東西落語特選

五人廻し



 郭のお咄でございます。


 人間というものは、みななにかしら道楽を持っておりますが、男と生まれて三道楽煩悩(さんどらぼんのう)、と申しまして、男の道楽は「飲む、打つ、買う」と昔から決まっておりました。飲む、というのはお酒、打つというのは博打ですな。番茶飲みながら拍子木打ったって面白くもなんともありゃしません。で、買うというのは、何を買うのか。ご婦人でしたら着物ですな。今でしたらデーシーブランドのドレスなんぞ買いあさるところでしょうが、これは男の話ですから、買うのは当然、妓(おんな)の子ってぇことになります。


 咄の方で出て参ります、遊郭というものですが、正式の郭というものは江戸では吉原、京都で島原、大阪では新町が官許の遊女町でございました。じゃぁ、その他の深川とか、四宿と云われた品川、新宿、板橋、千住、あるいは大阪の北の新地や難波新地なんかは何かってぇますと、これらは正式に許されたものじゃなかったんですな。これらを江戸では岡場所、宿場、上方では外町とか島、とか云ったものです。そういうところの女は客は取るんですが、あくまでも表向きは飯盛り女ですな。そういうわけですから、吉原とは違いまして源氏名はつけませんで、お染、とかお杉とか、俗名で呼びました。



 吉原と上方の遊郭で違うところがいろいろとございますが、中で、「廻し」というのがございます。廻しというのは何かってぇますと、一人の遊女が一晩に何人かのお客の相手をすることですな。このようなことは上方ではやりませんでした。だいたい名古屋あたりから西では「切り」と申しまして、いったんお客と遊女の組ができてしまうと、あとからどんなに大事なお得意様が来ても、その遊女は絶対にでない。ところが東はそうじゃなかった。吉原では遊女のことを花魁と申しましたが、売れている花魁ほど馴染み客は多いもので、それが一時に三人も四人も来たら、どうするか、というと、順繰りに相手をしていくんですな。


 お客が来て、馴染みの花魁が


「あ〜ら、今夜はほんとによく来てくれたわねぇ」



なんてんで、差し向かいで一杯やってて、さて、これからってぇところへ、


「えぇ、花魁..えぇ、花魁...」


「はい」



「ちょぃと、お顔を拝借...」



ということになる。この「ちょいとお顔を」てぇのが、他の客が来たから、こいつぁ適当なところでナニして、こっちの方をナニしてくれという合図ですな。


「ちょぃとお顔を」


「おや、そうかい。ちょぃとごめんなさいね。すぐ来るからね」



てんで、他へ行っちまったきり、なかなか現われやしない。そこでお客が怒ったり暴れたりしようもんなら、野暮だの、遊びを知らないだのと云われるんで、お客も


「ああ、いいよ、行ってきな」


と送り出すしかないんですな。そいで、花魁は次の座敷で


「あ〜ら、よく来てくれたわね...」


なんて云ってるところへ、また


「ええ、ちょっとお顔を」


「あら、そう?」


なんて、順繰りに廻っていくんでございます。
  
  
職人 ヤダねぇ、この廻し部屋ってぇもなぁ...汚いったらありゃしねぇ...どうだい、この、障子だの壁だの、落書きだらけだよ。落書きにいい手はねぇってぇが、まったくだ。えぇ、なんて書いてあるんだ? 


...「この楼(うち)は 牛とキツネの泣き別れ もうコン、コン」... やンなってきちゃったなぁ!


...まったく、癪に障るったらねぇや! どうして女ぁ来ねぇんだ? 今夜てぇものは... 


もう、寝ちまおうかなぁ...だけど、寝てるところへ女がきて、「この人はもう寝てるから、もう一廻りしてこようかしら」...こりゃいけねぇな。


そうだよ。「おめぇの寝顔はどうもいけねぇ」って、ひとに云われてんだよ。「寝顔を見せるな」ってやがる。「じゃぁ、起きてる顔はどうだ」って聞いたら、「起きてる顔はなおよくないよ」ときた。「それじゃぁおれはどういう顔がいいんだ」と聞いたら、「こないだ見せた死に顔が一番よかった」ってやがる...ふざけやがって!


おや...トン、トン、トン...草履の音だよ、えぇ? まだまだ捨てたもんじゃねぇや、へへっ。他を手っ取り早く片づけて、おれんところへ来ようってんだ。「ぬしさん、お待ち...」とか云いながらへぇって来るんだよ...へへへっ、おれぁやっぱりあの女の間夫(まぶ)だ...
  
