環境保全と住民の合意形成能力
−オランダと日本の比較研究を通して−


1 はじめに
 前期自然地理学特論レポート「環境保全への意思形成を図る学習カリキュラムの開発−メダカとの共生を図る水田周辺環境の教材化の視点−」において,レッドデータブックで絶滅危惧2類に属する種として指定されたメダカを取り巻く環境の変化が,利水・治水を目的とした人間の効率性重視の合理的な価値観に起因するものであると論じた。したがって,この問題への自然保護主義者からの批判は必至である。しかし,そこに生活する者にとっては,自然保護主義者の批判を全面的に受け入れ,その態度を改めていくことは自らの生を冒すことともなる。つまり,自然と人間との共生を考える場合,生活環境主義の立場から考えることが重要な視点となる。そこで,異なる立場の者どうしがそれぞれのイデオロギーに固執することなく,よりよい解決の方向へと向かうためには,多様な価値観をもつ人々による合意形成が求められるのである。
 本論では,この人間の合意形成能力に着目し,国内外の事例をもとに合意形成の在り方についての考察をもとに論じる。

2 合意形成にかかわる問題の所在
 民主主義社会では,個人と社会という二つのレベルでの決定が必要となる。しかし,意思決定の主体はあくまでも個人であるにもかかわらず,個人の決定を社会的なレベルへ集約する段階で問題が生じることが多い。つまり,この集約の段階で個人の価値観を社会の価値観に合わせようとするため,個人の主体性と価値観の存在を否定することとなり合意形成に支障をきたすのである。したがって,社会的問題を解決するためには,個人の主体性と多様な価値観を尊重しつつ,個人的決定を社会的決定へと集約した形で合意形成が行われることが必要となるのである。

3 合意形成と共通の価値観―オランダ国民の環境保全意識―
3-1 オランダにおける環境問題への取組
3-1-1 オランダの環境問題の特徴
 オランダの環境問題は,低地による海水の浸出,ライン川・マース川・スヘデル川によって運ばれてくる廃棄物,南西風によって工業地帯から運ばれてくる汚れた空気の問題等地理的条件との関わりが深いのが特徴である。その他,高い人口密度,工業の発展,自動車台数の増加,集約的な農耕・園芸農業等の影響なども見逃せない。

3-1-2 産業と環境
 農産物輸出国であるオランダは,集約農業を中心に国土の半分を農業や園芸に利用している。農産物の80%はEU域内の市場向けに出荷し,最大の輸出国はドイツとなっている。この農業においては,環境に害のない維持可能な農業形態をとり,生物農薬(天敵昆虫)による病害虫防除,病気になりにくい品種の研究,温室栽培における有害物質や汚染排水の再利用システムの導入,きゅう肥による環境汚染抑制への努力等,環境に優しい農耕法を推進している。
 また,炭素排出量の削減のために政府と産業界との自主的協定として1989年以来28の長期協定を結び企業への厳しい規制を実施し,政府によるモニタリング,補完的な税制上のインセンティブなどの施策を実施している。

3-1-3 交通と環境
 自動車にかかわる環境対策として,化石燃料使用削減のため化石燃料や炭素排出への課税によって炭素排出量を2%削減する他,カープール,自転車,徒歩,テレワーキング,公共交通機関の利用等を奨励している。EU加盟15カ国においては,1998年6月に2005年から自動車による有害排気を70%削減することで合意し,2000年から有鉛ガソリンの撤廃,新基準に適合する新車価格の大幅値上げを実施する計画である。
 また,公共交通の利用におてはストリッペンカールト(全国共通の回数券にスタンプを押してゾーン当たり一定額を支払う仕組み)を導入し,バス・市電・地下鉄の利用を促している。さらに,エネルギー利用と交通渋滞の観点から非効率的である自動車中心の輸送システムを見直し,平坦な国土の利点を生かした自転車の利用が進められている。一人当たり1.8台の自転車を保有すると言われるオランダでは,自転車道・自転車専用の信号・標識の整備,トラム・列車・バスの中に自転車を持ち込めるスペースの確保,自転車置き場の整備によって28%の人が自転車通勤を行うという効果をもたらしている。

