第47回近畿小学校社会科教育研究協議会和歌山大会参加報告

期日 平成12年11月2日(木)
会場 和歌山市立有功東小学校
  
1 会場校の環境
正門から見たおしゃれな校舎 学校北側の風景と有功中学校 3F ともだちホールでのテレビ会議
2F なかよしホールでの社会科 人工芝の敷き詰められたなかよし広場 中央小の2倍はある屋内運動場

 和歌山駅からJRで約5分。六十谷(むそた)駅で下車し,学校まで徒歩で約12分。駅から学校の建物は見えるが,そこまでの道が結構ややこしい。その上,ずっと上り坂。学校周辺は,住宅地域と田畑が混在し,森・池・川などの自然環境も近くにあるなど教育環境としては大変恵まれている。校舎南側の窓からは紀の川と和歌山市内が一望できる。

2 公開学習風景
2年3組 中村学級
 生活科「ただ今しゅぎょう中!」
2年2組 辻本学級
 生活科「つくってあそぼう」
2年北畑学級
 生活科「ザ・ミュージカル」
3年1組 勝山学級
 社会科「であい,ふれあい,遊びたい」
5年3組 森田学級
 社会科を含む総合学習
  「ここに技あり!!」
5年2組 塩谷学級
総合的な学習(人権・福祉)
「“わたし”の心をバリアフリーにして」
5年1組 川崎学級
総合的な学習(社会科,道徳,国語科)
「雑賀さんが精米工業にかけるポリシーって?」
3年2組 松下学級
総合的な学習
「さんぽで見つけたよ!」

 公開学習の補助資料は学習指導者である各クラス担任の裁量に任された形で作成されていた。ただし,どのクラスにも共通していることは,子どもの記録を座席表に記入していることと学習における教師の位置が常に支援の立場にあり,さらに座席が対話ができやすいように工夫されていることである。
 
3 学習記録
(1) 公開学習1
  5年3組 森田学級 社会科を含む総合的な学習 「ここに技あり!!−ぼくが,わたしがこだわる職人○○さん−」
T 職人さんの仕事は楽しいのですか。
司 質問自体がおかしいんじゃないですか。
司 そんなん聞いたら,えらいとかしんどい とかいうに決まってるやん。
C 何十年もしてんやったら楽しくなかった らやってられへん。
司 言いたいけど司会ばかりポンポン言って たら…ポンポンポンポン司会が言ってたら いかんから。グループで考えてください。
問 楽しくなかったら仕事は続けられる?
司 ほな次は逆からこういいこか。
C 大工さんはお寺とかやったら建てるときに神様やからきれに建てないかん。出来上が ったらうれしいし,神様に気に入ってもらえるかな?
C 私は先生に質問するんやけど,先生は20年ぐらい先生をしてるんだけど何で先生してるんですか?
T 何でやと思う?
C 先生はおしゃべりやから。
T そんなんやったら吉本行ったらええやんか。
T 先生が先生になろうと思った直接の理由は,中学校の時に小松れいこ先生という先生 に出会ったことです。それに,にぎやかんなんが好き,子どもが好き,子どもと話すこ とで元気なるから。それともう一つあるやけど…
C お金のために…
T 今日は,これだけのお客さんが来て,朝来たないなあと思っていたんやけど…
C 商売がしたいから…
C えー仕事?
C やりがいがある?
T この人たちと後一つは同じです。
C お豆腐やさんは定年退職後,自分は力を使い果たすまで仕事をしたいと思って…
C 定年退職って何ですか?
C 簡単に言うとあなたはくびです。
C リストラ?
C あなたは有能でないからやめなさいと言われたから
C その年がきたらやめなさいと言われるけど,商売してたら自分がやれなくなるまでや れると○○さんは言っていました。
C 欄間さんたちは,小さい時から工作が好きだったから,好きなことをしているから好 きだと言っていました。
T 楽しくなかったら仕事は続けられますか?
C 定年退職は他にもいっぱいある。
T 豆腐やさんはやりがいがある。欄間さんは好きなことをしているから楽しい。
C 給料がだんだん上がっていく。
T 自分が思うことを書いてみてください。
問 楽しくなかったら仕事は続けられないの?
 
