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○セミナー「住民とのコミュニケーション〜対話と受発信力の向上」

 

 平成3041920日 全国市町村国際文化研究所

 京都造形芸術大学副学長 成人教育学博士 本間正人氏

 

1.    受講意図

 

 議員としてまず、住民とのコミュニケーション力、対話力は生命線とも言える能力。しかもこれからは市役所職員も「何かご用ですか」という待ち受けの態度を脱却して住民のもとに飛び出し、積極的に対話とコミュニケーションでまちづくりを進めていく世。職員の育成は行政内部で行われるべきことではありますが、行政のあらゆる部門、私たちが市民と接し、課題に直面し、行政につないだ時に「そんな対応では」という残念な場面にも直面します。そのことから、このチャンスに「住民とのコミュニケーション」について、おさらいし、また市役所の皆さんにお伝えしたいと思い、受講しました。

 

2.    セミナーの概要

 

「JIAM」と略称される全国市町村国際文化研究所(滋賀県)での1泊研

修。1日目は13時から17時まで。2日目は925分から昼食をはさんで1410分まで。対象は全国の市区町村議会議員。前後左右の席の議員と時には挨拶、対話の進め方の実習を交えながら、テンポよく、ユニークな語り口で話を進めていく。講師のペースに乗せられながら、長いと感じない2日間、濃密な講義が展開されました。

 

3.    講義・演習T(1日目)

 

○「教育学」から「学習学」へ。

 ホモ・ディスケンス。人間は学び続ける存在である。

 講師はホワイトボードにいきなりグラフを描き始める。

 横軸はゼロ歳から100歳の時間の流れ。縦軸は24時間。つまりこの横長長方形は人生の時間全部である。

 その中で「教育」に使われる時間はどれだれか。講師がちいさな図形を描き加える。100年の横軸の中では数歳から高々23歳まで。縦軸では朝起きて夕方までのこれまたわずかな区間でしかない。小中高大と進むにつれて、1日の学習時間は階段式に狭くなっていく。生涯の年間と1日の時間において、教育に使われる時間はたったこれだけ、と氏は指摘。その上で、この図形の右端が「最終学歴」と呼ばれるものだが、ここから先、これに対置する概念として「最新学習歴」というものが据えられるべきだ。

 クルマの運転よりも、子育ては難しい。昔なら多子で3人目、4人目、5人目と、親は「手を抜く」のがうまくなった。少子化の今、子育て能力の向上については上達しにくい。だから「我が子」から「みんなの子」へと考えを変えていくことだ。

 これからは「最終学歴」を死語に。日々「学習歴更新」の人生を歩むべきだ。

○コミュニケーションが大事なことは言うまでもないが、学校にその教科はない(今では一部の高校にある)。そこで講師が会場の115人の議員に手を挙げさせる。「英語がニガテ」「英語がキライ」という人は? ほとんどの人が挙手。「ならば学校は何をやってるんだ? この状態を、これからの小学校でやってくれるな!」と言いたい、と。

 ところで「英語がニガテ」とは言うが「日本がニガテ」とは言わない。それは教育でなく、学習するからである。

 ここでホワイトボードに、「本」と書き、縦に1.2.3.…と書いていく。

「どう読みますか?」いっぽん、にほん、さんぼん、よんほん、ごほん…。「ぽん」だったり「ほん」だったり「ぼん」だったり。これは外国人には難しい。

次に「泊」と書く。同様に、いっぱく、にはく、さんぱく、よんぱく…これはますます難しい。

 1から数えると「いち、に、さん、、ご、ろく、しち、はち…」なのに、10から数えると「じゅう、きゅう、はち、なな、ろく、ご、よん…」と変わる。英語も「教えよう」と思うな。いっしょに学ぼうとすることだ。

○Eラーニング。スマホにはたくさんの勉強道具が入っている。これまでの紙の教科書ではもう教えられない。最終学歴をもって勉強は終わり、でなく、「最新学習歴」を更新する意識を高めていこう。

○「コミュニケーション」でいちばんは「聴く」ことだ。中国の王様が政治を司ることを「聴政」という。天の声を聞く、人の語を聴く、ということ。「广」とは建物。「廳」の字は、王様が素直な心で声を聞く建物、との意だ。これを転じて「庁舎」とは、人の語を聴く建物のことだ。「国の省庁」というが、「省」とは「かえりみてはぶく」というのだから、悪い冗談のようだ(笑)。

