仮名手本忠臣蔵六段目 勘平切腹の場
あらすじ (
by ひのひの )
塩冶の家臣早野勘平は松の間の刃傷(昨年上演した三段目)の時、腰元のお軽と逢い引きをしていた為に急の場に駆けつけることが出来ず、その申し訳なさに逐電し、お軽の親元である山崎村で狩人に身をやつしていました。
雨の夜、勘平は山崎街道にてかつての同僚千崎弥五郎と出会い、敵討ちの計画があることを知らされ、御用金を調達することを約束し別れます。一方お軽の父与市兵衛は聟を元の武士に戻してやりたいと、金を拵える為に勘平には内緒でお軽を廓に身請けさせることにし、その帰り道、塩冶の浪人で山賊に落ちぶれた斧定九郎に50両を奪われ殺されます。しかし定九郎もまた、猪を追って駆けつけた勘平が撃った玉に当たり死んでしまいます。暗闇の中で勘平は猪ではなく人の死骸であることに驚き、薬を探しますが偶然財布に手が触れます。悪いとは知りながらも敵討ちに加わりたさのあまりに、つい御用金にと財布を手にして弥五郎を追いかけたのです。(以上五段目迄)
お軽と母のお萱が与市兵衛の帰りが遅いのを心配している所へ、一文字屋のお才がお軽を連れに来ます。そこへ勘平が戻り仔細を聞き、昨夜山崎街道で誤って殺したのは舅であったかと思いこみます。お軽が連れて行かれた後与市兵衛の死骸が運び込まれ、お萱も勘平が与市兵衛を殺して金を奪ったと思い込み勘平を責め立てます。訪ねてきた千崎、原の両人にも不忠不義と罵られた為、非を悔いて腹を切ってしまいます。しかし全ては誤解だった事が判り、勘平は仇討ちの連判に加われたものの死んでしまうのでした。

親仁殿の戻りが遅い故、在所口まで到れども ええ?そんなら親仁殿と連れだってでは
影も形も見えぬわいナア 御座りませぬか
母者人、このお方の云われること おお婿殿、合点がいかぬは道理
一円合点がいきませぬ
貴方様がこちらのお聟さんで御座りまするか 母は後を見送り、見送り
お初にお目にかかります
親仁殿が殺されていたので猟師仲間の
おら達が連れてきました
これ婿殿、よもやとは思えども合点の 逃げるのでは御座りませぬ私の腰に
ゆかぬそなたの素振り しっかりとついてござりませ
一通り申し開かん、あいや御両所お下にござって 鉄砲疵か刀疵か見定めもせず
お聞きなされて下さりませ 無駄腹切ったか、ざ、残念だ
哀れはかなき次第なり
【配 役】
早野勘平・・・・・・浜野雄一郎 お軽・・・・・・・・・・松江義人
お萱・・・・・・・・・・樋出 誠 一文字屋お才・・矢田良和
源六・・・・・・・・・・北方普幸 原郷右衛門・・・・浜野良一
千崎弥五郎・・・・中村 徹
滅法弥八・・・・・・箭木宏中
種子島の六・・・・亘 知之 狸の角兵衛・・・・早倉知晶
解 説
中山農村歌舞伎は上方の芝居の流れをくんでおり、現行の大歌舞伎とは異なった演出が残っています。
大きく異なるのは、大歌舞伎が「撃ち止めたるは、舅殿」の台詞で切腹するのに対し、こちらではもう少し後で千崎が死骸の疵を改め「コリャこれ鉄砲」の台詞で切腹し「疵には似たれどもまさしく刀で」と台詞が続きます。
また、猟師が花道で「茲な婆と掛けて何と解く」「さあて何と解く」「割れたすり鉢と解く」「その心は」となり腰を振りながら「今夜からスル事が出来ぬわい」「笑止、笑止」という戯れ言が残っています。なんとこの演出がはるか青森県の農村歌舞伎でもみられるこのことで、昔、上方の役者が流れていって其処に居着き芝居の指導をしたのが残っているらしいとのことです。
第2幕 子供芸による五段目の勘平 第4幕 七段目のお軽
*印のついた写真は西宮市在住、須藤様のご厚意によります。