(2) 公開学習2
  3年3組 福田学級「レッツ・トライ・千手川!−私たちの川・千手川を探ろう−」
課 千手川の下流も牛神さんのようなきれい な川にすることはできるか。
問 (大人の立てた)看板はおどしなのか?  看板は意味がない。  看板はどこに立てたらいい?
C 看板を多く立てたらゴミを捨てる人が少なくなると思います。
C いっぱい立てても守ってくれない人がいたらどうするんですか。
C 守らん人もおるかもしれへんけど,守る 人もおるのでちょっとゴミ捨てる人が減る と思います。
C 人がよく通る所とか,人がよく見える所 に立てるといいと思います。
T 坂口君はみんなが書いているんやってら ゴミになるかもわからんということ?
T 先生にも言わしてくれる?
C 先生紙はとけるん?
T こんなんいっぱいはったらゴミになるやん。
C 直接に近くの家に持っていったら。
T 聞いた?直接近くに家に持っていくんやて。
C あのね。歩いている人がおったらくばってあげる。
C コピーしていっぱいくばったらいいやん。
C これやってたら時間かかるから1日ですましてしもたらいい。
C いっぱいくばったらしそれも捨てられてしまう。
C 捨てたらゴミになるから家の外にはっといてください…
T 昨日みたいに大雨やったらゴミになるやん。自分らがゴミ増やしたらいかんやんか。
C ドア出たところに屋根あるやろ。そこに…
C 千手川のきれいな写真を見せたらいいやんか。
T 千手川はこんなにきれいなんだよ。ぼくらはこんなにきれいにしたいんだよって。写 真持っていく?
C まずは,きれいな写真見せたい言うてるけど,1ヶ月ぐらいたったら忘れるかもしれ んやんか。
T ここに写真つけておくわけ?
C コピーしたらええ。
T 学校のお金やし。
C 毎日やってても減っていくばっかりで,減っていくばっかりやろ。だから,聞いてください。まだ最後まで言ってない。探検に行くついでに家に言いに行ったらいいと思います。
C 私は○○君といっしょで,家の前にはってくださいと言って,・・・とか売っている お店にポスターとかはって千手川をきれいにしようと言ったらいいと思います。
C 家の人に断られたらどうするんですか?
T ちょっと問題が変になってきていると思う。やってもないのに断られたらどうします 言うてたら何もできへんやん。
T 三井君は下水のことで考えてくれるんやね。
C 川をよごさないための工夫…
  お風呂に使った水は洗濯に使う。お米をといだ水は植木にやる。油は新聞紙に吸わせたり,固めて捨てる。おなべやフライパンはよごれをふきとってから洗う。排水口にいらなくなったストッキングをかぶせる。
T これで水はきれになるの?
C 少しきれいになる。
T (図を示しながら)これ何?排水口の出口だよね。200mぐらいあるかな。この間に30個あるんやね。これも解決する方法あるって…
(3) 会場校で見つけた優れもの
 左写真のテレビ下の教師用机の上に白鳥の首のような形をしたものがありますが,これは学研のビジュアルプレゼンターです。奈良女子大学文学部附属小学校の各教室にも備え付けられているのですが,ここ有功東小学校にもありました。この装置は操作も簡単で,子どもたちでも手軽に使用することができます。写真等の資料をテレビ画面に映しながら自分の話をすることで説得力のある話をすることができます。また,話し合いや学習が活性化します。別売りオプションを取り付けることで顕微鏡に直接付けることもできます。
●学研 ビジュアル・プレゼンター 定価 \41,000-









4 全体会
(1) 片桐校長挨拶(近畿小社教研代表,和歌山小研社会科部会長,有功東小校長)
 ○「みんな違ってみんないい。」…子どもたちではなく,職員がそれぞれの研究を提案。 
 ○「本校の職員へ,ありがとう。」
 ○「〜づくり」と言われることは千年という長い期間で見なければならない。社会科は50年でしかない。
(2) 大会主題提案
5 研究協議会
5年−B 体験的・主体的な活動を通して生きる力を培う社会科学習
      −総合的な学習との関連を図った社会科学習の試み−
          提案者 神戸市立六甲アイランド小学校教諭 木村文枝先生
          指導者 神戸市教育委員会指導第一課指導主事 村岡弘朗先生
○指導
 社会科と総合的な学習を混同してはならない。
 子どもたちの興味・関心を大切にする。…総合だけではない。教科も同じ。
 
