「ぼくは、まけない」

 ぼくのからだは、なぜうごかないのだろう。てんじょうが、水の中で見るそれのように、グニャリとゆがんだ。いきができない。もしいま、つよいなみがきたら、ぼくのからだは、せかいのはてまでながれていってしまうだろう。でも、もうすぐつよいなみがくる。あらしがおとずれる。だれか、だれでもいいから、ぼくをたすけてほしい。
「もう、だいじょうぶですよ。」
びょういんの先生のこえがとおくにきこえた。ずいぶんからだがらくだ。目をあけてみると、たくさんの人がぼくのかおをのぞきこんでいた。かんごしさんたちや、びょういんの先生たち。そして、青いかおをしたぼくのおかあさん。ぼくは、わざとあかるくいってみた。
「きょうのばんごはんは、焼き肉がええわ。オリーブぎゅうをおおめにね。」
おかあさんは、
「なんぼでも、やいてあげるわ。」
といった。あらしは、もうこない。
 ぼくには、たまごアレルギーがある。みんなとおなじものをたべられないので、レストランへいくこともできない。でも、小学校へ入学するまえに、すこしだけたべてみるけんさをすることになった。みんなとおなじきゅうしょくをたべたいからだ。でも、たまごやきを一口たべると、いきができなくなった。やっとみんなとおなじものをたべることができるとおもったのに。学校へいくときは、アレルギーが出たときにうつ、ちゅうしゃきをもってかようことになた。
 入学しきの日、一ばんにきょうしつへ入ったのは、ぼくだった。ニコニコしてまっている人がいて、
「ゆうくん、おめでとう。」
といってくれた。それは、ぼくのたんにんになるほり川先生だった。おかあさんがアレルギーのはなしをすると、先生は、
「たまごなんてたべなくてもいいよ。」
と、大きな口をあけてわらった。ぼくもあかるいきぶんになって、いっしょにわらった。そんなことをいってくれる先生は、はじめてだったからだ。これからは、たのしいまい日がはじまるとおもった。
 入学して、はじめてのきゅうしょくの日がきた。ほり川先生は、ぼくがたまごをたべたら、からだのちょうしがわるくなるということをみんなにせつめいしてくれた。ようちえんのときみたいに、
「なんでもよくたべな、いかんで。」
といってくる人はいなかった。ここみちゃんは、
「ももがたべれんのんや。」
といって、みかんをかわりにたべていた。とあくんは、
「しょくパンもってきたんか?うらやましいな。ぼくは、きゅうしょくのパンがきらいなんや。」。
といって、ぼくのべんとうばこをのぞいていた。ずっとこのクラスで、ずっとたのしいまい日がつづくと、ぼくはおもっていた。
 五月がきて、とつぜんほり川先生が学校にこなくなった。
「先生は、ねつが出ているそうですよ。」
と、きょうとう先生がいった。その日から、いろいろな先生が、べんきょうをおしえてくれた。でも、ぼくはさみしかった。クラスのともだちが、みんなイライラしていた。とあくんとけんかをしても、いつもとめにくる、ほり川先生はいなかった。かなしかった。それから、一しゅうかんしても、二しゅうかんしても、ぼくたちのほり川先生は、もどってこなかった。
 六月がきて、ほり川先生は、なくなってしまった。学校へいくと、
「ほり川先生は、大きなびょうきでなくなりました。」
と、たかはし先生がいった。なくなるって、しぬっていうことなんだろうな。ぼくが入いんしたとき、とてもくるしくてこわかったけれど、先生は、もっとこわかっただろうな。
 そのあと、ぼくたちは、おそうしきへいった。先生のわらったかおのしゃしんが、かざってあった。先生、きゅうしょくをあまりたべていなかったな。かていほうもんのとき、しんどいっていっていたな。しゅうだん下校のとき、いつもあるくのがおそいぼくを、はげましてくれたな。ぼくがないたとき、いつもそばにいてくれたな。いろいろなことをおもい出しながら見ていた先生のしゃしんが、なみだでグニャリとゆがんだ。ぼくは、なにを見ていたのだろう。なんで、はやくびょういんへいってくださいといえなかったのだろう。ぼくは、いえへかえっても、またないた。
 なつがきて、あかるくてげんきな、おく先生がやってきた。もう、ぼくたちのクラスに、あらしはこないだろう。ぼくは、いつかおいしゃさんになって、ぼくをこまらせるびょうき、大せつな人をうばううびょうき、そのほかのびょうきもぜんぶ、やっつけてみせる。