06年度分はこちら

輝け!市役所の星
2009年12月31日(木)
今年もお世話になりました

新年への準備は万全でしょうか。正月も営業の店も当たり前となり、これでいいのかな?との思いはありますが、あれをしてこれをしてという大晦日の慌ただしさからは少し解放されているのでは。せっかくならば新年への思索や決意に時間を過ごしてはいかががでしょう。月刊「潮」12月号に桂由美さんが登場。その対談相手、国際経営コンサルタントの浜口直太さんが語っています。「不景気だからこそニセモノは淘汰されて、「ほんとうに価値あるもの」だけが生き残っていく。だからこそ、本物にとってはチャンス」と。ほかのお店のように市役所も正月開店、という日は来ないでしょうが、時代の中にいることは事実。私たちも本物が生き残る時代ではないでしょうか。明年がよきチャンスの年でありますように。一年、大変お世話になりました。
なお、このコーナーは本日付で終了し、明日からはブログ版でお目にかかります。引き続きご愛読よろしくお願いいたします。

2009年12月30日(水)
「ボエーム」メイキング

めずらしい、オペラのメイキング番組というのがあり、録画してみました。
そういえばメトロポリタンオペラの放送でも、本舞台の前後や合間、楽屋をレポートしたり、ステージから降りてきた役者を追っかけたりするコーナーがあり、役者さんもたいへんですね。
さて、映画仕立てにしたオペラ作品「ボエーム」。肝心の本編をまだ見ていませんが、メイキング版で、監督のロバート・ドーンヘルムさんが語っていたのが印象に残り、メモりました。
「主役の二人には共通点があります。
情熱、プロ意識、遊び心です。
軽妙でありながら非常に真剣な点です」
スターの座に登りつめるのも大変な偉業でしょうが、その実力を維持するのにも大変な努力が必要でしょう。「天才」と言ってしまえばそれまでですが。
市役所の皆さんも私ども議員もともにプロ。
監督の見た二人の歌手の共通点はとても重要だと思いました。
「プロの自覚で」とはよく言われることですが、「かっこいいなあ」と言われる要素があればもっといいと思います。
きょう、部屋に用事があって閉館の市役所に行ってみますと、善通寺国立病院と同じように、通路に色分けされた道筋案内のテープが設置されていました。
窓口改善も一歩ずつ。そして私たちのプロ意識も、さらに洗練して、新年をスタートさせましょう。
なおこのコーナーは明日をもって閉じさせていただきます。ブログに移行いたしますので、どうか引き続きご愛読ください。このページトップのボタンをクリック、またはQRコードからお入りください。

2009年12月29日(火)
ブログ完成

先日、ある人から、情報時代はブログで勝負、と刺激を受けまして、気になっていたところ、一日がかりでなんとか完成しました。年末まで、これまでのこの日誌と並行して書くことにします。
民放BSで、この時刻、「丸亀城」という、お城のシリーズ番組をやるのを見つけて、録画しています。犬山城、弘前城、姫路城などと並んで、立派なものですね。折からブームです。来場者1.5倍増は偶然ではないのですね。歴史ブームに、なんとなんと、今の時代の変化を教えられる一幕。戦国から泰平へ、維新へ、戦争へと、時代は移ります。歴史を動かす人と動かされる人がいるということでしょうか。
政治と行政が、後手に回る世の中は、不幸。しっかり見据える年末年始を過ごしたいと思います。

2009年12月28日(月)
1秒8億円

仕事納めの日。一年間大変お世話になりました。お疲れ様でした。
めまぐるしい一年でありましたね。同僚議員の死去という悲しい年末ともなりました。
明年がすばらしい年となりますよう決意しあって、仕事納めとしてください。
あるファーストフード企業では、注文から受け取りまでの時間を1秒短縮することで年間8億円の増収と試算。
スピードにこだわる挑戦です。(原田泳幸「ハンバーガーの教訓」。聖教新聞5月26日付)
市役所にお願いや問合せをしていて、すばやくレスポンスを返してくれるのはほんとにうれしいですね。
私も市民の皆さまをやきもきさせていることが多々。反省しきりです。
時は金、でもあり、また時は幸せ、でもあります。時は満足、とも言えましょう。
おっかけられるような日々ですが、確かに、ゴールがあるのですから人生はある意味、おっかけっこにはちがいありません。
それが苦労・苦悶の日々なのか挑戦と充実の日々なのかは、自分次第。仕事納めの日を、決意の日にしたいと思います。

2009年12月27日(日)
老舗(しにせ)

「老舗」の語源は「仕似せる」だそうです。5月28日付聖教新聞コラムに。
真似る、今のままを守る、という意味です。(杉本つとむ著「語源海」)
しかし現実には、ただ守るだけではダメで、秘伝の味も少しずつ変化させる、経営形態も変化させていくことが必要、とあります。
この変化変化のめまぐるしい時代に、「うちゃあ老舗じゃ」と安閑としていられる企業などありません。
市役所もまた、これまでにない価値観、仕事観の転換が図られなければならない時。
議員もそう。共通するのは「われわれは市民のためにいる」ということ。その原点に立ち戻り、新年の心の準備をする時だと思います。

2009年12月26日(土)
お城のみやげ物売場

「出没日誌」に続いて四国新聞の記事からで、恐縮ですが、「一日一言」のコラムに驚きました。
これまで丸亀城内にみやげ物売場がなかったこと自体に、コラム執筆者は驚いていますが、筆は進んで、「あまりにも身近な存在であるがために大事なことを見落とす、なんてことはよくある」と書いています。
市役所担当者も、記者も気づかなかった、とありますが、言外に、「議員も」と読み取ってしまいます。
「うどんが食べられる場所を」という私の知人からの提言も、受けてはいたのですが、まさに、「実現はむずかしいかも…」と、勝手に判断していました。反省。
さっそく昨日、立ち寄ってみました。既存の室内に工夫をこらして有効な陳列をしていますが、やはりちょっと狭い感じ。
さらに工夫ができないか、お城内外を点検してみましょう。いやまず、私たちの仕事の姿勢そのものから、再点検が必要ということなのでしょう。

2009年12月25日(金)
野球は冬のスポーツ?

18歳。10年に一人の逸材と言われる菊池雄星選手の発言。
「冬にどれだけ鍛えたかが、夏に結果として表れる」と。
だから「野球は冬のスポーツ」と。なるほど〜。
もう一人の18歳。賞金王、石川遼選手。賞獲得が決まった直後のインタビュー、「今したいことは?」に対して「トレーニング」!
聖教新聞、昨日付けコラムがこれらを紹介し、そして結論は「“青年の気概”とは、自身の可能性を信じ、鍛錬を重ねることだ。いかに厳しい“冬”であろうと」。
NHKのクラシック番組で先日、かの名門ゲバントハウスオーケストラにシャイーという当世きっての指揮者の組み合わせの前に、臆することもなく、アームストロングという、これまた強そうな名前の、かわいい少年がピアノでバッハを奏していました。
ういういしい顔立ち、真っ黒い瞳で、鍵盤はまったく見ず、ひたすら指揮者を仰いでいるところがまことに新鮮。すごいですね〜。
きっと彼も、ステージを降りてまずやりたいこと、それは「練習」と答えるのではないでしょうか。
謙虚に、また無心に、向上を目指す。これを私たちは忘れがち。ここに記して、忘れないようにしたいと思います。

2009年12月24日(木)
木を育て人を育てる

おとといのこのコーナーに植林の話を書きました。
ちょうど、昨日の聖教新聞の信仰体験のページに、植林を通じての林業家のことが載っていました。
先代(父)の立ち上げた材木店を株式会社に拡大。いまは息子たちと植林にも励む。すでに75万本、500haのスギ、ヒノキが生育。
「親族で集まると、いつも50年後の話をしています」と息子。
「50年後にはいないじゃないか、と言われますがそうじゃない。未来志向で生きることで、仕事や人生も楽しく、経営者としての視野を広げられます」と父。
森を愛し、木を育てることは、人を育てることに通じる、と紙面に。
社員に給料を払えない時代もあった、との述懐が、これらの言葉に重みを持たせてくれています。
植林も大事。市役所というフィールドに、さて、どれだけの人育てができるか。まさしく、「伐採一辺倒の集中プラン」から転じて、これからは50年後の展望が開けるソフトパワーの勝負をしましょう。

2009年12月23日(水)
癖を生かして

「棟梁」。こんなタイトルの本があるそうです。宮大工、小川三夫さんの話を塩野米松さんが聞き書きしたという本。文芸春秋社刊。
先日、三豊市のとある田舎を訪問していて、連れが目ざとく、農家の納屋の梁を見上げて言いました「立派な材木ですね」。20メートル近くありましょうか。1本の木がわたされていました。
ごつごつしているから材料としては使いにくかったでしょうが、今、見る分には風合いがあります。そしてこのおばあさんがヨメに来るはるか前から、ここにこうしてあったそうです。
「同じ木なんか1本としてねえし、同じ木でも日の当たる方と当たらねえ方では質は全く違う」と宮大工。
「同じ規格を集める。これでは癖のあるやつははじかれる。癖を生かしてやれば、おもしろい物ができるのに」。
「1300年。法隆寺の部材には一つとして同じ物がない。だからこそ持っているのかも知れん」…考えさせられます。
公明新聞12月17日付けに紹介されていました。話題はここから当然、「チーム3000」の議員3000人がそれぞれの持ち味を生かせ、と発展していきます。
そのまんま、市職員の皆さんに献呈いたします(笑)。丸亀市役所、チーム920もまた、存分にクセを生かして、市民のために強くおもしろく。

2009年12月22日(火)
植林をする業者しない業者

これは先日の議会の一般質問で、三木まり議員が引用されていたのを、もう一度くわしく同議員に教えてもらって、お断りをし、ここに再度紹介させてもらうものです。
「植林をしない林業者と、植林をする林業者が自由競争すれば、必ず植林をしない方が勝つ。市場原理に任せれば、木を植えずに伐採だけするほうが得だからだ。しかし、将来、山は保水力を失った禿山になる。その時、人間は、一度にツケを払わされることになるだろう」
東大大学院、瀬地山准教授の言葉、と聞きました。
かつてスモッグとかイタイイタイ病とか、いろいろなことがありました。
あとで気づけば人間は賢くなっているようなものですが、果たして「学習」しているのか、疑わしくなるときもあります。
最たるものは「戦争」かも知れません。
今は少なくとも、政治のリーダーを私たちが選び、コントロールすることができるしくみが確保されてはいます。
まあ、かのヒットラーだって人民から選ばれた人ではあったのですが。
そのように、なかなか世のしくみは遠くまで見ることができません。
いちばん見えるのは、市職員の皆さんではないでしょうか。為政者の意図も、国の動向も、そして住民のマインドも。
行政マンが、水を得た魚のように働いている自治体が、生き残る。住民がツケを払わされなくてすむようなまちとしくみを設計できるのは、現実には、現場的には市職員の方々でしょう。
市長の良き立案者であってくださいますように。

2009年12月21日(月)
ローカルヒーロー

私の愛してやまない番組、NHKの「cool japan」。今回のテーマは「ヒーロー」。
街角インタビューで臆面もなくいいオトナが「○○マン」とか、アニメキャラを口にすることに外国人たちはびっくり。
まあそれは、聞きようにもよりますが、「あなたの幼い頃のヒーローは?」という質問に解釈されているのかも知れません。
一方以外だったのは自分の父母を挙げる人のいたこと。これにも外国人たちは違和感をもったようです。
さて、登場したのはローカルヒーローたち。住んでいる町の活性化にと手作りのコスチュームまでこしらえて活躍する人たち。
全国地図に落としてみると、なるほどこんなにたくさんのヒーローたちが活躍しているのですね。私がここで紹介した秋田の超人「ネイガー」ももちろん紹介されていました。
このシーンを私の隣で見守っていた妻が私に、何と言ったと思います?
「パパもこれ、やったら?」
な、なんで私が今、心に思っていたことを言うのや!?
少なくとも、このキャラクター戦略というのは、やってみてもいいですよね。問題は…。
私の周辺にたくさんの、町を愛しまちのもりあがりを願うひとたちがいます。ビジネスサイドも含めて。
これらを糾合し、ダイナミックに動かせたらいいだろうなあと思います。
まさに「待ったなし」なのですが。
どなたかいっしょにやってくれる人、いねがぁ〜?
(「いねがぁ〜」は秋田の超人ネイガーの語源。ナマハゲの「泣く子はいねがぁ〜」がルーツです)

2009年12月20日(日)
高木美保さん講演会

善通寺市民会館。
最前列に、陣取りました(笑)。
講演を聴きに、というよりタレント・女優の高木美保さんを「見に」。
ですので第一の感想は「きれいだった」。(~o~)/
那須高原のほうでご自分で田畑を耕す生活を。そのスローライフで得た知識や体験を静かに語ります。
語りそのものが、すでにドラマになっている、そんな、間の置き方、強弱、言葉遣い。つまり、話術。
最前列の私らにときどき視線が注がれまして、目と目が合うような気がして、緊張(爆)。
お話の中で出てきた「循環型社会」という言葉は、私たちも党の政策の中で使いに使った言葉です。
美保さんいわく、「循環型というなら、自然を大切にしようとする心そのものを循環させなければならない」と。
めがねの奥に知性輝くその瞳と目線を合わせて、うんうん、と、しっかりうなづく私。
きょうは、「輝け!高木美保」のコーナーでした(笑)。

2009年12月19日(土)
褒める人は敵

月刊誌「潮」に連載「師」を語る、というのがありまして、桂 歌丸師匠がその師、古今亭今輔のことを語っています。
ちょうどきょう、図書館で借りてきたCDが今輔師匠の落語。皆さん、図書館の落語ライブラリーは充実しています。
しぶいガラガラ声ですが、温かそうな人柄が感じられます。
「褒める人間を敵と思い、教えてくれる人、注意してくれる人を味方と思いなさい」と師匠。
歌丸師匠もこれを受けて「相手の忠告に耳を貸さない人間は、天狗以外のなにものでもない。天狗はダメ。『聞き上手が「噺」上手』なんです」と。
さらにもう一つ。今輔師匠の言葉。
「何かあったら、自分一人で悩まず、誰かに相談しなさい。相談して失敗しても、責任が二等分以下になるから」(笑)。
これからも議会のみならずこのコーナーでも意見を言わせていただきますが、どうかこのようにお受け止めください。
そして私も、くれぐれもテングにならぬよう、心します。
(「潮」、今年の10月号より)

2009年12月18日(金)
現場に一番近い社長

月刊誌「潮」11月号を読み始めました。特集は「日本を変える『元気企業』」。
そのトップに出てくるのはトヨタ。野中郁次郎・一橋大学名誉教授と経済ジャーナリスト・片山 修氏との対談。
クライスラーやGMの破綻は「演繹的思考から」と分析した上で、「改善」と「知恵」でプリウスを生み出したトヨタの発想法に着目。
「トヨタの組織がすごいのはさまざまな小集団活動が行われていること」
その活動を業務と認定、時間外残業代の制限を撤廃した、とあります。
「世界がこれだけ激しく動いているなかで、賢い判断を下すためには、即興的に動き、背後にある本質をつかむことが求められます…徹底して現場に入りこみ、現場で考え抜くこと」。
現豊田章男社長は就任会見で「現場に一番近い社長になりたい」と語ったそうです。
ちなみに最新のわが党ポスターのキャッチフレーズと共通点が…(笑)。
生活の現場、市役所の現場、どちらもよく見えている、そんな議員と職員がいれば、自治体は万全。

2009年12月17日(木)
12月議会を終えて

定例会終了。職員の皆さまお疲れさまでした。
私はこれから、提言しようと思います。答弁原稿は部下が作って部長が朗読するというのをやめ、部長が作って、細部にまちがいがないか部下がチェックするような仕組みを。
「この質問、あなたならどう答える?」という部下からのコンペ提案方式もよろしいでしょうが、手間がかかってしかたがないでしょう。
「日誌」にも書きましたように何か国とか景気とか社会情勢に翻弄されている地方議会。そこから凛とした地方議会イズムが立ちのぼらないといけないと思います。
信念と説得性に満ちた議会のやりとりを、提案してまいりたい。

2009年12月16日(水)
江戸時代の「民意反映」

独裁政治に民衆は屈従、というイメージではないようです。江戸時代には「訴願」制度が立派に機能していた、だからこそ260年も存続しえた、とは、平川 新著「日本の歴史」第12巻に。聖教新聞6月6日付に紹介されていました。
ただ、願い事が多くなりすぎて一時、「願い事禁止令」が出るも、それはわずか3年で「撤廃」。
今は民主主義の世。民意反映は当り前と思われていますが、制度があるから完璧なのではなく、民意を汲もうとする賢明さが政治と行政にあるかが問題。
心と頭脳に「聞く耳持たぬ」、そんな役人さんは、実は社会もわが身も滅ぼすのです。

2009年12月15日(火)
咸宜園の教育法

咸宜園(かんぎえん)とは江戸後期の九州日田市に開かれた私塾。高野長英、大村益次郎などを輩出。その独特の教育法が、聖教新聞6月7日付に紹介されていました。
@1本の線香が燃え尽きる間に読書し、
A2本目をたく間にその感想を漢文で書く。
B3本目では詩文を作る。
こうすることで、書を読み、考え、表現する力をセットで培った、とあります。
多忙な毎日の中で、読書の時間を取ることはそれ自体、戦いですが、それに終らず、自分のものとするための良い工夫だと思います。
及ばずながら私も、1週1冊の読書を目標にしていますが、今年はどうやら不可能。前半、自分の選挙もあり、ずい分遅れましたが6月に取り戻し。さらに国の選挙があり、こちらはもうペースを取り戻せぬまま。けれども2月くらいには追いつくつもりで、あきらめてはおりません。
このコーナーに「公職研より」という記事が最近トンと出てこないでしょう。読書をしていないのです。スクラップ整理も終わり、ここからイキオイ、ペースを上げます。
講演会で聞いた話をまた別の人に語ったりすると、自分のものになります。
そしてこのコーナー自体も、この2本目の線香、の役割を果たしてくれていると思っています。
さらにしゃべりまくり、3本目の線香にまいりたい。
皆さんもどうぞ、工夫と知恵で良い行政を実らせてくださいませ。

2009年12月14日(月)
人の心は必ず動く

孟子いわく。
「至誠にして動かさざる者は、未だ之れあらざるなり」
誠実を武器にして、人の心が動かせないことはない、と。
地位や権力をでなく、誠実を武器に。
職員の皆さまも誠実をもって市民に接し、私も、職員の皆さまに誠実をもってモノ申し上げてまいります。
聖教新聞6月11日付より。

2009年12月13日(日)
気づく力

昨日書きました養老氏の言説にちょっと似通う話をたまたま聖教新聞、7日付で読みました。
明治の文豪、幸田露伴は娘に家庭教師を付けました。論語を教えさせるために雇ったその老教師は論語だけでなく凧だの寿司だのの「この世学問」に触れさせたそうです。
そこから娘は「気づく力」を培った、と書いてあります。
出所は明治大学教授、斉藤孝氏「違和感のチカラ」(角川書店)。
ところで議員をさせてもらっていると、そりゃもうバラエティに富んだ方々とお会いします。
またそうしようと努めてもいます。
職務専念義務に縛られてないおかげです。職員の皆さんは縛られているわけですが、その中でも気づく力の養成に、留意されてはいかがでしょうか。
きょう、ある友人が京都からチラシを持ち帰ってくれました。
能・狂言、文楽、歌舞伎などの公演日程が書かれた冊子です。
開いてびっくり。「バレンタイン能」というのがありました。
感性のとぎすまされたところに、いい仕事が実るのでしょう。

2009年12月12日(土)
「この死体、まちがってます」

東大名誉教授、解剖学の養老孟司先生の講演を聴講。
解剖の授業で、また救急患者への対応で、学生や新米医師の口にする驚くべきこの言葉。
今の教育は「禁止」の教育。「言ったとおりにしなさい」「教科書どおりに」「それ以外は禁止」。
だから教科書とちがう死体に接し、「先生この死体、まちがってます」。
会場は笑いに包まれましたが、笑い事ではありませんね。こういう若きドクターに、私らはイノチを預けるのですから。
「疑問がわかない心。これはダメ」
「『出遅れ感』のある人は遅れまいとして意欲的に勉強する」
「『これ当り前』と疑問を感じない人は勉強しない」
私たちも市民のために、税金を預かることから使う作業までに従事しています。
「この市民、まちがってます」は、ないんですよね。
この市民に対応しなくちゃ、と考え、自分のほうのスタンス立ち位置をしなやかに見直し、改善する。
それでこそ、「○○の壁」を越えたことになるのでしょう。

2009年12月11日(金)
休眠打破

3月28日付聖教新聞。この時節の記事だと思ってください。
…桜は花を散らし、夏に花芽を形成すると休眠状態に入る。一定期間、冬の低温を経験することで、眠りから覚め、春に向かう暖かさに合わせ、加速度をつけながら開花の準備をする。これを「休眠打破」という。
…常夏の国では、日本の桜が美しく咲かないらしい。爛漫の開花には、冬の厳しさにさらされることが必要なのだ。
休眠打破、とは、人間にビシッと一鞭当てるような語感ではあります。
先日テレビで、樹齢3000年のセコイアという樹木を見ました。単体で画面に映ると大きさが分かりませんが、かつて乱伐採で…というところで出てきた白黒の写真。切り株の上の人間の「小ささ」で、その巨大さを実感。
桜やセコイア、あらゆる動植物はそれぞれ懸命に生き残るために順応し、このように多様な地上のステージとなったのだと思います。
私たちの生涯はあまりにも短いです。ともすれば安きに流される気持ちを打破して、市民の皆さまに安心納得を花開かせる使命と自覚の人でありたいです。

2009年12月10日(木)
ガガーリンの笑顔

朝日新聞社「100人の20世紀」という本の内容で、それが今年の4月18日付けの聖教新聞に引用されていました。
なんで今、4月の記事なのかは、昨日のこのコーナーをご覧ください。
最優秀のメンバーのみが残された宇宙への最終選考。ガガーリンはこれまでどの分野でもトップを取っていなかったそうです。それでも彼が最終決定された理由は、
@いざというときの決断が早い
A仲間の信頼が厚い
Bいつもにこにこしている
だったそうです。
「あの若いのは、笑顔がとてもいい」ということで、宇宙へ、そして歴史に名を残す偉業を。
市役所の各職場は、それは宇宙ではないけれどもある意味で、何が起こるかわからない、そしてその中で一定のミッションを担っている、ということは言えるでしょう。
そのときに、上記3つが重要なアイテムです。
それが活かせるように、自分を鍛えることだ、とガガーリン。職場が地上でも、それは同じことだと思います。私も心したいです。

2009年12月9日(水)
後手が勝つ

本年4月14日付の聖教新聞。
お恥ずかしいですが選挙の期間、読めなくて積み上げてあるのを今、整理しているので、この日付です。
先手必勝。将棋も囲碁も、先手が有利とされてきた中、わずかですが08年の通算で「後手が勝つ」という結果が出たのだそうです。67年に統計が始まり、以来初のことだそうです。
理由は? 簡単に言うと、「不利だからこそ後手が研究した」ということなのだそうです。
何か新しいことが始まる時には波風が立ちます。
市民が議会が無理解、とか嘆くのか、無理解はわが力不足、と引き締めるのか。
攻守ともに巧みとなって、どうか「勝率」を上げてください。

2009年12月8日(火)
一般質問が終わり

たくさんの議員が取り上げた「小中一貫教育」。
こちらにある程度の知識があれば、答弁を自分なりに補強して受け止めることもできたところ。
聴けば今春から議論は進んでいたそうで、議会は議論が進んでない、やに印象を受けておられる方もおられるようです。
質問と答弁が繰り返されるうち、すでに現地説明が始まっていると聞いてびっくり、という、予備知識なしの私の状態でこの問答を聞くと、これはもう答弁の中で「それはいいね」という要素がほとんどなし、と判定せざるをえない結果ではなかったでしょうか。
明日からの委員会での問答にさらに関心を強めてまいります。
「一貫教育は各地で成果をあげている。いい制度だと確信しています」これではどこかの国の総理の「トラスト・ミー」です。
どんな成果があがっていて、どのようにいい制度なのかを、どうして説明していただけないのか。
11万人を納得させるのが、議会答弁に立つ人に要求される技量だと思います。
せめて、重ねて申しますが、ことさら反論、否定に回る気持ちもない私のような市民に、「それはいいね」と思わせてくれる程度には。

2009年12月7日(月)
声は力

聖教新聞11月26日付で読んだ話。
災害に遭い、パニックになった人を「しゃんとさせる」(これは私の言葉です)のは「人の声」である、と書いてあります。
「誰かいますか」「大丈夫ですか」の声が、パニックから人を立ち直らせる。声をかけることの大切さ。
周恩来総理を乗せた飛行機が着陸寸前に空港が一斉停電したことがあったそうです。
総理はパイロットに、(ここからは原文のまま)「私は何も心配していません。皆さんが困難な着陸を見事に成し遂げることを、私は断じて信じています!」
その声にパイロットたちの不安は吹き飛び、かすかな光を頼りに飛行機は無事着陸、と。
ところで連日、一般質問の応答です。質問者と答弁者と、どっちが説得力あるか、聞いています。
市民もたくさん、聴いてくれています。
それをもう少し、意識されてはいかがでしょうか? 紹介した話と次元は異なりますが、声は力。土俵際を踏ん張る力で、相手をひっくり返さなければ、いつまででも応戦で、市民はパニックになるばかり。遠慮なく、堂々の論陣を。

2009年12月6日(日)
仁清の壷

NHK日曜美術館、けさの番組で取り上げられたのは「根津美術館」でしたが、思いがけず「丸亀」の言葉が出てきました。
鉄道王、根津嘉一郎が収集したたくさんの美術品からいくつか代表的なものが紹介されるうちに、「丸亀藩からは野々村仁清の壷を…」と。
これでぐっと根津美術館と鉄道王が私にとって身近に感じられ、番組をくいいるように観ました。
当時、日本の美術品は国外へ流出することおびただしく、それを止める方策は何もなし。
渡米してカーネギーにも会い、その民間貢献に大いに啓発された根津嘉一郎は日本でも、私財を美術品に注ぎ込みます。
きょう、このコーナーで書きたいことは、行政の手立てが遅れれば、取り返しのつかないことになる、ということ。
また丸亀にはイノクマをはじめ、ただ「市と市民のため」を超えて考えねばならない文化的社会的使命も考えなければならないということです。
どこかでゆっくり、考えてから文章にします。
後世に、「よくぞやってくれた」と言われるものを、残していきたいと思いました。

2009年12月5日(土)
自民節約

11月23日付四国新聞にこんなタイトルの記事がありました。
…長期政権を謳歌した国家権力の代名詞「自民党」もことしは一般企業並みの年の瀬を迎える…とちょっと大仰な(笑)。いや失礼。天下の新聞です。自民党を軽く扱ってはなりません。
その自民党が、
・朝食会の箱入弁当はサンドイッチとおにぎりへ
・長電話を控え電子メールを
・中元歳暮の見直し
・トイレのペーパータオルとりやめ、各自ハンカチ
選挙敗北で、来年度にアテにできる政党助成金は104億、昨年比50億減、とのこと。厳しいですね。
しかし節約は当り前です。
倹約それ自体が目標なのではなく、しみったれてるなあ、という感想の向こうに、明年の勝利を期せばよろしいでしょう。
市役所も、倹約が自己目的化するとなんだかつまんない職場という印象になるかも知れません。そうではなくてその先に、この倹約が市民のためになる、との思い直しをして、「前向きな倹約」と考えてはいかがでしょう。

2009年12月4日(金)
緑のカーテン写真展

「ゴーヤ5本、ヘチマ3本、つゆむらさき2本を植えました。室温約3度下がり、ゴーヤ100個収穫、ヘチマでタワシとヘチマ水ができました」
山陽小野田市で「緑のカーテン写真コンクール2009」を開催。受賞者の喜びの声。実感があふれています。
マーケットで買ったゴーヤとはまた一味違うでしょう。化粧品やさんで買い求める化粧水より、そのヘチマ水はきっと効果をあげるでしょう。
地球からCO2を減らす、なんて考えたら遠大すぎて力も入りにくいところ、市民のおいしいゴーヤのために、とか考えたら、取り組みもずい分気が楽、そしてしかめ面でなく笑顔で取り組めるのではないでしょうか。
だからこそ、「地方の時代」なのかも知れませんね。「市がおもしろいことやっている」。そこから、市民が立ち上がるのだと思います。
このアイデアは公明党議員から出た、とありました。2日付け公明新聞より。

2009年12月3日(木)
12月広報を読んで

ページをめくると「10大ニュース」そして丸亀ロケの新作映画が全面で紹介されていたのが斬新でしたね。
さらにネパール体験記が2ページ建てと続いて、これ広報? と、表紙を見直してみたりして。
後ろ表紙には広告のコーナー。まさに「広報も世につれ」。
10大ニュースといった記事にはもうちょっとアソビゴコロがあっていいのでは? まあそれも皆さんのお好みはさまざまでしょうが。
広報が「世につれ」でなく、広報が「世をつくる」、という気概で先をリードしてほしいですね。ご苦労様です。

2009年12月2日(水)
窓口サービス満足度アンケート

市役所に入ると、このでっかい看板が出迎えてくれます。
この看板の大きさで、市役所のやる気、「マジ度」が伝わってくる感じです。
また本館を上に上がるとまたあります。各フロアでやってるそうです。
さらにまた、図書館でもやっていました。
12月議会に、市民課側のフロアの改善のための予算計上が上程されています。
これとセットで、申請書の書き方などを補助する人を配置することに。それをフロアマネージャーと一般には称しています。
倉本議員さんが今日、「フロアマネージャー」という名称を再考せよと発言。理事者は「名称は柔軟に対応します」と答弁。
それならばやっぱり「なんでもお助け係」でしょう。ホンキで。
ともあれ、アンケートや窓口改善が市民満足度につながりますよう、大いに応援いたします。

2009年12月1日(火)
高松塚「36年前の8ミリ発見」

きょうの四国新聞によると、高松塚古墳の調査の模様が撮影された1973年の8ミリフィルムが「発見」されたそうです。
「カメラ資材の棚を整理中に、紙袋に入っているフィルムを職員が『発見』した」
「貴重だ」とか、書かれています。
ちょっと待ってよ、と言いたいですが…。360年前、じゃないんですよ。
文化庁さん…。ホントに貴重なお役所ぶり。
さて、きょう、自転車でお城の中を通って帰宅していますと、大手門の枡形で発掘調査が始まっていました。
こちらこそ、本当の「貴重な発見」を望みます。

2009年11月30日(月)
「これからの役人は」

12月議会が始まりました。
夜、帰宅して民放BSの、田勢康弘さんのニュース番組を、録画しておいて、見ました。
事業仕分けが終わり、仕分けられる側として列席した民主党国会議員が出演。役所の側がうろたえる一幕もあったことを紹介。
たとえば「世界一の科学立国」と説明すると仕分け人から「なぜ世界一じゃないといけないの?世界二位ではなぜいけないの?」と、「想定外」(?)の質問が。
そうするとしどろもどろ。ムリもないようにも思いますが(哀)。
そこで田勢さん。「これからの役人は、説明が大事ですよね」(趣意)。
ほんとにそうです。今ほど、国民住民に納得をしてもらうことが重要な時代はかつてありませんでした。そしてこれからはずっとそうでなくてはならないのですから、国も地方も、「説明力で勝つ」、その手腕と力量が役人に欠かせないことを、はしなくも事業仕分けが示した格好です。
きのう、市民から「事業の仕分けより政治家の仕分けを」とシンラツな声をいただきました。その声を踏まえ、説明ニガテの役人さんはこれから、「事業仕分け」の次に「役人仕分け」となるかも知れません。
こう考えてくると、給料もらって仕事をしているのである以上、それが「仕分け」にさらされてないことのほうがむしろ不自然、と言えるのかも知れません。
「イヤな時代だナ」でなく、「当然の時代が来た」と、受け止めるべきかも知れません。

2009年11月29日(日)
「日本一」名誉賞

この1年間で、文化やスポーツで「日本一」になった市民に市長から名誉賞を。
三豊市が06年から実施している行事だそうです。今年も6個人、3団体へ。すばらしい。
ご本人にとっては「日本一」そのものが既に栄誉なわけで、年末にいただけるこの賞は言わば「おまけ」?
でも、それはその本人の喜びよりも市政の一体性、アイデンティティーを演出する、良い効果があるのではないでしょうか。
悪く言う人は「市民の人気取り」と言うかも。
実は今、来年に控えた三豊市議選挙の準備応援のためにさまざま、三豊市の方と語らう機会があります。
なんかこう、後ろから来て大きな靴音と共にどたどたっと追い抜かれていく…そんな途方もないエネルギーを、私は三豊市に感じています。
「後ろから来て」とは失礼だったかもしれませんが、合併のタイミングといい、人口規模といい、「丸亀が先をいく」という自負を込めて申しました。カンベンしてください。
市長さんがこの賞を、自分のウケをねらって渡しておられるのか、受賞ご本人を祝福して渡しておられるのか、それとも三豊市全住民の未来を念じて渡しておられるのかによって、「抜かれ具合」が変わってくるように思います。
もちろん「抜かれ」ないよう、善政の競走をやるまでです。

