マレーシアの ホームステイ先の少年 シェイブ友人は、私の持参した 天狗の面を見て 「ピノキオ」と言った。ピノキオにしては、赤くて、いかつい顔である。このお面はホームステイ先との交歓会のメインイベント、 阿波おどりのために購入したものだった。お面を買いに行った時、あまりにもりっぱに そびえ立つ鼻に心を打たれ、思わず買ってしまった。交歓会はマレーシアとアデレードの2回。アデレードの交歓会の後、ホームステイ先にプレゼントすれば喜ぶにちがいない。しかしこの天狗、あまりにも鼻が大きすぎ、 スーツケースに入れることができない。このため私は、天狗を手荷物に入れたまま、この旅をすることになった。そして 運命の7月25日、天狗は私と共に、マレーシアめざして旅立ったのである。


 マレーシア農業大学にやって来た。もちろん、バッグの中には天狗が入っている。 交流会の席につくと、1人の生徒がいきなり話かけてきた。英語である。日本語を唯一の言語とする私はパニックに陥った。なぜだ、ここはマレーシア、マレー語のはずなのに(当然マレー語も知らないのだが)。彼らの言語はマレー語である。しかし、外 国人である私のために、彼は地球の共通語、英語を使ってくれているのだ。彼は笑顔で矢継ぎ早に質問をあびせかけ てくる。ああ、天狗よなんとかしてくれ。しかし、天狗はバッグから出てこようとしない。彼も英語ができないの だろう。最後の手段を使う時がきた。世界の共通語はもうひとつある。音楽があるではないか。私は仲間と共に、マレーシア民謡、 「ラサ・サヤン」を歌い、彼の質問に答えた。会場はひとつとなり、私たちは 新たな友人を作ることに成功した。 「音楽は世界の言葉」。私の最も好きな言葉が、はるかマレーの地で実証されたのだ。英語ができればもっと楽しかったのに。


 マレーシアは多民族国家である。このため、英語による意志の疎通がたいへん重要なものとなっている。また、国際化をはかり、国家を発展させる為に、政策的に英語教育に力を入れている。この後訪問した シンガポールも同じだ。日本は単一民族。しかし海外に進出し、海外からも注目されている日本であり、英語は重要なものとなっている。 それでも日本人は英語を話すことのできない人が多い。私は少し恥ずかしかった。 天狗も赤面している。


 天狗の旅はまだまだ続く。時々私は 天狗を装着し、 移動バスの中から道行く人達に、ひとときのやすらぎを与えた。赤ら顔のピノキオのことを、彼らは一生忘れないだろう。


 マレーシアでのホームステイ先との 交歓会のメインイベント、 阿波おどりが始まろうとしていた。この時私は、踊りをまったく覚えていないことに気付いた。もう祭りばやしは始まっている。最後の手段、私は 天狗を装着し、天狗そのものとなった。体が自然に踊りだす。天狗は阿波おどりは知っていたようだ。祭りは大成功に終った。


 オーストラリアでの体験も、心に残るすばらしいものであった。しかし 誌面の関係で、ここでの体験を語るのはまたの機会にしよう。今、天狗は 私の部屋に飾られている。私はアデレードでこの天狗を手離すことがでさなかったのだ。 天狗の裏に書かれたメンバー全員の寄せ書きがあのすばらしい日々を語っている。天狗よ、すばらしい旅をありがとう。そして、 すばらしい出会いをありがとう。