環境保全への意思形成を図る学習カリキュラムの開発
−メダカとの共生を図る水田周辺環境の教材化の視点−
1 はじめに
今,これまでの社会における生産第一主義のシステムから,共生の考えを基礎とした新しいシステムの構築が求められている。それは,わたしたちの豊かさや便利さを求めようとする価値観や生活の在り方が,地球環境の破壊,資源の枯渇,さらには多くの種の絶滅をもたらしたからである。このことは,動植物も地下資源もすべてが人間のためにあるという人間至上主義の価値観が現代社会の根底にあることを明らかにしている。新しいシステムが構築された社会においては,その成長を従来のように成長率でとらえるのではなく,成長の質でとらえなければならない。地球上のすべてのものと共生するという新しい価値観のもと,「魚のいる川」「緑のある町」などの視点から,真の豊かさを問い続けていくことが必要であると考える。
この真の豊かさを問い続けていくことこそ,人間教育としての環境教育の中心的課題である。そもそも環境教育のねらいは,人間と環境との関わりについて理解と認識を深め,環境保全,さらには調和のとれたよりよい環境の創造を目指す人間の育成にある。つまり,よりよい環境づくりへの責任ある行動がとれる人間の育成である。このねらいを達成するためには,わたしたち一人一人が意識や価値観を変革し,環境問題を自分の問題として捉え,解決に向けて取り組むことが必要である。そこで,子どもたちに求められることは,まず,自分たちを取り巻く環境の変化に自ら気付き,問いをもつことである。次に,この問いをもとに,日常の生活の中でどのように行動したらよいかを主体的に考え,意志決定し,解決に向けて自ら働きかけのできる行動力を養うことである。 このような学習を展開するためには,子どもたちが身近な事象から取り組み,自分の問題として捉えるとともに,地球的規模の問題にまで発展させ,結び付けていく総合的な視点をもった学習カリキュラムの開発が必要となる。そこで,本研究においては,農業集排水路を中心とした水田周辺環境を対象とし,メダカと人間との共生を図る教材化の視点についての考察を行う。
2 学習材としてのメダカの価値
2-1 メダカと水田周辺環境の変化
「メダカ」という生物用語に対する社会の認識は,従来一般的なものであるとされてきたが,現在,この用語は特別なものとして認識されるようになってきた。このことは,これまでどこの川や農業集排水路にもいたはずのメダカが,今ではその姿を容易に見ることができなくなったことに起因している。つまり,メダカを取り巻く環境が大きく変化してきたということなのである。
環境庁は,レッドデータブック(1999年2月18日)の中で,汽水域と淡水域に生息する魚類から絶滅の恐れのある種76種を発表した。この中には,メダカ,ホトケドジョウなど一般によく見られると思われていた種がリストアップされており,このことが,人々に驚きを与えるとともに環境保全への意識を啓発し,現在の水田周辺環境のあり方についての問題提起となったのである。
レッドデータブックは,日本国内で絶滅の恐れのある野生生物の種の生息状況をまとめたもので,これらの野生生物の保護を進めていくための基礎的な資料として広く活用されることを目的としたものである。今回の発表で,メダカは絶滅の危険が増大している種としての「絶滅危惧2類(VU)」のカテゴリーに指定されている。他には,諌早湾の河口堰問題で話題になったムツゴロウも同じランクに指定されているのである。
このレッドデータブックにおける指定は,メダカ等が普通に生きられる自然環境が急速に悪化していることを表している。その大きな原因として考えられるのが,効率化を求めた農業集排水路の整備である。三面コンクリート張りされた水路は,その底に土が溜まることもなくなり植物も生えなくなっている。また,水路がまっすぐに整備されたことにより水流が速くなり,泳ぐ力の弱いメダカには生息することが難しくなっている。
2-2 メダカの語源と種類
メダカという呼び名は,関東地方で古くから使われていた言葉で,これが標準語として採用されたのである。ちなみに,メダカの方言は各地に多数あり,昭和初期の辛川十歩の調査によると4680もの呼び名があったという。他には,京都地方の方言であるメザコ,メジャコがなまってメダカになったという説もある。