3-1-4 風のクリーンエネルギー
 風車で有名なオランダでは,北海から吹き付けてくる風を利用した風力発電によるエネルギー供給に取り組んでいる。しかし,現状では火力発電の2倍のコストがかかることから,1996年に導入された地球温暖化防止税を財源に自然エネルギー利用を促す補助制度を取り入れた自治体もある。この風力発電の普及においては,投資と住民意識の高揚が必要となり,その点では国の経済状態に大きく影響されることとなる。

3-1-5 ゴミ処理
 家庭から排出されるゴミ処理のために,アムステルフェーン市では家庭用ゴミ箱を市が配布することで機械化されたゴミ収集を行ったり,10年前から紙を資源ゴミとして回収したり,ビン回収箱を設置したりしてゴミの減量に努め,人々の間にゴミをたくさん出すことは恥ずかしいことであるという共通認識を生み出している。さらに,アムステルダム市ではゴミ焼却場の火力で発電を行ったり,ペットボトルのリサイクルにおいてはデポジット制の導入したり,様々なリサイクルボックスを設置したりしている。

3-1-6 オランダの自然保護
 保護すべき自然地帯は政府がその土地を買い上げたり,民間団体による買い上げや管理活動へも財政援助を行ったりしている。また,農民を自然管理の担い手として自然保護契約を結ぶという施策も実施している。
 特筆すべきは,北部フローニンゲン市から北へ約30km,ワデン海に面するピーターブーレンにあるアザラシ病院の活動である。この病院は,1971年にレイニー・ツ・ハート氏が私財を投じて開設したものであり,農薬・ダイオキシン・PCB等に汚染された河川や運河からの影響を受けたアザラシたちを救おうとするものである。さらに,大洪水から国土を守ろうとするデルタ計画と自然保護にかかわる問題は,オランダ国民の合意形成を顕著に示すものとして有名である。この点については別記する。

3-1-7 消費者向けエコビジネス
 オランダにはミリウケールと呼ばれるエコラベル組織がある。このミリウケールは,生産過程も含めて高い環境要件を満たしている製品に対して許可するエコラベル制度を実施し,1992年,オランダ政府,企業,消費者,小売業,環境団体のジョイントベンチャーとして設立したものである。各企業は,エコラベルの取得のために検査(検査費は企業負担)を受け,許可を得た後は売上高に応じてライセンス料を支払う。さらに,この許可は永久的なものではなく,毎年継続して検査を受けることによって得られるものである。その他,商品グループの広報,エコラベルに対する定期的な消費者の意識調査,消費者へのエコ情報の提供等をに取り組んでいる。

3-1-8 環境保護団体
 グリーンピースは,アムステルダムを本部とし,世界30ヶ国に支部を置き,有給スタッフ約1000人,年間予算1億5000万ドル,サポーター約400万人,世界一の環境保護団体と活動している。また,環境保護は,オランダ国内最大の環境保護団体であり,1974年設立以来,「教育・助言」と「アクション」(中でも電話相談が中心)の活動を行っている。