2009年11月28日(土)
もんたん亭

23日付四国新聞「月曜随想」に、県文化協会顧問・河野虎雄氏が寄稿。
広島に造られた「もんたん亭」を舞台に、本格的な浄瑠璃が繰り広げられたことが紹介されています。
開かれたのは一昨年のこと、とあります。全く知りませんでした。
「もんたん亭」とは、その主、広谷鏡子さんが東京から帰ってきたときに「鏡子ちゃん、もんたんナ?」(帰ってきたんナ)と声を掛けられたところからの命名。なるほど。
広谷鏡子さんとは今年、東京丸高会でお会いしました。ふるさとを忘れず、ふるさとで活躍してくれる姿が目に浮かびます。
まだまだたくさん、すばらしい財産と人材が、丸亀には埋もれているような気がしました。

2009年11月27日(金)
「わたしの国では」

ホンジュラス。地図上のどこにあるか、教えてもらわなければ正確にはわかりません。
カリブ海に臨み、ニカラグア、エルサルバドルなどの国名が周辺に見えます。
リーダー、ギジェルモ・アンダーソンさんの声は高くはないが澄んでよく響く。ギターをエネルギッシュにかき鳴らし、呼吸のあったメンバーたちといかにも楽しげな演奏のステージ。
歌詞はまったくわからないのですが、ステージ背後に「字幕」。
ラストに演奏された「わたしの国では」という曲はいわばホンジュラスの第二の国家とも言われるそうで、ギジェルモさんの持ち歌。彼は国民的歌手なのだそうです。
目の前の海。背後の山と川。にぎわう市場。カモメ、サギ、ペリカンのほか、知らない鳥や植物の名がたくさん出て、いかにも、平和で生きる喜びに満ちた世界が、彼らの演奏から伝わってきます。
残念ながら、その「字幕」を書き留めることができません。この曲以外のものと混同していますが、生きることがいかにもハッピーになってくる、踊りだしたくなる曲。緩急自在に、ときにはしんみりと、叙情的に歌われます。
「夕日はまるで私たちにあいさつしているようだ」
「地球のどこでも、そこが地球の中心だ」
「だれ一人として、その人の代わりはいない」
「どの瞬間も、止めたくなるほどいとおしい」
「2羽のサギが飛ぶのをみていると君を思い出す」
「真珠の首飾りを贈ろうと、ボクは山頂にまで登って星空を取ろうとした」
覚えてなくて残念。以上は記憶に残った断片で、意訳です。
詠唱が、ほんとうに遠い国の浜辺に連れていってくれるようでした。
リーダーのギジェルモさんは、「日誌」のほうに掲載した写真中の、市長の左に座っている人ですが、ここに紹介するのは全員写真の撮影後、ムリを言って撮らせてもらったもの。
「私もパーカッショニストなんです。ごいっしょに」と、メンバーと。
ステージでは二人のすごいドラミングに心酔。
さて、市長との懇談で、ギジェルモさんのスピーチが印象的でした。
「丸亀駅に降り立ち、すばらしい絵が目に飛び込んできた。きっとこの街は芸術豊かな街だと思った」
何の絵かなあ…
「馬が描かれていた」
ひょっとして、子どもが描いたみたいな? と、私。
「そう」
わかった。ミモカだ。イノクマだ。
市長がまた気のきいた言葉を。
「丸亀市にはぜんぶで3つ、美術館があります」
「思ったとおりだ。芸術の町だ」
通訳を介して、タイムラグのある笑いがこぼれるなごやかなひととき。
そのとき、私のとなりにいた福部市議が、私にニクいささやきを。
「絵は、言葉を超えてわかりあえますね」
まことにステキなひとときでした。
私たちもふるさとに誇りを持って、「わたしの街では」と、謳歌したいものです。

2009年11月26日(木)
百年企業のカキクケコ

帝国データバンクがこんな調査を。
百年間、荒波にもまれて乗り越えてきた企業の家訓、社是、社訓を分類。5つのキーワードが浮かんだ、ということです。
「感謝」「勤勉」「工夫」「倹約」「貢献」。
以上、カキクケコ、となります。
市役所もまた倒産する時代となりました。いや、当り前の時代が来たというべきでしょうか。
だから市役所も当然に、このカキクケコが当てはまると思います。
いや、心して当てはめなくてはなりません。
24日付、公明新聞より。

2009年11月25日(水)
努力できることが才能

この言葉を、大切にしたいと思います。
これは松井秀喜選手が小学3年生のときに父親から贈られたものだそうです(11月21日付公明新聞)。
「努力できることが才能である」
コラムにはもう一つ、対をなすような言葉も紹介されていました。こちらはイチローの言葉。
「小さなことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただ一つの道と思う」
いずれも重く厳しい言葉であり、万人に共通で、そして希望が差し込むような言葉だと思います。

2009年11月24日(火)
四国「論点香川」に「協働」の記事

22日付け四国新聞3面を開くと、「論点香川」のコーナーの記事は「市民と行政の協働」、サブタイトルは「明確にしたい役割と対等な立場」。
客員論説委員、大林成行氏の寄稿です。
前半、県下でも230の団体がNPO活動をしている実態を解説。その上で「厳しい財政状況の中で行政の限界が見えてきた今こそ、市民の自助・共助を機軸とした市民主役の地域社会を構築するチャンス」とあります。
私が大いに共鳴したのは、そんな中で行政が市民のパートナーであるとともに、
「市民の意識を集約し、政策ノウハウを持つ地域の戦略本部として、行政にしかできない役割を確実に果たしていくことが肝要」というくだりです。
ここで引用するのは適切でないかもしれませんが、長野県が長寿、しかも「医者にかからない」高齢者が多い事実に対し、「年寄りもコキ使うから」と、これは当事者の長野の方が冗談交じりに言った言葉。
「カネがないから至れり尽くせりのサービスはできません」と、門戸を閉じるようなセリフでなく、逆に、市職員が門戸を開いて「いっしょに考えましょう」という姿勢をとることこそが、今の行政に課された最大課題。
「医者要らず」「役所要らず」、自助・共助のあんしん社会は必ずできる、できなければならない、と思います。
戦略本部。そのカナメとなる脳が必要、ということです。

2009年11月23日(月)
戸田奈津子さん講演会

高松に来られて、講演会がありましたので聴講してきました。
知性の光る、ものすごく居心地のいい会場のムード。90分はあっという間。
日本人として、英語ができれば即、字幕ができるのではない。むしろ必要なのは日本語力、という言葉に会場はし〜ん…
当り前に字幕を利用しているが、こんなに字幕で外国映画を観る国は日本だけ。そこには識字率ほか日本独特の文化の背景がある。し〜ん…
名セリフはダイヤモンドのように美しい。磨かれて、無駄がない。名セリフと名訳は異なる。例えば…と聞き入って、し〜ん…
次々に出てくる作品名や俳優名にドキドキしながら、シーンを回想してじーんとなりながら、テンポのいい先生のお話を聴くのは上質で至福の時間でした。
名訳に至る最大の秘訣は…読書、という結論に、心から納得。
著書にサインをいただき、ぬくぬくとした心地で会場を後にしました。

2009年11月22日(日)
後輩の育成

11月5日付聖教新聞1面のコラムに、こんな記事がありました。
産業能率大学総合研究所がこの5月に発表した報告「中堅社員の現状に関する調査」。
「後輩の育成」について、「重要」と答えたのが72%に対し、実際に遂行していると答えたのはわずか3%、というものでした。
「号令だけでは、人は成長しないものだ」と、コラム子。
秋には田んぼに金色の稲穂が実るように、市役所の中でも、ちゃんと後輩を育成してほしい。
プロ野球でも2軍のことを「ファーム」と称します。
市役所そのものがファームであることが望まれている、いな、そうでなくてはならないと思っています。
コラム子は、「後輩を育てないのは単なる権力者、育てるのは指導者」と池田名誉会長の言葉を紹介。
先輩の背中を見て、そのとおりの足跡を生きてもらったんじゃあ困る、という面もあります。時代は変わり、さらに変わりつつあるのですから。
育成そのものが困難な時代ともいえましょう。だからこそ、英断をふるわなければならない市役所事情だと思います。

2009年11月21日(土)
随契を入札に

三豊市。過日の水道工事発注での職員の汚職。これを受けて市長が手続きを厳格化。
市長「これで一層、透明性が高まると思う。今後も公務員意識の徹底を」と。
そう聞けばよいことなのですが、不祥事が起きないとこうならないところが問題です。
景気の冷え込んだ今、公共工事に目玉のようなものはないですが、でもだからこそ、数少ない工事発注は熾烈な競争となるはずです。
どこまで詳細にルールを決めて、ガラス張りにしているつもりでも、人間のやること、どこかここかで不都合も生じましょう。
善悪のモラルと、目標目的観という崇高さの中で、仕事をすすめていくことが求められます。(ニュースソースは17日付四国新聞)

2009年11月20日(金)
フレッシュマン議会

香川県議会がユニークな取組。19日付四国新聞所載。
女性議会とか子ども議会とかありますが、このたびはフレッシュマン議会。県内事業所に協力を求めて若手社員30人を結集、1月に「本会議」をやるとのことです。
効果のほどを注目したいですが、よく発想し、よく実現にこぎつけたと敬意を表します。
優秀な「議員」がおられたら、その道に進まれるのも「アリ」だと思います。
若い人たちに関心を持っていただくのがネライのようですが、それを機に、議会もまた「フレッシュマン」になることも必要か…な?

2009年11月19日(木)
日本の「入れ物」

NHKの番組「cool japan」から紹介します。
今回のテーマは「入れ物」。例によって日本に住む外国人8人がトーク。
出てきたのはチューインガム。
ご存知のとおり、最近のガムには「付箋」が付いています。外国人が「付箋かと思った」と言っていましたが、いやいや。私はまさしく、あれを付箋として利用しております(笑)。ガムを捨てるときにはそこらにある、ともかく何でも紙であればよろしいわけで。
ところが。
このようなガムのスタイルは日本だけだとか。少なくとも登場の8人の外国には、絶無。
それじゃあさぞかし困るでしょうに。わずかに駅前を清掃する体験だけでも、ホントにいやな気持ちになります、あの「ガム」だけは。
さて、次に紹介されたのはプリンの入れ物。
別に、てっぺんの茶色い部分が底でもいいじゃん、という人、ほじくって食べればいいという人を尻目に、日本ではこだわりのパッケージ。
底(さかさまにすれば、天井)にあるぽっつり。あれを折れば空気が入って、ぷりんっと、お皿にきれいに落ちるしくみ。
あれには外国人たちが驚嘆。理論上、底に穴を開ける、までは進んだのですが、折れない、という難題に遭遇。それを解決したのは何と、ぽっちりの位置がまちがっていた不良品。
不良品だからこそ、見事にぽっちりが折れて空気が入り、プリンはお皿の上に。
これらの例から、外国人が見て「こんなのやりすぎ」というところまでこだわり、消費者のことを考える日本人、という結論に。
確かに日常、「便利やな〜これ」と感嘆する工夫は随所で見出されます。
企業が儲けのためにやることだ、といってしまえばそれまで。
でもその知恵と工夫の精神は、日本の役所が取り入れたって「クール」なはずです。

2009年11月18日(水)
役立たず

「日誌」に続いて、17日付の四国新聞で、目を引いたこの写真のことを書きます。
役立たず。ひどい命名ですねこれは(笑)。
毎日のコラムのちょうど上のところに、本体の記事と写真があるのもめずらしいですが、わかりやすいです。
写っているのはシーラカンスの稚魚。稚魚と書いてなければそれとわからない。例のグロテスクで、どんくさそうな姿はオトナと同じです。
おなかの中で卵をかえしてしまうために、稚魚を見ることは難しいとされる中、日本の水族館が世界に先駆けた快挙だそうです。
コモロ諸島の人々がこの魚を名づけてコンベッサ=役立たず。見てくれも悪い上に、食してまずい、とのこと。
コラムは世間一般に目を転じ、周囲の人々に若々しさや意外な一面を発見することのススメを書いています。
私はニヤニヤしながら読み進めましたが、私の展開はこうですね。
「こう呼ばれないように、せにゃならん。『丸亀市議会のシーラカンスや〜』と」(笑)

2009年11月17日(火)
人口流動の地方再生学

表題の理論を同様のタイトルで上梓したのは政策研究大学院大学教授、松谷明彦氏。月刊「公明」11月号にそれを軸とした小論が載っていました。
○国内品はもちろん、世界の産品を動かずして手に入れることができる国は日本以外にない。
○金沢市が消費都市として今も繁栄できているのは、典型的な工業都市の道を歩まなかったからである。
など、明快。
そこでシカゴの例が紹介されています。教育施設は地方に作る。若い頃は都会で働き、結婚して子育ては地方で。老後は再び、歩いて暮らせる都会で、と、人生の中で人が流動することで、地方も栄える、というシステム。
ともかく日本の衰退は地方をおきざりに、都市を先進国並みにとがんばったから。これからはそれを転換して、地方が都会のマネでなく、独自の役割を、という論説には強い説得力を感じます。
そういう意識で、まちづくりを。そして市政に携わるお仕事をしようではありませんか。

2009年11月16日(月)
フェリーが横倒し

四国新聞のコラムも、「こんなことも起こるのか」といったような書き出しで、この事故を取り上げていました。
横倒しになったフェリーの痛ましい姿を見て、もうまったく、同じ言葉しか出てきません。
専門家の考証と事実の検証が進んでほしいと思いますが、新聞記事によると、荷崩れが原因かも、とありました。それなら人災ではないでしょうか。
「こんなことも起こるのか」で共通するのは、市役所の倒産、夕張市ではないでしょうか。かつての銀行の破綻もそうだったのではないでしょうか。
きっとみんな、おおまじめで、家族を養うために市職員として仕事をしていたのだと思います。
だけど、その「三角波」というものにあっさりと横倒しにされてしまったのです。
「前々(さきざき)の用心」という言葉もありまして、毎日言われたとおり、マジメにやってんだから大丈夫、では通用しないこともあるのではないでしょうか。そして(これは一般論ですが)航路を見るべき人がそれを怠り、あるいは見る目が未熟であり、そして地道な点検を軽く見るようなことが重なれば、フェリーだって銀行だって自治体だって横倒し。被害者は市民。
安全航海という、できてアタリマエのことに、再度気を引き締めたいものです。

2009年11月15日(日)
マナー講師、平林都さん

11月4日付公明新聞のコラムに表題の講師のことが紹介されていました。残念ながらテレビで拝見したことがなかったのですが、同僚議員との話題に出て、テレビでは盛り上がっていることを知りました。
他のタレントさんがマネをして、ウケているんだそうです。「そうです」では私はちっとも面白くないですが(笑)。
「患者さまと呼びなさい」
「立ったまま患者さまと話をするな!」怒号が飛ぶそうです。
徹底して、“上から目線”を排除。「お越しくださった方を大事にする心」をたたき込むのが平林流、とあります。
市民と接するカウンター部署だけでなく、あらゆる場面で、相手にどこまで配慮がなせるか。市民課などフロアの改善がされると聞きましたが、これを機会にマンパワーのほうでも、チェック改善を呼びかけたいと思います。

2009年11月14日(土)
中小企業憲章

きょう、高松で開催された中小企業家同友会の会合。出席させていただいた分科会で取り上げられていたのが表題の憲章、そしてこれと対をなす、中小企業振興条例制定運動でした。
時あたかもオバマ来日中。講師が羽田を出るとき、大統領機も見た、というところから話しが始まり、滞在は日本で1日、中国で3日というのが、いかにも国際情勢を象徴している、と指摘。そこから、中小企業のこれからの立ち位置、使命が論じられました。
そして大企業の補完との位置づけから脱皮し、その存在の重要性から、国の施策、地方の政策レベルにおいて、国づくり、まちづくりに欠かせぬ存在としての中小企業へ国における憲章、自治体における振興条例の制定を通じて、各論的な施策政策展開の整合性・有効性を担保していく、という論説です。
フィンランドでは93年、経済打撃を受け、小企業憲章を制定したとのこと。ここに国家戦略があり、小企業は持ち直した、に止まらず国の発展のしくみにしっかりと役割を果たした、ということがこの運動の背景にあります。
よい勉強の機会でありました。今後さらに関心を持ち、議会の中でも市に対しても、この運動について議論を深めてまいります。

2009年11月13日(金)
馬上、枕上、厠上

古来、中国では良いアイデアが浮かぶのはこの三つの場面であるとされてきたそうです。
HNKの「美の壷」という番組を、欠かさず録画していますが、観るのはすごく久しぶり。あいかわらずすごいお話を紹介して、驚かせてくれます。
今回見たテーマは「枕」。人生の大きな部分は睡眠ですが、枕は夢に至るための「乗り物」として、ずい分とこだわりのアイテムが時代時代で展開されています。
そして、出たのがこのコトバ。
現代、「馬上」とはさしずめ、移動の車中といったところでしょうか?
でも最近の私の生活実感からすると、これらの3シーンは外からの情報対応、「あの件、どうしようか」ということに脳が占められているような気がします。
外から攻め込まれている生活なんじゃないかな、それは誰でもそうではないかな、と思います。
パソコンの前、人と話しているとき、講演を聴いているとき、など、ふとアイデアを手帳に書きとめることがあります。
バッターボックスに立っているような充実感、集中の瞬間はいいですね。
追いかけまくられるような忙しい流れの中でも、ポジティブに構える時間が要りますよね。

2009年11月12日(木)
目のつけどころ

10月15日付公明新聞に、新聞週間にまつわる記事があり、切抜きしておきました。
記者の目のつけどころ、といった内容です。
「最近新聞紙学」という本。杉村楚人冠、中央大学出版部。その中に、次のようにあるそうです。
「同じ物を同じ眼で観ながら、観察力のある者は、ない者の観得ざる点に気がつく。老朽な記者は、他社の記者と一緒になって、同じ場所で同じ物を観ていても、必ずかいなでの記者と違った目のつけどころがある」
「かいなで」とは、ネット辞典等を総合しますと、「物の表面を撫でただけで、その真相を知らないこと」といった意味だそうです。
なるほど。そうしてこの記述、「記者」を「議員」と置き換えれば、まさに私への警句となります。
きょうは委員会にたくさん出席させていただきました。
それらに接するうち、市職員の皆さんも「かいなで」では許されない、と考えました。
「どこに眼を着けてんだ」と、ヒラメに怒鳴る、という、これは加門達夫さんのギャグなのですが…市職員、議員ともに、市民から、「目のつけどころ」を問われる今日だと思います。

2009年11月11日(水)
七人の孫

森繁久彌さんが逝かれました。
テレビ番組「七人の孫」を観ていた記憶がうっすらとあります。番組内容は忘れて、オープニングで何かイラスト風の画面に、この曲が流れていたことを思い出します。
森繁久彌作詞、山本直純作曲とは、今日まで知りませんでした。
…どこかで微笑む人もありゃ どこかで泣いてる人もある
議員にならせていただき、まるで私の仕事のテーマソングのように、この曲は私の生活で今も鳴っているような気がします。
…どんなに時代が移ろうと どんなに世界が変わろうと 人の心は変わらない
悲しみに喜びに 今日もみんな生きている
放映当時は私は子どもで、そんな深まった意味など味わう余地もなかったでしょうに、やっぱり番組内容に感動していたのでしょうか。曲だけがなにやらしみじみと思い浮かぶのです。
…だけどだけどこれだけは言える 人生とはいいものだ いいものだ
人生を感じさせる場所として、警察、裁判所、病院、を挙げる人がいました。
なるほどと思います。市役所なども、そこまでではないにせよ、何かしら、人生を感じさせるのではないですか?
職員の皆さんが接するその市民の方。その方が「人生とはいいものだ」と、そう感じていただけるために、この曲を、われらのテーマソングとしてはどうでしょうか。

2009年11月10日(火)
万葉集3

昨日の続き、最後とさせていただきます。
上野 誠博士は万葉集のどこがすばらしいか、その価値は?と問われてそれを説明するのに、紙面の大きな部分を冒頭に割いています。
紙面のタイトル、「まずは知ってほしい 存在していることの価値を」が雄弁に語っているのですが、文学的な深さや高さというよりもまず、かけがえのない普通の生活のひとコマが、飾られとりつくろわれることなくここにあるがままにある、残されている、ということそれ自体がすばらしい、ということのようです。
そのことを読者に知らせるために引き合いに出したのはなんとご自分がドイツを旅したときに、帰りのタクシーの車中に大切な思い出のつまったカメラを忘れてしまったこと。
すばらしい作品が撮れたから惜しいのではない。自分がシャッターを切った、その存在そのものに意味がある、と(趣意)。
それがすなわち、万葉集の「価値」である、と。
説明のもって行きかたとして適切であったかどうかは別として、このエピソードそのものに、私は強く惹かれました。
私が、デジカメを持ち歩く心地を、まさによく言い表してくれていて、共鳴します。
私は歌の名品にして生活の一瞬を永久に残すすべなどありません。せめて、歩いた、めぐり会ったこの草花、この光景を、と、カメラを瞬時に構えています。
何を隠そう、そのクセのおかげで、「ウチダさん」と声をかけられさっそく相談事の現場写真を撮影、きょう、市役所に持ち込むこともできました。
「つまり、写真は、私がある思いを持ってドイツの街を巡った証しなのだと思う」と氏。
しかり。まったくそのとおりで、レンズを構え、人差し指でシャッターを押した、そこに自分がいたことのシルシを残したい。
すぐにPCから「削除」され、後世の人が見るに耐える、どころではない一葉であったとしても、それこそ私にはかけがえのない出会いの一瞬、それを重ねた、わが「万葉集」にはちがいありません。
きょうも仕事の一日が終る。それへのいとおしさが、できることなら人様の人生を思いやる気持ちにつながっていけば、と願うのですが。

2009年11月9日(月)
万葉集2

文学博士。専攻は万葉文化論の上野 誠氏。10月25日付聖教新聞「サンデーワイド」に掲載された「万葉集」記事から。
これは何と読むでしょう?
「藤原夫人の和へ奉る歌一首」…答えは、
「こたえたてまつる」なのだそうです。すごくしっくりと、深い日本語の味わいが感じられるではないですか。
もうひとつ。今度は作品です。
「このころの 我(あ)が恋力 賜はずば 京職(みさとづかさ)に 出でて訴へむ」
最後のところの読みは? 答えは「訴(うれ)へむ」。
これまた、いかにも感じが出ていると思います。答える、という語に「和」を充て、訴えるというコトバに憂えるというニュアンスを重ねて、いかにも、という感じがします。
こう見えましても私、一応ひととおりは万葉集も読んだことがあるのですけれども(哀)。
さらにさらに機会を見つけて、日本語の味わいを自分のものにしたいと思います。

2009年11月8日(日)
人事考課査定

…その役人たちは、毎年8月に9段階の人事考課査定を受けた…
さあて皆さん、これはいったいどこの世界のことでしょう???
来年は、平城遷都1300年。平城京は10万人都市。多くが役人とその家族。つまり平城京は役人の街…だったそうです(驚)。
以上は10月25日付聖教新聞「サンデーワイド」のページより。取り上げられているのは「万葉集」。文学博士、上野 誠氏が執筆したページです。
平城京では毎年8月に、人事考課が行われていたというのです。そして万葉集にも、それにまつわる歌が収録されているとのことです。
人事考課は、何のために、そして誰のためにあるのか?
今さら言うまでもありませんが、もちろん市民住民のためです。
1300年前からあったとは、心強い(笑)。
それでは別の観点から、この記事を明日も取り上げたいと思います。

2009年11月7日(土)
地方議会、動く

先月に四国新聞で4回連載された「地域再生」〜地方議会動く〜というシリーズをとりまとめて紹介させていただきます。
@宮城県蔵王町。「定例議会は年4回」の常識をくつがえし、今年は1月5日開会、12月28日閉会の「通年議会」へ。
「閉会中だった」は許されない機動力ある議会に。
「住民と共に歩む議会」として議会主催の講演会、議会への住民参加。
A山梨県昭和町。大学生による模擬議会。全国初、議会と大学の議会改革「協定」。大学が議会のシンクタンクの役割を担う。
さらに「町民との対話集会」も。
B徳島県鳴門市。市議会が市内16ヶ所で「市民調査会」。赤字バスをどうするかについて市民の声を反映。3路線を民営化。
ここは05年に26議員中7人が公選法違反で逮捕されるという事態から再出発。議長立候補制、全議員が予算決算委員に、倫理条例、ネット中継など矢継ぎ早に。
Cは総括記事で、片山善博前鳥取県知事が政府会合で「地方議会は八百長・学芸会」と酷評したことなど紹介。「チェンジをチャンスに」と締めくくっています。
明日、8日は観音寺の市長・議員選挙の投票日。県下では宇多津町に続いて議会基本条例を制定した同市。
議会は変わる。地方政府は変わらなければなりません。
市役所の皆さんと改革の競争をすべきです。よろしくお願いいたします。

2009年11月6日(金)
ゴロ王

昨晩、市内を車で走っていて、ニュースで大騒ぎが伝わってきました。松井選手の日本人初MVP。その貢献でヤンキースがワールドチャンピオンに。
車を降りたり乗ったりの作業中でしたので断片的でしたが、ふるさとの人々から長嶋監督まで、喜びのメッセージが爆発。
きょうの新聞コラムによると、彼は「ゴロ王」とまで酷評され、ケガに苦しみスランプと戦い、今日を築いた、とあります。
何より絶賛に値するのは、高校野球時代からの彼の考えが「自分のヒットよりチームの勝利」に貫かれていること、ともあります。
ここでまったくつまらないことを書きますが(笑)、先日部屋を整理していたら、街角で販促品としてもらった松井選手のマウスパッドが出てきました。ベースの5角形をしています。
ここにきて値打ちがぐっと上がりました(笑)。大切にしようと思います。
議員として、私は自分のヒットをもちろん考えているのですが、それは言うまでもなく住民の方々のためです。私のヒットは市民のため。
そのことを確認させてもらった、そして職員の皆さんとともに確認しあいたい、私たちの仕事の大目的を、と、このように感じました。

2009年11月5日(木)
これは何の銘柄でしょう?

クイズです。
きつね、もぐら、むささび、いのしし。この4種があります。
これは何の銘柄でしょう???

ヒント@、飲み物です。

ヒントA、色に関係しています。

ハイ、答えをお出しください(笑)。
正解は…地ビール、でした〜(^o^)
先月、宮崎市に行きましたので県庁も見学。台風のさなかでしたが、県議会では知事が熱弁をふるっているところでしたので、私は議会を傍聴しました。
県庁正面入口で知事の等身大の方?の出迎えを受けると、左側の部屋が「県民室」。ここにたくさんの広報グッズが並べられています。
私はこういう場合、いただいて帰らないと気がすまないタチでして、とうとう、事務の方に「使い古しの封筒、いただけます?」
帰宅するとこういうものが積み重なってタイヘンなんですが、楽しみでもあります。
きょう開いたのはJaJaというタイトルの宮崎県をアピールする季刊のグラフ。バックナンバーもあるから、いただくとすごいボリュームに。
そのナンバー15の特集は「宮崎のワインと地ビールをめぐる」。
いくつかある地ビールの中のひとつのメーカーが、この4種のビールを出しています。
まさしく、4種の動物の色を連想させる色。ごっくん。
この季刊のグラビア雑誌全体が、とても洗練され、いい写真に引きこまれます。
たとえばめくって1ページめ見開きなど、ただの麦のアップ写真です。でもすごい効果を出していて、しばらく眺めてしまいます。
取り上げられるのは宮崎の産物を取り入れたおせち料理、県出身者を紹介するページには行司の式守伊之助さん。
宮崎牛が日本一に、のページ、イベント情報、在京県出身の方の応援コラム、などなど。
随所に知事の顔も見え隠れ。
私は出張先で時間の限り、まちを散策させてもらうのですが、こうして帰宅して後にも、あの街この町が好きになったりします。
イメージアップは経済効果だけでなく、目に見えるもの見えないもの、さまざまな効能を持つと思います。
さて、クイズをもう一つ。この冊子のタイトルはなぜ「JaJa」なのでしょう?
裏表紙にその解説をみて、さらにまた心が温かく、宮崎に惹かれる気持ちになりました。
宮崎方言で「じゃー、じゃー」というのは、「そうだね」と同意する時の言葉なのだそうです。
丸亀市も好感度アップに挑戦しよう! じゃーじゃー。

2009年11月4日(水)
住民票も「イルカ」で

昼食していた店のテレビで、高松市の取組が紹介されていました。
市役所窓口で手数料を支払うのに、あの「イルカ」が導入されたと紹介されて、さっそく市長もカードをかざしていました。
便利さはもう都会で実証済み。出張で出かけても、改札を通る颯爽としたスイカ、イコカ、などのカード利用者の姿がかっこいいです。
一方、私は数ヶ月前、あるスーパーマーケットの会社が立ち上げたカードシステムのプレゼンテーションを受けました。
問題は、これらを持ち歩くことの便利さと、紛失悪用のリスクなどとの兼ね合いでしょう。
高松市民の反応はいかがか、しばらく眺めさせていただこうと思います。
関係はありませんけれども先日の議会でも、本庁各部署や飯山・綾歌センターを結ぶ「テレビ電話」について質問が出ていました。
「無用の長物。維持費だけムダ」と酷評。やめる勇断を求める声も。
「ほんとにそんなもの、要るの?」と当時議会で、私どもも疑問を呈したが、確かに反対はしませんでした。その限りで私たちにも責任はあります。
やめるのも勇断、新規導入もまた勇断。確かな「見極め力」が政治と行政に求められています。

2009年11月3日(火)
オスカー・ピーターソン

日誌に書いたとおり、早朝から9時まで走り、充実の一日を終えて遅い食事。録画していた表題のような番組を見ました、というより、聴きました。
リズムの秘密、天才的な指運び、演奏のセンス。聴く者だれもが心酔するそのピアニズムには、彼の天性の才能という面もありますが、幼い頃からの猛レッスン、不屈の心、さらには当時の、人種差別への問題意識がありました。
人間、オスカー・ピーターソンについて、一緒に演奏した仲間の証言やら、現代科学を駆使しての音の分析。さまざまな手法で解明がされていき、飽かずに聞き惚れました。
脳梗塞から奇蹟のカムバック。私が心酔したのは大学時代で、しかもすでに大御所だったのですから、最近に亡くなったと知ってびっくり。失礼しました。
キング牧師の演説のシーン、デモ行進のプラカードには、white aud black together の文字が。
そんなモノクロの画像に、ピーターソンのメロディがしみじみと色付けをしていくようでありました。
天才と称されるより偉大な人間と称されるように。持ち味を活かす、そのために努力を、ということを学びました。

2009年11月2日(月)
パンツ型おむつの開発

NHKの番組cool japanを久しぶりに見ました。今回のテーマは「育児」。思いがけず銭形の、観音寺の海岸が映し出されたのでビックリ。
ここに世界で始めてパンツ型のおむつを開発、ヒットさせた、国内シェアナンバーワンの企業があるとのこと。
担当者にインタビュー。開発までの苦労話が再現ビデオを交えて語られます。
現場を幾度も訪問し、「おむつ替えの時、赤ちゃんはじっとしていない」と、人形ではわからないことを思い知る。「ならば」と、パンツ型を着想。
ゆるければ漏れる、きつければ膚を傷める。ギャザーの度合い、素材など研究に研究。
ようやく完成したものの、使ってみてもらうと、脱がすときにウンチべったり。
「ならば脱がすのでなく破れるようにしたら」と着想。はくとき強く、破るときは破りやすい。研究また研究。
「完成すればゼッタイ売れる」との夢と確信。そして「現場の声を聞きに聞いた」というその姿勢。
私は公明党で教えられた議員の心構えにピッタリ、おむつのようにピッタリ当てはまるものを感じて、胸が熱くなる思いでテレビを見たのでした(泣き笑)。
「今、ここにいる市民」は赤ちゃんのように、うまく表現できない存在なのかも知れません。夢と確信、誠実な姿勢で、究極の市政を「開発」していきましょう。

2009年11月1日(日)
卵の賞味期限

私も「うちだ新聞」を発行してますが、「産直情報」という、たいへんよくできたミニコミ新聞を作成し、届けてくださる方がいます。
そこに紹介された9月23日付、毎日新聞、「卵の賞味期限 基準なく」という記事に目がとまりました。
実はこのミニコミ紙を届けてくださるのは卵の生産業者さん。誰もが当然、「産んだ日」を基準に賞味期限が決まると思っていることでしょう。ところが実際はさにあらず。スーパーの卵では、特売のためにいったん卸業者がプールする。それからパック作業をして店頭に並ぶ。その場合の賞味期限の「起点」は、なんとその「パックの日」なんだそうです。
話が変わりますが、きょう、ミモカに行き、開催中の写真展を鑑賞しました。
あの、映画で有名になった、東京タワーのまさしく建設中の写真もありました。キャプションを読んでみると、タワー建設の経緯が書かれていました。
あちこちに各局がテレビ塔を立てると、視聴者はチャンネルを変えるつど、そのテレビ塔の方角にアンテナを向け変えなければならない。その不都合を解消するために、かの東京タワーは建てられたのだそうです。
話を戻して、もし卵の賞味期限の「起点」が定まらないのなら、消費者庁が乗り出すか、という言及がされています。
それでいいのかも知れません。そのための消費者庁なのかも知れません。
ですが民間事業者自らが律してルール化していく道筋はすばらしいと思います。
生活者の立場に立つ。このことを忘れてならないのは、民業だけではないと思いました。

2009年10月31日(土)
郷土芸能フェスタに新旧2チーム

11月8日に開催されるかがわ郷土芸能フェスタ。県下各地から出場するチームが今日の四国新聞に紹介されていますが、丸亀からは坂本念仏踊と京極発幸舞連の2チーム、とあります。
坂本…のルーツは仁和4年、西暦888年、とあります(驚)。保存会が発足してからでも30年近くの歴史が。
一方、京極…のほうは市内中学生有志の集団。もうおなじみですが、若々しいチームです。
両者の共通点は…と、考えることにムリがあるかもしれませんが…、共通点はあります。それは人々の幸を願って踊るところです。
きょうは夕方から綾歌ふるさとまつり会場にいましたが、市職員の皆さんの姿もあちこち。ご苦労様です。
考えてみれば世の中に、幸せを願わない営みは何ひとつないのでしょうが…うまくいきませんね。
息のあった演技を、ふたつのチームに期待したいと思います。

2009年10月30日(金)
上限200円バス

26日付公明新聞に大きく、京丹後市の「上限200円バス」の話題が。
乗客倍増、財政負担減る、との見出し。
支えているのは高校生と高齢者。とくに高校生は、バス代が高かったことからこれまで両親に車で送迎してもらっていたものが「上限200円」で定期代も3分の1程度になったことからバス利用者に。
そのほかさまざまな利用増進策が、記事には紹介されています。
「出没日誌」に図書館のことを紹介しましたが、こちらも来週、記事を市の担当者に紹介したいと思います。

2009年10月29日(木)
高校新聞・社内報コンクール

26日付四国新聞に、表題のことが載っていました。入選7高校、7社、特別賞1校が表彰されたそうです。
高松東高の受賞理由は、「常に多くの人の声を聞き、受け売りでなく自分の中で消化して記事にしている」と。
すごいですね。身につまされます。
丸亀市の広報も健闘して、受賞を重ねていることも承知しています。ここでは市広報に限らず、市民にメッセージを伝えるあらゆる部門のあらゆる仕事が、「表現力」を問われていることを申し上げたいです。
もちろん、その筆頭は私たち「ギイン」でしょう。ですので、身につまされます。
話はそれますが、きょうの国会論戦を夜のニュースでかいま見ました。
質問「後期高齢者医療制度を撤廃すると言っていたのに後回しにするのか」
首相「その前の制度に戻すのでなく新しい制度を開発中。こういうのは後回しとは言わない」
なるほどね。
たかがコトバされどコトバ、民主主義のもとではコトバがすべてでさえあります。
丸亀市議会もそのように、激しい論戦の場になることを主張しています。
「多くの人の声を聞き」「受け売りでなく自分の中で消化して」
くれぐれも心したいと思います。

2009年10月28日(水)
わが街お宝展

昨日はB級グルメでまちおこしの話題でしたが、同じ日付の公明新聞に、こちらは「昭和レトロ」、今日はこれを紹介します。
「2009鳥取・因幡の祭典」。その中核イベントが表題のもの。
「昭和レトロ館」オープンとともに、当時のお茶の間や理髪店、駄菓子屋などを再現。昭和30年代の乗務員服を着たバスガイドの案内でボンネットバスを無料運行、とまで。
どこでどうやって工面したのでしょうか。興味関心は尽きません。マネをして成功するものでもありませんが、その意欲と発想と段取りには学ぶべきものがあるはずです。
B級グルメと昭和レトロはまちおこしの大アイテムになった観があります。
これらにカタをはめることなく、わが市も縦横な発想をもちましょう。
そうした発想を持てる職員こそ、まさに「わが街お宝」というべきでしょう。

2009年10月27日(火)
カレーパンの街。そのココロは?

