中山農村歌舞伎
農村歌舞伎というのは江戸時代より続く伝統芸能で、小豆島には土庄町肥土山地区と池田町中山地区に現在に至るまで連綿と伝承されています。平成9年10月10日に行われた中山の春日神社奉納農村歌舞伎に、中山農村歌舞伎保存会の御好意により、端役ではありますが役者として舞台に立たせていただけ、以来出演させていただいています。近年、町おこしなどの一環で地芝居を復活させたりしているところはままありますが、歌舞伎舞台、衣装や道具、そして上演する人が昔ながらに全て揃っているところは全国でもここ以外には、数カ所しかありません。この貴重な奉納歌舞伎の舞台に立たせていただけ、その伝承の一端を担わせていただけることは本当にありがたいことです。
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普段の舞台
一見古ぼけた倉かなんかにしか見えませんが、この舞台は国の有形重要民俗文化財に指定されており
文正・天保年間(1820年頃)に建築されたと伝えられています。
舞台を開き準備を始める 子供達も掃除をお手伝い
男性陣は花道を組み立て、提灯をつったり 中山の子供達も子供歌舞伎で出演します
女性陣は衣装の繕いをします。
当日、飾りつけを終え夜を待つ舞台
客席は屋外のゆるい斜面に設えた階段状の桟敷となっており、割盒(わりごう)弁当を食べながらの酒席と
なります。もちろん台詞に詰ったりするとヤジが飛び、また熱演の場合は大声援が惜しみなく送られます。
ひのひのも自分達の幕が下りると、化粧もおとさず仲間の席に座り込み酒を飲みながら、以後の演目を
楽しみました。 こういうのが素人歌舞伎の醍醐味です。
中山に残る貴重な看板や額
左は上演当日の演目の立て看板。明治か昭和の初期の物であろうか?
中央と右は社内に掲げられた奉納画。明治二十二年奉納、伊勢神宮参宮連中調の文字が見える。
舞台裏の小部屋での化粧
歌舞伎の化粧は、芝居と違いまず鬢(びん)付け油を顔面全体に塗り、眉もつぶしてしまいます。羽二重で髪をまとめ
それから白粉を塗り、次に眉を書いたり隈取りをします。ちなみに紫の羽二重は女形で、侍は白と薄い水色です。
着付でもそうですが端役でも主役級の役者と全く同じ手間がかかるし、また同等に扱ってくれます。
黒子、舞台師、床山、化粧師、着付け、道具係等たくさんの人が役者を支えます。裏方の皆さん本当にありがとう。