岩手県身元確認作業出張顛末記

東日本大震災の被災地岩手県へ日本歯科医師会の要請を受けて震災で亡くなられた方の遺体の身元確認作業(検死)に行ってきましたた。香川県歯科医師会には真面目かつ専門的な報告書を既に提出してありますので、ここでは専門的な事には触れず、旅行記のような形で掲載したいと思います。

3月下旬に検死に携わる歯科医師の募集があり、即日応募していたのですが4月中旬になっても派遣要請がないことや関西以東の登録歯科医師も多いであろう事から、これはもう香川県には出動要請は来ないかなと思い始めていたところ、4月22日に県歯会長豊嶋先生より電話があり5月7日から5月11日まで岩手県への派遣要請の連絡が急遽日本歯科医師会より来たことをつたえられました。
これを受けて4月25日(月)香川県歯科医師会館にて緊急打合せを行い、4月29日に必要な装備等の買い出し、資材の整備を行いました。

ゴールデンウイークもまさに終わらんとする5月7日(土)、私ひのひの、日本歯科医師会前副会長の山下喜世弘先生、香川大学医学部口腔外科の大林由美子先生、南 佑子先生の4人で高松空港を発ち、羽田で乗り接ぎ、いわて花巻空港に到着、岩手入りしました。宿舎である盛岡のホテルで岩手県警と打合せ後、前任部隊の三重県歯科医師会の方達と引継を行い、法歯学の派遣医1名と、香川県の歯科医師2名の3名1チームとなり、2チームに分かれて検死に当たる事となりました。
ひのひの、南先生、鮫島先生のチームは主に陸前高田市と大船渡市を、山下先生、大林先生、○○先生のチームは釜石市と宮古市のの遺体安置所が担当となり、何処へ行くかはその日の遺体の搬送状況により当日決定とのことです。
なんと偶然にも法医学会派遣の鮫島道長先生は母校東京歯科大学の法歯学教室(僕の同級生で親友の花岡君も准教授で在籍している)勤務で、僕の後輩とわかり一気に気がなごむとともに、力強い味方が得られた事をとても嬉しく思いました。
さて前任の三重県歯科医師会のチームと引継を済ませると、岩手県の歯科医師会長箱崎先生が山下先生と日本歯科医師会の副会長同士で盟友の関係であった事から、香川の4名との懇親会を設けて頂きました。思いもかけず本当にありがとうございました。

5月8日午前8:30、私達のチームは、陸前高田と大船渡の、山下チームは釜石の遺体安置所をめざしてそれぞれ出発しました。住田生涯スポーツセンター

岩手県警の2名の方が交代で運転し約2時間半かけて陸前高田市の山間にある旧矢作小学校に到着し、早速1体のご遺体の身元確認を行いました。その後大船渡市の山間にある気仙郡住田町の生涯スポーツセンターに向かい、ここで昼食のおにぎりと鯖の味噌煮缶が支給されました。心づくしで嬉しいし贅沢を言うつもりも無いのですが、さすがに死後2ヶ月のご遺体の検死後に鯖の味噌煮缶は目に優しくないですよね^^;;;;まあ3人とも平気で食べましたが。
午後は3体のご遺体が搬送され検死を行い、この日の身元確認作業を終了して午後5時前に帰路につき、また2時間(住田町の方がちょっと近い)かけて盛岡に戻りました。この日の夕食は盛岡名物の焼き肉と冷麺。でもなんで盛岡で冷麺なの?(゚_。)?(。_゚)????

5月9日は一日旧矢作小学校で検死作業、午前2体午後3体の身元確認作業を行いました。朝到着すると県警から生前の歯の治療記録があるので昨日検死したデンタルチャートと比較して欲しいとの要請があり、比較したところ歯科的な矛盾が認められない事からご遺体の身元が確定しました。ひのひのたちの活動が微力とは言え役に立つ事が出来たことで、少しばかり報われた気持ちになりました。
こちらの安置所は廃校になった小学校のため控え室もなく、昼ご飯も昼休みも往復に使っているワゴン車の中となってしまいます。この日のお昼はおにぎり2コとミネラルウォーターのみで、翌日以降は昼ご飯の支給はなくなりました。午後3時半にはもう遺体の搬送はないとの事で検死を終了し、県警の車で陸前高田市街の状況を視察させて貰いました。TVや報道写真で見ていた感じとは異なり、実際の被災地に立ち入ると言葉も出ません。まさに町が一つ丸ごと消え去っています。

         

今泉街道交差点付近。こんな山しか        これだけの瓦礫を撤去するのに            森の前付近
見えないところまで津波がきています。      一体どれだけの労力とお金と時が 
海岸線から5キロ以上離れています。       かかるのでしょうか?

