翻訳者大西央士の作品紹介 |
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エッセイ |
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![]() ワインの愉しみ塚本俊彦著 2003年NTT出版刊 定価2000円 |
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| 本書はわたしの翻訳書ではありません。 ヨーロッパをはじめ、世界のワインコンクールで35年にわたって賞をとりつづけてきた、知る人ぞ知る、日本が誇る世界のワイン醸造家、塚本俊彦さんのワインの世界への案内書です。 ワインがどのようなもので、どのようにして造られ、世界や日本でどのような歴史をたどってきたか、そして、ワインにとってテロアールというものがどれだけ大切かなど、ワインを味わい、楽しむうえで知っておきたい「基礎知識」を骨太に解説してくださっているほか、日本でワインブームが起きる前から、東京大学の「お酒の神様」坂口謹一郎先生や、理化学研究所のかたがたや、カリフォルニア大学のアメリン先生などのご指導を仰ぎながら、日本のワインの酒質向上に努めてこられた塚本さんのご苦労なども綴られており、興味深い解説書になっています。 また、巻末に、一般にはなかなか手にはいりにくいシャトー・ディケム、シャトー・マルゴー、シャトー・ラトゥール、シャトー・ラフィット・ロートシルト、シャトー・ムートン・ロートシルト、シャトー・コス・デストゥールネル、シャトー・オーブリオンの稀少ヴィンテージに関する塚本さんのテイスティング・ノートも紹介されていますが、基本的には、前記の「基礎知識」をもとに、スノッブな知識などは気にせず、自由に、無邪気に、伸び伸びとワインを味わいましょうと呼びかけてくださっているうれしい本でもあります。 わたしは池田久美子さんといっしょに本書の取材・構成を担当しました。
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![]() 心のままに生きてごらんリチャード・ウィルキンズ著 2001年ダイヤモンド社刊 定価1000円 |
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![]() もっと自分を信じてあげようリチャード・ウィルキンズ著 2001年ダイヤモンド社刊 定価1000円 |
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| みなさん、くたびれていませんか? なんだか知らないけど、近ごろはうまくいかないことや不安なことが多くて……なんて、ふとお考えではありませんか? たいてい、わたしたちは自分のよかれと思う道を歩いています。歩きだすときに、頭にあった世界のイメージのなかで、自分でこうと定めた道を歩いています。 でも、それは絶対的なあなたの「生きる道」でしょうか? 何年たっても変わらずに、あなたの心にフィットする道でしょうか? 世界は変化しています。最近では、すごい勢いで変化しています。ついていかなきゃ、乗り遅れないようにしなきゃ、と思います。ほんとうにそうでしょうか? これまで頭にあった世界のイメージを捨て、新しい世界のイメージをつめこみ、それに合わせて生きていけば、それでよいのでしょうか? どうせまた、いつかはくたびれるだけです。ただまわりに合わせて生きているなら、むりして、遅れて、の繰り返しです。それなら、このさい、まわりがどう変わっても変わらないもの、そう、ありのままの自分をとり戻しませんか。 著者のウィルキンズさんは、かつては大豪邸に住む億万長者でした。しかし、不況で経営していた会社が破産すると、お金も、屋敷も、家庭も、なにもかもなくなりました。自殺も考えました。そこで気づいたんです。自分をまわりに合わせて、よけいな型にはめようとするから、お金やなにかにふりまわされて、そういう「もの」しだいで幸不幸の波を生きなきゃならないんだって。 そう、なんのことはない、いつでもまわりにふりまわされず、ありのままの、素朴な自分の心をもちつづけていれば、たとえ裸一貫になっても、そこにあるささやかな幸せを味わって、自分なりに満足のいく、豊かな人生を送れることに気づいたのです。 ここに紹介した2冊は、そんなウィルキンズさんからみなさんへの、ねえ、ありのままの自分に戻って、素朴に、すなおに生きていこうよ、それがいちばん、みんなが幸せになれる方法だよ、という語りかけの本です。イギリスでベストセラーになっていたのを、村井菜保子さんが見つけてきてくださいました。 さあ、うまくいっていない人も、うまくいっている人も、まわりの変化にふりまわされてお疲れのみなさん、億万長者から気のいいおじさんに変身したウィルキンズさんの、素朴でやさしいメッセージのつまったこの本を手にとり、少しほっとして、すなおな自分、ほんとうの幸せを味わえる心をとり戻しませんか。大高郁子さんのイラストがまた、ウィルキンズさんの世界を深めてくれますよ。 編集:
佐藤和子/酒巻良江 |
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![]() 「〜かもね」は人生の素敵な知恵ロバート・フルガム著 1995年集英社刊 定価2000円 |