6 講演
  演題「社会科は,21世紀のきびしさと正対せよ−総合は何のために−」
  講師 元都留文科大学学長 上田薫先生
●講師略歴
 1920年生まれ。
 1944年京都大学文学部哲学科卒。
 戦争後文部省に入り小学校社会科学習指導要領を作成。その後名古屋大学教授,東京教育大学教授,立教大学教授,都留文科大学学長を歴任。社会科の初志をつらぬく会会長。
 1992−94年上田薫著作全集15巻を黎明書房より刊行。他に著書として『人間の生きている授業』『人間 その光と影』『未来にいかなる光を』(黎明書房)『教育をゆがめるものは何か』(国土社)『教師も親もまずわが足もとをみよ』(金子書房)『人が人に教えるとは』(医学書院)『子どもの中に生きた人間をみよ』(国土社)『よみがえれ教師の魅力と迫力』(玉川大学出版部)ほか

●講演内容
 「このごろ立って長い時間話をしますとその時はいいのですが,後でくたびれるんです。やれないことはないのですが,私はずいぶん以前から1000人ぐらいの前でも座って話をしているのです。ですから,座って話をします。先生方は,常に立って授業をしなければならないと思っているのではないのですか。立ってないと調子が出ないのか?もうちょっと座ってやればよいと思います。立って高い所から子どもたちを見ないといけないのでは,それは問題だと思います。」
…という話で始まりました。後は当日のメモのまま記載します。

 昭和22年,1947社会科は登場する。1回目と2回目の指導要領にかかわってきた。文部省に5年いた。問題児のように思われますがね。戦後復員してきて家族はバラバラ。食わないといけない時に文部省に仕事はあるぞ。月給は安いけれどとにかく忙しい。学習指導要領をつくるのにアメリカさんがいてとにかくせかされた。中味にとやかくは言われないが,とにかく期限にうるさい。やっているうちにだんだんおもしろくなってきた。講和条約後アメリカ一辺倒に。戦後ずっと30年近くそれでやってきた。そこで,社会科の初志をつらぬく会を抵抗としてつくった。アメリカさんを意識すればOK!だった。二大陣営に分かれているからアメリカについておけばOK!その一方のソビエトがなくなるとアメリカとの問題が起きてきた。突然文部省がこれまでNO!と言ってきたことを180度転換した。今やろうとしていることはいいことだ。しかし,それでいて平気な顔をしているところが許せない。        

 今の教員一般は主体的じゃない。主体的になると足を引っ張ったり,いじめられたりする。お説教したところでうまくはいかない。総合が現れてきた。私は賛成だけど総合に対する考え方はきちんとできているのか。世の中はブームで「総合」「総合」と言っている。文部省が急がせているのがいけない。10年はかかる。大急ぎでやろうとしているのはとんでもない。総合は下手くそでも,まねはできないから自分でやる。文部省はそこをはっきり言わないといけない。まあ,とにかくその辺りを協力してやればよいから,1947年の発足の時の社会科だけでなく,全教育課程が総合である。ただつないだだけでなく,つながっているのが社会科である。どうして当時の新教育というものを取り上げないのか?

