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12/6/10 25絃筝演奏終了後の野坂恵子先生
@ 讃岐で開催 今年の スペシアル ビッグイベント
「検校を聴く」
-- 日本筝曲の歴史 お話と演奏 -- 野坂恵子
五段砧平調子 青木恵子
曲目予定
八橋検校(1614〜1685) 表組菜蕗 六段の調べ
生田検校(1656〜1715) 砧 光崎検校(? 〜1853) 秋風の曲 五段砧
吉澤検校(? 〜 1872) 千鳥の曲
宮城道雄(1894〜1956) 手事
伊福部 昭(1914〜 ) 二十五絃筝曲「琵琶行」-白居易ノ興ニ效フ
日時 平成12年6月10日(土) 午後1:30〜16:00
場所 高松市 県文化会館 芸能ホ−ル
入場料 3000円(予定) 250人限定席
何とか無事終了いたしました。満席に出来ず心残りは御座いますが、180名の入場でした。
野坂先生には、飛行機が遅れたため、昼食もとらず2時間30分の独奏会を精力的にこなしていただき、感謝申し上げます。 県外からも岡山・兵庫・大阪・愛媛・徳島から遠路ご来場頂きありがとう御座いました。
地元の青木恵子さん、「五段砧」の低音を見事に暗譜で合奏されました。拍手お送り申し上げます。
組歌の「菜 蕗」の他,予定外の「四季の曲」も演奏いただきました。中之島欣一の「三つの断章」ていいましたか?、この曲も演奏してくださいました。力の入った舞台を展開していただき感謝申し上げます。途中2回休憩とりましたが、お客様で帰られる方も無く、終演まで熱心に鑑賞いただいたことが一番うれしく思いました。
もう少し学校の音楽の先生方に聞いてほしい会だったのですが、いまいち先生方の筝に対しての関心を高めることが出来なかった点、今後の活動の反省点と致します。ご協力いただきました諸先生方に感謝申し上げます。
1965年、 第1回リサイタル 日本音楽集団団員となり17年間在籍。
1969年 二十絃筝を開発。発表の第2回リサイタルで芸術祭優秀賞受賞。
1973年 スイス・グスタ−ドのメニュ−イン・フエステイヴァルで招待
演奏後欧米にて、古典と三木稔作品による15回のリサイタルを開催。
1981年 スペイン・オランダ・ベルギ−・東ドイツなどで7回のリサイタル開催。
1983年 小劇場ジャンジャンを拠点に自作自演によるコンサ−トツア−を開始、
3年間で150ヶ所を巡る。
1991年 第13回リサイタルで、25絃筝を発表。
1992年 松雄芸能賞優秀賞受賞。
1994年 伊福部昭氏に師事。
現在、
東京藝術大学講師。生田流協会理事。生田流地歌筝曲松の実会会長。筝
/歴史筝はロングチタ−族の一種で、東アジアの多くの国でみらえる楽器の代表的なものです。
筝の先祖はアジア大陸で、日本の筝の歴史は1200年以上になります。
最初は独奏と雅楽の合奏に使用され、数世紀後には伴奏にも使われるようになりました。
筝の音楽の大きな変革は盲目の音楽家、
八橋検校によってなされました。彼は伴奏曲として知られる「組歌」や器楽曲の「段物」を確立させました。その頃から、筝は三味線と合奏
されるようになり、それが18世紀後半から19世紀初期の「地歌筝曲」の大発展へと
つながりうました。19世紀の中頃に、
光崎検校やその次の世代の吉沢検校によって、歌を伴う曲が作られるようになりました。三味線から独立するようにもなりました。
筝は、様々なチュウニングが容易に出来、また新しい演奏技術が紹介されてことにより、
20世紀においてより現代的に語法を発展させようと努める演奏家や作曲家たちに愛好される
楽器となりました。
筝曲概史
楽筝 筝は雅楽合奏の一楽器であった。貴族社会において宮中で演奏された。
中世のころ、筝は寺院音楽楽器として取り入れられていった。 例えば浄土宗大本山善導寺においては僧賢順(1534〜1623)