3-2 デルタ計画問題へのオランダ国民の合意形成

3-2-1 デルタ計画問題の発生
 1953年2月1日,オランダ史上最大の大洪水が起こり,堤防は67カ所で決壊し,約47,000戸の家屋が流され,1,835人の死者が出た。この洪水を契機に,政府は,南西デルタ地帯の安全確保のため,新たな洪水対策「デルタ計画」を打ち出した。計画の目的は海岸線の短縮化,つまり入り江を閉鎖して北海に接する海岸線を大幅に短くする計画であった。3つの入り江をふさいだだけで,約800キロの海岸線は十分の一に短縮され,内陸部を襲う洪水は10,000年に1回程度に減少すると試算されたのである。国土の20%をポルダーが占めるオランダでは,これまでに獲得した土地よりも失った方が多いという宿命とも言える歴史をもっていたオランダ国民は,このデルタ計画を国民共通の問題解決の方法として合意したのである。しかし,計画が進む中,豊かだった海が淡水湖に変わり,魚や貝が姿を消していく様子を目のあたりにした住民たちは計画への疑念を抱き,70年代初め,残る東スヘルデをふさごうとした時,漁業者を中心に沿岸住民が立ち上がったのである。

3-2-2 住民の声によるデルタ計画の方針変換
 漁業者や住民を中心に,マスコミをも巻き込んだ閉鎖式ダム建設反対の抗議行動においては,科学者が先鋒を務めた。東スヘルデの干潟は,オランダでも有数の野生生物の宝庫であり,北海の漁獲資源を支える魚類の成育場所でもある他,渡り鳥の繁殖地として国際的に価値の高い湿地であった。当初のデルタ計画に対する住民の抗議行動は,60年代後半,欧州全体で起こった環境に対する新たな意識の芽生えも後押しとなり,74年,オランダ政府は入り江を完全に塞ぐダム堤ではなく,高潮防波堤を採用することとした。長さ3.2キロ,海底に65個のコンクリート支柱を打ち込み,その間に62個のスチール製ゲートがつり下げられた高潮防波堤。総工費は約5200億円。通常,ゲートは開けられたままで,潮の干満ごとに大量の海水が出入りしている。これが東スヘルデの干潟を守ったのである。工業排水の垂れ流しが続き,瀬戸内海が赤潮禍にあえいでいたころ,オランダでは人間側の論理だけで進められてきた計画に待ったがかかり,市民グループや科学者の声がダム堤に環境保全の道を開けさせたのである。ただし,閉ざしてしまったエリアを今後どうしていくかが問題となっている。

3-2-3 干潟回復のための決断
 潮汐を失った地域の環境の悪化は著しく,水温が瀬戸内海ほど上がらないため赤潮には至らなかったが,潮汐がないため水の上下循環がなくなり酸素の供給が途絶え,水底のバクテリアの活動によって大量の酸素が使われ貧酸素状態となった。デルタ地帯の干潟は,北海に生息する魚類の成育場所として重要であることは先述したが,北海のニシン漁にも打撃を与え,特に,干潟を失った影響でエビが急減してしまった。
 こうした状況の中,国土保全と洪水対策を宿命としていたオランダ国民の海に戻す計画への抵抗は強く,さらに淡水湖の水は水道用水として使われている他,再度海水を引き入れることによる農地への塩害問題等,新たなる問題が生じてきたのである。しかし,ブロワースダムの水門をほぼ一年を通じて開けた状態にする。ハーリンビリットダムについては新たに北海と結ぶバイパス的な水路を設置するということで国民の合意を得たのである。

3-3 オランダ国民の合意形成
 オランダ人は,生活が不便になっても環境保護のためにできる活動を選択する真摯に環境のことを考えた合意形成を行う。この合意形成は,キリスト教の教えや水との闘いの歴史によって形成されたオランダ人共通のボランティア精神と少ない天然林・人口密度の高さに起因する環境への意識に支えられ,国土の4分の1が海面より低い土地であることから地球温暖化の影響やライン川上流の他国の開発に敏感であること,そして環境問題への対応はEUの中で絶えず最先端であることを政府目標にしていること等に現れている。
 オランダは,海への侵略が早かった分環境保全への取り組みも早く,その背後にある思想にこそ学ぶべき点が多い。漁業,景観,アメニティ,レジャー等,海に対する要求は様々である。しかし,どこでバランスを取るかの判断基準は生態系への影響が基本でなければならない。多くの日本人には,海の豊かさが永遠に続くと思う甘えの構造がある。開発と自然のバランスをいかにとるべきかという問題を,厳しい環境の中で国が存続し,その答えを求め続けているオランダに学ぶべき点は多い。