○「聴く力」が人間力だ。心が通い合う、徳の高い人とは、人の言うことをよく聞く人のことだ。

○アクティブラーニングとは、主体的で対話的な深い学びをすること。赤ちゃんは生まれながらのアクティブラーナーだ。

○コミュニケーションの3つの機能@「理解を増やす」。

ここで席の前後の人同士が向かい合い、一人はただニヤニヤしている。一方がそれを観察して、彼が何を好きか想像し、言い当てる、という実験。人相、容貌、風体からその人を探る。この体験をしたうえで、講師。

二つの重なる円。左の重ならない部分は「先入観、固定観念、思い込み」。右の重ならない部分は「未知」。そして中央の重なる部分が「理解」である。向かい合い、にやにやしている人をみて「こんな人かな」と考える。でも答えてもらうと意外な面もあって、相手の理解を「修正」する。こうして「彼を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず」。孫子、2000年前の英知だ。そこで、コミュニケーションとは「理解を増やす」ということだ。「相手を知る」ことが大事で、それが「自分を知る」ことでもある。

○A「人間関係に影響を与える」。

 「言語」コミュニケーション < 「非言語」コミュニケーション

 「言語」は言葉の内容。「非言語」は伝え方。距離、視線(アイコンタクト)、表情、動作、声など。緩急、滑舌、高低、大小、ゆっくりか速いか、ジェスチャー、トーンなど。「言語」は「何を言うか」であり「非言語」は「どう言うか」。議員にとって「住民」とは、自分の支持者になりがちだが、そうでない人、誰の話を聞いているか、声なき声を聞いているか、これは日本民主主義の大きな課題だ。

例えば説明会の席上で壇上に並ぶとき。上から目線ではダメ。カウンターも低くすべき。これによって心理的距離感はずいぶん違ってくる。「偉そう」では話が進まない。知らない所に出かけて行ってインタビューすることが大事、民主主義の根幹だ。殿様がお忍びで出かけたイメージで、「支持者」以外の人にインタビューしよう。

三木武夫の「膝詰め談判」の話。相手の膝をたたきながら「頼むよ」と言うと、相手は断りにくくなる。仏頂面で「I’m fine Thankyou」と言って何が伝わるか。テレビの会見で「遺憾に存じます」と言っているのは「オレのせいじゃない」と言っているようなもの。ホモサピエンスは150万年。言語は数万年。字は数千年。「非言語」こそ大事だ。笑顔、目、口口元を意識。「口角(こうかく)」を上げることを意識。眉間の皴、への字の口を修正するのはエネルギーが要る。イーウー体操のススメ。人目に付かない所で素敵な笑顔を心がけよう。

 

<休憩>

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○B「信頼関係を築く」。

 ここで実践。二人でペアになり、目を閉じて、もう一人の案内で館内を歩いてみる「ブラインドウォーク」。安全、時間、感じるという要素を意識し、6分で交代。前半3分は手を触れて案内。後半3分は手を離して声だけで案内。信頼関係が大事。

 「ブラインドエクササイズ」は、相手とビジョンを共有する意義がある。議員の日常もこうあるべき。いま、どこにいるのかの「現状」とどこへ行こうとしているのかの「目標」を共有できて人はすごく安心。今の日本にはそれが見えない。国会はスキャンダルの追及で終わり、100兆円の予算を議論しない。

 この体験をしてみての感想を4人グループで語り合う。手を離しての案内で「斜め前方」では何度斜めなのかわからない。「1時の方向」などと具体的に。「もうちょっと右」ではカニ歩きになってしまう。「段差があります」ではどの程度の段差かわからず不安である。「5m先に5段の階段があります」。急でなく「予告」が大切。相手に合わせて表現を変える。言葉には多義性がある。霞が関では必要かもしれないが()、あいまいを排せ。わかりやすさが時代の趨勢だ。「住みよいまちづくり」「豊かな暮らし」「地域の活性化」…といっても人によって違う。具体的であることが大事だ。

