男声合唱組曲吹雪の街を

聴いた演奏

1988年男声合唱団ΚΟΣΜΟΣ
同団ジョイントコンサート

1992年メンネルコール広友会
第10回同団定期演奏会

1992年メンネルコール広友会
”多田武彦を歌う”
BRO-1001

1992年メンネルコール広友会
東芝EMI合唱名曲コレクション46
TOCZ-9290

1993年明治大学グリークラブ
第42回同団定期演奏会ライブCD

1995年京都産業大学グリークラブ
第回同団定期演奏会

1996年小樽商科大学グリークラブ
三大学男声合唱団による
第12回グリーフェスティバル

ベスト演奏

1.指揮 片山 秀樹
男声合唱団ΚΟΣΜΟΣ

ソロ 野口雅弘
ジョイントコンサート
1988年つくばセンタービルノバホール(12名)

2.指揮 宮田 洋
明治大学グリークラブ

第42回明治大学グリークラブ定期演奏会ライブCD
1993年12月4日(土)東京厚生年金会館大ホール

3.指揮 北村 協一
メンネルコール広友会

”多田武彦を歌う”BRO-1001及び
東芝EMI合唱名曲コレクション46
TOCZ-9290
1992年6月21日アバコクリエイティブスタジオ 301st


解説

 どんぐりの背比べ・・・かな。
 手持ちの音源はいずれも個性的な演奏でそれなりに聞きごたえはあるのだが、いずれも決定力に欠けるため、 「これだ!」と言えるものはないと言う結論です。

 京産大は生で聴いた時に良い印象を持っているのですが、音源は持っていない上、 所有している同じ演奏会の別ステージはナニだったので控えました。
 小樽商科大はさすがに委嘱団体らしく、曲を理解して情感のある演奏を展開しており、 曲想の面白さなら推薦した三演奏よりも高く評価できる位なのですが、残念ながら終曲でコケたのが痛い。
 余談ですが、未確認ながら、 92年にも同団がこの曲を歌ったのを聴いた事があるような記憶があります(状況証拠があったので、どうやら間違いなさそうです)。 かなり愛着を持っているそうで、定期的に扱う一方、定演のアンコールでは必ず終曲を歌っているとの事です。

 残りの三団体も一長一短で、後は聞く人の好みの問題でしょう。 男声合唱団ΚΟΣΜΟΣは旋律表現が良いがソロにやや難があり、また所々入りがズレる所があるのが問題。 広友会と明治はいずれも70人余りの人数で重厚さがあり、その割には言葉も明瞭に聞こえてくる所が魅力。 しかし、ともにやや声が粗くてこの曲に要求される繊細な表現に難がある。 だが、明治の曲想は個性的で一聴の価値あり。やはりこの曲は学生指揮者の若い感性の方が面白い演奏を生み出すようだ。


男声合唱団ΚΟΣΜΟΣとの出会い(以下コスモスと表記)
 つくば市で活動している男声合唱団コスモスと出会ったのは88年、日立市で行われた茨城県合唱祭の時でした。 私も当時入団したばかりの茨城大学工学部グリークラブとして参加しており、早々と演奏を終えて他団体の演奏を聴いていました。 パンフレットを見てもっとも興味を引かれたのは私達以外に参加している唯一の男声合唱団、コスモスでした。 (なんとも寂しい話である。しかも両団とも10名前後の団員数)

 二段階の雛壇の一段目に並んだメンバーは11名。曲目は「吹雪の街を」の4と6。 しかし、コスモスは少数精鋭という言葉がピッタリあてはまるハイレベルな演奏を展開したのであった。
 一人一人が明瞭な旋律を表現し、 この曲のナルチスティックな悲劇演出とそれへの陶酔(もっともこの時は「なまずの孫」を読む前なので、 素直に主人公の未練に共感したのだが)を表現していて、大変な感銘を受けました。
 この演奏でスッカリ魅せられてしまった私はその後1年余りかけてアポをとり、 またあるキッカケで車を入手したので、90年ついにコスモスへの入団を果たし、 その後3年余り日立、つくば間85キロの道のりをほぼ毎週通ったのである。 (2時間の練習に参加するために4時間かけて往復していた)

 そしてコスモスのメンバーから同団の88年のコンサートで演奏した「吹雪の街を」全曲のテープを譲ってもらう。 これをベスト演奏に推薦したい。
 この演奏の魅力は上にも書いた通り、甘く、情感のこもった旋律表現によって主人公の陶酔ぶりを見事に表現している所です。 その感動のため、私としては1位に推します。


広友会の思い出 その2
 話は演奏会の1年前まで遡る。
 90年のコンクール全国大会でOMP、大久保混声合唱団、 コーロ・カロスといった東京の全国大会常連団体(当時)が揃って金賞を受賞してシード権を獲得した。 (当時は金賞=シード。その代わり狭き門であった)その事を知った私は、 「ほう、じゃあ来年はどこか知らない団体が出てくるのか、これは楽しみだな」と思った。 しかし、いつのまにか忘れてしまっていた。
 1年後の秋、朝日新聞に全国大会の結果として、「銅賞 メンネルコール広友会」の文字が並んでいるのを見て驚愕(失礼)する。 全国大会の結果はともかくとして、いかに本命不在とはいえ、都大会にはまだ「いらか会」がいた筈。 89年に同団の演奏を聴いて高く評価していただけに、 その「いらか会」より高い評価を受けて全国大会に出場した広友会の変貌に興味が湧いて、再び定期演奏会に足を運ぶ事になった。
(ちなみに「いらか会」はその翌年か翌々年、34名でBグループにエントリーして激戦の都大会を勝ち抜き、 全国大会でも銀賞を獲得している)

 さて、その演奏は・・・?
 驚いた。僅か2年程でこれほど変われるものだろうか。人数は多少増えていたものの、見た所それほど変わりはないように思ったのだが・・・。 発声は全体に響きが高くなり、前回非常に気になったパートのバラつきや旋律の音程に安定感が増し、 それに伴って表現力も格段に豊かになったので、本当に聴き応えのある演奏になっていた。

 しかし、である。
 実はこの時生で聴いた「吹雪」の演奏はベスト演奏に推薦していない。というのは、確かに表現力はアップしているものの、 それは主に音量の強弱に依存しており、また、私が聞いていた位置が悪かった(前から7〜8列目)せいもあると思うが、 一部メンバーのやや粗い声が目立って聞こえてきたので「力任せで繊細さに欠ける演奏」という印象を受けたからである。

 CDの演奏ではその辺りがかなり改善されているので推薦しているが、その後の演奏と比べるとまだ決定力に欠けるという感は否めない。 メンネルコール広友会が多田作品のスペシャリストとして認められるには今しばらく時間が必要であった。

その3「月に寄せる歌」へ続く(予定)


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