
マレーシア農業大学にやって来た。もちろん、バッグの中には天狗が入っている。
交流会の席につくと、1人の生徒がいきなり話かけてきた。英語である。日本語を唯一の言語とする私はパニックに陥った。なぜだ、ここはマレーシア、マレー語のはずなのに(当然マレー語も知らないのだが)。彼らの言語はマレー語である。しかし、外
国人である私のために、彼は地球の共通語、英語を使ってくれているのだ。彼は笑顔で矢継ぎ早に質問をあびせかけ
てくる。ああ、天狗よなんとかしてくれ。しかし、天狗はバッグから出てこようとしない。彼も英語ができないの
だろう。最後の手段を使う時がきた。世界の共通語はもうひとつある。音楽があるではないか。私は仲間と共に、マレーシア民謡、
「ラサ・サヤン」を歌い、彼の質問に答えた。会場はひとつとなり、私たちは
新たな友人を作ることに成功した。
「音楽は世界の言葉」。私の最も好きな言葉が、はるかマレーの地で実証されたのだ。英語ができればもっと楽しかったのに。
マレーシアは多民族国家である。このため、英語による意志の疎通がたいへん重要なものとなっている。また、国際化をはかり、国家を発展させる為に、政策的に英語教育に力を入れている。この後訪問した
シンガポールも同じだ。日本は単一民族。しかし海外に進出し、海外からも注目されている日本であり、英語は重要なものとなっている。
それでも日本人は英語を話すことのできない人が多い。私は少し恥ずかしかった。
天狗も赤面している。
天狗の旅はまだまだ続く。時々私は
天狗を装着し、
移動バスの中から道行く人達に、ひとときのやすらぎを与えた。赤ら顔のピノキオのことを、彼らは一生忘れないだろう。
マレーシアでのホームステイ先との
交歓会のメインイベント、
阿波おどりが始まろうとしていた。この時私は、踊りをまったく覚えていないことに気付いた。もう祭りばやしは始まっている。最後の手段、私は
天狗を装着し、天狗そのものとなった。体が自然に踊りだす。天狗は阿波おどりは知っていたようだ。祭りは大成功に終った。
オーストラリアでの体験も、心に残るすばらしいものであった。しかし
誌面の関係で、ここでの体験を語るのはまたの機会にしよう。今、天狗は
私の部屋に飾られている。私はアデレードでこの天狗を手離すことがでさなかったのだ。
天狗の裏に書かれたメンバー全員の寄せ書きがあのすばらしい日々を語っている。天狗よ、すばらしい旅をありがとう。そして、
すばらしい出会いをありがとう。