 世の中は「バリアフリー」どころか「バリアフル」だ。介助の声だけが心の支えなのに、聞こえなくなったら不安だ。問題があるときだけコミュニケーションではビクビクしていなければならない。それではクリエイティティビティを発揮できない。何でもないときにもコミュニケーションを取ろう。上司からの「それでいい」の一言が部下の安心を呼ぶ。部下を呼びつけ、目を合わせないまま、書類と話している上司がいる。傍若無人だ。傍若無人とは、傍らに人無きが如し。乱暴非礼なことだ。トランプのツイッターに部下のチェックなし。スペルミスあり。“not”の一言で戦争は起こる。家庭でも、妻の話を聞くのにテレビに向いて、新聞を開いて聞くな。同様に、議員も選挙のときだけでなく、何もない時にもコミュニケーションを取ろう。「聴く力」が議員力だ。神様が遣わしてくれた最良のトレーニングパートナー、それが「妻」だ!! 

離婚は性格の不一致というが、それよりも微妙なライフスタイルの違いではないか。ここで「目玉焼きアンケート」。あなたは目玉焼きをどのように食べるか? 食べない、何もつけない、ソース、しょうゆ、ポン酢、塩、胡椒、マヨネーズ…とたくさんの声。タバスコまで。少子化の時代、結婚率も出生率も上げることは難しいが、共同生活アドバイスは教育していいのではないか。こういうことこそ「学校で教えてくれる」べきなのに。

 ティーチングとコーチング。

 ティーチングとは誰にでも一律に「5m」と伝えること。

 コーチングとは、Aさんには「12歩」Bさんには「10歩」Cさんには「8歩」と伝える。前者は画一的教育、ウ社は相手に合わせて変える個別指導。相手に合わせてカスタマイズし、今の相手に合わせてバージョンアップしよう。

○言語には多義性があるので、ビジュアルに表、グラフ、イラスト、マップ、絵、写真、動画、実物、実演などを多用しよう。今は文字離れが著しい。自治体もマンガで。熊本の全壊半壊もマンガを用いていた。分かりやすくする努力をした結果、便利度が増し、生命の安全にもつながる。

○「うなずく」ことで、ポンプのように相手の水を引き出すことができる。「アクティブリスニング」。相手をサポートする能動的なエネルギーの注ぎ方。

 

<休憩>

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4.    講義・演習U(2日目)

 

 

5.    感想

 

「教育学」から「学習学」へ、の序説のテーマに強く共感。社会教育から生涯学習へ、行政のしくみもあり方も変化しているが、まだまだそれが標準的な意識となってないと感じている。人生は長い。学校だけが「学び」の場所でないことは誰にも明らかで、国も文化芸術やスポーツを従来の教育委員会組織から市長部局へと移行できる旨制度改正し、丸亀市でもいち早くそれを実行しましたが、必ずしもそれが滑らかに運用されてないように感じるのは、運用する人びとの意識がそこに届かないからではないのかと思っています。議会でも、もうあと「一人」となった模様ですが、文化スポーツは教育委員会に戻せとの70歳代、もと市職員の議員がおられるが、セミナーで聴講したここのところをぜひお教えしたい。私の思いは、教育委員会は「学校教育委員会」とするべきで、そこにも制度化されたように市長が「総合教育会議」の名のもとにしっかりと関与していく。それが、日本の最後最大の「中央集権制度」とされる教育委員会のいわばマイナスの面を改善していくためのあり方なのではないのか。そのように常日頃から私は考えてきました。それについて、私は今回のセミナーで意を強くしました。

 対話で「うなずく」ことは「ポンプのように相手の水を引き出す」とは心に残る言葉。この表現を聴いては、明日から「うなずき」なしに人の話を聞くことは難しいと思う。私もたぶん、これが身についているとは思うが、この美しい表現でますます自分の「聴く力」、アクティブリスニングのスキルをアップさせたいと思いました。

 

 

「妻こそ、神様が遣わしてくれた最良のトレーニングパートナー」とは至言。セミナー上の説というより講演者の人生経験や人格がほとばしるとの趣。冒頭の「最新学習歴」の哲学が通奏低音のように2日間の講義全体にわたって見え隠れしているという印象。それに貫かれて、心地よく、また話題はノリに乗って脱線しつつもしっかりと氏の哲学に一本貫かれていた、そんな印象も残る講義でありました。