前回に続き、いよいよ丸亀高校演劇部の演目『フートボールの時間』を紹介します。
 テレビでも、上田市で開かれた全国高校総合文化祭・演劇部門の最優秀賞発表の瞬間、その喜び爆発の客席が映し出されました。どれほどの感激だったか。関係の皆さまを心から祝福し、称えます。また特別番組では演劇部員の日常にもカメラが入り、見慣れた山を背景に、帰宅した女子部員の勉強部屋まで“潜入”。勉強机の本棚にしっかり、私もかつて「お世話」になった受験本、大学名の刻まれた「赤本」が鎮座。「京都大学」という文字までも見えていました。
 聞くところによると、丸亀高校演劇部は豊嶋了子先生率いる県下に名をはせる精鋭集団。練習もとても厳しく、この部を目指してここを受験するという生徒もいるとか。番組の中でも演技に行き詰り、練習場の片隅に座り込んで台本に食い入る姿も。さながらドキュメンタリー番組のように。
 こうした彼ら彼女らのひたむきさ、ピュアな心がそのままステージで表現されている。清らかで、熱い。それが我が母校の快挙とあって、私たちの喜びも今で言う「ハンパない」のです。
 舞台は百年前の丸亀高等女学校。袴の衣装もすべて手作り。簡略な大道具を壁にしたり手すりにしたり、縦横にリズミカルに動かして舞台転換をしていく。
 ひとつも間の延びを感じさせない、テンポのいい展開。「女子が足を広げてボールを蹴るなんて」という時代に、生徒に慕われる先生は開けた人で、生徒たちにフートボール(当時の言い方)の素晴らしさを説く。仲間を募り、「カルピス」で釣ったりの軽妙なテンポで部員たちが勢ぞろいする。
 男子もするという「合宿」というものをやってみよう。数々の反対、無理解、難関を克服してそれが実現。夜、枕を並べて彼女らの語らいが静かに展開される。
 「お嫁にいかねばならない」
 「サッカーは百年後、どうなっているんでしょう」
 学校など早く辞めて嫁に来てほしい、ましてやサッカーなど、と、一向に理解してくれない許嫁は冷淡に彼女をなじる。その彼女は小さな声で、「百年後には、きっとなくなっていると思う」とつぶやく…。
 豊嶋先生が資料を漁って発見したという学校の備品台帳のミステリー。ある年、忽然と台帳から8個のボールが“処分”されてしまった。ここから自由に想像を張り巡らせて構築したストーリー。「ウダウダ」が得意の宇田先生、草の中に見失ったボールを見つけてくれる用務員など、彼女らのひたむきさを支えるキャスト配置も絶妙。
 さまざまに圧力もかかり、先生は人が変わったように「勉強に専念しなさい」と冷たく言い放つ。メンバーたちの心も千々に乱れる。
 やがて卒業式の場面へ。そして時代は移り、百年後の今と混然のステージに。舞台背景に「なでしこ発祥の地・丸亀」を決定づけた記念ハガキの画像が映し出される。百年後、きっとサッカーはなくなっているわ。そう布団の中でつぶやいた、あの彼女のひとことは、たぶん、「男女の差別はなくなっている」という意味だったのよ、と語り合う。
 日本女子サッカーに期待のかかる今。あまりといえばあまりのタイミングの良さ。しかし単なる偶然ではない、監督の先生や生徒たちの「悲願の全国制覇」への執念が、この台本を作らせ、そして厳しい日々の鍛錬の中で、この栄冠をつかんだのだと思います。それは日本女子サッカーにも、わが母校にもきらびやかな栄誉です。
 人間、百年後を見通すことは難しい。でも予測や予想でなく、こうなってみせる、との決意が人生にみなぎれば、少なくとも自分の人生はその方向に向かい、動き出す。それは自分と、社会をも動かしていくはず。けなげな女学生たちが、歴史上の偉人のような達観ではなく、未熟な瞳ながらも未来を見はるかす姿はそれだけで魅力的。きっとこの舞台を、同年代の若者が見るのと私が見るのとではまったく違うものが見えるのだ、と、ちょっと年老いた寂しさも込めて、言わなければなりません。でももらっているものは確実に、私の方が多い。それが、歳を取るということなのだと思う。その思いが感謝を深めます。
 演劇部員たちは歳月を経ても、この台本の一節をたぶん忘れないでしょう。心にしまって、そして反芻して成長し、齢を重ねていくのだろうと思います。それがとてもうらやましい。そしてまぶしくてなりません。
 母校の、そしてすべての演劇部関係者の皆さんのさらに輝けることを祈ります。ありがとう。




ちゃりんこdeパトロール
全国制覇!丸高演劇部
第191回
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