東大阪市は「カレーパンの街」。
新たな市の名物にする取り組みをスタート。市役所の若手職員が地元大学と共同でメニューを開発中。
ところで同市は「ラグビーの街」でもあるそうです。12月には全国高校ラグビー大会が。
そしてカレーパンの街としたキッカケは、なんとカタチがラグビーボールに似ているから、ということだそうです。なるほど〜(笑)
全国でB級グルメというのが目白押しですが、ともかく「ナンデモアリ」の様相。
こうした、新開発のプロジェクトにもぜひ挑戦を。
一面、先日、市広報に関するアンケートに回答しましたが、既存のこうしたお仕事の中にあっても、前例にとらわれずに挑戦を、と書かせていただきました。
そのアンケート用紙が、私です(笑)。
よろしくお願いします。
以上本日付の公明新聞からでした。

2009年10月26日(月)
さばえCM大賞

20日付公明新聞に、この記事がありました。
福井県鯖江市。地域の歴史や伝統を映像で残そうと市民に呼びかけ。入賞作品をHPで公開することで、鯖江市の魅力を全国に発信。
そう言えば先日の城フェスタでも市民ひろばで、丸亀のお気に入りの光景を募集し、作品を展示していました。
動画であること、そして全国に発信できることが、違っている点ですね。
同じ城フェスタの日、資料館で催された石垣についてのレクチャーには、およそ80人くらいの方々が聴講に詰めかけて盛況でした。
聴講した私も、これで石垣のマイスターですよ(笑)。それくらい、熱心で内容の濃いレクチャーでした。
市民の関心は実にバラエティーに富み、可能性もまた無限大ではないでしょうか。
無尽蔵の資源を発掘すべく、鯖江市のような「大賞」もよし、あらゆる試みがあってよろしいと思います。

2009年10月25日(日)
天守の国宝化について

「出没日誌」からの続きとなります。
松江開府400年祭「お城サミット」の行事として、今回開かれたパネルディスカッション。松江市長自らがコーディネーターに。
「出没」のほうに書きましたとおり、国宝化によってますます国の関与と統率と制限が増すなら、まさに中央集権の時代に逆戻り。
時代錯誤の江戸幕府です。
いっぽう、そんな心配をよそに、各参加市長さんたちからはユニークでみずみずしい発案が。
連携によって、
・お土産の情報交換
・お城巡りツアー
・広域観光ルートや観光関連商品(丸亀)
・12の現存天守のウェブサイトを
・共同の物産展、などなど。
これらは8人の「殿様」だけで実現できるものではもちろんありません。
ご城下の民衆が全員で盛り立てていくこと、「わたしたちのためにやることなのだ」という意識をかもし出すことが大切。
それを引き受けるのは…そう、殿様の家臣?の使命でありましょう。
お城の交流が文化の交流、人材の交流、地方政府のネットワークの構築につながるならば大成功。
江戸開城をなさしめたのも、「地方」だったのですから。

2009年10月24日(土)
剱岳測量物語

NHKで表題の番組を観ました。明治40年、国土地理院の測量官、柴崎芳太郎氏を中心に、難攻不落の剱岳登頂、登頂だけでなく、機材を運び上げ、それまで「未踏」の測量事業を完遂したという物語。
当時の機材で計測した剱岳の標高は2998.02m。そして今年、衛星も駆使しての測量の結果は2998.42m。その差40p。
当り前のように地図を活用し、私たちは旅をしたりしますが、ダムや道路を建設するのに、柴崎氏が頂上に設置した三角点は今も現役とのこと。なるほど。こうしてスポットを当ててみれば、たくさんの、人間の苦労と努力がどこにでも、隠され、積み上げられていることを知ります。名を残す人々の陰にはもちろん、名もない方々の力があります。
先日ヒットした「官僚たちの夏」といい、次元は違いますが、公務員の面目躍如。
そしてこの「剱岳」では、測量を支えた地元の人々にもスポットが当たりますが、これこそ、今もカガミとすべき一面と、私には感じ取れました。
ひとつ間違えば官民もろとも奈落の底。大きな目的観を両者が共有し、呼吸を合わせて、この山は攻略できたのでしょう。無限の功績を、未来に残した足跡です。
私たちも地道に着実に、今日の一歩を残していこうではありませんか。

2009年10月23日(金)
出張から帰りました

秋田から羽田へ。羽田で高松行きを待つ間、ロビーの大型画面では前原大臣が羽田空港を視察、というのが映し出されていました。
「羽田がハブなら成田はマングースだ」と、意味のわからないことを叫んでいる千葉県知事(笑)。
その大型画面の背後、ウインドウの向こうでは離陸を待つ4〜5機の飛行機の「渋滞」。
ウィンドウと言えば「セブン〜セブン〜セブン〜」とウルトラマンのテーマに乗って新しいウィンドウズが世界同時発売で、中国ではすさまじい海賊版出没が報じられていました。
ダイナミックに、世の中は動いていると感じ入ります。
旅の途中、パ・リーグではずい分と盛り上がり、というよりずい分なクライマックスシーンが展開されていましたね。
「え〜っまさか」の逆転満塁サヨナラ弾もホテルのテレビで観ました。
「そうですか。ウチのテレビじゃBS出ないんで、翌日新聞見てビックリでしたよ」と言ったのは視察先のある市職員さん。
「私は北海道出身で東北に就職しました。ですからハムも楽天も応援しています(笑顔)」
いろいろな見聞をした視察研修。さっそく午後からの監査の中でも、見聞したことを参考にちょっと話させていただきました。
じっくりまとめてなるべく早く、このHPに紹介しますから、役立ててください。

2009年10月20日(火)
水滸伝

ホームページを更新しました。今回は「ちゃりんこ」に、先日鑑賞した京劇「水滸伝」のことを書きました。
そこで書き漏らした、というよりこのコーナーのために取っておいたことを書きます。
梁山泊の108人の烈士(女性もいますが)を率いる宗江。彼はもと公務員だったと京劇のプログラムで読んで、ああそうだったなあ、と、読書した頃を思い出しました。
ときどき私の周辺では、公務員を辞めて議員になってよかったかどうか、ソンかトクか、そんな議論が沸き起こります。
収支の面はさておき、執行予算を持つ役人を辞めて、口であれこれ言うしかないギインにわざわざならずとも、という声もごもっともです。
私と宗江とを重ねるのはムリがありますが、彼、宗江には一公務員ではなし遂げられなかった自分の理念があったのでしょう。
政治家と官僚たちが当時の中国で、腐りまくっていたからこそ、宗江は役人を辞したわけですが、辞めてまでも実現しようという理念の持ち主と、理念なく辞めない公務員と、このふたつがあると思います。
皆さんはお心当たり、いかがでしょうか。昨日までの自分はともかく、このコーナーを読んだ方はその瞬間から、そのいずれでもない、「理念ある公務員」という第三の道を歩んでいただきたいと思います。
丸亀市役所梁山泊に、ユニークな逸材が光り、語り継がれますように。
明日から2泊3日、出張に出かけます。このページもお休みいただき、金曜日、またお会いいたします。

2009年10月19日(月)
法華経の翻訳

仏教はインドから流布されてきたものですが、もちろん風に飛んで来たわけではありません。
羅什という僧侶が古いインド語から漢訳。これをあわせて三種の訳があるそうですが、羅什のものが愛され、いわば「定番」となっています。
それはなぜか。「いちばん文章が美しいから」だそうです。
聖教新聞18日付のコラムより。
三種の甲乙をつけたのは文章の出来栄えだが、その出来栄えの差は「訳者の目的観ではなかったか」と、コラム子は書いています。
一日、公務に携われば、市民とどこかで接触しているでしょう。直接の面談に限らず、書面や、金銭や、いろいろな形で。
その向こうにあるものが見えているかどうか、いわば目的観の高低で、仕事の品質は左右されるものと思います。
次の選挙のためにがんばるんだ、ではなく、まずもって住民の皆さんのお役に立つ働きをし、それが選挙の結果を招くのだ、と考えています。
公務員の皆さんには選挙という「通信簿」がありませんけれども、それだからこそ一層、目的観を高める気持ちを持ち続けていただきたいものです。
「ええ仕事、しとるなあ」と評価される毎日を積み重ねましょう。

2009年10月18日(日)
こきんちゃん

こきんちゃん、は漢字で書くと「小金ちゃん」。東京都小金井市のイメージキャラクターです(笑)。
公明新聞に16日付に堂々の「実物」入りで紹介されています。よだれかけに「金」のマーク、以外は、別に特筆すべき特徴のない、赤ちゃんの図といったところ。
ところが「こきんちゃんあいさつ運動」で登場するときには、「きん」(近所)の人たちと「ちゃん」とあいさつしよう、という立派なゴロ合わせが付いています。
最近全般的に、ちょっとムリのあるゴロ合わせが全国あちこちで見受けられるように感じますが(笑)、まあよろしいでしょう。
きょうも「城(しろ)フェスタ」を支えていた多数の職員の皆さん、ご苦労様でした。
飽くなき市民満足度追究を、よろしくお願いいたします。こういう場面にこそ、ゆるキャラ着ぐるみ登場もいいかと思います。

2009年10月17日(土)
ホッケの「群知能」

「北の海にホッケを追う」だいたいそういう意味のタイトルのついたNHKの番組を見ました。
例によって美しい映像技術でもってホッケの生活を紹介してくれるのかと思いきや、「ほっけ柱」という現象を通じ、そこに出現する「群知能」という現象を「科学」する番組でありました。
登場する一般人と同様、私も「開きしか見たことありません」の組(笑)。番組も居酒屋のシーンから始まるのですから、生きものとしてはジミな存在ですよね。
ところがこれがものすごいのです。
ホッケは漢字で書くと魚ヘンに「花」!
毎年桜の季節になると、奥尻島近海では突然海に渦が発生するそうで、その原因が何万匹というホッケ。
まるで洗濯機のように水流を作って、表面のプランクトンなどのエサを海中に吸い込み、それを全員で安全に食べようとします。それが「ホッケ柱」。壮観です。
ホッケは、他の魚とちがい、肺胞がない。驚きですね。日常はですから海の底に沈んで生活しています。
浮かび上がるには、直角に上に向かって力いっぱい泳ぐしかありません。その力が、渦を起こすというのだから不思議かつ驚きです。
これらの行動は、誰がリーダーになって、結果を見越して指揮をとっているわけでもない。
そこから番組は「科学番組」に発展して、学者が次々に登場。これを「群知能」というのだ、となります。先端科学ではロボットでこのことが応用されているのだとか。
語らいでは、「結局、人間の脳細胞も偉そうなことは言えない、これと同じかもしれませんね」と。
なるほど、そうだと思います。
ホッケを見て、考えさせられました。今度、食卓であいまみえる時に、再び考えさせられるような気がします(笑)。
結局、人間が作為的にこしらえた市役所とか議会とかの組織は、理屈はあるけどうまくいかない、それもごもっともかな、とも思いました。
自然のすごさはすごすぎます。

2009年10月16日(金)
人の気持ちがわかる人

「潮」9月号に、野球解説者、金村義明氏が仰木 彬監督について語っています。タイトルのように、語っています。
野茂やイチローを世に出したということは、日本の野球を世界に出したと言っても過言ではありません。
「人気のなかったパ・リーグをあの手この手で盛り上げてきた“名プロデューサー”でもありました」
投手の先発予告を始めたのも仰木監督。当時はイチローも投手に起用したりして、話題を呼んだそうです。
明日からCS、クライマックスシリーズらしいですが、残念ながら私の野球熱は下降の一途。
でもかつてセパ一体化にカラダを張って反対した古田とか、球界を盛り上げるためにたくさんの、「ファンの気持ちがわかる人」がいたのでしょう。
私たち議会人、市役所人も「生活者の気持ちがわかる人」でなくてはなりません。

2009年10月15日(木)
極上の接客力

8日付の公明新聞にワインのソムリエのことが話題にされていて、ワインが飲みたくなりました…ではなくて、たいへんに身の引き締まる心地でした。
出所は主婦と生活社刊「極上の接客力」。
上司がある客の接客中に別の客から手が挙がる。自分としては上司に代わって上々の応対をできたつもり。ところが叱責。
「手が挙がる前に気付かないとプロ失格」と。さらに。
仕事を終えて銀座へ。打ち上げでイッパイ、ではなくて、レストラン近辺の状況を見聞しておき、お客様にいつでも何を訊かれても答えられるようにとの準備だそうです。
公明新聞はここからの結論が厳しいです。
「住民から相談の声が上がる前に要望を察知しようとしているか。わが街のことは、だれより知っているか」
公明新聞もすごいがそもそも公明党がすごいからであり、それというのも私たち議員一人ひとりがこの呼びかけに応えようとするからこそ、すごいのであります。
職員の皆さまもともどもに、極上の「市民のソムリエ」たろうではありませんか。

2009年10月14日(水)
運転免許証

プラヴォ・ヤスディ。ポーランド語で「運転免許証」。
アイルランド警察が取り締まった交通違反常習者の名前でもあります。
すなわちアイルランドではその「意味」を知らずに人名とマジで受け止めて記録していた、という記事を、四国新聞10月6日付で読みました。
気の毒なほど大マジメに、とんでもない失態をやっていないか、この記事から考えさせられました。
相手の真意はこちらの常識では測れない、という場面がたくさんあるのではないでしょうか。
図書館で落語のCDを借りて、車中で聴いています。
「区役所」という落語を、きょうは聴いていました。
「お住まいは?」「8畳と6畳です」
笑えないお笑いではないでしょうか。大マジメで、私もそんなやりとりをやっているような気がします。

2009年10月13日(火)
読み、書き、語る

香川の教育界でご活躍の秋山 忠先生がご自分のスピーチを綴られた本「ちょっといい話」Uを読んでいますが、吉田松陰を紹介した回で、松陰は読書について、読書とともにノートを取り、人と討論を交わすことの大切さを弟子たちに教えていたと書かれています。
ただ読むだけに終らず、それを自己発見、自己実現の糧とするために、書き、語ることが重要、とのことです。
さてたまたま10日付の聖教新聞コラムに、こちらはアインシュタインのことが書かれていました。
アインシュタインが10歳の少女に算数を教えています。少女の母が恐縮していると、「私はお嬢さんとお話することで、お嬢さん以上に私のほうが学んだに違いない」
彼は学生であろうとだれであろうと、大いに語ったそうです。人と話すことで考えが整理された、と書かれています。
私たちもそれなりに、そうした経験を持っているのではないでしょうか。
一方的に話を聞いたり本を読んだりでオワリではなく、それを自分でまとめ、語る作業は大事で、このコーナーも私にとってはそうした役目も持っているように思います。
皆さんもどうか主体的な「発信」を。

2009年10月12日(月)
平和五輪、平和賞

2016年の五輪が初の南米開催に決定した瞬間、トーキョー案は消えてしまったわけですが、それと無関係に、なのだそうですがこのタイミングに広島長崎両都市での五輪開催が提案されました。
トーキョーでする意味あるのかと、最初は思っていた私が、チラシなど読むと素晴らしい意義と意味があることを認識。同様に、いや逆に、新聞から目に飛び込んだこのいわば「平和五輪」はすばらしいじゃないか、という印象だったのに、記事を読むと「こりゃダメなのね」の嘆息となってしまいました。
なるほどモノゴトはよく聞いてみないとわからないものですね。聞いても真実はなおわからない、というものが多いのでしょう。
この、両提案の間にはさまる格好で、米大統領のノーベル平和賞受賞という一件がありました。
「言うだけでくれるの?」
「それなら彼を選んだ米国民にあげるべきでは?」
「ノーベル賞が政治になっちゃいけない」
などなどのご意見があるように思われましたが、このたびの決定に反対はしませんが納得はまだできないなあ、というのが率直な感想です。
説明をして、市民に納得ご理解を得るのは何につけ、一苦労、コトバひとつにも知恵と工夫が要求されます。
ましてや市民を賛同者にしていくためには格段の努力が要求されるでしょう。
それが強く求められる、行政と政治に欠かせない、住民から鋭く問われる「力量」と位置づけられる時代となりました。

2009年10月11日(日)
「ああいうひと言が大きい」

セ・リーグ「クライマックスシリーズ(CS)」、3位にかろうじてヤクルトが滑り込み、初の進出へ。
それが決定した9日の対阪神戦。新聞によると、「今季を象徴するような山あり谷ありの激戦を、石川の力投で制した」のだそうです。
記事は続けて、こんなエピソードを紹介していました。
…2-0の7回無死1塁から狩野のゴロを鬼崎が捕り損ねた。1、3塁のピンチ。ここで宮本が「今までやってきたことを思い切り出そう」とハッパを掛ける。「ああいうひと言が大きい」と石川。1点は失ったものの、最後は2死満塁で金本を捕邪飛に仕留めた…(四国新聞)
先の衆院選で負けを喫し、党の山口新代表は議員が「全員野球を」と語りました。
職員の皆さんも980人の全員野球で市民満足を勝ち取ってください。政権交代に大不況。地方台頭への転換期のまさに山あり谷ありの行政の日々。大事なときに大事な「そのひと言」が言える職員に。

2009年10月10日(土)
おおたローカルアカデミー

昨日の、研修ネタの続きのようになりますが、たまたまネットで見つけたので紹介します。
たまたま、といってもフラフラとネット散策していたわけではなく、定期的に届く自治体ニュースというものの中に紹介されていたのです。
群馬県太田市。私も研修にお邪魔し、本来のテーマだけではない、さまざまなことを学ばせていただいた市です。
「あの太田市の課長たち」という文庫本も出ています。毎朝、課長が日替わりで本庁全館放送でスピーチをする、それをまとめた本です。
本庁入口で、500円でFMラジオを売っていたのもこの市。もちろん災害時にコミュニティFMを聴いてもらうためです。
工場に働く市民が休みをとらなくても役所で用事が済ませられるよう、土日開庁、平日の夜間開業のことを教えてもらいました。
本庁ロビーでお茶が飲めるスペースがあり、ある日市民がそこにいる人に声をかけられる。「お茶でもいかが?」と。どこかで見たことある人…なんだ、市長さんじゃないか、という話も。
その場で市長と市民との政策談義が始まるそうです。
ちょっと思い出してもすらすらと、これくらい語れる、そんな印象深かった市。
その太田市が、2泊3日がかりの「ローカルアカデミー」という研修会を催しているようです。
先着40名。今年は11月の11〜13日の日程。同市の課長さん級の人、もちろん市長、そしてゲストスピーカーにあの前・横浜市長を招くようです。ちなみに去年は猪瀬副知事だったようです。
皆さん、我と思わん方、名乗り出てはいかがですか?
そもそもこうして、まさしくローカルなアカデミーを催そうということ自体、意欲的であり、何か「やりそうな」雰囲気を感じませんか?
その「空気」を呼吸しに行くだけでも、私は千金の体験になるとおススメします。ちなみに参加費は無料(講演料ほか実費あり)です。

2009年10月9日(金)
職員の皆さんにももっと研修機会を

宮崎市で開催された監査委員の研修会に出席させていただきました。
正式な会合名に「監査委員研修」でなく「監査事務」研修とありますとおり(「出没」のほうを参照してください)、事務局職員もかなり出席していました。
今回は出没にも書きましたように残念な結果となりました。が、近隣市から参加していた中に私の知り合いの職員の顔も見え、意欲的に職員の研修機会を設けているらしい話。
監査委員の職責はますます重大になるのですが、同時にそれは事務局のスキルが問われることでもあります。
それに限らず、いま行政全般で公務員の力量が問われていることは何度も書きました。
旅費を使わなくてもお勉強はできますが、ここぞという機会には財政担当を説得し、果敢に参加してほしいと思います。
「ここ宮崎で会えるとはね」と懐かしく話をしながら、「こりゃ差がつくぞ」と、一抹、不安を抱いたものですから。

2009年10月6日(火)
老い支度

公職研7月号。ともかくこの本を読んでいると、狭い日本に、知らない先進地の取組がわんさか。

エンディングノート。これは健康であるうちに自分自身の意思を書き留めておくもの。すでに市販のものもあるそうです。法的拘束力の点などで、いわゆる遺言とは異なります。
それをさらに工夫したオリジナル版を作ったのは豊中市の地域包括支援センター連絡協議会。愛称「ほっと」。
題して「老い支度〜ほっと覚書」。希望する市民に無料で配布。これが新聞に紹介されて市の内外で大反響だそうです。
「ほっと」が展開する業務は@総合相談A介護予防マネジメントB権利擁護Cネットワークづくり、だそうです。老いに向き合うことは誰にとっても必要。これは大事な業務でしょう。
愛情あふれる施策だと思います。

さて、明日から出張に行ってきます。2日間、お休みさせていただきます。

2009年10月5日(月)
東京に五輪が来たら

いつかこの「輝け」に紹介しようと思って、読売新聞8月16日の記事を取っておいたのですが。
その紙面のタイトルがこれ。登場するのは高橋Qちゃんとハンマー投げの室伏氏。それぞれにいいこと語っています。
記者の書いたカコミ記事では亡くなった古畑選手の言葉を紹介しながら五輪を称えています。
大きなカネを使ってわざわざトーキョーでショーをしなくても…という、ヘンな「もったいない」の気持ちもかつてはありましたが、経済に及ぼす効果だけでなく、間近に見られる感動の舞台、そこに参加することの喜びや思い出、経験。それらは無限の価値を見出すものなのだと、考え直しました。
つい先日、訪問先でトーキョー五輪2016のピンバッヂをもらったばかり。つけることなく「思い出」入りへ。
IOCでの投票の結果、リオに決定されたのは、でも客観的に、これでよし、というべきかも知れません。
さあここからは「あと始末」。都知事の姿勢が批判されるか。使った150億のキャンペーン費用を追及されるのか。
新聞の見出しは「外交下手 改善できず」。
実は、愛読の「公職研」にかつて、これにからんで「知事が副知事を解任」という記事が出ていました。
「このタイミングで副知事を降ろしておけば、招致に成功すれば『早く降ろした成果だ』、失敗すれば『手を打ったのだが遅すぎた』と言える」と分析。
真意はまったく私にはわかりません。
けれども先を見越し、その行動の理念をちゃんと市民に理解してもらい、味方を増やす努力をしながら事業を進めるこの姿勢はこれからの為政者に絶対必要。
「スポーツは、人間を育て、社会を変えることができる」と古畑広之進さん(8/16読売)。
政治家が「変わる」ことこそ、すべての始まり、なのかも知れません。

2009年10月4日(日)
安全と安心は冷蔵庫の中から?

この表題。なんのことかわかります?
東京、港区では、救急情報の活用支援事業を全国に先駆けてスタート。
救急医療情報キットとして、かかりつけ医や服薬内容、持病などの情報や診察券の写しほか、本人が口もきけない重篤な状況である場合に、かけつけた救急隊員が情報を入手するシステムを採用。
さて、到着した消防士が、その情報がどこにあるのかをどうやって探すか。
まず、玄関に「この人はキットを備えている人だ」とわかるステッカーを確認。
消防士は迷わず、冷蔵庫に走ります。
冷蔵庫ならまず1台は必ずある。しかもだいたい、台所にある。探すのに手間がかかっては意味がないわけで、一刻を争うときに大いに役立ちそうです。
WHOでの情報から、大学教授を経てこの制度が導入されたとあります。
以上、公職研7月号から紹介しました。
啓発のキャッチフレーズは「キットを持てば“キットあんしん”」なのだそうです。
先取の気風と市民へのやさしい心が感じられます。

2009年10月3日(土)
ムッキーちゃん

四国や香川でも出回ってますかね、この商品。
新潟県のクリハラワールドという会社が発売している、ハッサクや夏みかんなど、外皮が固いのをむく道具なのだそうです。
あれば便利ですよね。あれがめんどうくさいから、誰かがむいてくれるまで待っていたりします(笑)。
このことを知ったのは聖教新聞の信仰体験のページ。2日付。同社社長の「労苦が磨いた 知恵で勝負!!」という記事。
それをあえて「輝け」のページに載せさせていただきますのにはワケがあります。
平成5年。社長の栗原さんが病院へお見舞いに行ったおりのこと。隣のベッドの老婦人が夏みかんをむくのに、孫と二人で苦心している様子に触れたのが商品開発のきっかけ。
さっそく夏みかん1箱を買い込んで悪戦苦闘。しかし商品は完成したものの「こんな商品が売れるわけがない」とどこも取り合ってくれない日々。やがて執念と確信が実り、あるテレビ番組の発明品に応募、大賞に。
さあそれからはもう製造機械、工場を建て増ししても追いつかない状況になった、と書いてあります。
この記事のサブタイトルは「人のお役に立ちたい」。
役所職員や議員こそ、人のお役に立たねばならない第一人者です。
孫とばあちゃんが夏みかんをむきかねている光景から、その私たちが何を感じてどう動くかでしょう。
「出没」のほうに書きましたが、公職研で高齢社会の自治体政策を学び、聖教で仕事へのやる気を喚起してもらいました。
われわれもここで、「ひと皮むけて」、仕事にまい進したいです。

2009年10月2日(金)
不揃いののぼりたち

きょうはすでに撤去されていましたが、先週まで、庁舎前はこのような状態でした。
のぼりには「まちをきれいに」などと書いてあるのですが、私はきれいだとは思いません。
誰かが言い、直し、今後の方策を取らなければ、来年もこうだと思います。
このHPをご覧でない関係者の方には戸別に申し入れますので、善処してください。

2009年10月1日(木)
居安思危

居安思危 安きにありて危うきを思う
思則有備 思えばすなわち備えあり
有備無患 備えあれば患いなし

孔子の「春秋」の中の「左氏伝」にある言葉だそうです。
公職研、9月号の記事、清須市洪水ハザードマップについて紹介されていたページにありました。
昨日、海外で大きな地震があり、日本でも津波が心配されました。
樹木の高さ5メートルのところに、津波で運ばれた枯れ枝が引っかかっています。おそろしいことですね。
先日、うちのご近所で行われた防災訓練が思い合わされます。この津波の規模を思うとささやか過ぎるほどですが、それでも、声をかけ、ご近所助け合う姿はきっとイザという時に役立つでしょう。これこそ「安きにありて」。
これを啓蒙し推進する行政の役目は、イザ本番の仕事に劣らず、重要と思います。

2009年9月30日(水)
白旗の少女

帰宅して、この番組を見させていただきました。そして大いに、涙を流させていただきました。
昼間、夜の会合の準備として新聞を読みあさっているうちに、というのは民放のテレビ番組表を常には見ないからでありますが、たまたま「黒木瞳」の名を読んで、見ることにしました。
かの「さとうきび畑の唄」以来、戦争ものの黒木瞳主演作にはウラギリがない、と信じております。
それにしてもまあ、この子役の人。立派に演じましたねえ。8歳なのだそうですよ。
構成もすばらしくよくできていました。実話をもとに、よく構成されていました。
それにしてもまあ、と、繰り返しますが、昔はナミダを流すところで点眼していたなどとうかがいますが、不思議なカマのじいさんばあさんと別れるシーンのナミダは出色です。
そしてそのじいさんばあさんを演じる菅原文太に倍賞千恵子さん。もう言うことありません。すごいのをちゃんと据えましたねえ〜。
それらがあいまってもう、スキのない仕上がりになっていました。ほんとうにありがとうございます。CMでいきなりボリュームが上がる現象も、きょうはもともと低くしていたせいか、あまり気になりませんでした。
死体に出会っては袋から食料をもらってしまう、その姿に心を痛めますが、なるほどほんとうに、それは戦争のなせる業です。
これがまあ、実話とは…。
厳粛な心地で、きょうは話を終わります。

2009年9月29日(火)
視聴率

テレビというものは、何度も申しますが、ほんとに落ち着かぬ。せわしない。
ブルーレイに録画したものを選ぼうとしている一覧を眺めていると、どれか一つがもう始まってしまう。
その画面をやめると、たちまちにして、今やっているテレビに切り替わる。
何が始まるかわからない。アニメが出たりジャズが出たり。何もない、落ち着いて番組を探せる画面を置いてください。
うるさいからせめてボリュームをゼロにして操作しています。
ブルーレイに替える前のDVDはそうだったのに。
で、「ウェルかめ」という朝ドラが始まったようです。ちなみにこれまでの「つばさ」は、調査を始めて以来最低の視聴率だったとか。
かつて「検索するな」という、本意はどうか知りませんがそういうタイトルの本が出回ったように思います。
主体性や一貫性を見失ってともかく目の前に次から次へと気を引くものが現れて、それに引っ張られていく。
ネットもテレビもそうなので、うるさくてやっかいでせわしなくて自分を台無しにしてしまうモノ、と、考えたほうが良い、という面があると思います。
そういう、何だかいや〜な気分で、自動的にかかってしまう画面に「つばさ」が流れていて、いつも「つまらなさそうだ〜」という印象がありました。
主人公の女性には気の毒でしたが、なんだかいつもちゃらちゃらした画面ばかりが目に飛び込んできたという記憶です。
なのにその主人公はいつもちゃらちゃらの中で笑ってなくて浮いている、という印象だったです。
テレビも放映していれば観てくれるという時代ではなくなりました。
予算も、役所そのものも、「評判悪いよ」と厳しく問われる時代ではないでしょうか。
議員もですが。
「ウェルかめ」という、まったく安易すぎて憎めないネーミングの新番組のご健闘を。