トン、トン、トン...草履の音が近づいて参ります。その頃の花魁というものは実に分厚い草履を履いておりました。だいたい普通の草履十枚分くらいはありました。それを素足に履きまして、引きずるようにして廊下を歩いて参ります。


トン、トン、トン...「来たな」と思う...てぇと、そのまま通り過ぎて、どっかへ行っちまった・・・
  
職人 あれ...なんでぇ...他へ入っちまった。なんだよ、気をもたせやがって...


おっ、また来たよ...トン、トン、トン...へへっ、今度こそ...そうだ、ここはひとつ、寝たふりでもしてやろう。起きてるってぇと、なんか待ち焦がれてるみてぇでだらしねぇからな。寝てるってぇと、そこへスーッと障子が開いて、「まぁ、おそくなってすみません」てなことを云いながらへぇってくるよ。「...ぅ、あ...あぁ、寝ちまってたなぁ。なぁに、いいってことよ」なんて、云ってやろう。クウ、クウ、クウ、クウーッ
  
眼ぇ開いたままいびきをかいている。そういうところへ、まるっきり場違いな野郎が入ってきたりいたしまして...
  
若い衆 ヘイッ、今晩はぁ
職人 な、なんだっ、おめぇ!?
若い衆 へっ?
職人 なんなんだって、聞いてンだよ!
若い衆 へぇ、えぇ、なんですか、花魁はおりませんか? あぁ、さいですか。へへっ、お一人さんですな
職人 なにをっ、お一人さんですかぁ、たぁよく云ってくれるじゃぁねぇか。おぅっ! おめぇんちじゃぁ、お半分さんだの、お四半分さんだのてぇのがいるのか!
若い衆 いやぁ、そのぉ...へへっ、お一人じゃぁさぞや、お寂しゅうございましょうなぁ
職人 この野郎、悔やみを云いに来やがったのか? おぅ! 夜はお一人さんじゃぁ寂しいや! いってぇ誰がおれをお寂しゅうしてくだんだよ! こんちきしょうめ! ちったぁお賑やかさんになりてぇじゃぁねぇか!
若い衆 えぇ...恐れ入ります。先ほどいびきが聞こえておりましたが、ただいまお目覚めでございますか?
職人 なにをっ! ただいまお目覚めでございますか、だと! おぅっ、お目覚めてぇのは寝てたもンが起きるからお目覚めって云うんだ。えぇ、おれは来たときから今の今まで、まんじりともせずに起きっぱなしなんだよ! おめぇんちじゃぁ起きっぱなしのお目覚めてぇのもあるのか!?
若い衆 へへっ...えー、花魁はどなたで? あぁ、喜瀬川さん? えー、喜瀬川さんなら、もうほどなくお廻りンなりますので...
職人 ほどなくお廻りンなります、だぁ? おぅッ! おれぁなぁ、身体検査待ってんじゃぁねぇんだ!


いいかい、おれはなぁ、女が来ないからグズグズ云ってんじゃねぇよ。そこんとこ間違えんじゃないよ。いいかい、ものにゃぁ法ってぇものがあるだろう? えぇ、今晩ここんちに来たときにだよ、


「今夜、あたし、忙しいから、お前さんのお相手できないかも知れないよ。すまないけど、今度、きっと埋め合わせするからさぁ、今日のところは堪忍しておくれでないかい」


くれぇのをもし云われててみなよ、こんだけの銭ィ使って、気ィ使って、無駄ァするこたぁ無かったんだ、えぇ?


宵にちょぃと出て、それっきり、てぇ「三日月女郎」てぇのは聞くが、今までいっぺんもツラぁ見せねぇ。これじゃぁ「月蝕女郎」じゃぁねぇか!


でぇいち、あの喜瀬川のツラぁ、ありゃあいってぇなんだ? あれが男を振るツラか? 通りへでも出てケツ振れ、ケツを!!! おぅっ! 喜瀬川に逢ったらそう云っとけ!
若い衆 へぇ...さようでございますかなぁ
職人 さようでごさいますかなぁ、だとぉぉぉっ!!