 昭和27年に講和条約が成り立って,日本人が主権をもったとたんに総合がだめになった。一部の人はやっていたけど全体的にはだめだった。日本が民主主義の国として成り立つには総合は重要である。新しいカリキュラムというだけでなく,日本人のものの考え方そのものを総合でいくかどうかである。部分だけでいい点数でやろうとするからとんでもないことが起きる。人間が総合的に生きている限り総合は必要である。民主主義と総合は切っても切れないのである。
 新教育は4月1日。教育基本法はその前日3月31日。憲法とは裏表である。憲法,基本法は変えようと言いながら総合はダメと言っていない。そこが矛盾している。総合そのものが民主主義の根幹となる重要なものである。なのに2002年に間に合わせようと急がしている。私は,日本の学校で総合をいい形で成立させたい。総合が成立しないと21世紀の日本はない。全校のカリキュラムを作れと言うが,どれも作文ですよ。
 戦後,校舎もない中で明日の授業を飲ます食わずでやろうという勢いがあった。俺たちがやらなければ,日本の未来は,子どもたちの未来はない。あの頃の日本人は今以上に主体性があった。楽をしようという気がなかった。21世紀,アメリカは世界の警察だと言っているけど信じない。核の問題,環境の問題など…。こっちによっかかるか。こっちによっかかるかと言って楽しようとしてたらダメになる。
 社会科はどうしてできたのか。日本は何も発言権はない。日本を2つに分けて,こっちはアメリカ,こっちはソビエトとたまたまならなかったけど,ソビエトはそういう要求をしていた。アメリカとソビエトが冷たい関係になったから天皇制もそのままになった。アメリカは日本をソビエトとの関係で取り込まなければならないから天皇制を認め,歴史も否定しなかった。マッカーサーは幸か不幸か教育の面まではいかなかった。最初の社会科は,そういう意味で世界を意識していた。戦争という方法で問題解決はできない。他の方法を考えないといけない。総合と歴史を紐解いてみると,総合はそう簡単なものではない。21世紀に人類が問題にぶつかっていかなければならない時,総合は重要である。
 少年問題をはじめいろいろな問題が起こっているが,今の親たちも被害者である。点数を気にしたりいじめなど,学校でその前提となる生活をしてきた。いろんなつけが回ってきたのである。こういうことを先生方が意識しているかどうかである。
 総合こそが学校崩壊に対する決め手になっていかなければならない。総合をやれば崩壊がなくなるという思いで総合をやらなければならない。社会科ももともと総合なんだから総合なんて看板はいらないし,どこでやってもいい。子どもを生かしている学校は総合なんてやらなくてもいい。総合の形をとりつくろっている学校は子どもが造反しますよ。総合の時間がしーんとしているのはおかしい。子どもに接することによって総合はできる。社会科はもともと総合なんだから…。
昭和20年代中頃 社会科は人気一番だった。
昭和30年代   社会科は一番きらい。やらされている。おもしろくない。
1960年頃から 受験体制が強化されてくる。社会科は知識だけ。おもしろくない。問題解決学習をやっていたら受験に通用しない。
 社会科の時間が減る。なぜ先生方は文句を言わないのか。社会科をやらないと人間形成はできない。そう思っていないから文句を言わないんだろう。20年代は社会科の先生方の意識は高かったけど,だんだんなくなってきた。今それが戻ってこなければならない。社会科がだめで総合と考えたのではダメ。社会科が21世紀に向けて日本を立てていくものである。例えば選挙の学習。今は投票率が60%も越えたらいいと評価している。そんなんでいいのか。さめている。選挙が正しく行われていないからいろいろな問題が起きている。もっと選挙の問題について論じたっていいじゃないですか。最近,山形県で金丸氏の問題を取り上げた先生がつるし上げられた。おかしいじゃないですか。今こそ先生方が自信をもっていいんじゃないですか。お互いに規制しているじゃないですか。だから世の中がどんどんどんどん沈下しているじゃないですか。社会科そのものが総合なんだから。その当たり前のことを棚上げしているからみすぼらしいですね。
 
 生活科。私は賛成じゃなかった。名前はいいんですけどちんとしている。生活科ができたから5・6年の社会が,算数がよくなったという声は聞かない。中学校の先生が生活科をやってよかったと言ってくれないといけない。総合をやるなら腹を据えてやって欲しい。急いでやったってできっこないないんだから。腹をすえてやらないと何にもならない。生活科をやりたくなくなっているという声が文部省にもある。生活科は失敗です。人間が生きると言うことはそう簡単なものではない。立ち向かっていかなければならない。そのために社会科,総合があるんです。本当に総合をやろうと思っていたら一人一人の子どもの目がつきささっていなければならない。一人一人を育てるのが総合。人間は独自性をもっている。その独自性を伸ばすのが総合である。正解は一つではない。正解が一つであると考える風潮は民主主義にとって危険である。下手くそでもいいから一人一人が自分の総合をもっていく。55年体制が長かったかもしれませんが,迫力をもって欲しい。そう考えてくると大変だけどやりがいがある。自分の真実を出し合って考えていかなければならない。日本の勉強は分析が多い。それが悪いわけじゃないけど,分析に閉じこもると独り合点になる。それを世の中に開いて世の中と対抗する。総合は,つらいもの,痛いもの,苦痛なもの,その苦痛に耐えられるようにしていく。総合はどっからでも攻めてこい。分析は鎧甲で身を包んでいる。
 