現在,メダカと呼ばれるものは,卵生メダカと卵胎生メダカに分けられ,国内に生息しているメダカと同じ属名に登録されているメダカ属には13種がある。一般的にメダカと言うときは,卵生のクロメダカのことを指す。その雌雄は,オスのしりびれが平行四辺形で背びれに切れ込みがあるのに対し,メスはしりびれが三角形に近い形で,産卵期は腹部がずんぐりしていることにより区別する。クロメダカによく似たカダヤシは,背中が曲がり,ひれの形が異なる。両者が生息する地域では,カダヤシがクロメダカの卵や稚魚を食べてしまうことがある。
2-3 メダカの分布
メダカは,北は青森から南は沖縄まで,日本全国に,そして朝鮮半島や中国にも生息している。酒泉教授(新潟大学)は,日本,朝鮮半島,中国のメダカを調査し,その遺伝子を調査した。すると,日本メダカは,大きく北日本グループと南日本のグループの2つに分かれ,南日本のグループは,さらに類似したグループに分かれる。これは,大陸と陸続きとなった氷河期に,大陸と日本列島の間に大きな川が流れていたと考えられており,そ,の川をメダカの発生の源としながら,その後の隆起・沈降により徐々に類似した遺伝子をもつグループができたと考えられている。
2-4メダカの生息地の変遷
メダカの好む環境は,流れの緩やかな,植物の生えた温かく浅い水辺である。この水辺は,海に近い下流域であることが多く,そこには湿地が広がっている。大雨が降り水量が増すと,メダカはその湿地に入り込み繁殖のための活動を行うのである。

その後,最後の氷河期が終わると海面が上がり,さらにその後,海面が下がった後に低い土地が現れた。この低地を利用して,日本では約2500年前の縄文時代の終わり頃,九州北部で米が作られ始めたようである。湿地を区切って水を引き,米を育てたのが水田の始まりであり,この時以来,水田やその周りの水路,そしてため池などがメダカの生息地となったのである。大きな河川の本流や水流の速い上流は好まず,大きな河川でも淀みのある場所には生息する可能性がある。さらに,メダカの卵は植物に産み付けられて育つので,植物が生える場所でなければならない。これに対して,卵胎生のカダヤシは,腹の中で孵化し生まれてくるので,コンクリートの水路でも繁殖することができる。
2-5 メダカと水路との関係
メダカのラテン語の学名「Oryzias」にはイネという意味が含まれており,このことからも水田と関係の深い生き物であることが分かる。
春,水田に水が入ると水路と田はひとつながりとなり,メダカは田へと移動する。この時期を産卵の時期とするメダカは,イネの根元などに卵を産み付けていくのである。孵化した稚魚は,ミジンコなどのプランクトンを餌として育っていく。秋,田に水がなくなる頃,メダカは再び水路に戻り,一年中水が枯れることのない水路で冬を越す。このようにメダカは稲作に合わせて生活し,繁殖してきたのである。水田は米を作るための機能だけではなく,ダムとしての機能も果たすとともに,さらに生き物の繁殖の場としての機能も果たしていたのである。
2-6 メダカの生息地としての条件
2-4,2-5より,メダカが生息するためには次の条件を満たしていることが必要となる。
1 秒速20cm以内の流速域を確保し,生息域を確保する。
2 生息域と繁殖のための周辺水田との落差を最小限にとどめ遡上を可能とする。
3 生息区域内の水路等の底面が水生植物の繁茂できる状態である。
3 身近な地域におけるメダカの生息状況
3-1 調査地域の概要
本研究におけるメダカの生息状況の調査地域として,坂出市川津町と同林田町を選択した。前者が身近な地域としての調査対象地域であるのに対し,後者は坂出市立林田小学校の児童によりメダカの生息調査が行われ,その生息が確認されている地域であったからである。さらに,後に記す概要からも分かるように,林田町が川津町とは比較的よく似た様相を示す地域であることから比較対象地域とすることを目的として選択したのである。
川津町と林田町は,坂出市の中心部からはともに約3〜5km離れたところに位置し,面積・人口においては林田町が川津町を少し上回っている。そして,それぞれの町内を大束川と綾川という河川が流れ,ともに都市近郊における農村の景観を有している。また,川津町においてはその西端を瀬戸中央自動車が縦断するとともに町北西部には坂出南インターチェンジが存在し,それに対して林田町においてはその北部をさぬき浜街道が横断している。


3-2 川津町内の状況
川津町内の状況として,上の写真3〜5をあげる。川津町内の農業集排水路には,そのほとんどが3面コンクリート張りの工事が施され,昔のままの水路が確認できたのはただ一カ所のみであった。水生植物は生えているが深く増水時には水流の速い水路,水田との落差が大きくメダカの遡上が不可能な水路,直線的に整備された水路が水田を取り巻き,調査時にメダカの生息を確認できた場所はない。