オゥッ、てめぇじゃぁわからねぇ、もっと人間に近けぇやつ、出せ、人間に近けぇやつを!!
若い衆 えー、手前は人間から遠ございますかなぁ
職人 おめぇなんざ、出来のいいエテ公(猿)だ!
若い衆 エテ公?
職人 へっ、ァたりめぇだ! おうっ! もうちょっとはっきり人間だってぇ分かる野郎を持ってこい、保険所じゃなくて区役所担当の野郎だ!
若い衆 へへっ、えぇ、手前はちゃんと区役所に住民登録しておりますので...他に若いものもおりますが、ここはあたくしが引き受けておりますので、はい。これは不寝番の役でございます。ですから、へへっ、他のものがおりましても、出せないと申しますのは、これが郭の方式でございまして...
職人 なにをっ! ホウシキだぁ!? この野郎、風呂敷きドブに突っ込んでかき回したようなツラぁしやがって!


おぅっ! 釈迦に説法たぁこのこった! こちとらぁなぁ、おぎゃぁと生まれて三歳(みっつ)のときから、この大門 ?! にへぇってんだ! おぅっ! こちとらぁ、どこの女郎屋にゃ何人女郎がいて、どこの女郎屋でどういう女郎がお職( ?! )を張ってて、元はどこにいて、借金がいくらあって、どこの芸者がどういうことでいつ新聞に載ったなんてぇこまで隅からすみまで全部お見通しなんでぇ! 「郭の法」を云われて「はい、さようでございますか」ってんで後ろへ引っ込むお兄いさんたぁわけが違うんだッ!


こんちくしょうめ! まごまごしてやがっと、頭っから塩ぶっかけて齧るぞぉっ!
若い衆 へへっ、どうも恐れ入りやした
職人 ぐずぐず云わねぇで、玉代 ?! 返せッ!
若い衆 どうも、あいスイマセン



へっ、なんだい、ありゃぁ、野暮だねぇ...しかし、よくしゃべりやがったなぁ。何を云ってやがんでぇ。三つの時に大門の中に入ったってやがる。ヘッ、三つのガキが大門にへぇれるわけがねぇじゃぁねぇか。おおかた、その辺の女郎が産み落として捨て子かなんかにされやがったんだろうよ、へッ!



玉代返せ、たぁ、なんてぇことを云いやがるんでぇ。とんでもねぇ野郎だよ...


えぇ、喜瀬川さん、喜瀬川さん...
  
役人 おい、おいおい、廊下を通過するやつ...下男! 下男!
若い衆 下男だぁ? ...へぇ、どうも
役人 もっと。これへ進め
若い衆 へ?
役人 もっと進めと申しておる!
若い衆 へぇへぇ、さいでございますか...
役人 進めと申すに、なぜ退去するか! その方は、あぁ、何役を務めるものか?
若い衆 何役ってぇほどのものじゃぁございませんけれど...えぇ、お二階の方は手前が預かっております
役人 ふむ、するとその方は、二階指揮官ですかな?
若い衆 いえぇ、別にその...指揮官てぇほどのモンじゃ...
役人 して、年齢は?
若い衆 え? 歳でござんすか? えぇ、四十五でございますが...
役人 四十五? ウソも隠しもなく、四十五か? まことか... むむ、四十五と云えば、もはや五十になんなんとしておきながら、かかる巷へ身を落とし、いまだ一個の分別もつかず、こんにち男女の同衾をする夜具布団を運搬しつつ生業を立て、その方は何がよいのじゃ? 貴様の両親とて、貴様をこのようなものに致すべく養育なされたわけではあるまいに... みな、その方の意志薄弱が招いた結果であるから、そう心得よ。いまさら両親を怨むでないぞ
若い衆 いや、別に怨みゃしませんけど...
役人 ときに、つかぬことを聞くが、ここに枕が二つある。一個の枕は我が輩が使うとして、だ...あとの一個の枕の用途はいかに? 我が輩が粗相した時の代えの枕か?
若い衆 いえ、そ、そんなこたぁありません。それは、えー...あのお妓さん(おこさん)が...
役人 あのお妓さんにも、このお妓さんにも、我が輩、この屋に入って以来、一瞥たりともしてはおらんが、あぁ、なぜそのような意地悪をいたすか? ふむ、ここに、受取証というものがある。その方の店の印鑑が押してある。立派なものだ。よいか、この飲食の料としてあるのは、差し支えない。しかし、劈頭にある「金一円、娼妓揚代賃」という件については、我が輩、その解釈に苦しんでおるところだ。これは確かに有名無実と云ってよかろう。玉代を、これに、今すぐ返却せよ! 返却せぬときは、この屋に爆弾を...
若い衆 へへっ、申し訳ございません! いましばらく、お待ちをッ!


な、なんだい、ありゃぁ...爆弾? じょうだんじゃねぇや...弱ったねぇ、どうも...