により明国文化の要素を取り入れた筑紫筝(筑紫流筝曲)として発展した。賢順から玄恕(1606〜1649)
法水(不明 17世紀初期の人)へと受け継がれ
俗筝 八橋検校(1614〜1685) 「近世俗筝の父」と呼ばれる 八橋流筝曲
八橋は江戸で法水より筝を習って後、京都に入り13曲の筝組歌を創作、陰旋法に基ずく平調子を確立して、
筝を一般の人にひろめる途を開いた。
代表作
「菜 蕗」(組歌表組 第一曲で平調子、筑紫筝の「富貴」を発展させたもの)
「六段の調べ」(初段54拍子、二段以下52拍子、徳川中期八橋晩年の作といわれる)
生田検校(1656〜1715) 生田流の創始者
八橋門下の北島検校研究の北島流を、北島没後生田流として発表
代表作:「砧」(砧とはキヌイタのことで布を槌で打つ木や石の台のこと。平調子四段構成)
山田検校(1575〜1817) 山田流創始者
江戸を舞台に歌中心の語り物風筝曲を作曲。
光崎検校(?〜1853以降?)筝曲復興運動の先駆者
代表作「五段砧」(四段構成の砧を五段構成にして高音の替手を付けたもの)
「秋風の曲」(1837年発表。高向山人作詞、白楽天の「長恨歌」を翻案して作曲) 他に「夜々の星」
「桜川」「七小町」等名曲多数。
吉澤検校(?〜1872)
代表作:古今組の作曲(春の曲、夏の曲、秋の曲、冬の曲、千鳥の曲)
「千鳥の曲」:樂の手と称する前弾き、手事部分は波の部の枕と千鳥の部の本手事
宮城道雄(1894〜1956)新日本音楽運動の中心人物。
筝曲の伝統に深く根ざしつつ、洋楽的要素を取り入れて新しい日本の音楽を創造した。
和洋音楽の融合、演奏技法の拡大、楽曲形式の拡張、和楽器の改良等、作曲と演奏に活躍、現代邦楽への道を切り開いた。 作曲数350曲を超え、昭和5年には東京音楽学校の講師に抜擢され、 後教授になっている。
代表作:水の変態、春の海、秋の調、落葉の踊り、瀬音、
「手事」(1946作曲 洋楽のソナタ形式に基ついて作曲された事実上の筝ソナタ
吉村七重先生は2000年一月、東京より「さぬき名流会」に出演のため
来県されました。「名流会」では得意の二十絃筝で「華やぎ」を演奏していただきました。
この機会に特別講習会をお願いして開催した次第です。
記
◆ 日時 平成12年1月29日 14:00〜16:00
◆ 場所 高松市 香川県県民アクトホ−ル内
◆ 講習曲 「萌春」 長沢勝俊作曲
◆ 受講料 5000円(貸筝代1000円含む)
◆ 聴講料 2000円
相当の難曲とのことで、実技受けたのは4名、聴講は15名と高度な講習となったようです。
実技受けた方の勇気に拍手送ります。
「七重先生は講習の進め方上手で楽しく良い勉強になりました」との受講者の感想聞こえて参りました。 願わくば、お琴の先生方、もっと貪欲に積極的に、あらゆる機会に反応して、芸の向上に取り組んでいただけたらと願う次第です。
故 沢井忠夫 先生の事
テレビでなじみの筝奏者といえば 名古屋の沢井先生がが圧倒的に有名でした。
先生の琴糸締めはトキワ強力テトロンを矢野様が 9~10本に締めていたとか。
普通は 6〜7本にしめますから相当かたい糸締めですね。
三弦は太田里子さんに習っていた。
象牙の柱は使わなかったとの事ですが本当でしょうか?
先生が「賛歌」を外国で録音するとき、56回弾いた最後のものをCD録音した話は
有名ですよね。納得いくまで自己に厳しい方だった。
又、筝演奏についての先生の含蓄ある言葉として
「小さい音」 強い力が必要
「大きい音」 肩の力を抜いて軽く弾く事
ということですがどういう意味でしょうか?
先生は宮城道雄先生と同様、全国を精力的に演奏旅行され、「あらゆるところで演奏して
身近な邦楽を感じてもらう」事に専念されたとの事。大切な宝でした。
「五段砧」がお好きだったとの事。
香川県では、最近大曲を教えるの避ける傾向にあるように思います。舞台にも古曲がのるの、
めっきり少なくなり残念なことです。