ここで,川津町の農業集排水路における上記の状況について,町内を縦断する瀬戸中央道との関係をあげることができる。つまり,瀬戸中央道の建設に伴い,雨水の排水路となる農業用水路の排水機能を高めるために大規模な周辺水路の整備が行われたのである。この整備事業は,坂出市において進められている下水道整備事業とも兼ねて実施されている。
このように,現在までの調査から,川津町においては高速道路及び下水道整備事業かかる工事によって,水田周辺の環境が一変し,メダカの生息可能な環境が激減したと考えられる。ここに,効率性を重視した開発が,メダカの生態系に大きな影響を与えたものとして題とすることができる。
3-3 林田町内の状況
林田町内の調査においては,坂出市立林田小学校の児童の調査においてメダカの生息が確認された場所を中心に調査
を実施した。その結果として得られたのが,次の各写真に示す状況である。






上の場所は,すべてメダカの生息が確認された場所であり,この事例だけからも川津町と林田町との間に大きな違いを認めることができる。運河河口堰内側の汽水域においては200〜300匹のメダカの群れが確認されている。さらに,この運河河口へとつながる水路においては,水路内に多くの水生植物を確認することができた。また,水田の周辺の水路は,落差も小さく3面コンクリート張りが施されていない。さらに,集落内においては,石積みの水路及びその上部をコンクリート舗装しただけの水路において,メダカの生息が確認された。
この林田町における調査をもとに考えられることは,この地域が比較的早い時期に用水路整備が行われ,その後大きな開発の手が入っていない場所がまだ多く残されているということである。また,運河河口堰内側において多数のメダカの群れが確認されたように,農業従事者による水路の清掃作業等が及ばない水路があるという点も川津町とは異なる点として考えることができる。
しかし,この調査結果から,今後懸念される問題として,次に水路の整備が行われる際にどのような方法により整備が実施されるかということである。つまり,林田町におけるメダカの生息は,そこに居する住民の意思に基づくものではないと推測されるからである。



本研究にかかわる調査を実施する中で,川津町においてゲンジボタルが生息する水路とその周辺環境を確認することができた。この水路の特徴は,底面に既存の岩石を残すなど完全な3面コンクリート張りが施されていないということである。さらに,ゲンジボタルの生息地の下流となる水路においては,底面に土が止まり水生植物等の繁茂が可能となる機能をもった新規の水路整備が行われていた。これは,聞き取り調査によると,水利組合を中心とした周辺の住民の意識に基づき土地改良課によって実施された事業である。ここに,自然保護にかかわる地域住民の意思の問題を捉えることができる。
4 市民によるメダカの保護活動
4-1「藤沢メダカの学校つくる会」の発足
藤沢市は,神奈川県の江ノ島を臨む湘南海岸に面した太平洋岸沿いに位置し,市内に境川水系,引地川水系の2つの水系をもつ。「藤沢メダカの学校をつくる会」は,この地において藤沢メダカと呼ばれる種の保護に取り組む市民団体であり,学校中心に一般家庭に至るまで多くの参加者によって活動の成果をあげている。
この「藤沢メダカの学校をつくる会」が発足するに至る経緯は古く,この会が一定の基準に基づくメダカの保護を中心としていることの意味を理解させるものである。次に,その経緯を掲載する。
■「藤沢メダカの学校をつくる会」発足まで
1957 池田正博氏の実父と長男,蓮池のメダカを採集,自宅池で飼育
1969 藤沢市「河川をきれいにする都市」宣言制定
1995 神奈川県レッドデータ生物調査でメダカを絶滅危惧種Fに認定内水面試験場長城条義典氏,池田邸のメダカを確認,提供依頼
1996. 1. 3 境川「純系」のメダカ発見記事を神奈川新聞に掲載
6. 8 城条氏,メダカの学校組織化を天神小渡部校長に打診
6. 9 池田邸のメダカ130匹を教育文化センターに移す
7. 14 仮称「藤沢メダカの学校をつくる会」準備会開催
7 池田邸のメダカ830匹を教育文化センターに移す
8. 26 第1回「藤沢メダカの学校をつくる会」発足
4-2 藤沢メダカの定義