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| この書名にはなじみがなくても、『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』(河出書房新社刊)という書名ならご存じのかたもいらっしゃるのではないでしょうか。そう、あのお話の達人フルガムさんのエッセイ集第4弾です。 ぎすぎすと考えれば不幸になる一方のこの世のなかのこと、あれやこれやについて、独特の素朴な視点から、ユーモアあふれる文章で、読後になにやらほんのりとしたものが残るお話をしてくれるフルガムさん。 この第4弾は、そのもち味が全41話にたっぷりと発揮されているのはもちろんのこと、実はフルガムさんもかつてはテキサスの原野で自殺しようとしたばかな経験のもち主であることが語られている点が注目です。 軽妙なお話の達人として有名になったご自分の立場を意識して、あくまでユーモアを交えてではありますが、懸命に読者に向かって「自分」をまじめに語ろうとしている本書のフルガムさんの姿勢に接すれば、前記の『幼稚園の砂場』にかぎらず、第2弾の『気がついた時には火のついたベッドに寝ていた』や第3弾の『オッオー』(ともに集英社刊)の味わいもまた深まるのではないでしょうか。
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![]() 妻をガンから取り戻した記録自著 1997年ダイヤモンド社刊 定価1800円 |
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| これは翻訳ではありません。1995年の秋に乳癌末期と診断された妻の入院中にわたしがつけていた記録を本にまとめたものです。 入院直後の、なにがなんだかわからずにうろたえていた時期から、病状が好転してほぼ1年後に退院するまで、その日その日にあったことや病状の変化、処置の内容、病院食以外にとっていた食べ物を日記形式で記録しています。 実は、この記録は当初から本にすることを目標にしてつけていたものでした。妻が癌と診断されてその勉強をはじめたとき、現代の抗癌剤などに見られる癌医療の進歩が臨床試験などに協力してくださった過去の癌患者さんたちの命の上に成り立っていることがわかり、われわれもあとから来る癌患者さんたちのためになにかを残そう、それなら、いま医療現場でインフォームド・コンセントの問題がさかんに議論されているから、そのひとつのサンプルになるような記録を残せないものか、と考えたのです。 ただ、残念ながら、現実はそう簡単にはいきませんでした。 病院のお医者さんは、大勢の患者さんをかかえて忙しくなさっていました。もちろん、主治医の先生は極力こちらの話を聞いてくださる姿勢を示してくださったのですが、いくら妻が「あと3か月ということもある」と言われたとはいえ、きょう、あすが危ない患者さんたちのことで頭を悩ませておられる先生がたの姿を見ると、どうしても当時の状況では、お医者さんの側からありったけの情報を提示していただき、そのうえでこちらがわからないことをじっくりと納得がいくまでおききしながら治療を進めるというインフォームド・コンセント本来のプロセスを実行することはためらわれました。 そこで、わたしが考えたのがレポート、つまり報告書です。 わたしがその日その日の妻の病状や自分で本を読んで理解したことを1週間ごとに報告書にまとめ、それをお医者さんたちにおわたしすれば、お忙しい先生がたにもひまな時間を見て読んでいただけ、多少変則的なかたちにせよ、少なくともそれで医療側と患者側とのコミュニケーションはとれるのではないかと思ったのです。 結果は上々でした。 文書にすると、こちらの意図をより明確に伝えられますし、まず第一に、文書にする過程でこちらの頭のなかをきちんと整理できるという効果があることもわかりました。また、先生がたとともに読んでくださっていた看護婦さんたちとの雰囲気づくりにも多少は役立ったのではないかとも思います。 おそらく、本書を読まれたかたは、入院直後のあまりにも硬い、あまりにも難しい記述に顔をしかめられると思います。この部分は、一般向けの書籍の記述としてはかなり小難しいとは思いつつも、本にする段階でわざとそのままにしました。妻の入院直後で、まだ病院にも信頼感のもてなかったわたしが、まるで大男にけんかをいどむように、肩肘張ってせいいっぱい突っ張っているところだからです。 その硬い文章が、日がたつにつれてどう変化し、どうやわらいでいくかを読んでいただくことも、「変法インフォームド・コンセント」の記録としては大切なのではないかと思ったのです。 結局、妻は理想的と言ってもよい環境で医療を受けることができました。あとはこの記録を、ほかの癌患者さんやそのご家族ばかりでなく、医療関係者のみなさんにも役立てていただけることを願うばかりです。 なお、妻は神戸の「ゆずりは」という癌患者の会に属し、毎月会報を通してさまざまな情報を提供していただいています。このような会は、同じように癌で悩んでおられるかたにとってはきわめて有益な場となる可能性がありますので、全国の乳癌患者の会のリストと「ゆずりは」のホームページへもリンクを用意しておきます。
⇒妻の病状の概要
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