4 わが国に見られる住民意識の変化−吉野川可動堰問題を通して−
4-1 吉野川可動堰問題

 徳島県吉野川河口から約14キロ上流にある石積みの固定堰(第十堰)を撤去し,やや下流に可動式の堰を建設する計画について,地元住民と建設省側とで対立が深まっている問題。総事業費約1040億円(年間維持費7億円)とも言われ,その規模は長さ約720メートルと長良川河口堰より大きい。建設省は洪水対策を主な目的としているが,地元側は環境破壊や治水面での効果を理由に反対している。

4-2 自然環境に与える影響
 可動堰の建設により川の水が堰止められると,河口に広がる約50ヘクタールの中州干潟が水流の変化で消滅するのではないかという問題が予想されている。
 この干潟は,川の真水と海の海水が混じり合う微妙な塩分濃度の水質が多様な生物の宝庫となっており,絶滅の恐れのある野生動物に希少種として記載されているシオマネキやその他15種以上のカニ・ハゼ科の魚類が生息し,さらに150種を越える野鳥が集まる場所であるという。そして,現在この中州干潟付近で採られている徳島市の名産品「青海苔」への影響も心配されている。さらに,ダム湖に貯まったヘドロが下流に押し流されれば,河口にいたる全域の生態系に取り返しのつかない汚染が広がる事も予測できる。

4-3 問題の経過
 第十堰の改修を県が国へ初めて要望したのは,今から実に33年前(昭和41年)の事である。そして,今回の問題の発端となる昭和57年の吉野川水系工事実施基本計画の改定。これによって吉野川の治水計画は,80年に1回の想定洪水から,150年に1回の想定洪水へ引き上げられた。ここから可動堰建設計画が具体化し始めたのだが,この検討から決定はすべて建設省が行い,住民が入る余地はまるでなかったのである。実際,多くの県民は計画の内容を知らず,1993年9月,初めて第十堰をテーマにしたシンポジウムが徳島市で開かれたが,この会場のアンケートでは35%の入が「第十堰改築とは石積み改修と思っていた」と答えた。また翌年8月の帰省客アンケートでは,80%の人が「知らなかった」と答えている。
 それに対して,建設省による建設理由は二転三転しており,最終的な可動堰建設の主な目的と必要性として「治水(150年に一度の洪水に備える為というもの)」「利水」「環境」「橋の併設」の4点を掲げている。しかし,その後の地元住民らによる民間団体・吉野川シンポジウムの調査により,建設省から出されている理由・データには不審な点が多く調査とは名ばかりの報告結果である事が発覚するなど,住民達の不満を増大させた。しかも1999年1月29日付けの朝日新聞には,1976年度の外部委託調査で建設省は現在の第十堰は撤去しなくても,堤防の安全ラインとされる「計画高水位」を越えないとする予測結果を得ていた事が分かったそうである。