1980年代以降,藤沢市におけるメダカの確実な生息地はごくわずかとなり,絶滅が危惧されるに至った。メダカの産業的価値は少なく,人為的な移動が行われないため生活してきた水系ごとに独自の進化を行うようになった。地域によって体形に微妙な違いがあり,しりびれの軟条数の変異も報告されている。従って,種としては同じメダカであっても生態的に見て,地元産と他地域産とは区別されるのである。
藤沢市の東部を南流する境川水系では,長い間メダカは絶滅したと考えられていた。ところが,1995年に境川の旧河道跡の蓮池で39年前に採取され,近所の池田正博氏邸の池で飼育されてきたメダカが県水産総合研究所の城条義興氏によって再発見されたのである。藤沢市教育文化センター研究主事の菊池久登氏の調査によると,しりびれの軟条数の平均が18.33で,日本のメダカの平均値19本より少なく,県内の他水系のメダカに比べて多いことが判明した。そこで,このメダカは境川水系特有の形態と認定し,「藤沢メダカ」と名付けられた。
■藤沢メダカの学校をつくる会の活動
この会の活動として,次の3つの視点がある。
1 育てる・増やす…ステーションの拡大,育てる・ふやす場づくり
2 ふるさとづくり…環境(川)を見直す,学習材としての教材化
3 市民と共に歩む…メダカの学校PTA(現在会員約300名)の組織
そして,今,蓮池への藤沢メダカの放流可能性について,次の各事項が検討事項としてあげられている。
1 蓮池はきれいな池とは言えないが,ごく一般的な池である。モツゴ・フナ類・ドジョウ・メダカ・アメリカザリガニは以前から確認されていた。
2 以前確認されていなかった生物として,グッピー,アフリカツメガエル,オオアオイトトンボ,ゲンゴロウ類,ウシガエルが確認されている。
3 100m離れた私有地の池にはブラックバス,ブルーギル,ミシシッピーアカミミガメが生息している。
上記1〜3より,メダカの天敵であるアメリカザリガニ,アフリカツメガエルが蓮池に生息すること,さらにはクロメダカ,ヒメダカとの交雑を懸念し,現在のところその可能性を認めていない。
5 ビオトープにおける自然保護
5-1「ビオトープ」の語源と歴程背景
「ビオトープ」とは,ドイツ語の生態用語のbio(生物)とtop(場所・空間)の合成語で,「野生生物の生育場所」と訳され,「ある種の生物が生息できるために十分な環境が整った空間」のことを意味する。なかでも都市におけるビオトープは身近に生き物がいる空間と考えることができ,日本で言えば昔は都市近郊にも身近にあった昆虫・小動物や植物の生息する「里山」のようなものである。なお,イギリスでは,ビオトープと同じ意味でハビタート(habitat)が使われている。都市部を中心に野生生物が姿を消しつつある現在,野生生物の生息場所の確保(ビオトープ)が必要となっている。今もなお残っている自然を残すとともに(保全型ビオトープ),失われた場所に自然を復元する(復元型または創造型ビオトープ),その試みがドイツで生まれ,日本でも1990年頃からビオトープに対する関心が高まり,実践されるようになってきた。特に,都市におけるビオトープづくりが都市緑化を進めるための一つの手法として注目を集めている。しかし,都市におけるビオトープづくりは,その地に植栽する植物だけではなく昆虫・鳥・小動物などを含めた環境の再生計画であるため,「そこにはどのような生き物が生息できるのか」,「その生息環境はどうあるべきか」,「維持運営はどうあるべきか」などを含めた幅広い内容の検討のために,多くのデータと専門知識も必要となる。
5-2 ビオトープの意義
多様な野生生物が生息している場所では,自然の物質循環がスムーズに行われている。そのような空間は,人間にとっても快適であると認識されてきた。現在,水質汚濁,大気汚染,地球温暖化,ゴミ問題などの環境破壊が深刻な問題となっているが,それらはすべて人間が生態系(自然の物質循環)のバランスを破壊したことに起因するものである。 そこで,例えば,汚れた川をきれいにするために,生き物の生息しにくい3面コンクリート張りの水路を,自然の浄化作用が働く昔のような水路に戻す工事が少しずつ始まっている。また,空気を浄化し,騒音を緩和するために,幹線道路と生活空間の間に森をつくる計画も実施されている。森には,風を弱め,地下水を涵養し,洪水を防ぐ効果もある。また,子どもたちのためには,森の中で,夏は涼しく,冬は暖かく過ごし,そこに生息する野鳥や昆虫との触れ合いの場として確保したい。健全な自然感や生命感を育むため,環境教育の場としてビオトープの意義は大きい。
5-3 ビオトープネットワーク