2009年9月28日(月)
空巣老人

公明新聞9月22日付から。
空巣老人。これは「北京晩報」という中国の新聞に出ていた見出しだそうです。
お年寄りがドロボーに入ることではないそうです。
若者が出て行った後にぽつんと残された一人暮らしの高齢者のこと。巣とはおうちのことです。
そういえば「空巣」とは何もドロボー、空巣ねらいだけを意味するとは限りませんよね。
中国も核家族化。老老介護、孤独死も。こういう言葉が見出しにでる世相なんだそうです。
この空巣を子育て世代の若者たちに貸し、老人は歩いて暮らせる町なかに住む、という構想が各地で進められています。
「空巣対策」というところでしょうか。

2009年9月27日(日)
サンクスカード

社長から手書きで「いつも遅くまでありがとう」とカードのメッセージ。
ある企業が部下や同僚にこのような感謝の言葉を贈るサンクスカードを始めたそうです。
ある日突然、「会社やめます」と言い出すまでには、感知されなかった悩みや苦痛があったはず。大卒では3人に1人、高卒では2人に1人が3年以内に退職するとか。
これに対して市役所にあまり退職者が出ないのは…何故(笑)?
それはそれとして、職場で悩みや苦労がないはずはありません。ぬくもりのある職場で、さらにさらに市民に貢献してください。
以上、聖教新聞9月25日付より、紹介しました。

2009年9月26日(土)
デリバリーランチ

きのう25日付公明新聞に、大阪府箕面市のこの記事が紹介されていました。
皆さんそれぞれなんですね。箕面市では中学校がこれまで弁当。親子の「愛情」弁当がこれまでは維持されてきたのです。
ここにきて、共稼ぎなど親の事情を考慮して、その日の朝に注文すればお昼に間に合う「デリバリーランチ」の制度をスタート。
ちなみに大阪府内6つの市で、これまで同様の制度があったものの、実際には「注文は1ヶ月前に予約」とのこと。これでは使い物にならないという声もごもっとも。
そこで箕面市がこの制度に踏み切りました。
私にとっては考えてもみなかったこと。「皆さんそれぞれやな〜」と思う反面、どこまで行政が市民本人のためにやれてるか、考えさせられる記事ではありました。

2009年9月25日(金)
バス110番

こういうものがあるそうです。
高齢化が進む。クルマを手放す人が多くなる。何としてもバスの足を確保しなければならない。ところが役所にそのノウハウがない。
そこで登場するのが「バス110番」。全国の学識者に協力を求め、アドバイザーをやってもらっているそうです。
公職研、遅いですが昨年の7月号を読んでいます。その時点で登録者は17名。
全国的にはそのノウハウのなさゆえに、武蔵野市の「ムーバス」などの成功事例を視察してそのまま各地で「鵜呑み」。その結果として失敗例、混乱が相次いでいるとのことです。
出所は同書「自治体の公共交通政策の課題と展望」、岩手県立大学総合政策学部教授、元田良孝氏。
この寄稿をはじめ、この号の特集は「道路と地域交通」。そこに集められた小論を読み合わせると、なるほど、地域のバス政策に象徴されるように、地方政府の使命や責任は時代とともに変遷することがよくわかります。
丸亀のコミュニティバス、何とかしなければと思ってはいましたが、「けれどもあちらを走ればこちらが立たず」でしかたない、と考えていました。
路線や本数の議論以前に、これは時代の大きなアミカケのかかった大問題、今日的な大きな論点なんだと、7月号を読んで悟ったのでした。
個々の市民の皆さんからの苦情の声がたくさん寄せられている、という観点を超えて、これは時代の転換点、と考えることにしたいと思います。

2009年9月24日(木)
かたくなな方

歴史的な政権交代が行われたのですから、混乱も予想されます。
八ツ場ダムはその象徴的なものになってしまいました。
国土交通大臣との意見交換会も「やめるのをやめる」という姿勢でないから地元はボイコット、とあります。
意見交換というのはその距離を縮めるためにやるのではないでしょうか。
知事が大臣の現場視察の後の会見で「大臣はかたくなな方」と言い切っていますが、双方、対話の姿勢を持たないようです。
対話の中で話が前に進んでほしいと思います。
ただ、国の方針でやったりやめたりするこの国のあり方、これだけは早く、なくしていかないといけないと思います。

2009年9月23日(水)
校区コーディネーター

この言葉。見つけたのは聖教新聞。信仰体験のページがほぼ毎日掲載されていますが、9月22日付けの紙面に、この言葉がありました。
ところは岐阜市。ちょっと紹介しますと、
…授業を終えた児童たちが、小学校で楽しく、有意義なひとときを過ごせる「放課後チャイルド・コミュニティー」。長谷部徳江さんは岐阜市から「校区コーディネーター」の委嘱を受け、その企画・運営に携わっている…
チャイルド・コミュニティーというネーミングも魅力的です。
人のために地域のために何かしたい、尽くしたい、という思いは、高齢化が進んでますます高まるし、また高めていかなければならないと思います。
人材を活用する場づくりこそ、今、行政が取り組むべき「現代のハコモノ」でしょう。
これらのネーミングに霊感?を受けた私はさっそく、岐阜市について調べてみようと思います。

2009年9月22日(火)
米チェン

月刊誌「潮」8月号所収、北海道知事、高橋はるみさんが、ちと長いタイトルですが「北海道をモデルとした『地域主権』を全国に発信したい。」と題して寄稿しています。
まず「おっ」と思ったのは道庁が設置した機構改革推進部局の名前をあえて「地域主権推進室」としたこと。
私もあちこちの庁内機構の名を、関心を持って眺めてきた一人ですが、得てして、傾向として、町や村など小さな自治体のほうが思い切ったことができる、庁内組織の名前にしてからがそう、という思い込みがありましたけれども、道庁にしてこの名前です。やはりトップの意気込みというべきでしょうか。
北海道開拓の歴史は百年。今やフロンティアのスピリットは消え、かの「拓殖銀行倒産」に象徴されるように自信を失っている、という知事の見方。
しかし、@食料自給率200%、全国に知れた「農業日本一」、Aものづくりでも「冷房代要らない」北海道の立地メリット、Bもちろん「観光」。トマムのパウダースノーは世界が注目、オーストラリアから見ると「カナダより近い」。
これまで「北海道米」はおいしくない、と、道民もあまり食べなかったそうですが、知事自らテレビCMに出演しイメージアップ。今では道民の75%が「道米」に。
これをイメチェンならぬ「米チェン」というそうです(笑)。
私の友人が北海道に住んでいて、冷房代がかからない半面で「真冬も暖かい室内で半袖姿でアイスクリーム」なんて書き送ってくる分、きっと暖房代はバカにならんでしょう。
何もかもがうまくいくなら政治は必要ない。「地域主権」の時代に、地方にこそ元気なリーダーが出て、市民の皆さんの意見をまとめ、不満を調整し、元気を出させていくときだと思います。
自分も一翼を担わなければ、と、気持ちだけははやっております。

2009年9月21日(月)
昨日のつづき

中国文学者、守屋 洋氏、月刊「潮」8月号所収、「項羽と劉邦〜勝負の明暗を分けた“人材をいかす力”」の文章から、後半、それでは劉邦はどのようにして、自分以上の傑物を使いこなしたか、の部分から紹介します。
@部下の話をよく聞いた
A論功行賞を気前良く弾んだ
この二つを、氏は指摘しています。
項羽のほうにも人材はいたが、論功行賞で出し惜しみをした。
劉邦は酒と女好き、ガサツな人物だが茫洋として大きなものを感じさせる人間だったようだ、と。
ここですね。私の周囲でも、まさにこの「大きなものを感じさせる」人がいて、私はこれまで影響を受け、惹かれて生きてきたように思います。
ただ…最近とみに、そういう人物がいなくなったと感じるのは、これは私に黄色信号が灯っているということでしょうか。
項羽は人物だったが、ややもすると自信過剰に、とあります。
その先にきたものが、かの「四面楚歌」のシーンです。
民主連合の政権、大臣勢ぞろいでいよいよ官僚たちと仕事を進める段になりました。
どんな「器」のリーダーが出るか。
そして丸亀市役所にあっても、どうか傑出したリーダーが輩出できますよう、ご奮闘を願っております。

2009年9月20日(日)
劉邦の勝因は「人」にあり

さあて皆さん、満を侍してお届けする本日の一枚。本日4時台、市役所駐車場から眺めると建設中の消防庁舎に塔が立ち、連休の今日もお仕事真っ最中。
私手持ちのデジカメの望遠力を最大にして、撮影したものをさらにトリミングしました。3人の作業員の方が見えます。下側にいて上向きで仕事をしている人の格好をよくよくご覧ください。
ほんとうにご苦労様です。

さて、月刊「潮」8月号。中国文学者、守屋 洋氏が項羽と劉邦について、「勝負の明暗を分けた“人材をいかす力”」とのタイトルで論じています。
先日テレビで鑑賞しました京劇「覇王別姫」。項羽が哀れ、敵の詐術にかかって戦に負け、愛姫は自害、自らも最期を遂げるという印象深い一幕。あれが思い起こされます。
氏の論ずるところ、劉邦の勝因は@大義名分A人モノの補給B人材、これこそ決定的だった、とあります。
劉邦自らが記しているのだそうです。
「(3人の傑物、それぞれに、わしのかなわないところを持っていたが)わしは、その傑物どもを使いこなすことができた。これこそ、わしが天下を取った理由だ。項羽には、范増(はんぞう)という傑物がいたが、かれはこのひとりすら使いこなせなかった。これが、わしの餌食になった理由だ」
厳しくも重いことばです。
さて。
塔を建てる人もいます。塔を使う人もいます。すべては民衆のための建設作業。それに大切なのはどこまでも「人」。
塔を見上げて、考えました。

2009年9月19日(土)
燃費考察

JAFから雑誌が届きます。きれいなグラビアがあるから捨てがたいです。けれども今日、新しいのが来たから、古いのを片付けようと思い、読みます。
クルマ生活Q&Aというページに、こんな問いがありました。エアコンの燃費について。
@温度設定を高めにして風力を強にするのと、低めにして風力弱にするのと、どっちの燃費がいいか。答えは後者。何となくそうだろうな〜という気がしていて、うるさくないし、いつも温度設定は最低、風力も最弱にしてました。正解。
A温度設定を低くしてマメに切るのと、高めにしてつけ続けるのと、どっちの燃費がいいか。答えはこちらも後者。私はともかくなまぬるいのが出るのがもったいないような気がして、効きすぎたら消していました。私は×。
朝夕冷えて、そういう迷いをしがちな季節ではないでしょうか。
いっそのこと、エアコン切って窓開けて、というのが大正解かも知れません。
ちなみに今朝、テレビで問答。「高速道路無料化って、環境に優しくないんじゃないですか?」学者のような方が「必ずしもそうでもありません。環境にいちばん悪いのは発車したり止まったりの渋滞です。無料化して一般道の渋滞が解消されるから、むしろ環境にいいとも言えます」。
なるほど〜。
余談ですがわが議会事務局では夏も蚊取り線香のニオイがしてました。涼しい朝などは窓を開けるから、蚊も入ってくるそうです。
我が家ではこの夏も、ほとんどクーラーをつけなかったですよ。もったいない、というより、「ひ弱になってたまるか!」という思いです。
そろそろ結論。
丸亀市役所は980馬力。このエンジンの燃費は?市民にやさしいエンジンかな?

2009年9月18日(金)
ギャル

おなじみNHKの番組「cool japan」このたびのテーマはギャル。
渋谷の駅から見上げるあの「109」というビル。あれは流行の最先端なのだそうです。入ったことありません。
ギャルたちいわく「ここに来れば必ず何かが見つかる」。
そこのある店長さん。店先に出すマネキンの着る服も刻々と変更。外の光景を見やり、通行人たちの服装を眺めて、「今日はノースリーブの服でいく」と戦略決定。外を歩く人が「今日はちょっと暑い」と感じているのを読み取り、マネキンさんもノースリーブとなるのです。
10時開店。9時半からはスタッフたちの綿密な打ち合わせ。メモを取るギャルたち。そう。彼女らこそ、お客さんであるギャルたちのひとつの「目標」でなくてはならない。一見すると客なのかスタッフなのかわからない格好をしている。
それがもう真剣そのものでメモを取っています。時刻ごとの販売高目標があるそうです。
すごいですねえ。大マジで、感じ入りました。
さて、きょうは議会の最終日。閉会後の全員協議会で財政健全化指標への説明のほか、公会計を財務諸表から見る仕組みの説明もありました。
「カセギのない公会計で企業会計をやるのに意味はあるのか」という意見もあります。
が、公務員が980人働いて、どのようなアウトカムが出たのかこそ、市民の知りたいところです。
ここはひとつ、公務員自体に大きな意識改革が求められているのではないでしょうか。
失礼ながら、私たちからみれば「ケバい」だけのあのギャルの皆さんが、それはもう戦士のように働いている、その画面にはインパクトありました。
あれでこそ仕事だ。
カセギのない市役所というギョーカイに、企業センスが定着するまで、戦うのが財政戦士のミッション? インポッシブル?

2009年9月17日(木)
きょうも川柳で

職安の藁一本に数多(あまた)の手 秋田市、田村常三郎さんの作品。
侍が傘も張れない不況風  箕面市、太田本一さんの作品。
月刊誌「潮」7月号の川柳コーナーで、読みました。
選挙で自公が敗北を喫してみると、この不況を自公はどうともできなかったのか? と思ってしまいます、つい。
一方ようやく、上向いてきたというか、下げ止まったという見かたもなされていますから、不運ということかも知れません。
丸亀のハローワーク。いつ通っても「満車」。私へも相談が寄せられます。
公共工事のムダづかいをなくすとおっしゃるが、本当にそれでいいのか?地方もしっかりモノ申していく時代がやってきました、いやおうなく。

2009年9月16日(水)
税金でゲーム機を買う

事務用消耗品予算の46%、額にして30億円が「不正経理」という、ものすごい話は千葉県庁のこと。
私は以前、「プール金」が問題となった頃に香川県庁OBの方から、「それは必要悪」と、擁護するような発言を聞きました。
あまりにアタリマエ感覚でおっしゃるものだから、「…」、絶句するしかありませんでした。
きっとあの調子で、税金で将棋盤、ゲーム機を買う神経がまかり通っているのでしょう。
県庁を非難するのはもちろんですが、ちょっと言い分を聴いてみたくなるではありませんか。「青少年健全育成のためです」という名目だったそうですから。
必ず出てくる「議会は、監査はナニやっとったんや」の怒号。
今日も昨日もその前も、相談事の対応で庁内各所に出没させていただいておりますが、皆さん前向き、スピーディに対応してくださり、ありがたいです。
血の流れるような税金。
市が腐ったら、もうおしまいです。

2009年9月15日(火)
車検で代車の日々

タイヤも磨り減ってたりしたものですから、このたびの車検は費用がたくさんかかりました。
「代車のほうがええやん。これ、もろとき」
皆さん、よく私のクルマを見ているんですね。「クルマ変わっとるけん、わからなんだ」とか。
軽自動車、ターボ。信号からのダッシュ、よく走ります。
ふとドアのちょうつがいの部分を見ると、ペンやメモ紙のホルダーを備えています。右手を伸ばすとちょうどいい、あの三角形のところですね。
こうして次から次へ、ちょっとした工夫で魅力を出しているんだなあと思いました。
あるミニ新聞で、かの悪の代名詞、ジャンボタニシについて、田んぼの水位を調整することで、イネは食べられずに雑草だけ食べさせる手法が開発されている、というのを読み、これまた感じ入りました。
「なんとかせにゃならん」という思いが、工夫と改良、商売繁盛顧客満足につながるのですね。
安定した身分と収入を人に与えると思考が停止し工夫が止まる、という仮説が覆りますよう、願います。
お互い、「給料以上」の仕事をして、ムネを張りましょう。

2009年9月14日(月)
援農隊

市職員ボランティアで結成した「援農隊」。広島県庄原市。10日付公明新聞に掲載。
過疎化と高齢化で草刈り作業が困難に。そこに登場したのがこのチーム。現在、所属72人。住民の要請で随時出動。
「集落の維持発展と職員の資質向上を目指す」と市政策推進課。
ほほ〜この課の名前はすばらしい。どんなことをやるのか、HPで調べてみますと、「市長の特命事項」などとあります。なかなか機動的でいいのじゃないでしょうか。
市の組織図を眺めてみますと、社会福祉課、高齢者福祉課、女性児童課、とあります。ウチよりわかりやすいのでは?
そして発見! 庄原市には、部長制がない! そして二人の副市長。
話がそれましたが、援農隊とあいまって、何やら機動的で「市民のほうを向いた」市役所という印象を受けました。

2009年9月13日(日)
役人学三則

10日付け公明新聞に載っていました。80年近くも前、法学者、末弘巌太郎(いずたろう)東大教授が唱えた「役人学三則」。
紹介された趣旨は、「形式的理屈を言う技術や縄張り根性などを身に付けた役人が出世する」と。
一方で「よい行政的職工」になるように、と促しているそうです。
「自分の技能を信じて誇りとし、納得できるまで誠実に仕事を貫く実直さ。そうした職人気質で国民のために働く姿こそ本来の公僕ではないか」(新聞上の趣意)
「おあいにく。私は事務吏員です」なんていわずに(笑)、市民満足度にとことんこだわる職人肌で、毎日「ええ仕事」、してください。

2009年9月12日(土)
火の車

千円の高速走る火の車
川柳です。川口市、片野 勲さんの作品。月刊誌「潮」の毎月のコーナーに載っていて、忘れがたく、6月号なのに処分せずに手近に置いていました。
ここに書いて、もう処分します。
さて政権交代し、千円はゼロ円になるのでしょうか。
わが党も、過日可決ずみの補正予算まで新政権が凍結するのか、気をもんでいます。
しゅくしゅくと9月議会で審議が進んでいる案件もどうなることやら。
行政の皆さんはさぞかし混乱と思います。
以前にも書きましたが、「失敗したらまた政権交代?」という考えもできるが、生活者のことを考えると「失敗しないで」とハラハラ、という気持ち。
同じ川柳のコーナーに、こんな作品もありましたが。
敵失を探り合ってるロスタイム
さいたま市 高木正明さんの作品。敵失どころではない、深刻な状況に思えます。
職員の皆さん、あしからず、最善を尽くしてください。

2009年9月11日(金)
避難勧告基準

まだ一般紙に目を通してなかったですが、昼間、議会からメールを受け取りました。
「本日の新聞に丸亀市は避難勧告基準が設けられてないと報じられましたが、誤報です」とのこと。
あわてて紙面を開きましたが(開くまでもなく、1面)、「県内4市未策定」の文字が。
読者全員に弁明のメールが届くはずもなく、市の言い間違いか、県の聞き間違いか、それとも報道のせいなのか、ぴりっと検証しておく必要があるでしょう。
初歩の初歩の初歩。当局に「勧告」をしたいと思います。
紙面には県内市町の「策定状況」の一覧表。水害、高潮、土砂災害、3つの項目に分け、丸亀の上の段の高松は○、○、○。
丸亀の下の段の坂出市も○、○、○。その間にはさまって、丸亀市は×、×、×。
まるで市役所と市長に対しての「×」印に、思えます。
さらに精査した原因究明報告と、対応策を、市民にも公表くださるよう、求めます。

2009年9月10日(木)
多田先生の授業は圧巻

多田善昭氏。ZEN環境設計室+多田設計事務所所長。サテライト大学院の最後の授業。
「役所が何かやってくれる、という時代はとっくに終り。でも案ずることはない。自分がやればいいということ」。
まちづくりのはじまりは、学び合うこと、互いに知識を増やすこと、と授業が始まります。
漠然と夢を描いても何も始まらない、何も残せない。
「将来、どうなっていたいか」を明確に語り合うところから。
責任の伴う自己ルールを自ら生み出していく。好き嫌いで判断しない…などなど。
パワーポイントのデザインからしてセンスあふれる、そして経験と実績に基づいた確かな理論展開。
感服しているうち、あっという間の45分。
「何か質問は?」と司会者。この司会者が私の同級生なもので、まず私に振られるだろうと、覚悟(笑)。
「議員させてもらってます。たくさんのお声を聴きます。あれこれたくさん、まちづくりへの手法は私の頭の中にもごっちゃになっています。でもそこに、どうしても統一や整合性がとれません。
…質問になってないですが…ご激励の一言を!」
この愚問にも先生は懇切にお答えを。
成功しているところはすごいエネルギーを使っている、エネルギーをかければ、必ず成功の道が見つかる、と。
「そんなのできっこないよ」という言葉がついつい頭をもたげるのですが、これに抗い、語り合い、知識を増やし、そして人と人とをつなげていく作業に取り組みたいと思います。

2009年9月9日(水)
施策優先度

青森県の弘前市が制定した総合計画。ちょっとひと工夫です。
公職研9月号に紹介されています。
いわく、「施策の優先度と資源の集中」を通して、実効的で実現性の強い総合計画を策定した弘前市。施策の優先度や、成果指標の設定の上で施した工夫など“弘前型・行革”の組織戦略を紹介、と。
先日聴講したセミナーで田中 豊氏が、政策はやりっぱなし、それだけでなく、政策評価もまた評価しっぱなし、という言葉が出ていました。
なるほど。NHKでキャンペーンしている「ぱなしのはなし」ですね。
電気つけっぱなし、冷蔵庫あけっぱなし…というヤツ。
「このままでは会社はつぶれる」、という感覚を、役所もまた、そして地球全体が持たなくてはならないところですね。
「明日の行革では間に合わない」というところ。
ひとつひとつの施策に、「国からやらされ」感からいち早く脱却したところが、要するによい町を作り上げるのでしょう、よい市民との関係性を。

2009年9月8日(火)
資源ごみ持ち去りに罰則

一般質問でも話題に出ました表題の件。全国どことも同じ悩みらしいです。
いったん路上に出された資源ごみの所有権は? ここがポイントですが、それが市有地に設けられたゴミステーションである場合と道路上である場合で異なるとか、議論されています。
しかしこの世に、所有権がないものがあるというのもおかしな話です。ごみであろうと雑草であろうと犬のうんちであろうと、その所有関係を明らかにするのが法律ではないでしょうか。
それはともかく、群馬県前橋市では今年4月に「廃棄物の処理及び清掃に関する条例」が改正され、資源ごみ持ち去りが禁止に。上限20万円の罰金も。
これまでは「徹夜で張り番をしていたが、罰則が抑止力に。大変助かっている」とのこと。提案したのは公明議員。
うちの市ではそういう答弁でなかったですが、ぜひ調査してみてください。

2009年9月7日(月)
市民参加の「現代美術館」

8時の遊説から夜の大学院まで、ちょこちょことよく働きよく勉強したと思いますが、誰も言ってくれないので(笑)。
さて帰宅したところで、テレビでは迷宮美術館というのが始まりました。毎週は見られませんが、毎週、録画はしています。
十和田市現代美術館。この番組にはめずらしく、住民参加のスタイル。この美術館誕生までの再現ドラマには市民も「出演」。
市民がくつろぎ、市民が参加している美術館。当初「なぜ美術館? それも現代?」という市民の反応から市の名物になるまでのストーリー。
ウチのミモカとは趣旨から何から異なりますが、ただ「市民ととけ込む」という点で、学ぶところはないものか。
さらに勉強してみるつもりです。

2009年9月6日(日)
たけおブログ

佐賀県武雄市。
市の話題に関するブログを集めたポータルサイト「たけおブログ」を開設、と出ています。4日の公明新聞です。
市が発信する公式ブログのほか、観光情報、グルメなど10種類に分類。
市職員が市のHPの改善について議論していた際、市民によるブログが多いことに着目。開設のきっかけとなった、とあります。
感度のいい職員ですね。

2009年9月5日(土)
やらされ感

公職研9月号。巻頭言を終えて次に進むと、特集は「国との関係を洗い直す」です。
まず福島大学行政政策学類教授、今井 照氏が「自治体・国関係をどう打開するか」とのタイトルで論陣。
「なぜここまで従順なのか」という小見出しに象徴されるように、地方があまりに国に従順すぎて心配、という論調。
「…これらの事例に共通することは、意思形成過程に関与している実感がないことだ。最近のことばでいえば『やらされ感』である」とあります。
ここだけ引用すると何のことかわからないですが、地方が国に、権限財源をぶん取りに行く、ということなく、国から地方に「分権」を「強要」されている、と、氏は説きます。
昨日の丸亀市議会、一般質問である議員から、市が7月に設置した「政策監」というポストについて、その設置の経緯、職務権限などの不明確さにつき、質問がなされました。
私も「なんだか唐突だなあ、聞きなれない職名だなあ」とは思いましたが、私にはここにいう、戦後65年の間に国に「飼い馴らされてきた」感のある地方を奮い立たすためにも、このポストが機能してほしいとの思いがあります。
以前に私が、市役所に部制を廃止して4人の副市長を設けることを提唱した趣旨が少しはこれで実現するのかとの受け止め方です。
それは昨日の質問の論調の中にあった、「経験と実力を持つ公務員をさしおいてなぜ民間登用の政策監なのか」ということに対して、公務員が無能とは私も思わないが、この「やらされ感」から脱却するのは並大抵ではないですよと、その意味で、私は政策監を是としたい考えです。
いかがでしょう。「課長から上がりました」という顔をしていずに、「宇宙からきました」という態度で、市のマネジメントをやってくれる部長以上を、私は心から望みたいと思います。

2009年9月4日(金)
佐世保バーガーの「陰の人」

市議選が終り、遅れた読書量を猛追、6月末にはペースに追いつきましたが、衆院選でまたしても遅れ。
ここからまた猛追が始まります。
公職研、新しいほうからバックナンバーに遡って読みます。9月号を開きました。
巻頭言に登場したのは前・佐世保市職員、永井美穂子さん。観光課に所属していた時代に佐世保バーガー大ブレイクの「仕掛け人」を。
その裏方話が綴られています。
決して偶然の産物でもなければラッキーなヒットでもありません。
佐世保に息づくハンバーガー文化を踏査。食べつくし。他県へも休暇を利用し自費で赴き、自らの足と舌?で検分を。
私も出張先では「寝るまで歩く」のを常としております。
佐世保ではもちろん、バーガーを食しました。何でも経験です。(写真も撮りました・笑)
「マーケティングや外食産業についての本を読み漁り、モノを売ることについて民間の方々と対等に話せるだけの知識をつけられるよう努力した。
そうすると、対峙していたはずの人達がいつの間にか強い味方になってくれているし、実際にPRを展開する際にもこれらの前準備で得た知識は随分役に立った」
この一文を読んでから、あのバーガーを食したのであったら、味わいもさぞ違っていたことでしょう。
次の引用は、長いのを短く趣旨にしますが、
「民間がやるなら失敗しても笑ってすませてもらえるかもしれないが、行政が税金を使って進めるならそれなりの覚悟が必要、説明責任もある」。
当然のことではありますが、「だから、やらない、手を出さない」ということになってはいないでしょうか。
自費で休日に全国行脚を、とまでは申しませんが、その意気を大いに賛嘆したいと思います。
「職員の皆さんは是非自らの五感をフル稼働させて」と、文章は締めくくられています。

2009年9月3日(木)
セキュリティの警告

「このサイトのセキュリティ証明書の取り消し情報は、使用できません。続行しますか?」
?????
以前にも書きました。8月30日、選挙が終わると同時に相談事が堰を切ったように寄せられています。
そして各課におじゃましております。
とても親切に、また適切に対応いただいております。ですがいま一度、確認してみてください。
冒頭の一節はときおり私のパソコンに登場する「セキュリティの警告」メッセージです。
HPを運用する者として当然知っておかねばならない「セキュリティ証明書」なるものがあり、その「取り消し情報」なるものが存在するのでしょう。知らんほうが悪い。
ですが、私は知らない、という事実があります。
くれぐれも、市役所に来られる市民の方々が市役所職員の言葉を理解できる、という前提に立ってはなりません。
その意味で電話はさらにリスクが高いです。
同様に、議員がどんな行政用語も知っていると思わないでください。
「素人集団」と揶揄さえされている民主党の新人国会議員さんたちもこれから大変でしょう。でもそれは当然の試練。
ともあれ、行政マンの皆さん、平易に。相手に応じて。相手の土俵で。

2009年9月2日(水)
日本の防災

昨日は「防災の日」でしたが、それにちなんでNHKの「cool japan」のテーマは防災。録画しておいて今宵、見ました。
各家庭の防災対策では、家族の顔写真までリュックの中に準備してあって、はぐれたときの対策というのはすごいです。
ハイパーレスキュー隊の日頃の訓練のすごさ。どこに人が倒れているかわからない瓦礫の中を探していく訓練。これは最新の技術とチームワークが勝負。
最後は究極の免震構造。なんと家そのものが地震を感知して0.5秒で浮き上がってしまうというもの。出演者一同が驚嘆。
人の命を救うのはやはり人。最新技術を駆使しながら、それを活用する人間の心を忘れないようにしたいもの。いざとなれば、その中心を担うのは、やはり行政の皆さんです。日頃の啓発を含め、よろしくお願いいたします。

2009年9月1日(火)
免許自主返納を奨励

松江市できょうからこの制度が始まりました。8月24日付け公明新聞に掲載。
自主返納した65歳以上の高齢ドライバーに2万円分のバスカード、またはコミュニティバス回数券、入浴回数券などから2万円分プレゼント。
高齢者が被害者にも加害者にもなります。ひとつの区切りとしていい案だと思います。よそでもぼちぼちやっているようです。
一律支給じゃなく準備しておいて申請に応じるのですから、制度そのものに大きな予算が伴うこともないのでは?
それにしても65歳といえば私もあと10年余りじゃないですか。もうちょっと年齢上げたらどうでしょう?