    

        

    マイヤ高田店                    陸前高田市民体育館                雇用促進住宅
                           ここは地震の際の第一避難所に指定されて   5階部分は津波が抜けていないよう
                           いたそうです。避難してきた人はおそらく・・。   にも見えますが助かったのでしょうか?
                           

      

   県立高田高等学校                 陸前高田市民会館
                           完全に破壊されています。ホールの
                           客席が階段のように見えています。
                                                                  被災前の写真

暗澹たる気分で帰途につきましたが、盛岡につくと気持ちを入れ替え郷土料理「南部百姓屋」で夕食を楽しみました。
なかなか名店のようで有名人のサインが天井にいっぱい貼ってあります。
南部ひっつみ(団子汁のような感じ)、よせ豆腐、ホヤ刺し色々食べましたが、山菜のぼうな(?)のおひたし、これは食べた事がない味でとても美味しかったです。
ここで面白い会話が^^;;;

山下 「どんこ揚げ出しってなんだ?」
大林 「どんこって椎茸のことですよね。」
ひの 「それも肉厚のいい椎茸ですよ。」
両人 「先生、そんな事も知らないんですか?」とからかう。
でもって注文して出て来たのが・・・・。

(写真はお店のHPから拝借)
山下 「なんだ魚じゃないか、二人とも揃って知った風に。」
両人 「ありゃ、りゃ、りゃ。」
山下 「椎茸を揚げたのが1000円以上もするって変だなとは思ったんだよ。」
いや〜、ところ変われば・・・です^^;;;ちなみにどんこはタラ目チゴダラ科のさかなで三陸地方の呼び方だそうです。

さて5月10日、身元確認作業の最終日は住田です。午前中のご遺体の搬送はないとの事で午前中ずっと控え室で待機です。何もする事無く、じっとしてるのもつらいものです。実はこういうときのために携帯にMP3の音楽を300曲ほど入れているのでヘッドホンを取り出しましたが、ピンジャックのままでAUの出力端子の変換アダプターを忘れてきている _(_ _;)バタッ

午後は2体の検死を行いその後の搬送の予定はないとのことで、最終日なので次の派遣チームとの引継もあるので午後3時半に撤収しました。帰りの際のトイレ休憩で寄った遠野市にある道の駅みやもりで「めがね橋」(釜石線)の写真を一枚取り、これが今回僕にとっての唯一の観光?写真となりました。

盛岡に帰着して、明日から身元確認作業に当たる徳島県歯科医師会の4人の先生方と引継をし、その後合同の懇親会を再び南部百姓屋で開き、盛り上がりました。その後二次会の席をDeir Paidir という洒落たお店で岩手県歯科医師会の先生方が準備して下さっており本当に楽しいひとときを過ごす事が出来ました。本当にありがとうございました。
徳島隊はおそろいのユニホームです。


5月11日朝資材や最低限の手回り品以外を全て香川に発送し、飛行機が12:05発の為土産物を買うまもなく8:30にホテルを出発(何故出発の文字が強調されている?)してタクシーで花巻空港に向かいました。でもって空港の売店でおつまみでも買おうと小銭を出す為にズボンのポケットに手を入れると、何やら堅い棒のようなものが手に触る。ん?何だこれ?

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜〜〜!!!ホテルのキーやぁ(>_<)
そう、チェックアウトをせずに出発しちゃったんです^^;;;;;
ホテルに連絡して結局、鍵は宅配のメール便で送り返し、自宅に請求書を送って貰い銀行振込で清算することになりました。

大物の証し


みんなには流石大物とからかわれてしまいましたが、飛行機は無事伊丹空港(羽田便はゴールデンウイークのみの臨時便)に到着。新幹線と瀬戸大橋線と乗り継いで無事高松に帰還しました。勿論遊びに行ったわけではないので今回は観光も一切無しでしたが、いつかゆっくりと岩手県を観光で楽しみたいものです。

山下先生、大林先生、南先生、本当にお疲れ様でした。

 

トップページにも書きましたが東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げますと共に、亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。