例えば,千葉県立小金高等学校のビオトープには,オニヤンマやコサギが飛来している。このことは,小金高等学校の周辺に,まだ自然が残っていることを意味している。学校のビオトープをよい状態に保つためには,その学校周辺の自然環境も大切であるということである。ビオトープは,市街地の中に孤立的に存在するのではなく,連続的に存在することが望まれるのである。さらに,河川や街路樹を『自然の回廊』として整備することにより,ビオトープネットワークが形成されるのである。
環境先進国ドイツにおいて,ビオトープネットワークの概念は,都市計画に組み入れられている。生き物に優しい街は,人間にとっても優しい街であり,ビオトープのネットワーク化を図ることは,単に生き物に優しい街づくりとなるばかりではなく,そんな街づくりを考える人たちとのネットーワーク化を図ることにもつながるのである。
5-4 学校ビオトープの構想〜千葉県立小金高等学校の事例〜
多様な生物の生息を可能とするためには,多様な環境を作らなければならない。小金高等学校ではエコアップの技法を駆使してビオトープが作られた。
具体的には,止水環境としての池,流水環境としての川,その水源は井戸水(深さ80m,ポンプ容量30リットル/分)とし,タイマーを設置したポンプにより15分ごとに揚水する。池の形は細長く,温度差が生じように上流部と下流部の間をくびれさせている。底には防水モルタルをはり,その上に30cmほどの荒木田土を敷いている。深い所や浅い所,石を置いたり杭を置くなどして多様な環境を設けている。排水弁を設置し,池の水を抜くことができるようにし,水辺には,セリ,ガマ,スイレンなどを植えている。
また,陸上部分には,近辺に普通に生えている樹木を植える。クヌギ,コナラ,エノキ,ミズキ,ハンノキなど,呼びたい昆虫をイメージして樹木を選定している。このミニ雑木林には,カブトムシを呼ぶために,2m×2mの木枠を作り,椎茸栽培に使った榾木やおが屑のブロックを置いている。さらに,野鳥用の餌台や巣箱を設置されている。
この他,雑草園はもちろん,栽培園もビオトープの構成員である。無農薬栽培の栽培園には多様な昆虫が訪れている。また,アゲハチョウの幼虫の食草や成虫の蜜源植物,野鳥の餌になる植物などを植えている。一方,雑草園の部分は,しばらくの間放置した後,放置区,踏みつけ区,除草区などに区分している。さらに,つる植物用の垣根,1mくらいの小山,砂地,朽木の山,石の山など,多様な環境が設置されている。
5-5 学校ビオトープの活用
学校ビオトープは,環境に対する子どもたちの関心を高め,子どもたちが住んでいる地域の自然環境に対する意識を高めることにもつながるものである。この子どもたちの自然環境への意識の高まりをもとに,環境に視点を当てた学習を構成することができる。つまり,学校ビオトープと地域の環境とを比較して考え,子ども自身が問題を持って,調べ,解決していく総合的な学習を展開することができるということである。また,生き物を学習材とした心の教育の場とすることもできる。
また,学校ビオトープは,二つの意味で学校外とつながることができる。一つは,つくる過程において地域や行政等の支援がないと成立しにくく,つくった後も維持していくことが難しいということである。二つ目は,外部の生き物とつながっているということである。特に,羽根のある昆虫や野鳥など移動性の高い生き物は,学校のビオトープで休息したり繁殖したりして移動していく。
5-6 休耕地を利用した学校ビオトープ
農村地帯はビオトープの豊かな場所として考えられていたが,少なくともの都市近郊および効率性を重視した農村地域はそれほど自然が豊かではないと考えられる。この地域にビオトープを創造あるいは復元することは,自然と人の交流の場として意義あることである。農村地域は潜在的に生物種の多様性に富んでいるので,休耕地において人為的な方法でビオトープを造成することによって農村地域の自然を豊かに甦らせることができる。
■熊野川小学校の「たんぼ水族館」の活動
紀伊半島南部の熊野川町の「里湿地」である水田も休耕田の経年に伴い陸地化が進み,水生生物の生息域が危うくなってきた。そこで,熊野川小学校の児童が,泥と草を取って池を作り,「たんぼ水族館」として,メダカ,トンボ,ガムシなどの水生生物を保全し,かつ,池で児童が遊び・学ぶ自然との共生体験を実施している。
■王越小学校の「トンボランド」の活動
学校近くの休耕田を利用し,学校・地域が協力して親水型の水辺環境を整備し「トンボランド」と命名してトンボの飼育・観察から地域の環境パトロールに発展する環境学習に取り組んでいる。特に,トンボについては,児童がプールで採集した幼虫のヤゴを飼育・羽化させて,このトンボランドに放している。