2009年8月31日(月)
獅肝・鷹目・女手

したん、おうもく、にょしゅ、と読みます。
あるお医者さんが教えてくださった、外科医への手術の「心得」。
そもそもが外国の言葉であって、それを日本流に訳したものなのだそうです。
私なりに解説を試みます。
@人の体を切開するにあたり、獅子のように勇敢な肝っ玉を持て。
A切開しては、その状況のすべてを細大漏らさず見るため、正確な鷹の目を持て。
B執刀する手は乱暴でなく、女性の手のようにやさしく細やかであれ。
なるほど。感服しました。お話の中でシタンヨウモクニョシュ…と言い出したときは何かのマジナイかと思いましたが(笑)。
それは何事にも通じる大事な心構えかと思います。政治、行政にあっても住民を前に、こうでなければならないと思いました。
それぞれの立場に当てはめて、吟味してください。

2009年8月30日(日)
ヨイ出し

ヨイ出し、とは「ダメ出し」の反対です。
月刊誌「第三文明」7月号に「『勇気づけ』の人になるために」と題して語っているのは有限会社ヒューマン・ギルド代表、岩井俊憲氏。
日本はいま「勇気欠乏症」として、「勇気づけ」への4つの行動を示します。
それは@感謝Aヨイ出しBプロセスを重視C失敗の受け入れ、なのだそうです。
心まで萎縮させる「ダメ出し」。出している本人はいいかも知れませんが、ダメ出しの連続で人間、小さくなってしまいます。
なあなあの市役所組織では市民が気の毒、市民に申し訳ないですが、厳しくもまた「ヨイ出し」にあふれた職場であってほしいと思います。

2009年8月29日(土)
火事場の馬鹿力

よく言われるこの言葉。科学的にも解き明かされているそうです。
東大教授、石井直方氏。第三文明7月号所収。
人間の筋肉には二種類、力は出ないがスタミナの「赤い筋肉」と力はあるが持久力がない「白い筋肉」があるのだそうです。
常に使っているのは赤。白は温存されていますが、命にかかわる非常事態には脳のリミッターが解除され「白」が出動。これが「火事場の馬鹿力」のメカニズムなのですって。
非常事態にあってこそ、人は力を100%発揮できる、と。
火事はまっぴらですが、パワー全開の生き方をしたいものです。

2009年8月28日(金)
ドミナント・ロジック

市職員とは、こんなものだ。
市役所とは、こういうものだ。
まず、そう考えてしまう。そういう思いに支配されている。これを、「ドミナント・ロジック」と言うそうです。
静岡で聴講した北川正恭氏の講演ではこのことを軸に話が展開されていました。
国民も、市職員も、議員も、誰もがそれに支配されている。
「徳川ではダメ」という時代に、無血開城へ、内乱もなく次の時代に移行できた幕末。
坂本竜馬の構想を実現するには、西郷、勝らすぐれた「マネージャー」が必要であったように、いまこそ優れたマネージャーが必要とされている、と。
久しぶりに聴講した北川氏は、例によってよく通る声、明快な内容でしたが、国の直轄事業への補助金とかの話になるとものすごい迫力でした。
地方がしゃんとする以外に、この国に未来はない、という氏のスタンスに全く共感します。
明後日の国民の審判結果を受けて、私たち地方行政が支配従属から対等先導へ、ドミナント・ロジックを打ち破る意識を持たないといけません。

2009年8月26日(水)
上海にアンテナショップ

今日付けの公明新聞で知りました。四国4県が共同運営で中国・上海にアンテナショップをオープンした、とあります。
とりあえず来年3月まで、らしいですが。
参加したのは15店舗、46品目。
さて、これを道州制への起爆剤に、とはちょっと大げさですが、世界を相手に、なかなか良い試みではないでしょうか。
いわゆる「武家の商法」にしないでほしいと思います。官から民への丸投げもいけません。商売売上げで成功することもさることながら、官民連携で世界へ船出、の成功例にしてほしいと思います。
なお明日から2日、出張です。明日の「輝け」はお休みさせていただきます。

2009年8月25日(火)
枝豆でまちおこし

NHK「クール・ジャパン」で取り上げられていたのは千葉県野田市の「枝豆によるまちおこし」。
まず、やって来たのは黄緑色のかわいいバス、「まめバス」。市内を巡るワンコインバスです。
「まめなのだ」。これは枝豆で造った野田市の酒の名。
お菓子に料理。さまざまなものが商店街や婦人会の協力で次々に発信。
通りにはプランター栽培の枝豆。出来栄えを競うのだそうです。
栽培農家は350軒。
そして英語の辞書に、ついに「EDAMAME」の項目が登場。枝豆は世界に飛び出した日本ブランドなのです。
野田の枝豆だけがなぜおいしいのか、よりもその熱意と「ノリ」でしょうね。

2009年8月24日(月)
道州制1992年

お恥ずかしい。私が議員になるはるか以前に、すでに公明党は道州制について検討し提言していたということです。知りませんでした。
1991年の第30回党大会での政策提言で「地方分権から地方主権へ」と。「自らの問題を自ら解決する権利を、地方自治体は本来、有している」。慧眼。
92年の第31回党大会での重点政策に盛り込まれたのは「道州制」。
なるほど、私らの党は地方議会から築き上げた政党。地方の課題はどこよりも知悉。それを国政につなげてきました。
職員の方々の抱く問題意識と良い競合をしながら、国を変革していくだけの気概とエネルギーを持つ地方自治体でありたいです。

2009年8月23日(日)
「人間っていいな」

婆娑羅まつり、職員の皆さんも警備その他縁の下で支えてくださりお疲れ様でした。
回を重ねて参加者が増えるこの現象。企画がもちろん「アタリ」なのですが、課題を掘り起こし、常にマンネリからの脱却が意識されなければなりません。
ご苦労様です。気付いたことを主催者に伝えてあげてください。
この熱狂を間近に見て、まつりの成功をまちづくりにどう生かすのか、考えなければならない気になりますね。
ご意見を結集しましょう。
さて盛り上がりの中、聞こえてきた曲に聞き覚えがありました。
「いいな、いいな、人間っていいな」…何という曲か忘れましたが、古い曲ですよね。私たちの世代への配慮でしょうか、今、リバイバルしているのでしょうか。そもそも、リバイバルとは言いませんわな(笑)。
リメークとか、カバーとか。
総乱舞の最後の曲として最適。心にジンと来ました。
私も昼間、アーケード街を走りながらいくつかご意見をお聞きしました。
これらを持ち寄り、ほんとうに「人間っていいな」のまちづくりをしたいと思います。

2009年8月22日(土)
私の体にはワインが流れている

川島なお美さんの言葉。
昨日紹介した「潮」5月号の、次のページをめくったら、きれいな川島なお美さんの写真が。
「役に“なりきる”という言葉が嫌い。“なる”しかないと思うんです」こんな話から始まります(趣旨)。
よどみない、良いテンポでどんな質問にも小気味よく回答が戻ってくるのだそうです。表題の言葉もそんな軽快なひとひと。話題になったのだそうです。
ご存知ワインエキスパートに始まり、チーズプロフェッショナル、シガーアドバイザー、そして愛犬家。大学で講義もしているそうです。
とことんつきつめる性格なのだそうで、たとえばソムリエの道でも、歴史、地理、栄養学、伝染病の知識まで必要とされるそうです。
女優という一本の芯の周りをそれらが周回して、きっと川島なお美さんの宇宙を形成しているのだと思います。
公務員という仕事の芯の周囲を、皆さんも多趣味、多感に飾る自分の時間を持って、充実の公務員ライフを。
「私の体には市民の幸せが流れている」
議員「私の体には市民の悩みや苦しみが流れている」…

2009年8月21日(金)
「うちの生徒は」…

…最近、「教え子」という言葉が死語になってきたと思うんです。「うちの生徒は」と言うけれど「私の教え子は」と教師が言わなくなった…
こう書くのは作家の重松 清氏。「潮」5月号で評論家、鶴見俊輔氏と対談、「師弟から見た日本人論」の中の一節です。
先日私たちの学年も5年ぶりの同窓会をしました。私は司会で、「恩師○○先生からごあいさつを頂戴…」とかいいます。この「恩師」という言葉も同様ではないでしょうか。
人間同士の付き合いが希薄になっているのは学校だけではないでしょう。職場でも近隣でも。それが回復されなければならないと思います。
「人と人とをつなげるのも市役所の仕事」なんて言ったら「かんべんしてくれ」と言われるかもしれませんがあながち、それはマチガイとも言えないでしょう。
さて、明日から「婆娑羅まつり」。市役所主催ではありませんが事実上、市職員の出動はたくさんあります。
大成功かどうかを、来場人数で測るのもいいが、その質を高めていきたいものです。

2009年8月20日(木)
無言館は教える

表題のようなサブタイトル。メインタイトルは「国家観不在の選挙戦」。
四国新聞の連載で、目が離せない早稲田大学大学院教授、田勢康弘氏の8月16日掲載分のコラム「愛しき日本」です。
文章の前半は長野県上田市の無言館についての記述。私も訪れたことがあり、そして何より、わがミモカで展覧されました。
それなのでここではその紹介を省きます。
若き命を国に捧げた画学生たちへの想いから、文の後半はこの夏の選挙へ。
「自民党も民主党も、なぜ、戦争は絶対にしないといわないのか」と氏。
私も、この記事を読む数日前、それと同じことをぼんやり、各党マニフェストを比べながら思いいだいたことがありました。
「(麻生・鳩山)あなたがた2人は、この愛しき日本のために、何をしてくれるのか。それを成し遂げるために命を捨てるほどの覚悟があるのか。残念ながら、そこがさっぱりわからない」とのしめくくりの言葉。
この結論が、前半の無言館からの流れと交響して、インパクトがあります。
自画自賛ながら、私は、「政権交代」よりも「生活を守り抜く。」のほうが、無言館に佇む作品たちに申し訳が立つ、という気がしてなりません。
さて市役所の皆さん。田勢教授からこっぴどく非難された今次の選挙戦です。
ひるがえって「国家観」ならぬ「地方観」、地方自治体へのあるべきビジョンは明確でしょうか。
市民は「無言」ではありません。ぜひとも市民尊重、市民主役、市民本意の日々の業務をお願いします。

2009年8月19日(水)
信長人事

「潮」8月号の特集「歴史に学ぶ 乱世を生き抜く知恵」の中に作家の津本陽氏が信長のことを書いています。
○「人間50年…」の例の舞を、部下の前で舞い、それから桶狭間へ。勝ち負けの計算以上に、「この殿様とともに」と判断した部下が多くいた。
○桶狭間以外は緻密にして負ける戦はやらない人。負けを見せれば部下は信用しない。
○非情な虐殺者のイメージがあるが、当時、虐殺を避ければその何倍もの損害が出ると判断したから。その判断力はとても確か。
○部下の能力を最重要視。家柄や出自はどうでも良い。強烈な信賞必罰。新しい人材も古参の人材も発奮。
例えば豊臣秀吉の大抜擢。大胆に現代の価格で比較してくれていますが、せいぜい年俸500万円の人間を、10年間で12億円にした、とあります。
文のしめくくりに「この人事の妙は、現代にも通じるでしょう」と作家。そのとおりと思います。
私は今夜、選挙の関連で善通寺の市長さんのお話を伺いました。候補者へのエールというより自説の展開でしたけど(笑)、固唾を呑んで聴かせてもらいました。次が自分の登壇であることも忘れて(笑)。
善通寺市役所職員の皆さんがどう考えられているのかは、それはさまざまでしょう。ですが非常に強い個性を発していることは万人認めるところと思います。
イノチにかけがえはなく、それぞれの部下たちにも考え、思惑、理想と現実があったことでしょう。それは今も同じです。
その「部下」たちの生きざまについて、この「輝け」のページはこれからも考えていこうと思います。

2009年8月18日(火)
ケータイ取替えで学んだこと

愛用のケータイが瀕死の状態となりましたので「かかりつけ」のケータイ屋さんに行きました。
それはもう、親切にこやかわかりやすく、説明してくれます。
それでもなお、わからんものはわからんです。ギョーカイからまったく無縁で、瀕死になったこの日まで、ケータイのパンフに一顧もくれない私ですからいたしかたありません。
movaからFOMAに、というのは小文字と大文字くらいしか区別ができないわたくしです。
まあ、移行に伴う割引とか、新システムとかいろいろあるようです。
おじいさんの古時計のようにチクタク、自分が死ぬまで愛用したいような、というと大げさですが、身の回りのものはそのようにあってほしい一人です。
ですが時代の進展、高齢化の進行、ワカモノへのアピールなど、要素は刻々とめまぐるしい変化、また変化。
これは、ケータイ業界に限る話ではありません。もちろん、自治体にも及ぶ現象です。
「よう勉強してますね」。思わず説明のお姉さんに言ってしまいました。
プロです。よく知っているだけでなく、お客様を満足させ、トラブルを防ぎ、わがままに対応し、会社にも貢献し、究極私をシアワセにし、社会に貢献する、ということです。
市役所職員の皆さんももちろん、「よく知っている」ところまでは同じです。さあそこからが、これからの時代の競争ではないでしょうか。「FOMA」の時代の!

2009年8月17日(月)
国家の役割

月刊誌「潮」。その8月号から引用させてもらい、少々語らせていただきます。
その前に、巻頭のグラビアがきれいです。題して「夏を彩る風景」。
阿蘇、立山、軽井沢、山中湖、高千穂…。たまには心晴れ晴れと、こういう場面に立ってみたいものです、が、そのためにも今日は「国家の役割」の話です。
評論家、山崎正和氏と経済ジャーナリスト、片山修氏の対談、「文明史的課題に世界はどう向き合うのか」。
冒頭、片山氏の「資本主義の歴史とはバブルの反復か」という設問が出されて、それに山崎氏がこう答えます。
アダム・スミスの「神の見えざる手」は万能でないことを世界は知った。「マーケットは自律的に動くものではなく、政府があってこそ機能する。今後、国家の役割の見直しと再評価が本格化するとともに、国家が全面に出てくる時代がやってくる」
なるほど、と、私は納得します。明日から衆院選。論点は労使対立といった時代から隔世の感。普遍のセオリというものはなく、国民は、銀行が倒産しようかという時代には「なんで税金で銀行だけ助かるの?」と思った時代もあったが結局、あの手法は世界のお手本ともなった、そのように、次から次へ、果てしないロードレースのように、政治史は続く、そのように考えるべきかと思います。
録画し貯めた戦争関連ドキュメンタリー番組をちびちびと見るにつけ、ああこの時代に、もちろん戦争は悪だが止めることは誰にもできなかった、そこに考えさせられます。単にみんながバカだったからではない。
このたびの衆院選、借金と不安にまみれた現状から墜落を避けてくれるパイロットは誰かを選ぶ選挙。私は、これからの国家の役割を最も知悉した者とは、地方の役割を知悉した者だと言いたいです。
地方の役割をあやまたず位置づけ、道筋をつけることこそ今いちばん大切な国家の役割だと思います。
経済、老後、環境、子育て。どれひとつとっても、国がひとりでやれるものなどひとつもない。貨幣、防衛、外交といった程度です。
地方に光を当てる政党こそふさわしい。それは地方政府がラクになるのでなく、たぶんむしろ逆です。
共に建設作業を、ということです。
市職員の皆さんもそんな観点から、つまりは国民史観から、国政選挙を見つめてほしいと思います。

2009年8月16日(日)
超神ネイガー

高松の県本部に行くのに、車中FMラジオを聴いていました。
仮面ライダーとかタイガーマスクとかのテーマソング三昧、というような番組で、面白いのが紹介されていました。
秋田県限定キャラ、超神ネイガーです。
ラジオではその風貌がよくわかりませんでしたので帰宅しネットで検索。出るわ出るわ。ページそのものがすごく面白い。
キャッチフレーズは「戦う秋田名物」(爆)。ナマハゲの武器、出刃包丁をかたどったコスチューム、背中には「米」の字。戦いのアイテムは秋田名産キリタンポが変形する刀。
そもそもネイガーの名はナマハゲの「泣く子いねが〜」から。
兄弟分もいるし、ワルモノもいます。ワルモノのコンセプトは「明日の秋田を駄目にする」、その名も「だじゃく組合」…まあ「ネイガー」で検索してみてください。
このラジオ番組に登場したローカルヒーローはこれが2つめ。初回はなんと香川のヒーローだったそうですが、聞いたことありますか?
驚きました。感動しました。そして秋田が好きになりました。
人任せ、行政任せにしていてはダメ。市民県民、自分が立ち上がること。その大切さとすばらしさを訴えて余りあるインパクトです。
ネイガー生みの親ともいうべき人がラジオに登場。誕生の歴史や制作秘話を楽しく聞かせてくれました。
この人こそが超神です。私も丸亀のネイガーの登場を待望します。「役所にいねが〜」

2009年8月15日(土)
戦争関連ドキュメンタリー

8月15日が終ってみると、テレビ番組に並ぶ戦争関連のものも峠を越えた感じになります。
NHKではこれまでの「兵士たちの戦争」というシリーズが一挙再放送とともに終了したみたいで、続いて「市民たちの戦争」というシリーズに入ったようです。
またBS-1の午前0時台のドキュメンタリーのシリーズも録画しています。
録画するばっかりですが先日、録画できたのかチェックするうちに最後まで見てしまったのがありました。「D-DAY ノルマンディー上陸作戦」の後編です。
例のプライベートライアンという映画はなるほど詳細な記録に基づいて造られていたのだなあと思わせられます。
ロバート・キャパが登場します(再現で)。砲弾飛び交うノルマンディーに銃ではなくカメラを携え上陸します。
正確でないですが趣旨、「気付いたらさっきまで賑やかに語っていた兵士たちの沈黙の屍に囲まれていた。私は早く帰ろうと思った。言いたくないが、恐怖だけしかなかった」と、キャパ。
さて、今日は同窓会でした。
戦争を知らない子どもたち、という歌を歌った青春時代をもつ世代。死と隣り合わせのあの時代でなくてほんとに助かったと思いますが、平和には平和の困難さがあります。
ドキュメンタリー番組を録り溜めておいて小出しに見ながら、自分たちの課題に取り組む、自分たちのこの世代の使命に気付く、そのようにありたいと思います。

2009年8月14日(金)
武士道

最近、本を開く時間がとれていません。
何かに追われています。
ようやく「潮」8月号を開きました。雑誌を読むのも「バックナンバーに追われている」のではありますが。
今号の企画は「歴史に学ぶ 乱世を生き抜く知恵」。そのひとつに作家、安部龍太郎氏が鍋島直茂・勝茂に取材して“武士道”に宿る覚悟の精神、という一文を載せています。
「日本人の中には、少なからず武士道の精神が息づいています。お金のためより『誰かのため』に頑張りたいという人の方が、日本人には多いのではないでしょようか」
思えば武士とは公務員です。
人のために働く、という意味ではもうこれ以上ないくらい、公務員とは最高に人のための職種でしょう。
乱世の公務員。期待が大きく寄せられます。

2009年8月13日(木)
道路会社社長「おわび」

先日、「1日でなおす」宣言をし、「頼もしい」と感嘆したのでしたが、いざ取りかかってみると思いがけないアクシデントが続出。
大雨や地震は会社や社長のせいではないですが、見積もりを誤ったということから結局復旧を遅くしてしまった、と、正直な弁。そしておわび。
利用者にマイクが向けられ、「なにやっとんじゃ」という声はなく、というか放送されず、「復旧がんばってください」というトーンが多かったです。
「なんとしても15日のラッシュには間に合わせる」と意気込んでいます。ほんとにがんばってください。
そんな中、今夜、長男が東京に向かう夜行バスに乗りました。
運転手さん「昨日は2時間遅れ、一昨日は4時間遅れ。きょうのことはまだわかりません」
きっと中山道を通るにちがいない、と私たちはタカをくくっていましたが、丸亀駅前にやってきたバスの行き先は「横浜・東京」。こりゃ東海道じゃ。不通ヶ所だけ、一般道を利用するようです。
ともかく無事かつ早期の復旧を。
問い詰められて見苦しく無念そうなおわびをする姿でなくて、よかったと思います。参考にいたしましょう。

2009年8月12日(水)
公約修正

民主が公約修正。「日米FTA締結」明記は「なかったことに」。
8月5日付け一般紙に載っていました。
菅直人代表代行の発言はすばらしい。
「国民のいろいろな意見を聴く中で、真意を伝える表現にするのは当然のことだ」…思わず赤ペンで囲んでしまいました。
「公約なのに修正してすまなんだ」とはゼッタイ言わない。
選挙後も当然、いろいろな意見を聴いて修正しまくっていかれるのでしょう。
私たちの一票は、修正がききませんから、慎重に。

2009年8月11日(火)
ブルーレイの使い心地について

きょうは皆さんの中でブルーレイをお使いの方にご意見をいただきたいと思います。
録画メニューを示すと、数秒で、選択している番組(選択していないけれども自動的に最初か最後か、ともかくどれか一つが選択されている状態になる)が、勝手に小さな窓で始まるのですが、これをうっとうしいと思われませんか?
録画している番組というのは見たいときに見たいのであって、「どんな番組だったかな?」とご親切に勝手に始められてしまうと、番組の楽しみがなくなるというか…迷惑な感じです。
第一、ドキュメンタリー番組を見ようという気持ちになっているのにバラエティー番組が始まったりするのは、興ざめです。
そこでこのような機能を止める方法があるのなら、教えてください。
このような機能が作動するおかげで、次のような不合理が生じます。
ボタン切り替えでハードディスクとブルーレイディスクをモード切替するのですが、後者、円盤モードになっていて録画メニューが勝手に動き始めると、円盤取出しができません。
いちど終了するか、ハードディスクモードにしないと、円盤が取り出せないのです。
終了すると今かかっている放送中の番組が見えてしまってうるさいし、ハードディスクモードにするとこちらはこちらでまた選びたくもない番組が選ばれて勝手に始まるのです。
ああやっかい。
皆さまのご意見お知恵をお聞かせください。

2009年8月10日(月)
自由研究助っ人隊

資料館学芸員が夏休みの自由研究の助っ人。市民のニーズに応える良いアクションだと思います。
先日も紹介しましたが、いま開催中のちょっと変わった道具展もなかなか魅力的です。子どもたちの足と関心がお城と資料館にもっと向けられることを願っております。
余談ですが、先日資料館に行ったとき、南側のグランドの、得点ボードを見上げました。みすぼらしいですね〜(哀)。
裏側から、放置されている数字版などが見えています。スコアの窓は歯抜けになっていて、哀れを誘います。「夢のあと」という言葉を想起します。
その脇を、日傘をさしてお子さんと散歩する母子、遠景には球児たち。ザ・丸亀の夏、という感じです。

2009年8月9日(日)
「製造物責任法」違反

6日付け四国新聞に掲載、共同通信社論説委員長、西川孝純氏の寄稿にこの言葉がありました。
麻生降ろしについて表現したものです。
みんなで押し上げておいてみんなでブッ叩く。押し上げた者の責任はないのか?これぞ「製造物責任法」違反だ、と。
広く捉えれば今回の選挙におけるマニフェストへの国民の接し方についても、まるでお客さん、と感じなくもありません。
お昼ごはん、A店B店どっちにする? さんざん揉めたあげく、「食べない」というのも昼ごはんならアリでしょうが、責任ある一票。「食べなかった」ことにも責任をもつ、それが民主主義でしょう。
わたしどもはC店を強くお勧めしているのですが、やや相手にしてくれない感があって苦しいです。
民主主義とは、国民全員が製造物責任者です。
私も製造された品物?としてお客様を裏切らないようにしなければ。
ところでせっかく興味深く読んだ記事でしたが、この言葉が出てくる段だけで2箇所のミスプリントが。
製造物責任です。(その段の14行目、20行目です)

2009年8月8日(土)
第二の人生

四国新聞6日付けの「一日一言」を読み、感銘を受けました。
あのカーター大統領が大統領職を退いたのちに諸国を訪問していた映像は私も記憶しています。
ゴルバチョフ大統領、マクナマラ国防長官、ゴア副大統領。なるほどその職を退いた後のライフワークが輝く人々。そしてこのたびのクリントン北朝鮮訪問。
ちなみに聖教新聞にときおり掲載される「座談会」のページでも、「公明議員は退職ののちも活躍せよ」と、よく書かれます。
まさに手弁当で支援してくださった方々へ、それは当然のこと。そのときに前述の人々は模範となります。
職員の皆さんも、この長寿の時代、気持ちを「退いて」はいけません。街角でOBの方ともお会いしますが、ご活躍の姿はすばらしい。
持てる「地域力」で市民のために終生、貢献できる私たちです。

2009年8月7日(金)
受け止める

四国新聞に追悼、平井卓志氏の特集があり、始球式でのキャッチャー姿の氏が載せられていました。
タイトルに「受け止める」と。なるほど政治家、どんな球にも反応しなければ、そして体で受け止めねばなりません。
時局講演会に出席した平井候補者も父卓志氏に言及していました。会場はひととき、静寂に。
使命をいただく限り、ほんとにあらゆる市民の皆さまの声を受け止めなければ、と、笑顔のキャッチャー姿に見入りました。
さて同日付けの別のページには生活保護受給者166万人余と出ていました。
昨年同時期から10万人増。いちばん少なかったのは95年、バブル崩壊直後の88万人で、今はその倍に近づく数字です。
制度には限界がありますが、その範囲内で、市担当職員の皆さんがこの数字を1人でも減らせるよう、まごころの「受け止め」をお願いしたいと思います。

2009年8月6日(木)
「台風的性格」

…という言葉があるそうです。初めて聞く言葉でありながら、なにやら身近な響きも感じます。
哲学者の和辻哲郎が著書「風土」の中で日本人の伝統的な民族性を捕らえて、こう表現したのだそうです。
その趣旨は、季節のめまぐるしい移り変わりの影響によって、日本人は常に調子の早い感情的変化を欲する…ということなのだそうです。
たまたまきょう、私はふと、かつてのトイレットペーパー騒ぎのことを思い出しました。
汚いこと言って申し訳ありませんが、それを使いながら、思い出したのでした。臨場感を出すためにあえて申し上げました。
そうだよなあ。あれも本真剣に、今で言う「マジ」で、トイレットペーパーがなくなると信じ、スーパーに走ったんだなあ。
その流言飛語の張本人が罰されたという話は、未だに聴きません。今の裁判員制度の下なら、生活者の感覚で、私は重たい刑に決してほしいと思うのですが。
でもそれ以上に大事なことは、流言飛語に惑わされないことでしょう。
台風的性格は直らないとしても、それを知ったうえで、賢明にコントロールすることではないでしょうか。
ここ「輝け」のページの結論としたいのは、「そういう傾向性も認識した上で、その上をいく行政をやろう」ということなのでした。

2009年8月5日(水)
“品揃え”

時間が経った弁当の値段を下げていいかどうか、コンビニで話題になっていますが、それだけでなく、今、コンビニ業界はいずこも必死、と、公明新聞8月3日付けに。
その特徴は@定額販売が崩れた
Aターゲットを定めて「少々高くてもおいしいもの」で引き寄せる
B全国一律が崩れた
このコラムの結論は政策という“品揃え”にも知恵と工夫を、ということ。
「なんでもタダ」の安さ合戦で店が倒産するようなマニフェストは、ありえませんよね。
それはともかく、行政にあってもサービスの全国一律「みんな低けりゃ怖くない」ということのないよう、工夫合戦をお願いしたいです。

2009年8月4日(火)
裁判員裁判

大阪に出かけていて、ときおり目にするニュースでこのことがしきりに報道されておりました。
「歴史的な司法の大変革」とありました。
戦後、テレビとともに育った日本経済でしたがアナログ波は消えようとしていますし、また18歳成人が強く言われるようになってきました。
先の日食で感じたように、この宇宙もダイナミックに動き、地殻も動き、へばりついている人類もうごめき、この世はじっとしているということがありません。
地方が「じっと待つ」という姿勢でいるだけで、この世の動きを滞らせるということもある、と思います。
「地方分権なんか、大変じゃん。責任ないほうが、いいじゃん」
裁判員になりたくてたまらん、という人はあまりいないと思います。それでも受けて立つ、という国民がいます。
地方行政にたずさわる皆さんを突き動かしていくのは、やはり地方の政治家だと思います。
ここに滞りがあってはならないと思います。職員の皆さんとともに、変革のエネルギーでありたいと思います。

2009年8月1日(土)
発展する坂出市役所吹奏楽団

市町合併を機に、丸亀市役所吹奏楽団はいろいろな事情もあって解散となりました。
坂出市役所吹奏楽団は昭和57年に結成。私も携わり、丸亀の先輩楽団に大いにお世話になりました。
20年前、かの瀬戸大橋博覧会は楽団にとって最高の盛り上がりで、その後はちょぼちょぼと出番をこなす楽団…であったはずなのに、今、若い職員メンバーがどんどん加わり、応援で出演してみると半数は知らない若者たちです。
何がどうでこうなったのか、私にはわかりません。が、事実、練習場は若い人たちでわいわいムードです。
実はそのことをここに紹介しようと、今日の本番、カメラ持参でパレードに出向き、皆で写真を撮りました。
ここに載せて「どいや〜」とお見せするつもりだったのですが、将来ある若手市役所職員の皆さんのことです。肖像権をうんぬんされてもマズいので、ここには掲載しないことにしました。
どれどれ、と、私のHPをのぞいてくださった方もおられると思いますので、お詫びも申し上げます。
画像はちゃんと楽団お世話人にお送りしますから。
そこで写真は、「出没」に引き続き、待機場で撮影した楽器の姿です。
市役所という職場もひとつのアンサンブルであってみれば、ご覧のように種々の楽器たちが整然と並んで、個性を発揮し、ハーモニーで市民を満足させてほしいものです。
というわけで若干、きょうは坂出市役所の皆さん向けの「輝け」のページでありました。

なお、明日から大阪に行ってきます。火曜日に帰りますのであすあさって、このページをお休みさせていただきます。

2009年7月31日(金)
姫路市にも市民活動「新拠点」

24日付け公明新聞に載っていました。「市民活動・ボランティアサポートセンター」を開設。
同市の公明党議員がすでに2003年から一般質問するなど推進してきたそうです。
昨日、聴講した議会基本条例といいこれといい、拙速はよくないでしょうが、動かないのはもっとよくないでしょう。
「出没日誌」に資料館の「昔の道具展」のことを書きました。まさに議会基本条例も市民活動センターも、良き道具、なくてはならぬアイテム、井戸の中から市民パワーを取り出すスグレモノです。
早くしましょうよ。

2009年7月30日(木)
「もの足りない」と県知事

8月号の県広報が届きました。最後のページは例によって知事の似顔絵入りエッセー。そこに表題のようなタイトルがありました。
読めば今流行の「草食系肉食系」について書き始めています。そしてもの足りない、と言うのです。
「瀬戸内海で育った私は『魚食系』だ」と。なるほど〜、すばらしい。
ところであの草食系肉食系というのはかつての「しょゆう顔ソース顔」というのを思い出させます。
よくわかりやすく区分したものです。
そのうち「自民系」「民主系」というのもできるのかな(笑)。
私は「公明系」。いわば魚食系か??
「サカナを食べるとアタマが良くなる」という例のキャッチフレーズを、知事も記事の中でちょっと紹介していますよ。
モノクロの時代じゃあるまいし、カラフルに、3Dで、施策を展開していきましょう。
市長さんにも色とりどりに、紙面に画面に似顔絵入りナリモノ入りで露出されることを提案します。
人生暮らしにかかわる大事なことを書いてあるのだから、時代劇に出てくる「お触れ」のように、庶民はちゃんとそれを見よ、という気持ちも、わからぬではありません。
それを言うならマニフェストも同じで、こんな政治の根幹のことを、読まずに投票に行きなさんなといいたい心理もあるでしょう。
だけど読まない。「読まない」!
さて。読まない人にマンガ、似顔絵、キャラクター、着ぐるみまで登場させて「選挙に行きましょう」とまで啓発に税金をかけるべきなのか、という気持ちも、わからぬではないのです。
いわばここからは、「人だすけ」のための着ぐるみとさえ、言えるのではないでしょうか。
その意味で、市役所の業務でおよそ、人だすけでない仕事はないと思います。
今宵は話が横道にそれた感がありますが、なんでもかんでも草食肉食、しょうゆソース、自民民主とモノクロに分けたがる時代に、「そうではもの足りない」という豊かな色彩性の行政をお願いしたいと思います。

2009年7月29日(水)
あの時代がうらやましい

さあ、これはある新聞記事のタイトルなんですが、どんな記事でしょう?
答え。テレビ番組「官僚たちの夏」で官僚役を演ずる佐藤浩市氏の弁です。
「(今と異なり)戦後10年の官僚たちは国を豊かにしたいという思いに突き動かされ、夜も眠らず働いていた」。
私もかつて読みました。この城山三郎の小説。そういう「夜も眠らず」組と一線を画していわゆるアフターファイブをエンジョイする姿も対比されて描かれていたのを覚えています。
残業の窓明かりと対比されるテニスに興ずる人々、みたいな光景が、脳裏に焼きついています。
さて佐藤氏「職務に大義のあったあの時代がうらやましい。男として燃える思いとか面白みがあったと思う」と。
ただ、今もそれがなくなったわけではないと思います。
なくなっては国民が困ります。むしろ今こそ、役人さんたちが大義に燃える時。
市役所の皆さんも同様。そして「男として」にこだわりません。
「草食系の男子が、熱さをどう受け止めてくれるか楽しみです」としめくくり。
私がこのコーナーの明日のネタに準備しているのも草食系に関連しています。
お楽しみに。

なお数日前、このコーナーがちっとも更新されてない、というご指摘をいただきました。
ご心配をおかけしました。
更新のボタンを確実に押すようにします。

2009年7月28日(火)
資料館フレンドカード

8月号市広報が我が家に届きました。
半ページを使って表題のことが写真入りでアピールされています。
スタンプをもらって「お城型和ろうそく」が抽選でもらえる。
ああ〜抽選なのがちょっと残念。もっとももらってもろうそくとして火を灯すことはないかも…。
資料館利用者がますます増えますよう、資料館ファンがどんどん増えますように。
ちなみに広報、その隣のコーナーは水道検針票うら面広告の募集。
そのまた左には男女共同参画審議会委員の公募の記事。
時代性ですねえ。
ますます市民のほうへ「飛び出す」市役所と紙面を期待します。

2009年7月27日(月)
昇雷

しょうらい。聞いたことありますか?
落雷の逆、ということです。デンキのブラスとマイナスの状況次第で、突き立っている避雷針から逆に天空に向けて、雷が発生することもあるのだそうです。
NHK「アインシュタインの眼」という番組で、そういうのをやっていました。
私は根っからの雷怖がり。高校生のときです。お城端を移動するときににわか雨。うつむいて必死に走る視界が真っ白に。
間近の電柱のトランスに落雷したのでした。
それ以来、雷は怖いですが、それだけにまた、関心も強いです。
番組では「クルマの中は安全」とか、貴重な情報が確認できました。
まだ前半しか見ていませんが、あの現象は怖いばかりでなく、壮大で神秘でエネルギッシュです。
昇雷、という言葉に、私は地方の時代を連想しました。
現場から天空へ、カミナリを落とす(上げる?)のです。
いま、地方の時代が言われている。言われているというのは、天の+と地の−が引き合っているのです。
今こそ、天の声を待つべきでなく、地から、地方から、エネルギーを天に届ける、いな、天を感電させる時であると思います。

2009年7月26日(日)
「考動」

考え、動く。「こうどう」。
きょう、関西大学地方教育懇談会が高松市内で開催され、参加しましたが、席上、同大学のモットーとして、この言葉が語られていました。
伝統的な大学のマークもありますが、新しいロゴがあり、それに添えられた言葉として「THINK×ACT」とあります。これですね。
それにしても父母として、こんな事態での子どもの就職活動は心配であり、悩ましく、やり場のない憤懣もあります。
ただもう「考動」の人として、一生を決定づけるこの山場を切り抜け、勝ち取ってほしいものです。
優秀な人材を求める。これはどんな時代にも普遍のことですが、学歴、成績といった要素以上に、「人物」が求められているように感じます。
この時代に勝負ができる「人物」に、息子も、私も、そして市役所の皆さんも、精進せねばなりません。

2009年7月25日(土)
美の力

7月7日付け聖教新聞、「文化」の欄に西洋美術史家、木村泰司さんという方が「美の力とは」と題した文章を発表されていました。
最近流行っているフェルメールを通じての、こんな話が出ています。
「『牛乳を注ぐ女』には真面目に仕事をこなす使用人が描かれていますが、この絵はその彼女をしっかりと監督している女主人の美徳を称えているのです」
いかがでしょう。恥ずかしながらそういう視点で、この絵を見たことはありませんでした。ウチにも貼ってあるのですが(汗)。
新聞半面のこの論説には、びっくりすることが山ほど書かれています。
先日、ミューシアムショップで直感的に気にいったポスターを買い求めました。欲しいのはたくさんありましたが、ここに来た思い出も込めて、一枚を選びました。
どうしてこの一枚なのか、説明はできますが、それはその絵の価値を示すものではありません。私の好みです。
それはそれで良いとして、アートの世界はどこまでも深く、心惹かれます。
議員の仕事も市役所の仕事も奥深い。限られた時間の中で、どこまでも極めたいものですね。
氏いわく、「美しいだけでは強固な力は保てません。『知』が備わってこそ、その『美』は確固たるものになるのです。この二つが一緒になってこそ、初めて民族や社会をも動かすことのできる『力』となれるのです」

