| 走り始めたきっかけ | 大学生時代、講義室の後ろの窓から遠くのグラウンドを同級生が走っているのが見えました。彼は講義が始まるときにはすでに走っていて、途中でも走っていて、90分終わってもまだ走っていました。こいつはばけものか!と思ったものでした。そのころ瀬古選手が福岡国際でイカンガーを最後にぶっちぎって優勝した姿をテレビで見ました。なぜか私の中で「俺もこうなるんだ!」と思ったのでした。 それが走り始めたきっかけです。 |
| 競技歴 | まったくなしの典型的な市民ランナーです。 |
| 初めの頃 | 大学は出雲にある島根医科大学でした。日本海側ですから冬の朝にはグラウンドに雪が積もっていることがときどきありました。早朝走ろうと決めておんぼろジャージを着たもののランニングシューズがありません。ふと下宿の玄関を見ると誰のものかわからない運動靴が置いてありました。長く使ってないように見えたので、黙った拝借して走りに行きました。グラウンド一周が死ぬほどきつかったのを覚えています。しかし、バージンスノーに自分の足跡がくっきり残ったことに感動したのでした。最初の日は一周しかできませんでしたが、次の日はなんとか二周しました。さらに次の日は三周、そして毎日一周ずつのばしていって、1ヶ月で10km走れるようになりました。ほ〜、俺でも走れるんだ、と1ヶ月後の自分に感心したのでした。黙って借りた靴は底が剥がれてぼろぼろになっていました |
| 最初のレース | 1988年広島平和国際マラソン10km。50分ぐらい。30kmの部が瀬古選手の復帰第一戦となった。たくましい走りを目の当たりにして感激! |
| 最初のフルマラソン | 1988年ホノルルマラソン 5時間48分56秒 |
| 最初のウルトラマラソン | 1994年第1回四万十川100kmマラソン 71kmの関門でアウト |
| ハーフマラソンベストタイム | 1時間29分56秒 三田国際ハーフマラソン |
| フルマラソンベストタイム | 3時間26分44秒 1992年愛媛マラソン |
| 100kmマラソンベストタイム | 12時間16分36秒 1995年四万十川100kmマラソン |