えぇ、喜瀬川さん、喜瀬川さん...しょうがねぇなぁ...喜瀬川さん...
  
田舎者 あのぉ...そこな廊下ぁ通るひと...若ぇ衆じゃぁねぇだか? ここへ、ちょっくらここへ寄ってもらいてぇだがねぇ...手の鳴る方へ来てもらいてぇや、えー、若い衆さん...
若い衆 また、妙なのがいるよ...えー、こんばんわ!
田舎者 そこでは、話しができねぇから、もそっと、こったらこけこぅ
若い衆 にわとりだよ、まるで...えー、どうも...
田舎者 若い衆さん、いまおめぇ、何時ンなるとおもうだぁよ。えぇ、きょうはおらの方からこの楼へ上がったわけじゃぁねぇだろ。おらとおらの友達となぁ...寅次郎と五左衛門と、辰松と、それと清兵衛と五人で前を通っただよ。するてぇと、あの女郎が出てきてだね、「ねえ、あんた、おら、あんた好きだァ。上がってくんろ、上がってくんろ」ってこう云うから、「友達があっから、おら上がることできねぇ」っただ。「いいではねぇか。友達は友達で、どっか上がっから、あんた、おら助けると思って上がれよ」...ええだか、おら、頼まれて上がっただよ。えぇ、おらが上がると「やぁ、酒呑みてぇ」の「寿司、食いてぇ」のとあれだぁ、これだぁとさんざっぱら人に銭ッコ使わしといて、そいで女ッコ来ねぇってことあるかよ。えー、女にそう云ってくれや。あー、客振るなら、田舎者ォ振れやってな。おらぁな、はばかりながら、こう見えたって江戸っ子でがすよ。江戸は日本橋の在のもンだから、フンとに...なんだと思ってやんでぇ、ばかにしやがるってーと...玉代返さねーてーと、このうちィ火ィつけるぞっ!
若い衆 へぇ、へぇ...


「ばかにすっでねぇだよ、おら江戸っ子だ」...えれぇ江戸っ子がいたもんだ...おでれぇたねぇ...


えぇ、喜瀬川さん、喜瀬川さん...いったいどこ行っちまったんだよ...喜瀬川さん...
  
粋人 あ、そこの、廊下をご通行中のお方、ご通行中のお方...ちょいと、ここへお立ちより願いたいんでげすがなぁ...ご通行中のお方ァ...
若い衆 また、妙なのがいるよ...えーっ、お呼びでございますかなァッ!
粋人 はぁ、呼んだんでがすがねぇ。さぁ、これへ入りたまえ、入りたまえー、清めたまえー、後を閉めたまえェー
若い衆 恐れ入ります...
粋人 もそっと、ズズーッとこちらへ...向こうの座敷で、エー、頭へ塩を付けて齧るとか、玉代返せ、とか、いろんなことを云っておりましたなぁ。えー、なぜこのような遊里へ来て、さような下衆なことを云うんでがしょうなぁ。え、そうでしょう? そういう苦情を云うくらいなら、はなっから来なきゃいいものを。ねぇ、つまり、自分の方から来ておいて、そう云うことを云うことと云うものは、フン、あ、野暮だねぇ〜
若い衆 へい、恐れ入ります
粋人 ものというのは、それではいかんでがすなぁ。「寒からぬほどに見ておけ峯の雪」って兼好法師もおっしゃった。そういうわけですから、拙なんぞはねぇ、ホッ、ホッ、ヤッ、ヨイッ...なぁに、こういうところへ来て女子が来ないからって、野暮なことたぁ云いませんよ


えぇ、まぁ、しかし、なんだねぇ。貴公なんぞは、おぎゃぁと生まれて、いきなりお女郎屋の若い衆さんでもありますまい。若い頃はずいぶんとお道楽てぇやつでげしょう?
若い衆 へへっ、さいでございますな
粋人 そこででがす。尊公がお遊びにおいでンなっている時分にですよ、えぇ、時に遊里へ上がって、おばさんのお世辞を肴にして、みんなにワァッと云われて、さて、いよいよお引け...閨中の人となったときにだねぇ、側に姫なるものがはべっておるのがよいか、はたまた、拙のように、こう...ひとり孤独を噛み締めつつ手酌でいっぱいやるのが嬉しいか、尊公のお胸に聞いてみたいもんでがすよ。ウッフッフッフ...
若い衆 えぇ、実にどうも...針の筵で...
粋人 拙はいやだよ。玉代を返しておくれでないかね?
若い衆 弱りましたなぁ、どうも...
粋人 あぁ、どうも、腹が立つねぇ。拙はイライラしてるんでげすよ。このイライラ、うっぷんてぇやつをいかようにして晴らしたらいいもんだろうねぇ
若い衆 ええ、どういたしましょう...
粋人 若い衆、こっちィ来て、肌ァ脱いで
若い衆 肌を?
粋人 うん、さぁ、ここに焼け火箸があるから、これを尊公の背中へ、ちょぃとばかりジジジ...っと...
若い衆 やですよ! 冗談じゃぁねぇや!