2009年7月24日(金)
道の駅弁

うちだ新聞がまだ完成せず、先日の視察報告をHPに載せる日はまだ来ないと思われるので、視察先の菊池市の物産館「養生市場」について書きます。
写真をご覧ください。
最近どこのマーケットにも置いてあります、ビデオによる宣伝。ここでは生産者にインタビューしている場面です。
後ろの壁を見てください。地元の子どもたちの書道作品が貼ってあります。
ここには写っていませんが、その右側を見ると生産者の顔写真がずらりと並んでおりました。
写真手前には子どもたちが書いた宣伝イラストが立っています。
この物産館のウリは何と言っても地産地消。地場野菜をふんだんに使った「駅弁」を中心に、活発な営業を展開。
道の駅の広い敷地の一角。また背後には孔子公園もあり、多くの人が立ち寄る好立地。
経営するのは「(有)有友の里 泗水」。第三セクターです。このほど地産地消優良活動「農林水産大臣賞」を受賞。
私もご当地の「からししいたけ」など買い求め、レジを済ませて出口に向かうと、ここにはズラリと小中学校の名前を並べた状差し状態のものが。
「不要なシートをここに入れて」。それぞれの学校に貢献するのだそうです。
なるほど。思わずわが子の通う校名を探しますよね。
@こうして立地上も「相乗り効果」を目指すのは大切なことと思います。
話が飛躍するようですが去る6月議会で提案した、「新競艇場に敷地の余裕があるなら市全体で活用を考えたら?」との案に再考をお願いしたいと思います。
先日上京したおり、きょろきょろしていて駅構内で見つけた「るるぶFREE」というパンフは平和島競艇の特集。
まっさきに、「映画館やカラオケ、ボウリング場などを備えた「BIG FUN平和島」の目の前」といううたい文句が。
「ちょっと寄ってみようか」の心理をくすぐるのがいいと思います。
A第三セクターといえばひと昔、税金ムダ遣いの象徴みたいに言われましたが、ここでは儲けてます。
紹介したように、さまざまな、人と人との連携、工夫が、この売場内に満ち溢れていました。
こうして視察させてもらったことを、何とかして丸亀市の皆さんに伝え、活かしていきたいものです。

2009年7月23日(木)
ゴーギャンと日本

NHKでやってた番組を何夜かに分けて観ました。
制作から100年の時を経て日本にやってきたゴーギャン最期の作品、「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこに行くのか」。
色濃く日本の浮世絵の影響を残しているということで、浮世絵手法でもう一度、この大作を彫ろうという試みがあったり、音楽で表現してみようとか、また写真家が現代版「われわれは何者か」という作品に挑戦したり。
いろんなことをするものですね。
何度も言って恐縮ですが、これぞブルーレイディスクの本領発揮。
大変美しく、南太平洋の自然を見れましたし、大作も舐めるように、楽しませていただきました。
さてほんとうに、「われわれは何者か」。
それを考えるいとまもなく突っ走るのが現代人。
右端に描かれた赤ちゃんから左端のミイラ状に縮まる老人まで、短い生を、考えながら見つめながら、生きたいものだと思います。

2009年7月22日(水)
二つの「バンザイ」

衆院解散。紙面にはまず一つ目のバンザイが載っていました。
よその国の国会でもこんなことしているのでしょうか。
二つ目のバンザイは太平洋上の船の上。
皆既日食観測に感極まった人々の、心から湧き上がる「バンザイ」。
これに関連してもう一つ。日食番組の中に「バンザイ」がありました。
インドのガンジス川に集った人々。宗教上、日食は不吉なものとされています。
再び姿を現した太陽を見て「バンザイ」。これで禍から免れた、との安堵のバンザイ。
記録に残る過去の観測記録や当時の時代背景。
帯状に、インド、中国と駆け抜けた今回の日食の各国の表情。
日食への熱い思いを持つ人々の今日までの人生、そして今日一日。
硫黄島に今も残る戦争の爪あと、それらをシルエットに幻想的に広がる全方位夕日。
なんといっても番組の主役は日食そのものなのですが、ありありと、そこには「人間」が照らされているのでした。
「太陽が再び現れた。よかったよかった。これで禍を免れた」
そのように導かれる、国会の「バンザイ」であるように、いま40日闘争のスタートです。

2009年7月21日(火)
マグロ完全養殖

NHKのクールジャパンを見ました。今回のテーマはシーフード。
例の築地の市場に外国人は驚き。はまぐりをえぐってその道65年のおばさん。「ここに、柱が残るようではまだまだよ」
毎回各国から日本に来ている外国人が8人揃いますが、日本に来て初めて魚をたべた、という人も。
「イギリスのマーケットには、魚は4種類しかないですよ」
フランス人「私は肉ばかり食べていた。魚は月1回かふた月に1回…」
日本の国で魚種の多さと食べる頻度、そして新鮮さに誰もが驚く。
タラのすり身が原料の、かの「かに風味かまぼこ」は世界50カ国のブランド。
アメリカ人「これが日本産だとは知らなかったよ」
ロシア人もインド人も「そんなの知らない」と言っていたが、ご当地版実物が出てきてびっくり。「あるじゃない!」
開発までのすごい執念。
イスラエル人「宗教上の理由から私たちはカニを食べません。でもこれなら(笑)」
続いてマグロの完全養殖ストーリー。「32年かかりました」。
共食いはするわ、車のライトにパニックになるわ、卵は産んでくれないわ。
最後にその中トロ大トロをみんなで試食。「それぜんぶ持って帰りたい!」と全員絶賛。
ほんとに驚くことばかり。
ともかく知恵で勝負ですね。市役所を市民にとってさらに快適に。あくなき挑戦をお願いします。

2009年7月20日(月)
家庭医

帰宅して21時のニュースがかかっており、ふと目をとめたのがこの話題でした。
家庭医。4時間に及ぶ試験をパスした人が、家庭医となります。
住民が、「体がだるい」と訴えてきた。
そこに潜む重大な病気も逃してはならない。
町にいる「初期診療の専門家」を目指します。
脳外科、婦人科、耳鼻科、皮膚科…10もの科目をまたいで、医者は対応。
少々の外科縫合、救命も引き受けます。
そんな医者を目指す一人の人物を、ニュースのカメラが追っていました。
映し出されたのは患者を送り出す最後の場面。「お大事に」と、笑みとあいさつは欠かさないながら、意識はパソコンへ。
何か、まだ言いたそうな患者はもうそっちのけ。報告のためのパソコンに首ったけの若きドクターはそのことを先輩から指摘されていました。
「何か言いたげなしぐさを見落とすな」と。
このニュースの断片に触れて、きょうのこの「輝け」のネタはこれ!と決めました。
市役所職員の皆さんこそ、市民の家庭医であるべきと思いました。
市民と接するすべての場面で、自分の所管以外のことを尋ねられても、「じゃあボクが訊いてあげますよ」と言えたら、すばらしいですね。
全部がわかるはずもありません。
ですから庁内連携すればいいですね。それこそ私の提唱する「市民なんでも相談窓口」です。
繰り返しますが「初期診療の専門家」。
市民にとって市役所の皆さんは「○○課の職員」である前に「市役所の人」です。
どうか「市民医」であってください。

2009年7月19日(日)
地域ねこ

公職研2月号を今頃読んでおります。
その特集のタイトルが「NPOとともに築く」。
昨日の記事の「銭湯の壁」の時代に、人と人との壁をどう取り除くのか、そこにNPOへの期待がありますが、行政の手腕次第で、その成果は異なります。
「協働事業がストレスの多い仕事となっている背景には、NPOをサービス提供者と考えている行政の抜けがたい誤解がある」
こう記すのはシーズ・市民活動を支える制度をつくる会事務局長、松原 明さん。(「自治体と市民活動の接点に浮かぶ論点」)
「NPOは自治体のお助け屋ではない。NPOについて、『新しい公共の担い手』という言い方がしばしばされる。行政職員からすると『公共=自治体行政の仕事』と考えてしまいがちのようだ」
ここで氏が登場させるのが「地域ねこ」という協働事業。
NPO法人ねこだすけ、という団体は私も以前から知る団体ですが、そこの目指すものは野良猫退治から救ってなんとかその町で生かしてあげたいということ。
その背後には自分ではネコを飼えないが野良ちゃんにエサをあげることが生きがいになっている人間もいます。
一方行政の目的は、それで迷惑している人から野良猫被害をなくすること。
決して、NPOが行政の「下請け」ではないことが、この例でうまく示されます。
それぞれの目的をどう達成するか、というところに「協働」があります。
去勢・避妊など一定のルールを作り、両者が合意して町内みんなで育てる「地域ねこ」という仕組みが成立。
全国に広がっているそうです。
「自治体行政の課題は、この新しい自治のパワーをいかに適切に、地域の豊かさを生み出す力とできるかにある」と氏。
協働の担当部局の職員だけでなく、すべての公務員は市民とのインターフェイスです。
どこまで「時代性」を読み取っているか。
ここが市民の幸不幸の分かれ道となるのが、いわゆる「地方の時代」なのでしょう。

2009年7月18日(土)
銭湯の効能

江戸時代、「風呂」と言えば蒸し風呂を、「湯」と言えば体を浸す入浴を指したのだそうです。
(ある雑誌のコラムに文学博士、松平誠氏)
京、大阪では両者が拮抗。その頃江戸では湯を沸かす燃料に事欠き、一歩出遅れた状態だったそうですが、その後一気に、風呂でなく湯がメジャーになったそうで、その理由は「湯」が「床屋」とともに社交の場として重要になったからとのことです。
内風呂が当たり前になり、銭湯が減り始めたのは昭和40年代。情報交換も背中を流し合う光景もなくなっていきました。
「それどころか、洗い湯が飛び散らぬように、人と人の間に壁を設けるところさえ珍しくない」という一節に、心を引かれました。
人と人の間に壁、というのが今の世の中だなあ、と。
その壁を取っ払わなければならない時代がやってきたと思います。人と人をつなぐというミッションが、市役所に与えられていると思います。
「なぜ『協働』はうまくいかないのか」という記事を先日公職研で読みました。考えを少しまとめて、後日紹介させていただきます。
これがうまくいくようにならないと、そのミッションは前に進まないのですが。
「銭湯の効能」に、思いを馳せました。

2009年7月17日(金)
よみがえる地方鉄道

写真は先日熊本に行ったおり、古くなつかしい路面電車の姿に混じってすごいのが走ってきましたので、思わずカメラを構えました。
おでこの掲示板には「試運転」と出ています。
富山のライトレール、LRTを思い起こさせます。
さて15日付け聖教新聞5面は表題のような見出しで、例の「たま電車の和歌山電鐵」「濡れ煎餅の銚子電鉄」ほか「えちぜん鉄道」「わたらせ渓谷鐵道」が紹介されていて、興味深く読みました。
「たま電車」では内装外装「たま」だらけの上に車内放送の始まりは「にゃお〜ん」だそうです。
先日の九州では、唐津市から博多に戻りましたが、博多駅のひとつ前の駅、祇園という駅のマスコットマークがかわいかったです。
私の臨席の女性たちの一人がデジカメで、そのマークを撮影していました。
出来栄えを見て皆で「かわい〜い」とはしゃいでいました。
電車は走ればそれでいい、という時代ではないですね。
ねこも駅長の時代です。市役所にも知恵とセンスを。

2009年7月16日(木)
文楽・三味線の「品格」

14日付け聖教新聞。伝統芸能というコーナーが7面を占めております。七世人間国宝鶴澤寛治さんが登場。味わい深いインタビュー記事になっています。
…長唄や津軽三味線ですと撥が薄くて軽いからどなたがお持ちになっても音がしますけれども、義太夫の三味線は、初めて弾いたら撥のほうが跳ね返ります。だから深い音も出るのです…
これは一度、やはり文楽を客席で鑑賞しないといけませんね。
修行時代の苦労話から、テープやビデオの時代になって「芸が悪くなる」という指摘まで。
最後に、
「お風呂へ入りましても、何を着ていなくても、品のあるお方は、その感じが体から出ている。それには親孝行が大事だと父(師匠・六世)は言っておりました。親孝行の気持ちがあれば、必ず三味線に品のある音や情のある音が出る。それは心から出るもの」と。
お風呂に入っても公務員の品格、出てますか〜?
議員ともども、市民の皆さんへの孝行の気持ちが大事ではないでしょうか。市民サービス、というより、ほとんど市民へのホスピタリティ…だと思います。

2009年7月15日(水)
楽観しない、まして悲観も

都議選投票日を翌日に控えた、戦いも終局の11日付けの公明新聞。
一言一言を、どんな気持ちで編集されているでしょうか。
この日のコラムに紹介されたのは棋界の「永世」名人、羽生善治氏。「勝つ秘訣は?」との問いかけから、コラムは始まります。
「追い込まれたときの精神力。これが重大な局面を左右する」(角川書店『決断力』)。
強いから勝つ、と、そんな単純なものではないということでしょうか。でもやっぱり、実績があり功なした人に、私たちは学ぶべき。
誰しも追い込まれるときはそれなりにあると思います。そのときに、どうするか。名人に学ぶところは大きいと思います。
「楽観はしない。ましてや悲観もしない」と名人。
コラムではここから、いよいよ明日に迫った投票日への最後の戦いへ、論説が展開されます。
結果、都議選最後の議席を公明党は確保し全員当選。その、次点との差はわずか400余票。
楽観はしない。ましてや悲観もしない、との言葉があらためて、光ります。
人生への極意が、ここに語られているように思われました。

2009年7月14日(火)
夏野菜カレー

昼、役所の食堂に行くと、今日のメニューはカレー、とありました。
カレーとハンバーグだけは私、昼も夜も同じメニューとなることを恐れ、昼食には選ばないのが常ですが、メニューを書いたボードには「夏野菜カレー」と書いてありました。
だからといってどうってことはないのでしょうが、いつになく今日は、カレーを選びました。
カレーもおいしかったですがそれ以上に、「オレは夏野菜を食った」という満足感があったかも知れません。
先週、出張に行って例により、あちこちでチラシ類を取って持ち帰ってきました。こういうことをするから後日荷物整理に時間がかかるのですが、ぱらぱらめくってなつかしくもあるし、思いがけないキャッチコピーやヒントが飛び込んでくるのも楽しみです。
行政への満足度もちょっとした工夫から広がるでしょう。スパイスのきいたサービスメニューをお願いします。

2009年7月13日(月)
市長まちかどトーク

12日付け一般紙に高松市が始めたこの取組が紹介されていました。
時あたかも、坂出市の新市長も市民の声を聞く取組を始めたことは、数日前に紹介しました。
繰り返しになりますが、市民のところに出向いていってその声を聴く、という姿勢そのものが、実は大変な歴史転換の意味を持つと思っています。
それに失敗すればつまりそれは、新時代にそぐわないという烙印となります。
「一応、聴きました」というアリバイづくりのような目論見はすぐに見破られます。
市民はなかなか動き出さない面もあるが、そういう嗅覚はするどい。
「都会にはオンブズマンとかおってやっかいやけど、イナカにはおらんけん、しよいわ」という時代はもうとっくに終わり。
オンブズマンがいないのなら探しに出かけるしかありません。
それは道路を作るより難しい。
「おいしかった」「いい買い物をした」という満足度と同じものを市役所が獲得していこうという時代。
市役所職員の皆さんは大変だが、その皆さんをリードしていく幹部はもっと大変。
じっとしていても市民運動が盛り上がってくる、そんな民度に至ってないなら、それはもう財政再建より大変な事態と考えるべきでしょう。
さあ、マルガメはどう出るか。
私も意見を言いまくってまいりたい。

2009年7月12日(日)
脳波を検知する車いす

聖教新聞7日付けの「サイエンス&テクノロジー」のページに、表題のようなことが載っていました。
ヘッドギアをかぶり、頭の中で「右」「左」と考えるだけで、車いすがそのとおりに動作してくれるという装置。驚きです。
同じコーナーの別の記事に、白血病患者にウィーン・フィルの生演奏を聞かせると症状改善が見られた、という記事も。これまた驚きです。
驚きですが、こちらはちょっと「そうだろうな」という気もします。
先日、お気に入りのNHK「アマデウス」という番組でモルダウが取り上げられていました。
クリアな音であのメロディがテレビから流れ出すだけで、トリハダです。
デジタルの画面となり、気のせいでしょうが音質まで良くなったような気さえします。
良い心持ちということが、身体にも病状にも良い影響をもたらすのでしょう。
私が症状を改善して差し上げることも、また車いすになって差し上げることもできません。
けれどもそれぞれに、こうして人のためになれる分野があると思います。
きょう、都議選に結着がつき、明日から新展開です。
政治もまた、どこまでも人々の幸福のためにあります。もちろん行政も。
大きな理想を見失わず、大切に使う一日一日でありたいと思います。

2009年7月11日(土)
市立図書館が音楽配信サービス

クラシックを中心に48万曲が聴き放題。
8日付け公明新聞に紹介されていました。長野市立図書館が始めたサービスですが、短い紹介文で、しくみがいまひとつ、よく分かりません。
先日ブルーレイのレコーダーを買って来て自分で接続しようとしたらうまくいかず、デンキやさんのほかケーブルテレビ会社の方にまで来てもらい、配線と説明をしてもらったことで、いささか自信喪失。
いままで見たことがないような分厚い取扱説明書。
もう「メカ」という世界から私自身、分岐をしていくのがわかります。
ブログというのから分からなくなり始め、プロフでもうダメ。ユーチューブはさらに別世界のこと。
音楽を詰め込んで持ち歩く機械を以前に私も買いましたが、パソコンからのダウンロードなど、しばらくやらないと、まずパソコン側でどのアイコンをクリックするのだったかすら、思い出せないのです(涙)。
そういう嘆きを書こうとしたのではなかったのですが、すみません。
長野市立図書館が採用したのは「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」という定額制のネットでの音楽配信サービスを利用している、とのことです。
まあ、同図書館のサイトにアクセスしてみれば一目瞭然でしょう。
次から次へ、「新手(あらて)」が出現してまいります。情報収集と勉強はエネルギッシュに、どこまでもやりたいものです。
しかしこれから私を含め、高齢者が増えるのに、それに逆行するようなこの取扱説明書の分厚さはいかがなものでしょう。
わかりやすく、というのが市役所や公共の場所の「お約束」となりそうです。

2009年7月10日(金)
坂出市が2新事業

出張から帰り地元紙を広げると、表題のような見出しが目に映りました。
新市長は市民、とくに若者の声を聞き、市政に取り入れようとしているようです。
出向いて行う「出前ミーティング」と役所で行う「市長サロン」。
坂出市が大いに実りを挙げられることを期待しています。
このたび丸亀市に新副市長が誕生したのに続いて、坂出市でも、経緯は異なりますが、新たに市職員から副市長が誕生しました。
大いに驚きました。私が昭和53年に市役所に就職。その同期生がついに副市長になったからです。
丸亀、坂出、両市の副市長の活躍を心から期待します。
市民の声を聞く場を設ける、これはいいことですが、そうした場面で市民から出てくる内容が、ひとつの尺度になるのではないかと、ふと思いつきました。
市民の「民度」ではありません。
市役所の「聴く力」です。
市役所が常に、市民の「ご近所の課題」への解決力を発揮しているならば、市長のミーティングでは自ずからまちづくりなど、高度な提言が出てくることになるのではないでしょうか。
「こんな意見しか出なかった」という失望は、それはそのまま、常日頃の市役所の市民に対する窓口力の乏しさを物語る、とは言えないでしょうか。
「こういう意見に常日頃、市役所が聞く耳を持たないからこそ市長に聞かせることになる」と。
ともあれ、市長の公聴の場面を成功させるか否かは副市長以下のスタッフにかかっているでしょう。
かえすがえすも、大きな期待を寄せております。

2009年7月7日(火)
フィンランド 豊かさのメソッド

・一年中、よっぽど寒いとき以外は毎日、赤ちゃんは外でお昼寝をする。
・フィンランド式野球においては、アメリカ式のホームランはファウルになってしまう。
・日本との意外な共通点がある。それは、靴を玄関で脱ぐことだ。
・年間起きるヘラジカと車の事故は2800件以上である。
・フィンランドのトイレには必ず、タオル、または紙が置いてある。そのせいか、ハンカチを持ち歩く必要がない。
・弱く手を握る握手は失礼だとフィンランドでは思われている。
・「同棲なしの結婚なんて考えられない」と皆、口をそろえて言う。
…これくらいにしておきましょうか。
堀内都喜子著、「フィンランド 豊かさのメソッド」という本。
前半はまさしく子どもの学力ランキング世界一のフィンランドのメソッドが紹介されていますが、ここに掲げたのは本の後半。フィンランドに滞在してみての、ほんとにすらすらと気持ちよく読める著者の文章から。
一度、かの国に行ってみたくなること請け合いです。集英社新書。
人間がこしらえたのではない自然環境、意図したわけではない民族性などもありますが、そこにはっきりと、「国策」として刻んできた実績があり、メソッドとなっています。
自然や環境との調和、国民性や民族性を知った上でのちゃんとした政策。やはり、政治と行政が大切と思いました。

明日から九州方面に出かけてきます。
10日の夜まで、「輝け」はお休みさせていただきます。

2009年7月6日(月)
経営の3要素

早大大学院教授、遠藤功著「見える化」。以前にも紹介しました。
ここからもう少し、紹介させていただきます。
経営の3要素、というピラミッド型の図説がありました。
三角形の上3分の1はビジョン:Why…なぜうちの会社は存在するのか
中段は競争戦略:What…うちの会社はどんな価値を生み出すのか
底辺はオペレーション:How…競争戦略をどう実行するのか
このオペレーションを担うのが現場。そこで現場力とは、と、展開されていきます。
現場力とは…自律的問題解決能力、と、氏は説いています。
納期5日と決められているのに7日なら問題。けれど8日と決められているところ7日なら問題なし。
ここでは「7日でいいのか」という問題発見の能力が問われます。そのために必要なのが「見える化」だとされています。
人員や予算削減ばかりを目標としていたら、息がつまります。
それは手段であるはず。
その上位にあるビジョンに照らして、各現場が自律的に課題を発見し、取り組む姿勢を実現するよう、仕掛けていくのが幹部の仕事だと思います。

2009年7月5日(日)
政治学者の美術番組

姜 尚中(カンサンジュン)さんのことを知らずに日曜美術館を見ていたら、この人が政治学者と知らないままの方も多いでしょう。
先日の聖教新聞の文化欄の一隅にNHK教育のこの番組が紹介されていて、カンサンジュンさんがインタビューに答えていました。
ちょうど前の週、クリムトが扱われていたので、4月にカンさんが担当されて以降初めて、ちゃんと番組を見ることがありました。
以前、NHKの「わたしが子どもだったころ」とかいう番組で、幼少の頃が再現されていました。
それからたまたま、先日これもNHKの別の番組に登場し、こちらは断片的でしたがファッションのことを聞かれたりしていました。
「もし政治学者になってなかったら何になってましたか?」「野球解説者」ときっぱり(笑)。
それより前、月刊誌「潮」では映画作品の紹介コラムを担当されていました。
そういうわけでこの方が政治を語っているのを、私は見たことがありません(笑)。
聖教新聞の記事によると、番組への自分のコンセプトは「ゲストにへつらわない、自分を押し付けない」とのこと。なるほど。
政治を語る場所といえば「オレがオレが」というムードが一般的。
この方が政治を語ると、どんなムードになるのでしょう。案外、
「みんな、聞こうよ」という雰囲気に包まれるのでは?
饒舌というのとは程遠い、「ナニ言うのかな?」とそばだてずにはいられない雰囲気になります。
クリムトの回でも「以前はあまり好きじゃなかったです。こう〜『いかにも…』という感じで」と、冒頭語っていたのが印象的でした。
私もその経験があり、すっと、番組の世界に入ってしまいました。
新聞の見出しは「人間が作り出すものの深さに感動」。この一節に、カンさんの人柄までうまく出ていると感心しました。
記事のしめくくりに「視聴率の目標は?」とインタビューされ、「笑われそうですが」と前置きし、「10%」。なんだかシャイにそう答えるカンさんの表情や声までが想像できそうです。
こういうキャラクターはなかなかマネできないし出現しないと思います。
野球少年にして絵描き少年。今は政治学者、そして美術番組の進行役。
日曜美術館はマニアックな週もあって毎回は見ませんし録画もしません。ただこれからはカンさんに会うために、つい見てしまうかも知れません。
魅力ある人格に、そして人間が作り出すものの深さに感動できるひとりに、私もなりたいと思います。

2009年7月4日(土)
惑星

昨晩、「ガリレオもびっくり ハイビジョン宇宙館」という番組を見ました(録画)。
ガリレオの時代、天動説にしてはどうしてもおかしい…自作望遠鏡で眺める夜空に不審をいだいたひとつが「惑星」。
他の星たちとぜんぜん違う動き。他のみんな整然と動いているのに、この星たちはあっちに動きこっちに動き。
まるで惑っているような動きだ…それで、「惑星」というのだそうです☆ ホンマかいな〜(驚)
そして金星。金星は満月のときどうしてあんなに小さく、三日月になるとめちゃ大きく見えるのか。ひょっとして…
太陽を中心に地球も金星も回っているから、金星が太陽をはさんで向こう側に行くと、そりゃ小さい満月になる。そして近接すると当然大きくなるし、太陽はナナメから照らすから半月や三日月になる道理…
こうして地動説は不動のものに。
…そしてこの大科学者に、人間が振る舞ったのが終身刑…
身近では、すいきんちかもく…の順番も学校で習った時とは変わり、冥王星も「番外」…番組での表現では「子会社の社長さんになった」とありました。
170億光年より先は未知。宇宙全体の、まだ4%しか私たちは解明できてない、ということです。何をもって100%とするのか知りませんが、ともかくそのようにしめくくってました。
宇宙にあって奇跡のような存在ですが、奇跡というのは人間の感じることで、そもそも道理にかなっているはず。
道理にかなわないことばかりの毎日(笑)のようですが、都議選告示の向こうに総選挙が見えてきました。
私たち住民の幸せのために、道理にかなった道筋を、「惑い」ながらも政治は開いていかなくてはなりません。

2009年7月3日(金)
ちょっといい話

香川県教育センターにお勤めの頃の秋山忠先生の講話録。
「ちょっといい話」という本にまとめられ、その巻1を読了しました。
季節の話や折々のネタを織り込まれながら短い話の中に、心に残る内容がちりばめられています。
第37話 横綱貴乃花の復活に思う、という回では、史上初の外国人横綱、曙関のこんな言葉が引用されていました。
「ボクシングのチャンピオンは帰宅すれば普通の人だけど、横綱は常に自分自身と地位に誇りを持ち続けなくてはいけない」。
人格、品格を問われ、相手というより自分と格闘する。相撲に限らず、そういうものにはとても魅力があるものだと思います。
仕事もぜひ、そうありたいと思います。
帰宅しても、議員です。人生のあれこれ、大いに楽しみたいですが、その中に市民の皆さまのためになる公私の生活を、公務員の皆さんとともに、心がけたいです。
別の場所で秋山先生の言葉、断片ですが「自分の体温を帯びた言葉」というのが心に残りました。
私もこうして日々、何事かを綴らせていただいておりますが、心したいアドバイスと受け止めました。

2009年7月2日(木)
政策監

1日付けで丸亀市に「政策監」という、聞きなれないポストが新設されたと、今日の新聞で報道されました。
三役の下で、各部長らにアドバイスを行う役職、とあります。そして民間出身者、片山氏が着任されました。
よろしくお願いいたします。
議員の一員としては、議会がさらに市民に身近でわかりやすく、実りの多いものにできたらという思いから、本会議や委員会での部長や三役とのやりとりを充実させていきたいと願っております。
私ら議会側の改革とからめて、ぜひ前進させてまいりたいと思います。

さて、月刊誌「潮」5月号の特集は「不況に負けない!元気企業」とのことで、数社が紹介されていますが、その中に株式会社ニトリがあり、社長の似鳥さんが登場。
逆転の発想で「値下げ断行」。社員が社のためを思ってこそこそと一品値上げしたり、それがバレるとサイズを小さくしたり。それらを社長は一喝。
「一品でも値上げをしてしまえば千品目値上げしたことも同じだという考え方から、一品たりとも上げてはならない」と。
社員を恫喝するのでなく、「じゃあ利益下がってもいいや」と言うと、社員は「社長がそう言っても」と、やる気になってくれるのだそうです。
逆境の中でこそ、社員は育つ、と社長は言っています。
そして「会社が潰れようが、スカウトされる人間になれ」が結論。
丸亀市役所もまた、今が人材のカセギドキ、かも。
新任政策監には、思いっきり辣腕をふるっていただきたいものです。

2009年7月1日(水)
なら・地域サポーター制度

公職研7月号に紹介されています。
奈良市では表題の制度を創設。課長補佐級職員286人全員をサポーターに委嘱。全員が「まちへ」。
清掃活動、防災訓練、夏祭りや文化祭などへ、強制ではなく任意の参加。
公職研ではご親切に、類似の取り組みまで紹介してくれています。
・犬山市「日曜日に行う職員の市内清掃作戦」
・庄原市「自治振興区応援隊」
・立花市「地域推進リーダー制度」
川が埋め立てられれば橋は意味がありません。
議員が橋渡しをしなくても、市役所と市民が「地続き」になれば最高。
議員に失業の心配なし。本来の、政策提言という任務が開けてくるでしょう。

2009年6月30日(火)
人生時計

第三文明という月刊誌、今年の1月号から、スクラップしておいたのが出てきました。
特集は「朝に勝つ」。
関連記事で、おもしろ目覚ましグッズコレクションとして、6種類ほどの目覚まし時計が紹介されていました。
@山手線駅メロ時計
だいたい60分で一周する山手線にあやかり、時計盤面には各駅が。そして駅ごとのメロディが準備されているそうです。恵比寿駅は「第三の男」だそうです。
A起床装置
アラーム3分前からカウントダウンが始まり、起きないと大変なことに…
B人生時計
アラームを消してもまた鳴るのがスヌーズ機能。これのごやっかいにならずきちんと起きた場合にはご褒美が。
人生はその繰り返し。最初はニワトリの鳴き声だったものが、スヌーズを使わないで起きる人には待遇がよくなり、お抱え演奏家の演奏で目覚めることになるそうです。
逆に毎日スヌーズなくして起きられない人はニワトリからフライパンを叩く音に「落ちぶれる」とか。
以下省略します。
思えばシビアですね人生時計とは。
人生そのものではないでしょうか。
厳粛に、誰にも平等な時の刻み。人生一周の間に、何をどこまでやれるのか。
人との比較でなく、あくまで自分の理想に照らして、人生時計は進みます。
明日から09年の後半戦。
私も気を引き締めて、まいりたいと思います。

2009年6月29日(月)
アマは和して勝ち、プロは勝ちて和す

本題の前に、公職研6月号を書棚に片付ける前にこれだけ紹介しておきます。
一宮市には「企画部地域ふれあい課」という課があるようです。p.20
また宮崎市には「市民部地域コミュニティ課」があるようです。p.17
この月刊誌は毎月こぞって、市役所の先進事例を取り上げています。
では本題。
月刊誌「第三文明」4月号の特集は「チームワークの極意」というもので、先にひとつ紹介しましたが、こんどはスポーツジャーナリスト、二宮清純氏のインタビュー記事。
昨年の日本シリーズは実力の巨人を制して西武が勝利。
「どんなチームでも、勢いで一度は勝てるかもしれません。しかし、本当に強いチームとは勝ち続けるチームです」
西武ライオンズのベンチには鈴が置いてあり、いいプレーが出ると誰かがチャリンと鳴らしたそうです。スタンドが総立ちするようなファインプレーでなくとも、地味なプレーがそのファィンプレーと、最後の勝利を導くのですから。
「チャリン」の音を基礎にして、その日の「監督賞」が出たそうです。
さて表題の言葉はかの三原脩監督の言葉だそうです。
上司と部下が遠慮しあってなあなあの組織で事なきを得る、というチームで勝てるはずもありません。
市民の皆さんとたくさんさまざまな案件で話をしますが、市役所に、「地域」と名のついた課がないこと自体、すでに戦略を持てていないのでは?
市民と戦うわけではありませんが、胸を借りる相手ではあるでしょう。
チーム内で喧々諤々。それは高い理想を共有できている、ハイレベルのチームにだけ可能なことなのでしょう。
それこそプロというに値する集団です。