4-4 吉野川シンポジウム実行委員会の運動
 1993年9月,市民からの第十堰改築に対する疑問の声をもとに徳島市で「吉野川の自然と第十堰改築を考える」と題するシンポジウムが開かれた。このシンポジウムにより,長良川河口堰と同じ堰が吉野川に計画されている事を初めて知り驚いた市民も多かったという。このシンポジウムを主催したのが「吉野川シンポジウム実行委員会」であった。もともとはシンポジウムのためだけに作られた会であったが,シンポジウムの反響と建設省の出席を求める声により,解散せず直ちに第2回を企画した。しかし,その後も建設省が出席を拒んだため,会はさらにそのまま存続することとなった。
 実行委員会は,「はじめに可動堰ありき」の建設省の姿勢はおかしいと批判した。同時に「はじめに反対ありき」の態度はとらないようにと話し合い,これが会を存続させるにあたっての会員相互の共通認識となった。会員には「断固反対意見」の人がいる一方,「吉野川は大好きだが,堰のことはよくわからない」という人もおり,そのことから「計画に疑問を持つ会」でいこうということになったという。会員には,自然保護運動や政治活動とはあまり縁のない主婦や若者が多かったが,それこそが市民運動である考えていた。
 この会は,反対の立場をとるかどうかを問題の中心としていない。賛成であれ反対であれ流域全体に大きい影響を与えるこの問題を,官対民の問題ではなく多くの県民が関わらなければならない問題であるということを主張しているのである。そのためには,住民が判断するための情報公開を必要であるとも主張している。第十堰をめぐる問題は,吉野川への関心の高まりをバックに住民と建設省が徹底的に冷静な議論をし,これをマスコミが取り上げ,その繰り返しがさらに住民の関心を広げるというユニークな経過をたどってきた。初めて建設省が公開シンポジウムに出席したり,ダム審議委員会が中途公開したりしたため,いつしかマスコミから「徳島方式」という言葉も生まれた。事実に即して話し合いを続ける,ただそのことが現実を変える力になりうるという住民の経験は,今後の川とのかかわりを作っていく上で大きな財産になるだろうと考えている。

4-5 問題の焦点
 可動堰計画の主な目的と必要性は,「治水」「利水」「環境」「橋の併設」の4点であるが,それぞれに第十堰と可動堰との比較において対立する考えが存する。

4-5-1 治水
 150年に1度の洪水を流すためには第十堰は障害物であるというのが主な理由であるが,建設省自身のシミュレーションで現在の堤防はまだ2メートルの余裕があることが明らかとなった。また,過去の洪水の痕跡と比較対照してみた場合,1メートルも高い予測水位が出ている。第十堰の過去の事実として,第十堰のために堤防が決壊したことはなく,吉野川に連続堤防ができて以降一度も堤防決壊はない。つまり,第十堰を撤去すべき理由はなく,むしろ撤去すれば大幅な川底の低下という治水上の新たな危険が起こる可能性も考えられる。

4-5-2 利水
 建設省は,徳島市や鳴門市などに新たな水道用水が必要としているが,建設省自身は何のデータも把握しておらず明確な根拠がなかった。1999年8月,建設省は事業目的から「利水」を取り除き,多目的ダム事業ではなく直轄治水事業として建設計画自体は今後も推進する方針を採っている。

4-5-3 環境の向上
 第十堰は石積みの堰なので,いわば川底が盛り上がったようなもので水を溜める機能はない。水が多いときは堰の上を流れ,少ないときは堰の中を透過して下流側に湧き出している。この第十堰が作り出したアシ原や浅瀬,淵,それに透過水や湧き水が,貴重な汽水域の多様な環境を形成している。これに対し,ゲートで締め切り大量の水を溜める可動堰にとって漏水は許されず,新たに生まれるダム湖はアシ原も浅瀬もすべて飲み込み,富栄養化による水質悪化はここを水源とする徳島市の水道用水の劣悪化を招く恐れがある。さらに,底にたまったヘドロが下流に押し流されれば,河口に至る吉野川の生態系すべてに多大な影響を及ぼすことともなる。

4-5-4 道路橋の併設
 可動堰に道路橋を併設し,渋滞緩和をはかるという目的については,併設することのメリットが問題となる。2つの異なる目的を持つ建造物を合体することによって,危険性や維持の困難さが増すのではないかと考えられる。
 その他,可動堰は大量の資源とエネルギーを消費する複雑な巨大技術である。人為的操作によって洪水を処理するためリスクも大きく,老朽化すれば非常に危険である。また,巨額の建設費がかかる反面耐久性は短く,毎年高額の維持費も必要となり,結局将来に大きな負担を残すこととなる。しかも堰の上流4〜5キロメートル区間の水位を数十センチメートル下げ得るに過ぎず,その治水効果が疑問視されている。本当に治水を考えるならは,信頼度を高めるための堤防補強が必要であるとの考えもある。
 また,人との繋がりの点から,第十堰は地域の人々の生活の中に溶け込み,四季を通じて多くの人と川との多様なかかわりを持ちながら現在に至っている。建設省はこの視点には触れず,川と,川の施設を治水利水と特定の機能面でしか考えていない。