ああ、驚いたねぇ、どうも...ええ、喜瀬川さんぇ...おや! 花魁、ここにいるんですか?
喜瀬川 どうしたのさ
若い衆 どうした、じゃぁありませんよ、あなた、少しは廻っておくんなさいよ。お客がみんなうるさくってしょうがありませんよ!
喜瀬川 うるさくったって、どうしたって、あたしゃこの人のそばを離れるの、嫌なんだもの...
若い衆 ねぇ、お大尽、あなた、ひとつ、花魁を少しでよござんすから、廻しに出してやっちゃもらえませんか
お大尽 そんりゃぁ、おらのほうだってぇ、喜瀬川ァ商売だかんねぇ、ちょっとは他へも行ったらよかっぺぇと、こう云ったんだけんども、アマッ子は、云い出したらきかねぇんだよ。えぇ、おらの側を離れんの、いやだ、いやだってなぁ...それは、はぁ、年期があければはれてひぃふンなるだから、それはいいけんども、今は苦界の身ィだから、つれぇこんだけんども、廻しまわれってぇのに、まわりゃぁがらねぇてなぁ。それで、他の客はなんちゅうとるかねぇ?
若い衆 へぇ、玉代返せってんですよ
お大尽 玉代返せぇ? こういうとこへ来て、はぁ、玉代返せ...へぇ、そらぁ、どったな田舎もんだぁ? バカなやつがあるもんでねぇか。で、相手はひとりけ?
若い衆 いえ、それが四人で
お大尽 どうも、あきれたなぁ。どうする? 喜瀬川ぁ?
喜瀬川 玉代返してさぁ、帰ってもらっておくれよ。あたしゃお前さんのところ、離れるの、いやいだよっ
お大尽 しようがないなぁ、われがそういうなら、玉はおらがだしてやるべぇ...えぇ、みなで、いくらだ?
若い衆 へぇ、おひとり一円ずつなんでございます。シメて四円で...
お大尽 そいじゃ、四両だしてやるから、みんなに返してくんろ
若い衆 どうも、相すいません、まことに恐れ入ります、へぃ...
お大尽 さあ、どうだ。四人、帰しちまっただ。えぇ、だから、もう、安心しておらの側にいられっぞ
喜瀬川 えぇ、だけどもねぇ、あたしにも、一円下さいよ
お大尽 なんで、われに一円出す? われとおらの仲じゃぁねぇだか。われのものはおらのもの、おらのものはわれのものだ
喜瀬川 けれどもさ、一両というのは他人よ。あたしにも一円下さいな
お大尽 そうかい? ま、おめぇがそれほどくれって云うなら、さぁ、一円やんべぇ
喜瀬川 あら、そう...もらえばあちしのものねぇ
お大尽 そんなこと、聞くにゃおよばねぇ...
喜瀬川 じゃぁ、これ、改めてお前さんに上げるよ
お大尽 なんだよ、おい、おめぇにやったもを、改めておらがもらってどうするだ?
喜瀬川 これをもって、四人と一緒に、お前さんも帰っておくれ
  
  
  
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 ずいぶんと説明的な枕を振ってしまいましたが、廻しというのは東日本にしかなかった風習です。まぁ、金を払って振られるとこれはたいそう腹の立つ話しですが、逆に他の客を振ってでも花魁が自分のところにいてくれたら、これは実に鼻高々なことで、そういうこともありまして、江戸っ子は「廻し」を受け入れていたようです。それと、江戸の人口比が、圧倒的に女性が少なかった、というのも大きいのではないかと思いますが、わたくし、決して遊郭研究家じゃございませんので、よく分かりません。


 まぁ、なんにしても、廻しというものがあったおかげで、「金を払っていながら、振られる」などという情けない目にあう客が出る。上方じゃそんなことはありえませんな。郭咄の質・量を東西で比べてみると、江戸の落語の方に軍配が上がるのは、こんなところにもわけがあるんじゃないか、と思ってます。


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