2009年6月28日(日)
戸田市政策研究所の「政策開発」

「政策開発」。この言葉にじいんときましたね。
昨年4月、戸田市が設けた政策研究所。所長は副市長。
地方自治法の改正により、副市長の職務に「政策及び企画をつかさどる」との項目が盛り込まれたことで、そうなったと記されています。
公職研6月号。タイトルは「選ばれる都市になるための政策開発の力を磨く」。
この研究所が政策形成アドバイザーとして招いている人として、紹介されている牧瀬 稔氏は、かつて丸亀にも来ていただいたことがある、私の知己です。
そして戸田市と言えば昨年夏、市民活動センターに関する調査でおじゃました市のひとつ。忘れもしません。
人口もウチと似通っています。そういう市ばかりを選んで訪問したのですから、まちがいありません。
設立形態としては「内部組織型」。経費もかからず結構です。昨日のここへの記述じゃありませんが、まさにこれらのスタッフにどう活躍していただけるかが、副市長をはじめとしたトップのリーダー力ということになるのでしょう。
この記事のことを明日、わが新人副市長さんにもお教えするつもりです。

2009年6月27日(土)
グループVSチーム

第三文明という月刊誌の4月号の特集記事に、キーマンネットワーク主宰、中島孝志氏が寄稿していました。
以下趣意です。
人が集まればグループができる。しかしグループとチームとは異なる。
平凡な人が集まって非凡な成果を上げるための組織、それがチーム。
その決め手はリーダーとミッション(目標)。
さて、ここで紹介したいのはこのフレーズ。「いちばんダメな兵士で決まる」。
チームは駅伝のようなもので、ひとりでも落伍したらアウト。
いちばんダメな「その人」が、なんとか切り抜けてさえくれたら、挽回のチャンスもある。
「その人」が、市役所でいうと市民に悪い印象を与えて役所全体の不信をつのらせたりする。
会社でいうと決定的なダメージを会社に与えてしまう。
先日も書きました、4番打者を並べるのが良いのではない。
リーダーのウデの見せ所であります。

2009年6月26日(金)
ゾラの生涯

映画です。1937年、アカデミー作品賞受賞。

パリの屋根裏部屋。割れたガラスのすき間を布で塞ごうとするゾラ青年。「パリじゅうの布でもムダさ」と笑うのは画家セザンヌ。
この始まりはまるで歌劇ボエームを想起させます。俗悪本をストーブにくべて暖を取るあたりも。
ようやく出版会社に就職するも「警察からにらまれるようなモノを書くな」という社長と決別。
「あなたは腹が出ているから、足元が見えなくなっている」

ゾラの舌鋒に陸軍大臣、
「陸軍は過ちなど犯さない。
民間人の中傷も決して許さん。
…検閲をさせて…懲罰を要請しろ」
「もし過ちを認めれば、
参謀本部は新聞のかっこうのネタだ」

ゾラは言います。
「国への尽くし方は人それぞれだ。
ある者は剣で、ある者はペンで。
どちらを取るか、後世が決めるでしょう」

ジャーナリズムが大衆を扇動する、というあり方でなく、
大勢は、権力迎合、国を守る軍隊は聖域、とのスタンスのマスコミだが、いざゾラの登場によって、それは正義の武器と変わる。
マスコミやジャーナリズムが悪いのではない、と、考えさせられます。
それをリードしていく賢さと強さと論陣が必要なのだ、ということを。

権力を、しっかりと監視できるといっても、体制がそれをしてくれるわけではない。あくまで「人」。
ゾラがもしいなければ、無実のドレフュスは葬り去られ、フランスはその暗黒にすら気付かなかった。
そのゾラ自身もまた、名声をほしいままにする身となり、親友セザンヌの諫言、ドレフュス夫人の渾身の訴えがなければ立ち上がるのを厭っていた。
正義と真実はことほどさように、困難なものであることを気付かせてくれる、そのような作品でありました。

それにしても涙をさそう、よくできたシーンが一箇所、ありました。
孤島に監禁されたドレフュスに「釈放」の通知が。
獄の扉は開け放たれ、ドレフュスは晴れてそこを出るのですが、もう一度、獄に戻ってみます。
そして扉は開いている、開いている。さらにもう一度戻って…。
その繰り返しの中に、困難だったこれまでの日々がしみじみと出ています。
これはすばらしいシーンです。

昨日紹介した「ヒトラー…」と関係はまったくありませんが、「ドレフュスを倒せ」「ゾラを倒せ」の大衆の怒号。
ヒトラーの「自業自得だ」の重たいつぶやきとが、妙に重なって響きあいます。

私たちにできることをやっていこう。
感性が摩滅しないように、気をつけていこう。
この世は平等ではあるべきだが、しょせん平等にはできてない、というべきか。
苦労すべき人が苦労しなければ、という意味において。

市民のために貢献する、その仕方は人それぞれ。
ある人は議員として、ある人は市役所職員として。
その品質を改めて問う、そんな映画だったと思います。

2009年6月25日(木)
ヒトラー最期の12日間

ずい分昔に録画しておいた映画を観ました。
タイトルそのままの内容。息詰まる内容です。
ヒトラーが本当にしゃべった言葉なのかどうかは知りません。映画の中のことかも知れませんし、それなりに史実を反映させているのかも知れません。次のようにありました。

戦争に負けたら、国民が何になる?
無駄な心配だ、国民が生き残れるかどうかなどはな。
破壊し尽くせばいい。
それで生き延びられねば、弱者だということだ。
しかたない。

(側近に腹を立て)士官学校で学んだのは、ナイフとフォークの使い方だけ

(この戦争は)彼らが選んだ運命だ。
彼らが我々に委ねたのだ。
自業自得さ。

それは強烈な、現代人への皮肉であり警告のように思います。
戦争反対と叫んでいたら平和が守られるのではない。
いかにも大仕掛けな、破滅への世界戦争。
それは一人の人の心の中に生まれるものであるということ。
だれしもが被害者であり加害者であること。
そういうことを学ばなければ、この映画はただもう凄惨で救いがないです。

2009年6月24日(水)
年金破綻?

「未納が増えると年金が破綻するって誰が言った?」という本があるそうです。
著者は細野真宏氏。6月17日付け公明新聞に紹介されていました。
私はこの本を読んでいませんが、なるほど、年金をかけない人には給付もないわけだから、未納即破綻、というのはオカシイ、と気付きます。
こういう本を読んで冷静になる方は全体から見るとそう多くないです。
断片しか見てないのに全部知っているような気持ちになっているのは、誰しもの傾向だと思います。
マスコミは限りなくそれを助長することになっているでしょう。だからといってマスコミをどうこう申すつもりはありません。
ただそれらの方々はナダレを打って役所に不満をぶつけるでしょう。
津波がまずやってくるのは水際、すなわち市役所ですよね。
本は本の力で真実を広め示すでしょうが、私たちはカラダを張って、市民の堤防、市役所窓口を守らなくてはなりません。

2009年6月23日(火)
平均年収2500万円の農村

ある方が日本農業新聞の切抜きをくださいました。6月4日付けだそうです。
長野県川上村。村長の藤原忠彦氏は「機関車」の異名をとる人物。農業への思い入れはハンパじゃない。
「観光化に乗り遅れるな」の議会を説き伏せて農業政策一本に打ち込む。
耕作放棄地はゼロ。後継者の平均年齢は28歳。合計特殊出生率は1.83。全国トップの沖縄県をしのぐ。そして農家の平均年収は2500万円と。
レタスやハクサイ農繁期の6〜10月は夕方6時まで学童保育。乳幼児もOK。
国保一人当たりの年間医療費は16万円。長野県は全体でも全国一の医療費が低い県として有名。
ああ、これが政治というものですね。村営鍼灸施術所もあるそうで、農家独特の腰痛を治すため。
村長「年を取っても意欲的に農業に取り組めるよう支援したい。農作業をして元気な村を保つことが一番」。
政治です。哲学です。

2009年6月22日(月)
ファミリージェット

何でも持ち帰るんです。先日東京に行き、地下鉄の駅では「メトロガイド」の積み上げに、どうしても手が行ってしまうのです。
整理がてらぱらぱらとめくって、夏にはトーキョーでも盆踊り、キンギョすくいに花火大会…隅田川は2万1先発でダントツなのか…と感心しきり。
マダガスカルではバオバブの木が倒れつつある。シファカというサルの横っ飛びは「泳げない人がおぼれているのを見るような危機的なもの」と。ちょっと暗い気持ちに。
さて最後のページは広告。8月14日限定、ジャルパック家族専用機、というのが出ています。
さあ皆さん、普通の飛行機とどう違うと思いますか?
@食べ物。そうですよね。チャイルドミールにベビーミール。月齢に合わせたベビーフード。ここまでは考えますね。
A配席。家族がばらばらにならないように席が確保できる。パズルみたいで悩ましそうですが、ファミリーと銘打つならこれは必要。
B子供用の映画。考えつきますね。
C授乳専用ゾーン。機内トイレだけでなく、カーテンで仕切られたスペースを確保。予約すれば簡易ベッドも。オムツ台つきトイレを増やす。
Dバギーで搭乗口まで。
E最後に、子どもの世話に長けた客室乗務員が乗務。新米ママでも心強い、と書いてあります。
いかがでしょう。
「考えたなあ〜」と感心している場合です。
「ここまでやるか〜」と感心してもらえる市役所を目指そうではありませんか。

2009年6月21日(日)
アンケート調査のサンプルは多いほど正確?

公職研08年10月号。市民意識調査の再構築、というシリーズの2回目が載っています。
テレビの視聴率のことがよく話題になりますが、そのたびに耳にするビデオリサーチ社というところがどれくらいの測定をしているかというのが紹介されていて、びっくりです。
関東圏1600万世帯の視聴率を調べるのに、わずか600なのだそうです。
統計学的には視聴率30%と25%とでは、母集団の視聴率には有意差がないのである(有意差が出てくるのは視聴率22%以下の場合である)…と、書いてあります。
危険率5%を覚悟すれば、600で十分、ということになるのだそうです。
これを市役所が行うアンケートに照らした場合、「人口10万でも100万でも同じ標本誤差の設定では、ほとんど必要サンプル数が変わらない」ということになるのだそうです。わかります?
さらに具体的な例が紹介されています。「たくさんの標本」よりも「偏りのない標本」が重要という例。
米国大統領選挙、1936年。リサーチの老舗、リテラリーダイジェスト社は237万人のデータを集めて共和党ラドン氏当選を予測。
これに対してギャラップ調査会社。わずか3000人のデータで民主党ルーズベルトの当選を当てたとのこと。
ポイントは237万人の「名簿」。この名簿は富裕層に偏っていたのだそうです。
そのことから、無作為抽出ということの重要性が理解されるようになりましたが、日本ではまだまだ。
特に、市役所が行うアンケートの場合に、より多くの調査をしかけて「安心」している傾向があるようです。
参考にしてください。

2009年6月20日(土)
政策入札

「天の声」という言葉が紙面トップに載りましたが、こちらはまた偶然、バックナンバーを読んでいた公職研07年09月号で、「政策入札」という言葉に出会いました。
アウトソーシング再考、というコーナーで扱われていました。
入札は、むろん安い業者が落札するわけですが、その企業への評価項目として、公正労働、公正賃金などの社会的価値の実現を加えます。また環境保護や障がい者雇用も評価。すでに一部行われています。
結果、安かろう入札ではなくなるかも知れませんが、これこそが「政策入札」というものが担う使命であり、メリットです。
いわく、
…これからのアウトソーシングにおいては、公共サービスの需要側(国民・住民)から見た改革(公共サービスの質の維持・向上と住民負担の削減)と、公共サービスの供給側(民間企業等)から見た改革(官民労働者間の格差および官民間移動の壁の縮小)とを、ともに実行していかなければならない。
市場化テストで課題となるのは常に、「民間が勝ったら公務員はどうなる?」ということですが、英国ではすっぱりと、「民間への転籍」となるそうです。
そういう制度が日本にただちに定着はしにくいでしょうが、政策入札の良さと必要性から、まずは評価採用を始めなければなりません。
不況のどん底にあって公共工事がニューディールにも似て発注されていきますが、ぜひともその中で、安かろう入札から脱した高度な政策入札が実現すればいいと思います。

2009年6月19日(金)
ユニクロ「品質力」

数日前にTDLのことを書きましたが、その姉妹編です。
「潮」6月号特集「不況に負けない!元気企業」に取り上げられたもう一つの企業はユニクロ。
書いているのはジャーナリストの川嶋幸太郎氏。
同社の一人勝ちの秘密は、@低価格、A高品質、B高機能、Cファッション性という4つの要素が一気に花開いたことにある、と。
安いのに高品質、という仕組みが解き明かされていきます。
同社社長兼会長の柳井正氏「全員が経営者感覚を持って…お客様に満足を与えるとはどういうことなのか、それを考えて仕事をしていかないと(生き残るのは)難しいと思います」
顧客の満足度を測るのも社員が自ら。安いセーターはクリーニングに出すほどでもないから、自分で洗えるセーターを作ってしまう。
暖かいだけではダメで、冬の暖房の部屋を考慮した吸水速乾性の下着。それも「ババシャツ」の域を超えたデザイン性。
「ユニクロの悪口言って100万円」というキャンペーンまで行って苦情を受け止める。
「毎日全店に寄せられるクレームを、本社と店舗が一体になって一つ一つつぶしていく作業を繰り返している」
苦情こそが改善につながる…

さて、6月議会が本日終了。サプライズな若手副市長が誕生しました。
現職副市長さんの永年のご尽力に敬意を表しつつ、新市長さんの紡ぐ「市役所品質力」に期待したいと思います。

2009年6月18日(木)
スイッチオフデー

13日付け公明新聞に、栃木県宇都宮市役所が月2回、地球温暖化防止と職員の残業時間削減を狙って夕方6時に庁内一斉消灯を実施。
名づけてスイッチオフデー。
午後7時まで延長している窓口(やっぱりそういうのがあるんですね)などは別。
年間で30万円の電気代節約、二酸化炭素排出量では13トンの効果があるそうです。
庁舎のデンキを消して希望の明かりをともすのも市役所の大事な仕事、とも書いてあります。まさしくそのとおり。
丸亀市役所も明るい話題性で、市民を照らし出す灯台であってください。

2009年6月17日(水)
「自慢の水」

東京に行き、あちこちでポスターに「東京水」という言葉を目にしました。
13日付け公明新聞を帰宅してから読み、ああこれこれ、と、そこに載っている記事を親しみを感じて読みました。
自治体が水道水の魅力を発信! ユニークな“自慢の水”とのタイトル。
安全、おいしい、を合言葉に「蛇口回帰」を目指しているそうです。
東京のほかにも横浜市の「はまっ子どうし」、大阪市「ほんまや」、下関市「あぁ!関露水」、熊本市「熊本水物語」などが「ブランド」化。
何と熊本市は、人口68万人の上水道をすべて天然地下水でまかなっているのだとか。
先日北海道帯広の友人からのメールでは雨続きで「そちらに分けてあげたい」と。
熊本でもぜんぶ地下水ですか。そういえばさらに近く、今治市でも水道代ゼロという話ですね。
うらやましい、というより、割り切れんなあ…
ともあれ、渇水に悪臭という困難な夏を前に、私たちは私たちのチエの蛇口をひねりましょう。

2009年6月16日(火)
「全国に発信」2件

東京から帰り、新聞をまとめて読みますと、ふたつの記事が印象に残りました。
12日付け、“うどんうちわ”を発売。ぜひともヒットを飛ばしてほしいものです。
もうひとつは13日付け、四国観光ポスターで「四国アイランドギャラリー号」。京急車両「貸切」掲示の電車を走らせるそうです。
それが15日からとあり、品川から羽田への電車となればまさしく昨日、私も使った路線だったのですが、お会いできずに残念でした。
ポスターは12種類あるそうですが、新聞に紹介されていたのが丸亀城だったので目に入りました。これだから画像というのはインパクトあります。
そして上京の3日間。せっかくのお上りさんですから、車中本など読まずにきょろきょろ。社内の広告、ホームの看板。
タレントの起用、心を引くキャッチコピー、きれいな図柄、レイアウトの妙。
ビルにあんなでかいの描いて、コストに対してどれだけの効果が見込めるのだろう…
情報の洪水の中を歩くと、もう鈍感になってしまうのか、それとも必要なモノだけ抽出する要領がよくなってくるのでしょうか。
私たちは地方で、あれと比べたらのんびりですが、でも私たちの観光ターゲットもまた全国です。
そうそう。駅で手にした「駅近隣ガイド」の冊子は競艇場の特集でした。おみやげに、もらってきましたよ。参考にしてください。

2009年6月15日(月)
TDLの成功戦略

私は東京に行って東京ディズニーランドに行ってきたわけではありませんが、たまたま持ち歩いていた月刊雑誌「潮」6月号の特集は「不況に負けない!元気企業」ということで、そのひとつにディズニーランドが取り上げられていました。
寄稿したのはジャーナリスト西村秀幸氏。
氏の分析は「従業員満足が顧客満足につながる」ということ。
客を迎えるスタッフ(現実には「キャスト」というらしい)が笑顔で客に接しているが、それは作られた企業の顔ではなく、内面から出てくる笑顔だ。作ろうとしている笑顔ではない。
それを従業員教育システムから検証します。
「(従業員への)応募者はディズニーワールドのファンであることが多い。だから、すでにユーザーとしての楽しさはよく知っている。しかし、この教育では従業員としても楽しく働けることを教えてくれるのである」
そのことが文中、教育システムの説明や実際のキャストの声で証明されていきます。
小難しい講義ではない。さりとておざなりのガイダンスでもない。従業員教育そのものが、この元気な企業戦略の中核をなしている、と、氏は言いたげです。
これをそっくりそのまま市役所ワールドに移しかえるのもムリがありましょうが、でも本質は盗むべきだと思います。
市役所を志望した人はそれなりに公務員に何かしらの使命を感じている。何かやりたい、自分は向いている、と感じて志望する。
まさしく、「従業員満足が市民の満足につながる」と、そのような教育システムがなくてはなりません。
不況の中で、企業もあえいでいるが公務員もまたバッシングにあっている。
教育こそ戦略、との結論に、行き着かなくてはなりません。

2009年6月12日(金)
都市経済委員会

こちら「輝け」のページでもお詫びしなければなりません。
これを書いているのは15日です。13日から上京し、先ほど帰宅しました。
無断外泊…まことに申し訳ございません。
まずは12日の記事を書かせていただきます。

都市経済委員会が開催され、これで本会議、すべての委員会が終了。最終日まで、議事録調整その他の作業が続きます。
国からの補正予算で、私が2004年12月議会で提案していたお城の内周の整備が取り上げられることとなり、心から喜んでおります。
しかしながらこの4年余り、特にこの半年で経済情勢は一変しており、「ほかに使い道があるのでは?」との意見が今議会、本会議でも委員会で出されております。
こうなるともろ手を挙げて喜んでいるわけにもいかず、そうした背景を察していただき、答弁も「正しいものは正しいのだ」みたいな論調でなく、ソフトにランディングさせる必要もあるのではないでしょうか、と、そのように、ここでは申し上げておきます。
せっかくの予算です。最大の市民満足に結びつけてください。

と、いうわけで、続けて15日付けの記事を書かせていただきます。

2009年6月11日(木)
「参院不要」「衆院300人」と識者

リベラルタイムという雑誌。古いですが昨年11月号に載っている記事。
その頃はいよいよ総選挙かというムードが充満。
世襲議員の実態をあばく記事やメディアの暴走、国民の衆愚、といった記事も目につきます。
そんな中、表題のタイトルで寄稿しているのは白鴎大学教授、福岡政行氏。
「どのくらいまともな政治家がいるんだろうか」という話を出して、結論は「数えるには両手で足りる」。
そこから導かれる氏の論調は衆院300人。参院はいらない。参院は地方の首長や、地方議員のOBの地方代表院に改組、とあるのに注目。
そして政治献金を全廃、とも。
それもこれも、誰かがやってくれるわけではない。
言いだしっぺは、地方、しかないと、私は思います。
口やかましい地方政府。
マスコミ経由で語らない、ハンドマイクや自分のHPで市民に直接語る地方政治家。
信用もおけます。身近で市民自身が見ているから。
そうだよなあ、と言っていただける、口うるさい地方政府を、職員の皆さんとともに作りあげましょう。
その意味でも、職員の皆さんの意識の変革を。

2009年6月10日(水)
絵本キャラたちに感動

ミッフィ、ムーミン、ピーターラビット。
この3つを取り上げた「迷宮美術館」を、帰宅後観ました。
それぞれにヒットの背景にびっくりの秘話、感動のエピソードなどがありました。
「人はなぜ、見るだけでは満足できないのだろう」
ええとこのお嬢さんだったラビットの作者ポターさんは学校にも行かないから部屋のうさぎや昆虫たちが友だち。
病気の子にどんな手紙を書こうかと迷い、うさぎの絵を描いたのがピーターラビット誕生の瞬間とか。
師匠ミレイいわく「絵を描ける人は多い。だが君には観察眼がある」
いわゆるマンガ化されてないリアルっぽいラビットの手法はポターの観察眼の賜物。
ラビットで得た財産は環境保護団体に寄付。いま広大な敷地が動物たちの楽園になってるそうです。
ほかにもムーミン、ミッフィそれぞれにじ〜んと来るストーリーが。
さて本日で一般質問は終了。
行政も議会も、「一人の病気の子のためにある」。
一人の人をみる「観察眼」の鋭さこそ、一般質問のやりとりに大切なこととも申せましょう。
明日から委員会。市民のための議論を、展開してまいりましょう。

2009年6月9日(火)
市道ネーミングライツ、ほか

公職研5月号に紹介されていた「先進地事例」をいくつか紹介します。
@市道路線の命名権(ネーミングライツ)を販売。静岡県磐田市。2路線約千メートル。年間62万円で。道路看板はもちろんクリスマスにはイルミネーションで企業PRもどうぞ。
A里帰り出産時、兄弟の保育所も用意。香川県高松市。出産に里帰りしたものの実家の家族が病気になった、とかの場合、にいちゃんねえちゃんとなる子どもを保育所で預かる。もより保育所がいっぱいなら隣接の保育所を紹介。
B「地球温暖化」を「高温化」に言い換え。埼玉県川口市。市長が「温暖で過ごしやすい印象を感じさせ…危機的な状況を適切に表現していない」として言い方を変更。併せて庁内に「地球高温化対策係」も設置。
いま6月議会、一般質問の最中ですが、いかがでしょう、こんな発想で私たちをサプライズさせてください。もちろん負けずに、私たちも提案してまいります。

2009年6月8日(月)
命と向き合う

本のタイトルです。
副題は「老いと日本人とがんの壁」。著者は中川恵一・東大医学部附属病院緩和ケア診療部長、養老孟司・東大名誉教授、和田秀樹・国際医療福祉大学大学院教授。
前後の二人が、養老先生の教え子、なのだそうです。鼎談、それぞれの講演などで編まれています。
「老人力」はもう言われなくなり、ひたすら若くあること、死と無縁であることがよしとされ、なんでもかんでもがまんがまん、死ぬ直前までがんと闘う、ということが風靡しているが、それに疑問を呈する。
糖尿病を治すというが、どうやら脳の中のぶどう糖がボケ防止になるらしい。
磯野波平さん52歳。取締役になった島耕作さんは59歳。
動物は育児書なんか読まないのにどうして上手に子育てしているのか。
養老さんは奥さんから、「あんたは本当に人を見る目がないんだから」と言われる。
がんと認知症は似ている。どちらも老いから来る。否定しようとする現代医学に一考を。
以上、私の言葉で印象的な内容を再現してみました。
そうすると、やたらメタボ予防だ、数日前に発表した私の「禁煙半年」だ、人間ドックだ健診だというのがなんか意味ないような気がしてきますが、要はそれでどう生きるか、ということでしょう。
きょう、議会で、同僚議員から「タバコやめたんですって? おなか出ましたねえ」と言われたのがショックで、これを書いている夜中も空腹と戦っています。
どうしたもんでしょう。
命と向き合う、ということは空腹と向き合う、ということでもありますねえ。

2009年6月7日(日)
「見えている」と勘違い

遠藤功著、「見える化」。東洋経済新聞社刊。
「ずい分見えるようになりました」とおっしゃる企業でもまだ見えてない、という指摘が、p.26から綴られています。
@「悪い情報」が見えてない
A「組織」として見えてない
Bタイムリーに見えてない
C伝聞情報しか見えてない
以上。「まだまだ見えてない」と考えることがほんとうの「見える化」なのだ、と。
市役所も見える化、しなければなりません。
ある意味で、市役所こそ、「見える化」、しなければなりません。
市執行部の皆さまに、市職員現場の情報が、悪い情報が、組織として、タイムリーに、伝聞でなく、「見えて」いるでしょうか。
「見えないほうがシアワセよ」
そんな幹部の皆さまの意識が、市民の幸福を見えない化、してしまいます。
明日からまた一般質問。
そこに何が見えてくるのでしょうか。

2009年6月6日(土)
そこで問題です

公職研4月号を読了しました。巻末には例によって「昇任試験V講座」があります。
そこでこの中から、市役所職員の皆さんにクイズです。
問い1。20年度国民生活白書より。これは正しいか?
・白書では、経済成長にも拘わらず国民の幸福感は高まっていない点を指摘し、幸福度に関し、特に自分の時間を持てることの重要性を説いている。
正解は?
○。私たちのこれからの仕事は、所得倍増、バブルの時代から一転、それはもう全く価値観の異なる世界で市役所職員をしなければならないという場に設定されているということを、自覚すべきです。
職員の皆さんは去年も一昨年も、今年も変わりなく公務員。けれども時代の要請が、本質的に変わっているということだと思います。
キーワードは市民満足度。これに尽きます。
問い2。自殺対策白書より。これは正しいか?
・内閣府が実施した「自殺対策に関する意識調査」では、周りに自殺をした人がいると答えた人は約10人に1人という高い割合である。
答えは?
×。
周りに自殺をした人がいると答えた人は、なんと約3人に1人だそうです(驚)。
厳粛に受け止めなければなりません。
白書では「自殺は防ぐことができるという認識を明らかにするとともに、地方自治体や民間団体の取組等も紹介している」と、書いてあります。
刻々と、地方の責任は重くなっているようです。
幸福度が上がらない、自殺者は減らない。これは相関することではないでしょうか。
霞ヶ関よりも、市役所窓口で考えるべきことなのかも知れません。

2009年6月5日(金)
ミニヴァー夫人

テレビで放送している映画を追っていたらこの多チャンネル時代、とんでもないことになりますが、このミニヴァー夫人という作品はアカデミー賞を7つも取ったとか、そういう解説がありましたので、まあ観てみるか、ということになりました。
この作品のすばらしい点をいくつか挙げるとして、それは監督のお手柄なのか出演者の演技力なのか。はたまたカメラやスタッフ陣のお働きというべきか、私はよく知りません。
夫人の、ダンナ、子、子のフィアンセ、名家のご老女、それぞれに接するときの目線、気遣い。それらが非常にこまかくていねいに画面に出ている、というのは、どなたのお手柄?
フィアンセを失ったわが子が帰宅。亡き骸に会いに階段を上り、静かに寝室のドアを開き、入っていくシーンは2階の壁に映るシルエットで表現する、そんな処理。
夜道を不安に帰宅するところに機銃掃射。「私たちの車を狙ったのよ」という夫人の一言がないと、助手席で起こっていることが唐突になってしまうが、そうしたストーリー上の配慮。
外国の映画って、とくに昔の映画って、ニコニコ会話しているのかと思ったらいきなり雲行きが怪しくなって、ケンカが始まったりするでしょう? あれは翻訳だからニュアンスについていけてないからなのでしょうか?
大学生になってナマイキ盛り。「ダンスなんてやってる場合じゃないでしょ」という青二才を「息抜きも敵?」と、ひとことでさりげなくやっつける会話。それに対して青二才のほうも「それもそうやな」とテレながらダンス会場に向かう、そのしぐさの自然さやていねいさ。私にもついていけるこまやかさを感じ、好感もてます。
まあ映画技術的なことはもうこの辺にしておきましょう。
平和な小市民の生活の中に、このようにして「戦争」はやってくるのですね。
屋根も壁もふっ飛んでしまった教会での、最後の牧師さんの演説は、やにわに戦意発揚のアジ演説に。
そして空軍機が空をかすめるとエンディングロールで「国家にカネないから協力しよう」と。
なあるほどそのような映画であったのか…。
しかしまあ不思議な映画で、静かに聖書を読み終えたあとの牧師の言葉によって、この映画は「戦争やろう」映画にも「戦争やめよう」映画にもなりうる、と思いました。
敵国ドイツでもこの賛美歌が歌われ、この聖書が読まれて、攻めてきたの?
1942年のこの作品を今日の世に鑑賞することでまた感慨があります。
深読みしすぎでしょうが、戦争をあおる結末をも含めて、のちの世に、この作品は反戦映画、戦争を乗り越えるための映画と、そのように鑑賞できるほどのものであると、私は感じました。

2009年6月4日(木)
わたしが幼かったころ…小澤征爾

意欲的に、なんでも録画したら、意欲的に、これを見なければならないわけで、困ったものです。
録画しておいたNHKのシリーズ「わたしが幼かったころ」。いつもは見ていませんが今回はスペシャル。小澤征爾さん登場、ということで録画しておきました。
ラグビーでゆがんだ指など、この映像はレアものです。保存に決定。
幼い頃の思い出が、再現シーンもとりまぜて繰り広げられます。合間に本人もコメントを。
幼い、その舞台は中国です。日中国交回復後はしばしばここ中国にも来て後進を指導。
「おとといも中国の若い指揮者の卵をオーディション。そのときに思った。この国には『やり切る』という熱意がある」。(趣旨)
私の育った頃にはなにか、(番組の中でも再現されていた)ピアノをリヤカーで持ってくるという時代の、ハングリーなものがあったが、今はどうか。それが中国にはあるように思えた」といった趣旨。(私にはそのように理解できました。あくまでも私の感じた趣意)。
どんなに環境が整っていても、この、「やりきる」というのがないと、その環境が生かされない、というような感じ、と、言っていたと思います。
当時ラグビーが好きだった小澤さんは、そのためにピアノが弾けなくなってしまう。そこから指揮者の道へ。
「お母さんは泣いた。でもあのラグビーがあったからこそ、自分は『出し切る』ということができた」
「もっと上を」という、向上心に満ちた心意気、行き方に、私は強い共鳴を覚えます。
11万市民のコンダクターたる人物を育てうる、そんな環境が、市にも、市役所にもなくてはならないと思います。

2009年6月3日(水)
「失注報告書」「事故の歴史展示館」

昨日のフィンランドの続きは日を改めることとし、きょうは借り物の本、「見える化」を読了しましたので、こちらから先に紹介させていただきます。
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授、遠藤 功氏著。東洋経済新報社刊。
ひととおり理論展開が終って後半、実在の各社の「見える化」の実践例が紹介されています。
そこで見つけたのが表題の言葉。
@失注報告書。注文をよその社にもって行かれた。原因は? 他社のほうが安く落札したから、ではダメ。その原因を究明するための制度化をしたのがこの報告書、なのだそうです。
A事故の歴史展示館。JR東日本が2002年に開設。福島県白河市にある同社の研修センターにあるそうです。
これまでの事故のもようをCGで再現。事故現場の現物も展示。風化させてはいけない事故の教訓を「見える化」。
ふたつとも市役所には関係ねぇ〜、と考えた方は、再考を。
われわれはモノも売らないし、電車も走らせませんが、顧客の満足を目指すという点ではまさに教科書にしなければなりません。
市役所職員に対する市民の評価度も、ほんとに「見える化」できればいいなと思います。
議員もね。

2009年6月2日(火)
フィンランド〜豊かさのメソッド

堀内都喜子著。集英社新書。
高松で聴講したフィンランドが世界学力調査(PISA)で1位、国際競争力ランキング4年連続1位、その秘密を探る講演会の折に、会場で買い求めた一冊。
「フィンランドには部活動がない」p.52
この一行を読んでも、なんだか入ってみたくなるでしょう。
魅力にあふれた一冊でした。
先に触れた、この国の学力の秘密を単に解き明かすという趣旨でなく、背後にある歴史や国民性、この国に住んでの印象など、生き生きとしたガイドブック風で読みやすく、やさしい目線でフィンランドの国と人々を眺めている、その著者の視線や心持ちがとてもやさしくてよろしいです。
この本を読んで、この国を好きにならない人はたぶんいないのでは?
さきほどたまたま、録画しておいた番組の前後をカットする作業をしようとしたら来週の「迷宮美術館」にかの国の「ムーミン」が語られるらしい。ほうほう、録画しなければ!という具合。
読み終えて、肝心の学力うんぬんはそっちのけ(笑)。まずフィンランドが好きになってしまう、という本。
「日本の大学には論文の提出期限というのが必ずあるのに、フィンランドの大学にはまったくない」p.92
どうです?読んでみたくなってきませんか?もういっちょ、紹介しましょうか?
「フィンランドでは子どもが生まれると、親は国費で提供されるベビー服、その他の育児用品をまとめたセットを受け取ることができる」p.106
明日もこの続きを書きたいと思います。
で、きょうのところの感想は、「ともかく世界に視野を広げたい」ということ。
このあいだ、車中CDで朗読を聴いた、川端康成の「雪国」。その中に、蚕が糸を吐き出すシーンが美しく描かれ、詳しくは覚えていませんがそれが女性に美しくなぞらえられていました。
私も世界中の葉っぱを食べて、議員という仕事の中において糸を吐き出したいものだと思います。
あまり美しくない?

