翻訳者大西央士の作品紹介 |
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ロバート・フルガムの横顔 |
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| 1937年、テキサス州ウェイコ生まれ。 本の世界で有名になったフルガムさんにしてはやや意外なことに、少年期から青年期にかけてはテキサスの荒々しいカウボーイの世界で育つ。 若き日についた仕事も、工事人夫、新聞配達、牧場のカウボーイ、カウボーイ・ショーの歌い手、ロデオ・ライダーと、もっぱらその路線。テキサスのだだっ広い平原で牛を追いまわしていた若者が世界的なベストセラーの書き手になるとは、不思議な気もするが、そこがフルガムさんの魅力の源ではないかとも思う。 その後、大学に行き、卒業後はIBMに就職するが、そちらはすぐにやめ、また大学院に戻って神学の学位を取得。 22年間、ワシントン州シアトルの近くのユニテリアン派の教会で教区牧師を務めていたころには、シアトルのレイクサイド・スクールで美術や哲学の先生もしていた。 そんなフルガムさんが一躍、アメリカで知らない人はいないほどの有名人になったのは、学校の卒業式でのお話がきっかけ。そう、なみの教師がやれば、せいぜいあくびしか催さないあれだ。 フルガムさんのお話はみごとにひとりの父兄の気持ちをキャッチ。人の気持ちをキャッチしたほうもたいしたものだが、キャッチされた側もたいへんなもので、その人の話が伝えに伝えられ、ついには連邦議会でまでとりあげられてしまった。 そこで大ブレークしたのが、日本でもご存じのかたの多いフルガムさんの処女エッセイ集『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』。 「英語には必ず主語がある」なんてくだらないことは、決してフルガムさんは言わない。抑制のきいた、絞りに絞った言葉で、人が気持ちよくなるようなお話を次から次へと繰り出すその語り口は活字になっても受けに受け、その後の『気がついた時には火のついたベッドに寝ていた』『オッオー』『「〜かもね」は人生の素敵な知恵』『真実の愛』『Words I Wish I Wrote』を合わせると、世界93か国で1500万部という、ちょっとけたはずれの印刷部数を記録している。 現在、フルガムさんはシアトルの近くの海辺に浮かんだハウスボートを本宅とし、ユタ州の「ジョン・ウェインの映画に出てくるようなところ」に別荘をかまえ、さらにはギリシアにも家をもっていて、7年に1年は完全オフにして山登りをしたりバックパッカーを背負って世界を旅して歩いたりして生活している。 また、かつてのシンギング・カウボーイ時代の血が騒ぐのか、物書き仲間のデイヴ・バリーやスティーヴン・キングにプロのミュージシャンのアル・クーパーやブルース・スプリングスティーンも加えて"Rock Bottom Remainders"というバンドを結成してコンサートを開いていたこともある。 なんだか、ここまで読めば、本でひと山あてたオッサンがいい気になって気ままな暮らしをしているように思われるかもしれない。 だが、フルガムさんはつねに、なにをするにもまじめそのものであり、逆に言えば、そうあらんがために、つまり、ひと山あてる前の「ごくふつうのそのへんにいるオッサン」のひとりであらんがために、そういう暮らしを選んでいると言える。 現に、フルガムさんはいまだに自分の定職をこれと定めてはいない。かりにみなさんがお会いになって職業をたずねても、「作家です」とか「エッセイストです」とかいった返事は返ってこず、ただ「ロバート・フルガムです」とおっしゃるだけだろう。 最近の2作『真実の愛』と『Words I Wish I Wrote』の印税は全額、教育団体や人権団体などに寄付されており、いま執筆中の長編フィクションの売り上げも同様に寄付される予定である。 なお、フルガムさんの本のなかにときおり登場する息子ハンター・フルガムさんも『Like Father, Like Son』という本を書いている。 フルガムさんのポートレイト |
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