4-5 問われる住民参加の在り方
 現在までに行われた河川工事は,治水及び利水を目的とするものがほとんどである。そのため自然堤防の姿を残す河川は少なくなり,治水を目的とした堤防の高さが目をひくばかりである。この吉野川可動堰問題においては,治水・利水等の効率性を重視し建設に賛成する立場と過去の事実や親水性を根拠に建設反対の立場との対立が見られる。しかし,ここで問題となるのは建設そのものの是非ではなく,可動堰建設に至る意思決定をいったいどれだけの人間で協議したかという問題である。そういう意味で,今,公共事業のあり方が問われなければならないのである。したがって,今回,吉野川可動堰問題についての住民投票が実現され,市民の意思がまとめられたことにまずもって大きな意義がある。さらには,この民意が生かされ可動堰建設計画そのものが見直されることになれば,今後の公共事業実施の決定に大きな影響を与えることになるだろう。
 戦後,政府を主体として経済復興を果たしてきた日本。その効果もさることながら弊害も大きい。新しい世紀においては市民が主体的に意見をまとめ,政府・産業界と一体となった時代となることが求められている。そこに生活する者の存在なくして地域の問題を語ることはできず,ひいては国民の存在なくして国の問題を語ることはできないのである。
 また,今回の問題は森・川・海を総合的に見た浄化対策の問題をも示唆しているのである。治水対策として河川に手を加えるばかりでなく,森林自体の保水力を高めるために広葉樹を植林するという施策も必要となるのではなかろうか。さらに,この問題は利水・エネルギー利用などの問題も含むことから,建設省のいう人命に関わる問題を多数決の論理で決めてよいのかという言い分だけでなく,様々な立場の者が共に話し合いよりよい方法を見出していこうとすることが必要となるのではないのだろうか。

5 おわりに
 これまで,日本人はオランダ人に見られるような共通の価値観や危機意識をもたず,日本の社会そのものも個人が社会の論理に適合して生きていくことを求めてきた。しかし,21世紀を目前に,人々は社会の価値観を重視しその論理に自らを合わせながら生きることに疑問をもち,個人の価値を求めて生きていこうとするようになってきた。そこには社会の問題に対する多様な価値の対立が見られ,その対立をよりよい方向へと導き解決していく合意形成が重要な課題となってきた。そこで,学校教育においても多様な価値に基づいた合意形成の力,つまり合意形成能力の育成が求められる。
 今後は,多様な価値の存在に気付き,社会の論理や閉ざされた情報だけに惑わされることなく,自らの主体性と価値観で意思決定を行い,社会の意思へと集約する過程では対話によってよりよい合意形成を行うことのできる教育の在り方を求めていきたい。そのために,社会そのものを対象とする社会科教育の在り方を見直すと共に,総合的な学習において多様な視点から問題を考え,解決へと向かうことができる力を育成するためにはどうあればよいかということを追究していきたい。

情報リソース

田井敏之「オランダと環境」1999,海外派遣教員報告
四国新聞連載「連鎖の崩壊−第5部・再生をめざして−」(1999)
吉村功太郎「合意形成能力の育成をめざす社会科授業」社会科研究
45 1996pp.41-50
朝日新聞記事「吉野川可動堰めぐる住民投票,反対が圧倒的多数」(2000/1/24)
四国新聞社説「徳島市民のノーの意味」(2000/1/25)
吉野川シンポジウム実行委員会ホームページ(2000/1)
徳島市ホームページ(2000/1)
建設省ホームページ(2000/1)