 総合はどういう評価を出されるのか。これからの課題。その子その子によって違うもの。一人一人の子どもごとに評価の観点が違う。一人一人の子どもを知らなければ先生あがったりですよ。そういうことを考えずに社会科の本来の精神がないと総合に向かっていくのは危険。何でもいいということ,自前で責任をもって創り出せ。まねしないということではない。本来の精神を社会科の方がつかまえて説得していただきたい。問題解決学習も型をまねするだけではダメ。問題解決学習と言えば聞こえはいいんだけど,とことんやらなければならない。正解は一つじゃない。一つだと民主主義じゃない。相対主義じゃなく絶対主義である。そういうことで考えていくと社会科には道がある。総合の精神を生かすのは社会科だ!いい総合ができれば社会科の時間を減してもいいじゃないか。また総合はなくても社会科があればいいじゃないですか。
 規制されるのが好きな人たちがいる。例がたくさんあると考えやすくなる。そういう意味で例というのはいいのですが,今はそれが裏目に出ている。学校で教師がふんばっているんだという姿勢があれば,子どもも親も察してくる。今の子どもたちは先生方に同情している。「先生が困ってるよ!」と…。
 
 口ごたえする子ども。親に対しても先生に対しても批判する。先生に文句をつける子どもは大事にする。人情ですからおもしろくないけれど,立ち止まって考えてみる。「あいつはなぜ?」と考えてみる。「あの先生はどうして○○しないの?」という言葉はだいたいにおいて無視したらいい。それが民主主義。つまり,勝手にしたらいいというのではなくて,人にまかれる,大きいところについていくのは民主主義じゃない。
 
 社会科を生き返らせること。社会科の先生のためにやるんじゃなくて,みんなのためにあるんだ。組織が悪ければ壊していい。そしたらいい組織ができる。何とか活路をつくらないといけない。事故が無い,新聞沙汰にならない生き方をしていたのでは否定的な生き方である。
 一人一人の子どもを生かす。一人一人の子どもは違うんですから,子どもが生き生きと学校にやって来るようにしていきましょう。そうしないと教師の生き方にとってもよくない。楽しい社会科を創っていきましょう。おもしろおかしいじゃなくて…。50年経てば日本は民主的ないい国になると思っていたのですが,そうはあまくなかった。ヨーロッパでも100年はかかっている。だから後50年はかかる。自分自身が人と違った生き方を確保できる学校であり,教科でありたい。総合こそが社会科。社会科こそが総合。

7 雑記
○ 坂出発4:59発のマリンライナーに乗れば9:10には六十谷駅のプラットホーム 降りることができる。研究発表会が終わり,17時頃六十谷の駅を出れば,10時前に は自宅に帰ることができる。和歌山への日帰り出張は可能である。ただし,費用については,のぞみと特急くろしおを利用するので約18500円必要。さらに研究会の参加費と弁当代を払えば出張旅費はとんとんになる。ただ今回は天候が悪かったため,やはり前日から現地に入っている方が無難である。当日徳島経由でフェリーを利用して和歌山入りしようとした香川大学の学生は結局徳島から引き返すこととなった。なお,帰り は阪和線が信号故障のため40分近く遅れ,指定をとっていた新幹線に乗れなかった。そういう時は事前に車掌に「このままだと乗り継ぎの列車に乗れない。」ことを申し出ることでそのことを乗車券に証明してくれる。そのまま乗り継ぎの列車に乗り,車掌に申し出ればすぐに指定席を手配してくれる。
○ 六十谷駅で列車を待つ間のこと。下校中の高校生がたくさん駅にやって来た。六十谷駅を利用する高校は2校。その2校の生徒の様子を見ていて松本先生と話したこと。何 より服装の乱れが男女の別なくほとんどと言っていいくらい無い。女の子でちょとしたお化粧をしている子はいるものの,茶髪や短いスカート,ルーズソックスなどで目立つ 子はいない。さらに,坂出駅でさえ高校生が携帯電話を使っているのは珍しくないが,六十谷の駅にあふれていた高校生はだれ一人として携帯電話を使用していなかった。