやつが大事やぞ
清やん これからどないなる?
源やん どないちゅうたかて、これだけの大事件を起こしてしもうたやないかい、人ひとりビックリ死にしてんねんで、近所の連中がほうっとくかいな、騒ぎ出すやないかい、「どないなってんねやしらん」てなもんや。こんなときに世話焼きちゅうのが出てくんねん。警察へ走って行きよるわ。さあ、飛んで来るで、巡査が来る、刑事が来る、警部が来る、観察医が来る、署長が来る
喜六 うわ、署長はんまで来はるか
源やん なんやうれしそうやな、署長も来るわい。これだけの大事件やど、世界犯罪史上に前例を見ない怪事件や。新聞記者が来てインタビューや。なんやチョコチョコッと書いとると思うまもなくインターネットたらいうやつで世界中に知れてしまうわい!
喜六 世界に知れるか、わいらのことが!?
源やん 喜んでる場合か! アホ、ただしれるだけやないで、えげつない書きようされるで
喜六 ど、ど、どないいうて書きよるやろ
源やん どないて、そんなもん大見出しや。馬鹿でかい字で「饅頭殺人事件」、友達共謀して
清やん 共謀か? そらいかんなぁ
源やん 共謀やな。共謀となると罪が重いぞ、心証が悪いわ。寄ってたかって友達を殺害、こら情に憎まれるさかいなぁ。「友達共謀して、佐藤光太郎なる人物を、饅頭にて、あん殺す」...殺したやつもあんつくなら、殺されたやつもまたあんつく
喜六 そこでみんながアズキ色のべべ着るか
源やん おもろがってる場合やあれへんで!
  
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光っつぁん へへっ、思たとおりになった。

あの連中のこっちゃ。わしがあないに言うたらあないにするやろうと思うてあないに言うたらきっちりこないになった。

はは、アホばっかりや。

わしゃどうも酒は呑めんが、甘いもんには目が無いんじゃ。あいつら知ってるはずやねんけどなぁ、ひとりも憶えて無いんやなぁ...

これで当分何も買わんでええわ、こらありがたいなあ。

...ああ、食いたいなぁ、今食べてたらあいつら怒りよるやろうなぁ...

我慢しょうかなぁ...

我慢でけんなぁ...

食べたいなぁ...

これ、やってこましたろ。高砂屋の薯蕷やで。竹の皮の座布団に座ってはる。嘘かほんまか知らんけど、ツゲの小枝で炊いたぁるちゅう話や、土用のさなかに二十日置いても餡の味が変わらん。久しぶりやなぁ、ごきげんさん、元気にしてはりましたか...

ハムッ、ウム...ウシャ、モグ...こら美味い...銭はただ取ってないなぁ。

こっちは、これは太鼓饅頭...これは亀沢のふくさやないか、娘はんの喜ぶやっちゃ。ウンウン、けし餅、粒餡もうまいのう

アアー、橘屋のへそか...

   しばらく見ないうちに...ちょっと痩せましたね...
清やん おい、ちょっと、なんや妙な具合やで
源やん 何が
清やん なんや、ボシャボシャ、ムシャムシャしゃべったり食うたりしてるような音がしてよんで
源やん そんなことあるかい、光っつぁんひとりもんやないかい、それが死んでしもうて、だれがしゃべんねん
清やん そやかて...ほら、聞こえてるがな、ちょっと覗いて見...あっ...あっ、ああっ、あぁぁぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁっ!
源やん カラスかいな。どないしたんじゃ
清やん 光っつぁん、饅頭食てる!
源やん なに!!?
清やん 光っつぁん、饅頭食てる!!
源やん そんな...また騙されたんやがな、そんなアホな! 人をばかにしやがって、こら、光っつぁん!!
光っつぁん ウッ...ウゴッ...ゲホッ、ゲホッ...ああ、もうちょっとでほんまに饅頭で死ぬとこやった...どなたはんも、おおきに、ごっつぉはん
源やん 何を言うてんねん、あんた...あんたが饅頭が恐いちゅうから、普段自分らでも食わんような上等の饅頭を...あんたのほんまに恐いもんはいったいなんや!?
光っつぁん 今度は、濃いぃお茶がいっぱい恐い
  
  
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 江戸と上方に共通して存在する噺のひとつである「饅頭恐い」の上方版である。ただし、同じ噺でも江戸版がファイルサイズで15KBなのに対し、上方版は32KBある。内容的にもこのように盛りだくさんである。特に前半に出てきたキツネのエピソードはそれだけで一席の噺として演じられることもある(江戸では「九郎蔵狐」として知られる)ほどである。
『饅頭恐い』の歴史
    中国は明の時代の『五雑俎(ござっそ)』という本に「貧乏書生が饅頭が恐いと言って饅頭屋の主のいたずら心を掻き立てて饅頭をせしめる」という原話がある。これが日本に伝わり、『気のくすり』(1779年)、『詞葉の花』(1797年)などで日本版『饅頭恐い』として成立。大阪で練り上げられたものを明治末期に蝶花楼馬楽が東京に持ち込んだ。「濃いお茶が一杯恐い」というのが当時の通人の間で流行した。


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