5-7 ビオトープを支える共生の概念
学校ビオトープの実践事例を見てくると,都会型学校ビオトープと農村型学校ビオトープに分類される。いずれのタイプにしても,これらの学校に共通していることは,生き物との共生への強い意志と,それを育む学校と学校を取り巻く地域の合意形成力の高さである。日本中の学校は,都会型と農村型の間のどこかに位置している。多くの学校が自校の位置を生かしながら独自の学校ビオトープを創造していくならば,子どもたちを取り巻く身近な環境は個性あふれた楽しい空間に変わっていくことであろう。
6 環境保全への意思形成を高めるアプローチの方向
6-1 工学的な視点からアプローチ
1990年,建設省は「多自然型川づくり」についての通達の中で,「河川が本来有している良好な生物環境に配慮し,自然景観を保全,創出することが河川事業の目標である」と伝えている。
我が国における多自然型河川改修の事例として,石積沈床,人工淵造成,木工沈床による護岸,巨石置き石などの種々の工夫がある。これらは,河川全体を直線化する中で,護岸や河床に少しでも凹凸をつけて,魚類等の生息空間を確保しようとするものである。
魚(とりわけ大型魚)には,とにかく日陰があって,河道の一部が深掘れしていることが好まれる川の第一条件のようである。また,河川に魚道としての機能をもたせるために,堰等によって魚が遡上することを妨げている場合には,その遡上を助けるための河川構造物を設ける工夫もある。
従来の河川工学は,いわば「増水時の」河川工学であり,生態環境の保全・改善を目指す近年の川づくりには対応できない部分がある。豊橋科学技術大学では,魚の回遊路(魚道及び降河バイパス)の確保技術,魚類生息場を適正に判定するためのハビタートシュミレーションモデルの開発などの研究を行っている。
6-2 法的視点からのアプローチ
ドイツのビオトープ作りは,ドイツ連邦自然保護法によって義務付けられている。このドイツ連邦自然保護法を踏まえて,各州ごとにそれぞれ自然保護法が独自に制定されている。さらにそれらをもとに,州で「景域構想」を,地域で「景域基本計画」を,そして市町村で「景域計画」を作成し,実行するシステムが完成されている。日本においても,類似するものとして,「緑の基本計画」や「都市緑化推進計画」があるが,これらは行政の政策目標にとどまっていて,法的拘束力を持っていない。
また,日本のビオトープは,河川や溜め池周辺の水辺の自然を人工的につくることを中心としているが,ドイツでは道路や市街地等での自然づくりや既存の自然を保護・育成することもビオトープの一環として計画し,実行していいる。その他,農地や鉄道,ゴルフ場,ごみ処理場などの施設においてもビオトープの構想が取り入れられている。
7 おわりに
これまで,当たり前にどこの小川にも水田周辺の水路にも生息すると考えられていたメダカが,レッドデータブックの中で絶滅危惧2類に属する種として指定されたことが本研究のそもそもの動機であった。この動機に基いて研究・調査を進める中で,いかに感覚的に身近な地域を捉えているかということも明らかになった。
やはり,メダカを取り巻く環境の変化は,人間の効率性を重視した価値観に起因するものであった。しかし,その変化はすべての地域において見られるものではなく,その他の要因も重なって起きているものである。また,メダカそのものの保護やメダカの住める環境づくりを目指して,様々な視点からの取り組みがなされていることも明らかとなった。ここに,メダカと人間との共生を図る視点から水田周辺環境を学習材とし,教材としての価値を見出すことができる。今後は,本研究で明らかとなった教材化の視点から,学習カリキュラムとして構成していく段階へと発展させていきたい。また,6 環境保全への意思形成を高めるアプローチの方向において取り上げた,環境先進国ドイツをはじめとした海外の事例についてもさらに研究を深めたい。
最後に,本研究に基づいた教育実践が行われることにより,次代を担う子どもたちが,経済的価値の少ないメダカを高く評価し,そのメダカのいる川並びにその周辺環境に対する意識を高め,自然保護や環境保全のためのよりよい創造者となるものと考える。
参考文献
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坂出市立王越小学校(1999)「トンボランドの活動」同校ウェブサイト公開情報