2009年6月1日(月)
野球のスコアボードと「見える化」

早稲田大学大学院教授、遠藤功氏の著書、「見える化」。これを読み始めました。
その中にとてもわかりやすい説明がありました。
野球のスコアボードはなぜ必要なのか。それは野球が、「サッカーなどに比べてスピード感には欠けるが、その場の状況に応じてきめ細かな戦術を競う、きわめて緻密なゲーム」だから。
野球の、この「思考のゲーム」の側面を引き出すためには、「スコアボード」による「見える化」が不可欠なのだ、と。p.43
なるほど〜。テレビでの観戦では、たしかにあの画面隅の表示は欠かせませんよね。3対2、9回ウラ、ツースリー、ランナー2塁。4番登場…これでどどっとハマリますわね。
「野球場からスコアボードが消えてしまったり、もしくは情報が見えないような小さなものになってしまったら、観客もプレイヤーも困るだけでなく、野球というゲームの本質的な面白さまで減衰してしまう」…なるほどごもっとも。
私たちは職場での問題点を、まず問題と認識していない、認識しているような気がしているだけ、認識はしているが方策は打ててない、といったさまざまな状況にあり、「まあ給料くれればいっか」状態になってないでしょうか。
スコアボードを考案し、今日まで発展させてきた人は偉い。まさに市役所という世界を「見える化」していただきたいと思います。
思い起こせば少年時代の草野球。スコアボードなどもちろんなくて、「ツーツーやったっけ?」とか言いながらやりました。
アマチュア、というより子どもの遊び。そういうことになってないか、考えてみることも必要だと思いました。

2009年5月31日(日)
森忠政の見た秀吉

昨晩の続きです。
「名君の門」という作品には森忠政から見た秀吉が描かれています。
…秀吉のことを、出自が卑しいとか女誑しとか陰で揶揄する者も多いが、人がどう言おうと、忠政は秀吉の気配りの凄さや様々な美点を凝視しようとしていた。…人の心をつかまれる名人だ。だからこそ、今までの戦いに勝利してきたし、人もついてきた…p123
…衆議の場などは、武器をとっての戦い以上に、厳しい戦いの場が往々にしてある。いわば目に見えない戦だ…p128
彼らは、戦時には敵と戦ったが、基本的には政治家でもあるわけで、そりゃもう知勇兼備でなければらならかったでしょう。そして戦は、あくまで民を安んずるという名の下に行われたのでしょう。
統治の形態は変わりましたが、変わったのは形態だけ。あくまで民の生活を安んじることが私らの使命であることを銘記し、仕事に臨まねばなりません。

2009年5月30日(土)
資質、について

「名君の門〜戦国武将・森忠政」。皆木和義著。角川書店。
森蘭丸の名をご存知の方は多いでしょうが、その弟、森千丸という存在を、私はこの書で知りました。それがあの、昨年夏にお邪魔した津山のお城の城主とはまたこの一書で知るところとなりました。
その中に、こんな記述がありました。石田光成の人物を評するくだりです。
(石田殿は、優れた人ではあるが、かほとまでに人気がないのか。深沈厚重は是れ第一等の資質。磊落豪雄は是れ第二等の資質。聡明才弁は是れ第三等の資質と先達の言葉にあるが…)
自分に照らすのもおこがましいですが、さしずめ自分をあてはめれば、私は第三等の資質。そう指摘されたような気がします。
ここで私は考えます。三等から二等へ、二等から一等へ、そう簡単に渡れないのが「資質」、というものでもありましょう。
けれども世にあって、なにかしら成そうとする以上、資質をも改めようという欲心をなくしてはならないと思います。
市職員や議員の資質を高めてくれるもの、それはどこまでも、市民、その皆様方であります。

2009年5月29日(金)
麻生太郎の「天命」とは何か

このタイトルは「リベラルタイム」という雑誌、08年12月号に所収、「永田町仄聞録」シリーズ91回目、執筆はジャーナリスト、堤 尭氏。そのタイトルです。
副題というか見出しがあって、私がここに紹介したかったこと、そのまんまなんで、安易に引用させてもらいます。
「私の天命は小沢・民主党に勝つこと」…「いうことが小さい、小さい。ホントの相手はアメリカ大統領なのだ」
文章の冒頭に紹介されているのは例の、国連演説でのハプニングと「好プレー」。翻訳が場内に流れていずに「やりなおし」という時の機転。「日本製じゃないからだ」で、笑いと拍手。堂々たるもの。好スタートだったのに。
さて、おじいさんの時代。「吉田はいつまでも元気だねえ」と昭和天皇。それに対して「ハイ、吉田は人を食って生きておりますものですから」。天皇も吹き出しそうになったと。
同様に、マッカーサーにデータを示して食糧を直訴。あとで「データはでたらめじゃないか」「我国の統計がしっかりしていれば、あんな無謀な戦争はやらなかったし、統計をしっかりやっていれば日本が勝てたかも」とやりかえし。
筆者いわく、
「この種の当意即妙のジョークやウィットは、その場を呑んでいるから出てくる。知的優位がその種の度胸を担保する」
「戦争には負けたが外交で勝つ…その気構えが吉田の脳ミソをフル回転させていた」
またいわく、
「憲法9条をタテに、日本は朝鮮戦争にもベトナム戦争にも一兵たりとも出さずにすんだ。隣の韓国は精鋭のタイガー師団5万人をベトナムに送り、その猛虎ぶりはいまだにベトナム人の恨みを買っている」
こういう記述が続いてから、冒頭紹介した展開となります。
日本は知恵くらべで勝つ。
写真が載せられていて、吉田翁の後ろにジャンバー姿ではにかむ太郎少年。
政治家の価値、公務員の価値、地方議員の価値。
それぞれ「なんのためにいるのか?」を考えねばならない地点なのだとあらためて思いました。

2009年5月28日(木)
「何をやめるか」市民が決める

公職研、4月号に、中央学院大学客員教授、前の我孫子市長、福島浩彦氏が寄稿。上記がタイトルそのものです。
「これ以上いたずらに『物欲』を満たし、際限なく『利便性』を追求する社会を前提とすることはできない。『何をあきらめるか』を明確にしていくことが肝心だろう。そして『あったほうが良いか、悪いか』でなく、『必要であっても優先順位が低いものはあきらめる』という決断が必要だ。首長や議員は、『何をあきらめるか』の選択を明確にしたマニフェストを市民に示さなければならない」
この論及に対し、「それはごもっともですが、それでは落選してしまう」という声が、どこかから聞こえます。
「市民が賢明な判断を」というご意見には、現実味がありません。
まもなく6月議会。一般質問は市民からの要望に満ちているでしょう。
「それはできない」という立派な論陣を張れるか、が問題。
タイトルの言葉はそのまま、「何をやめるかは、議場で決める」ということになるのではないでしょうか。
議会議論の精度の高さが、市民満足につながるのではないかと思います。

2009年5月27日(水)
カッティング・エッジ

NHKの番組で、ずいぶん昔に録画しておいたのを整理がてら、見ました。
カッティング・エッジとは映画のフィルム編集の出来栄えを指す言葉。
1903年。ライト兄弟の飛行と同年に誕生した「映画」は、父と言われるルミエールも「あんまり期待できない発明」と、消極的。
「だって見えるものを再現してなにがおもしろいの」(趣意)。
ところがっ!
ある時、火事に見舞われてパニックの家と、そこに駆けつけようとする消防士の姿を入れ混ぜて編集してみると、観た者はハラハラドキドキ。
ここに「編集」というものが映画の大きなファクターとして、存在づけられ始めます。
時代がくだってレーニンはそのことを把握。革命展開にこの技法を大きく取り入れ、成功した、とのことです。
なにやら昨日の記事の続きのような趣きになってきました。
映画、映像世界というものもまた、いかようにも使いこなせる両面性、矛盾を抱えているということでしょうか。
それが戦争に使われるのか平和に使われるのかは、ほんとに紙一重なのですね。
インフルエンザだといえば皆さんこぞってマスクを買い求めたように、賢明なるフィルターが必要ということでしょうか。
なるほど私たちは、音楽にも映像にも、えらく「感化」されやすいものなんだなと、この番組を見て、あらためて思いました。

2009年5月26日(火)
メディアの両面性

ジャーナリスト東晋平氏が公明新聞に連載しているコラム「政治とメディア」。5月20日付けは第10回。
「近代ジャーナリズムの歴史は『犯罪報道』の歴史でもある」と、始まります。
公開処刑の果たした任務をメディアは文書で担う。「この犯罪者はどんな罪を犯し、どう罰されるのか」を周知するという役割を。
新人記者はまず「サツ回り」というのが日本の通例なのだそうです。メディアはつまり、「警察広報」であるという一面を持っている。
これに対して「権力を監視し批判する」という役割も担うが、ここに矛盾をはらんでいる、と、氏は指摘しています。
国民がそのことを知っていることが大事。メディアの本質を見抜く眼を忘れてはならないということでしょうか。
全然関係ない話ですが、夕刻、知人から電話をいただき、「役所ではこういう説明を受けたが、納得できない」という内容でした。
その課の光景を私は思い浮かべ、勝手な想像ですが、「役人の立場から説明したな〜」という印象を持ちました。
勝手な想像で言うべきでないかも知れませんが、少なくとも私が受けた印象は、そうでした。
「サツ回り」の新人記者も、メディアの両面性、なんてことを毎日考えながら仕事をするわけではないでしょう。
議員も職員も、その本質、本来の使命に立ち返ることはとても大切と思います。
「だってそう説明するしかないんだもん」たぶんそうおっしゃることでしょう。
だけど、です。
役所対市民、という構造と、市民のための公務員、という、まあいわばこの両面性の中で、「悩みを抱える」公務員であってほしいとは、思います。
いかが?

2009年5月25日(月)
大平正芳蔵相の大罪

ちょっとタイトルにするのがはばかられましたが、そんな記事を見つけました。
これは副題で、主題は「赤字国債導入による財政の大転換」。
雑誌「リベラルタイム」08年12月号。記者回顧録68、書いているのはジャーナリスト、後藤洋文氏。
…石油ショック不況で法人税や所得税の税収が落ち込み、3兆8800億円もの歳入不足となった。このため万策尽きた大平は、赤字国債の発行という戦時財政時に匹敵する非常措置を政敵・福田が「昭和元禄」と名づけた泰平時に採用したのである…
福田の「建設国債」と大平の「赤字国債」を対比しつつ、1975年、消費税のメドも絶たれた頃の事情を、元記者が検証していきます。
当時、私は二十歳。奇しくも、と言ってありがたいことではありませんが、今、ちょうど息子も就職難。
政治が悪いから不況になったのではないのかも知れません。それは資本主義が引くインフルエンザなのかも知れません、一部の経済学者が言うように。
しかしそれでも私は感慨深く、この短い記事を読みました。そうか。二十歳だったからちっともわからなかっのだ。政治家もまた、まちがうのだ、ということを。
すべてが大平の罪、と言っているのではありません。
「日本の政治家や官僚が真っ当であれば、その後の赤字国債の発行は、限りなくゼロに近い額になっていたはずである。ところが実際には02年度に29兆円を発行する等して、いまやその累積額は320兆円に達している。大平を含む歴代首相の赤字財政の結果、国民生活の向上どころか、老後の安心も保障できないほどの財政にしてしまった根源は、この時の大平政策にある」
今宵、帰宅してNHKの番組「介護保険が『使えない』」というのを見ました。都内のある巨大な団地。一人暮らしのお年寄りを訪問すると、カレンダーに何か書いてある。「あれは何ですか?」
「ときどき何歳かも忘れるので、生年月日を書いてるのです」
その老人は何日も、お医者さんにもらった認知症の薬を服用し忘れているのです。
「介護制度、知っていますか?」「知らない」
「利用しようと思いませんか?」「よその人が入ってくるなんて、怖い」
…。
とうとうNHKの記者が厚労省の幹部にインタビュー。なにか回答していましたが、もちろん「国の責任です」とも「私がなんとかしましょう」とかは答えるはずもありません。
政治、です。
この先、もしか30年後、こうして雑誌に○○の大罪、というタイトルで書かれるのでしょうか。
やりきれない気持ちになりますが、政治というものの重みを、ともかく引き受けて仕事をする。その人を選び、磨かなくてはならないのは、やはり市民国民だと、そのように思います。
同じことを何度も書いてすみませんが、サラリーマン川柳に出てきたあの一作、「篤姫に 仕切らせたいな 国会を」。
罪もない一句で、私は非難するのではありません。
ただ厳粛に、下に次の句をつなぐしかないと思います。
「あなた以外に 篤姫はなし」

2009年5月24日(日)
サラリーマン川柳

第一生命保険「第22回サラリーマン川柳コンクール」。
今年も名作が出揃いました(笑)。
1位に輝いた「ポーニョポニョ」というのは私、恥ずかしながらこの映画を観てなく、また「しゅうち心」という人気ユニットというものも知らないので、感動がなく、残念。
それにうちの奥さんはポニョというより…。
2位。久しぶり ハローワークで 同窓会
ほんとに、いつ行っても混んでいるのはこことうどん店。
後者はよろしいが、前者には心が傷んでおります。
4位。朝バナナ 効果があったの お店だけ
危うくわたくし、朝バナナというものが流行していたのさえ知らずじまいでしたので、実に、そのとおりと思います。そんなのに乗らなければいいのに、とも思いますが、お店だけでも効果があるなら、それはそれでいいのかも。
10位。篤姫に 仕切らせたいな 国会を
同感。しかしそれができぬことこそ民主主義の良さと厳しさ。
わたしらに 仕切らせてみよ 国会を

2009年5月23日(土)
経済学から見た議員の世襲

「出没日誌」からの続きのようなかっこうで、書きます。
NHK「視点・論点」という10分番組。これまた毎回見ればさぞや賢くなるだろうと思いますのに、そうしないのは、取り上げられるテーマがほんとにあちこちバラバラで、それがこの番組の良さでもあります。
さて、気になるタイトルを見つけましたので、早朝、録画しておき、昼間に見ました。
解説するのは東洋大学教授、中北 徹氏。
自民党では3割の国会議員が世襲。全国平均、当選率が3割のところへ、世襲の候補者は当選率が8割なのだとか。それほど有利。
これを制限しようという動きに、氏は基本的に賛同しながらも経済学から見た独自の説を展開。
それはそういう該当者を押し出す「push」の一面よりも、「pull」、どれだけ制限をとっぱらって有能な人材に立候補をしてもらえるか、の、いわば「選挙の規制緩和」が大切、と。
なるほど〜。
ドイツフランスでは、いったん退職しなくても立候補ができる。落選すれば、公務員だって、もとの公務員に戻れる、とのことです。
そしてアメリカ大統領だって、当選しなければ地方の議員のまま。そうだったんですね〜(驚)
私は地方議員で、さまざまな市民のご意見をいただいて、その解決や実現に走っているのですが、けっきょく、規模の大小はあれ、市民の個々のニーズや抱える難問にどこまで政治が入っていけるか、スピーディに反映できるかが課題です。
その点では、地方も国も、基本の構図は変わらないのではないでしょうか。
国だから遅いということは許されない。介護の課題を、「出没」に紹介した都内のある区では独自の予算措置でデイサービスの床を確保したものの、それはわずか6床。
国が、介護報酬を改善すれば良いだけのことですが、おそらく我々が遠巻きにして論じているほど簡単なものではないのでしょう。
さあそこで、だれが登場すればいいのか。
私は、視点・論点に言う論者のおっしゃることが正しいと思います。
ですが、きょうも新聞お配りしながらあれこれ考えたのです。きっとあの人も、この人も、反対するだろう、ぐずぐず言うだろう。
だから決まらないだろう。
教授のおっしゃる視点は、その実現があの、車椅子で主人を介護する奥さんにひとときでも、デイサービスで主人を送り出し、介護の苦労から解き放してさしあげられることができるのかも知れません。
私は職業がら、偏っているかも知れませんが、「やっぱり政治だよ」と、強く思うのです。
世襲を制限するという「外科的」手法より、「そういうヒトは選ばない」という「内科的」手法が私はいいと思うが、国民皆さんがそれでいいならそれでかまわない。
ほんとにこれは深刻に、政治家を招き入れなければならない時だと思いました。

2009年5月22日(金)
叱る 叱らない 叱れない

NHKの「ETV」というシリーズで放映されたなかから、興味があったのでしょう、この回だけ、録画しておきました。
会社で上司が部下を叱る、居酒屋では店長ひとりが正社員。あとの学生アルバイトの子らをどう叱り、のばすのか。学校では先生がどう叱っているか。そして地域で、ある住職の「てらこや」奮闘記、などなど。
きのう紹介した爆笑問題の「ニッポンの教養」という番組が、とても魅力的なのに私がどうしてシリーズで食い入るように観ないのかと考えてみましたが、それはどこか、番組構成に「とりとめがない」という印象をいだくからかなと、きょう考えました。
カメラのアングルがころころ切り替わり、そして画面右下に、もうひとりの聞き役みたいな登場の仕方でオレンジ色のキャラクターがちらちらしている。
それらは「工夫」なので、たいしたものだと思います。
あれだけむずかしい「問題」を取り上げて飽きさせないのはたいへんな工夫だと思います。
でももう私には「気が散る」という、私のほうの事情があるので、オッカケないのだと、思いました。
同様のことがETVにも言えたのかも知れません。なにかズッシリ、しているのが、わたくしの「好み」です。好みのことなど話してすみません。

それこそとりとめないですが、番組を見ながらメモをとったことを、ここに書かせていただきます。
叱る前に子どもの信頼を得ること。
叱る前にはルールや説明など、叱る側にも工夫が必要。
叱ってできないからといって絶望しないこと。それは自分の理想のカタにはめることになるから。自分の理想にこだわらない。自分の理想にハメない。できないことをいくら突っついても、芽は出ない。
子どもたちも昔とちがって、オトナを客観的に見ている。大人各人のレベルを、子どもは測れている。
家庭にも地域にも子どもがたくさんいて、子どもの社会を形成できていたころは、兄さんや近所の年上の子が情報を。「先生は偉い」とか「怖い」とかを年下の子どもが受け止めた。
今はちがう。家庭に子どもの世界なく、両親の会話「何組の先生はハズレ」というのを聞いて、子どもはちゃんとオトナを評価している。
岡山のある私立高校では「ゼロ・トレランス」を実行。ルールを破れは容赦なく罰する、という路線。
ある先生は、ゼロ・トレランスに臨む前に必死で子らに説明、接触を試みた。
「ダメなものはダメ、ということを子どもたちにどう伝えるか、を考えることで、子どもたちと関われるようになった」と。
ともあれ、親が忙し過ぎて、子と、また地域と関われない。そのことにも「叱れない」ことの原因があるのではないか、と番組中の発言がありました。
私の好みは「重厚に」ですが、そんな堅苦しいことを言っていては番組にならない。
ともかく親にも先生にも、そしてあらゆる地域の人たちに、問題意識と、問題を読み解くヒントを与えるような、そんな番組にはがんばって、視聴者をひきつけてもらいたいものです。
叱る 叱らない 叱れない…そしてそのことをナンとも思ってない…方々に、啓発の端緒となってくれれば、テレビは大いにありがたいアイテムだと思いました。

2009年5月21日(木)
人はなぜ「殺す」のか

爆笑問題「ニッポンの教養」という番組。以前から気になっておりました。
でも定時に放送されているのをつかまえられなかった(私の勝手な探し方で)こともあり、今回初めて、録画しておいてから昨晩、見ました。
タイトルがとても興味深かったからです。それが今宵の表題そのものでした。
なるほど聞きしにまさる。
わたくしと波長が合う。
大学の先生の論考をどうやって市井のわたしたちに授けてくれるか、そのご苦労がすごく詰まった番組と思います。
殺人をデータで見ると、圧倒的に20〜30代の男性に多い。
これは動物としての人間を考察したとき、とても理にかなっている?というか説明できうること、と、登場した先生は分析します。
こういう番組は見逃したくない。
けれどもなにかこう、私のテレビ生活の好みにとって、それをなさせない何かがあります。
そんなぎょうさんな問題でもありますまい(笑)。
ただもう、勉強したい、知りたいという情熱のみ、心に燃やしている私です。

2009年5月20日(水)
これからの図書館

公職研3月号。昨日に続いてもうひとつの特集、「図書館」から、話題を。
1年間に1度以上公共図書館を利用した人は全国民の…28%。(毎日新聞社第62回読書世論調査)
この数字は、高いでしょうか、低いと感じますか?
いろいろ思い巡らして、「なるほどそんなもんだよねえ」というところではないでしょうか。
「要するに住民の7割はまったく使っていない」なるほど。(「公共図書館の可能性」と題した国立国会図書館資料提供部電子資料課長、柳 与志夫氏の寄稿)
図書館「行政」は存在するのか?と、問いかけています。
このパーセンテージを上げるため、「本のコスト以上にコストをかけて」サービス向上に努める向きもあります。
お年寄りのために無料宅配、とか、離島の子どもには船でデリバリーとか、そういう事例も知っています。
図書館は無料貸本屋でなく、それ以外に本来の使命がいろいろある。
本当に納得してもらえる図書館へ、まずは市民の声を聴くことではないでしょうか。
そして絶えざる、勉強です。
チャンスは逃さず、どこへでも、何でも見聞するもので、教育民生委員長時代に参加させてもらった図書館視察のことが記憶にあります。
このHPに視察報告もしてあります。
図書館へも、私も政策提言を、いつかさせていただきたいと思います。

2009年5月19日(火)
分権時代の農業

公職研3月号に農業の特集があり、読みました。
基幹的農業従事者は1965年の894万人から2007年、197万人へ。
分権、自治の時代の到来で、国政レベルの一律施策から地方がそれぞれの工夫を凝らす時代に。
特集記事は複数の方々が執筆していますが、論調として、ブランド化、地元産学との連携などが語られる中、自治体がどう絡むかについて、幾人かが論及しています。
「市町村が、農家、農業法人、農協等の農業関係者だけでなく他産業との連携も図って、地域が全体としての地域振興に取り組むこと(中略)産業クラスターの形成や農商工連携がそれである」(愛媛大学農学部教授 大隈満氏)
「地方自治体の職員は、職務上、地域の方々に比べ大学の研究者を含む専門家に出合う機会は多い」(金沢大学人間社会学域法学類教授 大友信秀氏)
ある意味で議員は職員の皆さん以上にそういう機会は多いと思います。勉強して、皆さんにも役立てもらえる農業政策という「産物」を生みたいと思います。

2009年5月18日(月)
名君の門 戦国武将 森忠政

恥ずかしながら、こういう人物が歴史上、いたことさえ私は知りませんでした。
森蘭丸、は有名です。森忠政とはその弟、森千丸のことです。
昨年夏、市民活動センターの活発な先進地を巡る旅をさせていただきました。そして訪問したのが津山。
ここのお殿様がこの人で、そのゆかりから、皆木和義著になるこの本を読みました。
織田、豊臣、徳川の世を見てきた森家の人。
治世とは何か。
小説の中に、こんなくだりがあります。
「では徳とは何か」と忠政はあえて聞いた。
「徳とは、衆望であり、期待であり、納得であり、またそういう人を感化させる人格の力でござりまする」
私は今日の「出没日誌」に、南アフリカのマンデラ大統領やアパルトヘイトに関連した映画のことを書きました。
そして黒人たちがようやく手にしたその一票がどれほど重いか。それはそのまま、私たちの世の一票につながっています。
そして一方、私たちの世は、森忠政の世からも、つながっています。
市民一人ひとりが寄せたその一票の積み重ねによって誕生するリーダー。
そのリーダーのもとでいかなる市民への施策が展開されるのか。
そこにこそ、「徳」がなければなりません。
市民の一票で選んだその人が、果たして「名君」たりや?
戦国武将の世と異なり、今は、市民が名君を育てねばならない時代なのではないでしょうか。

2009年5月17日(日)
市町村長の廃止

「出没日誌」のほうで紹介しました本。
その巻末近くに同書の監修者、穂坂邦夫氏が登場。埼玉県志木市長時代の特区提案を中心に語られています。
この本の副題ともなっています「市町村長の廃止」ということにも、論及されています。
志木市が国に特区提案しているものは15項目ほどあり、その中に収入役の廃止、など国全体で実現されたものもありますが、こればっかりは憲法違反と、国から退けられているものがあります。
それが「地方自治解放特区」。
この項目に続いて、「特別寄稿」として、志木市の職員からの報告が講演要旨の形で載せられていて、これが興味深いです。明日以降で、職員の皆さん向けに、紹介させていただきたいです。
きょうはその前に、感銘を受け、共鳴した穂坂氏の言葉を引用します。
p159
…我が国の自治制度における改革は地方分権一括法の導入以来、市町村合併や三位一体改革、道州制の検討や道州制特区導入など様々な形で推進されてきたが、もはや恐る恐るの修繕的、部分的改革では解決できないほど問題が山積みしている。
ほんとうに迷惑を蒙るのは市民だと思います。だから市民よ立ちあがれ! というのはしかし、最初に願うべきことではないと私は思います。
本書の中に、「議員は何に対して報酬をもらうのか」という意味の文がありました。
考えさせられます。
そして市長は? 市職員は?
労働の対価として、という次元を超えて、それは考えられなければならないものと思います。

2009年5月16日(土)
ネットで議会をPR

まず5月4日付け四国新聞に、「ユーチューブで地方自治体をPR」という記事がありました。
国内利用者2000万人だとか。
大阪府が2月からスタートさせたのは「大阪府ムービーニュース」。
「府政情報が届きにくい若者にも見てほしい」と府担当者。
次に6日付け同紙に「県議会ネット中継、アクセス4万件突破で全国10位に」という見出しが。
昨年2月から導入。生中継だけでなく録画も配信。
事務局談「本会議に加え常任委員会も中継していることでアクセス数が増えたのでは」
録画公開までの日数を(いま1週間後)もっと短縮させることにも意欲的だとか。
丸亀市議会もぜひ、このニーズに答えてまいりたい。

2009年5月15日(金)
cool japan「会社」

NHKおなじみの番組、クールジャパン。
録画しておいて本日、見た回のテーマは「会社」。
日本で常識、あの「入社式」というものからして外国人には賛否両論。
社歌について。みんなでひとつの歌を歌うなんて、軍隊しか考えられない、と、スペイン人。
終身雇用という制度には「それだから日本は不況に持ちこたえられないのよ」との厳しい意見も。
日本独特の「人事異動」。その功罪にも議論百出。米国人は「そんなのありえません」とキッパリ。
逆に、終身雇用を保証、残業は禁止、「常に考える」というスローガンを社内あちこちに掲示し、提案箱には毎年1万件の社員からの提案が寄せられる、という会社が紹介されていました。
その提案のうち、毎年数千件は「採用」されるとか。例えば、と、紹介されていたのは作業用の台車の置き場所。
置いたままだとゴロゴロ動く。そこで能率を上げるために定位置にストッパーを。
単純なことですが、「常に考える」は浸透しているようです。提言にご褒美もあるそうです。
「だけど終身保障したら、みんなダレるでしょう?」との声も。
こうなるともう、あくなきカイゼンへのバトルでしょう。
その会社の従業員はたしか700名余りと言っていました。もちろん、アルバイトゼロ。
よく言われるように、市役所は市内最大の「企業」。
トップ集団の発案力が、市の命運を決するようです。

2009年5月14日(木)
立ち見席の不文律

新聞整理をしていて、公明新聞「文化」のページに、こんなタイトルを読みました。5月12日付け。
書いているのは音楽評論家、堀内 修氏。ああ。NHKのオペラの時間に解説で出てくる方だ。そう思いました。
ウィーンのコンサートには立ち見席があり、めっぽう安い値段で本格的な演奏が聴ける、という話題。
倒れる人が出たら後ろの人はしかたがない、聴くのを中断して外に引っ張り出してあげるのが「不文律」なのだとか。なるほど。
ですので一番いい立ち見席は、最前列、なのだそうです(笑)。
筆者は、「ウィーンの音楽的水準を支えているのは、この立ち見席ではないかと思う」と書いています。
安い値段で耳が肥える。体が肥えると立ち見も大変、とシャレたことも。
お国柄、でもありましょうが、日本でもそういうのがあってもいいと思います。
そしてコンサート以外でも、耳が肥える、目が肥える、感性が肥えるなら気付いたことからやればいいと思います。
ミモカのチラシを先日読んでいて、こども同伴でオトナもタダ、とかいろいろ工夫もされています。
私にも東京での在学中、数百円の席に通ったコンサートの思い出もあります。
そんなことを今度、「くつろぎの館」に書かせてもらいましょうか。
新聞の整理、つまり捨てるつもりだったのに、ひとつストックが増えました。

2009年5月13日(水)
地方向け基金2兆円

国の「新経済対策」のために46基金が設けられ、そのうち15基金、2兆円が地方自治体向けだそうです。
主なものを紹介します。参考にしてください。
・緑の産業再生プロジェクト 森林整備、バイオマス利用工場、発電所整備
・地域グリーンニューディール 省エネ住宅や不法投棄、漂流・漂着ごみの処理事業
・社会福祉施設の耐震化やスプリンクラー 老人ホームなど
・介護職員の処遇改善 介護報酬3%アップに加え介護現場で働く人の処遇をさらに改善
・介護拠点緊急整備 特養ホームやグループホームの緊急整備
・安心こども基金 保育サービス充実、ひとり親家庭対策
・高校生の授業料減免、奨学金事業への緊急支援 家計急変に対応
・緊急雇用創出 解雇などで離職した非正規労働者、中高年齢者の一時的な雇用創出
・自殺対策 相談や防止啓発事業を支援
以上、5月11日付け公明新聞から紹介しました。
私と同年輩の方で、仕事を得られずハローワークに通っている人が何人もおります。
病児保育につき、病気の子どもを看病したいのはやまやまだが、勤務上それができないとの訴えもあります。
高校に行くのを、姉か妹かどちらかが断念しなければならないという相談もありました。
上記制度は国民のために準備されたもの。活用は市町村の責務。
どうか意欲的に取り組んでください。

2009年5月12日(火)
ウチダサンアリガトウ

今朝、遊説をしていたら自転車から手を振って、「アリガトー」と言って走り去った方がいました。
それで十分、意味はわかりました。前々回の遊説のとき、「ウチダさんちょっとちょっと」と、搦手門にしつらえられたお城まつりのゲートのところへ。
「これがあるけんな、歩道が通れん。毎年、横に下りる木のスロープをつけてくれとったんよ」
文字で説明してだいたいお分かりいただけるでしょうか?
お城まつりのゲートが設置されている間、自転車通行の邪魔をしているからバイパススロープをつけてくれていた、ということです。なるほどそれもそうでした。
ゲートはお城まつり用でもその前後、通行人は困るわけです。
その日さっそく商工観光課へ。お城村へ話がとどき、次に見た日には跳び箱の踏み切り台のようなものがセットされていました。
「アリガトウ」の声の主は、その時の壮年の方でした。
市役所職員の皆さんにも、市民の「アリガトウ」が届いているでしょうか。
公務員のボーナスカットの時代ですが(…)、せめて市民の感謝の声が、ちゃんと届けばいいなと思います。

2009年5月11日(月)
「クールジャパン」今回は「観光」

各国からの8人がワイワイ日本の「カッコイイ」を探すNHKのこの番組。
録画しておいたのは「観光」がテーマ。
外国人が見た日本の観光地、@京都、A大阪…あと新宿や渋谷、お台場、ディズニーランドなどが続いていました。
日本のホテルでは何割か、外国人お断り、というものがある、とは意外。そしてローカル鉄道や観光地で外国語表記や説明がないのが、日本の観光「後進国」という事実と重ね合わされます。
さてそんな中、ニンジャの体験、握り鮨職人体験など、参加型のツアーが大人気とか。
日本人からも「これ、やってみた〜い」の声が。私も同感。
ある外国人。「私たちは有名な観光地をあちこち訪問することよりも自分の中に発見がほしいのよ」とか(趣旨。少し言葉が違うかも)。
まさしく「観光」という言葉の意味合いも、少しずつ、しかし確実に変化しているということ。
あるホテルが企画しているというこうした体験ツアーも、よく吟味されて上質のもの、「当たる」ものが巧みに練られているようです。
やはり、ホンキを出さないといけません。
役所にもツアーコンダクターが必要な時代が、もうすでに来ています。

フレーム
2009年5月10日(日)
ミレー「農民聖母」

昨日の続きとまいります、が、その前に写真の説明を。
「出没日誌」に書きましたとおり、今朝はガーデニングの見事なお宅に伺いました。
飽くことなくお庭を鑑賞させていただいて、テントウムシを見つけました。
もう、花粉まみれになって動きまくっておりました。テントウムシって、こんな色でしたっけ?

さて、ミレーの絵画にこんな題名のもありません。
ミレーに宗教画があったなんてことすら知りませんでしたが、昨日紹介した番組で取り上げられていました。
バチカンの教皇が乗る特別列車に飾るための聖母像を、ミレーは注文されたのだそうです。
そして一生懸命、描きました。そしてできました。けれどもなぜか、教皇はそれを受け取らなかったというイワクがあるそうです。
ここからは番組中の推測です。
教皇は何が気にいらなかったのか。「それはきっと顔だ」と番組。
その顔はいかにも庶民っぽい。ミレーの周囲にいたであろう、農民の娘じゃないか。
しかしミレーにとって、農民こそが聖母だったのでは、と、番組は締めくくります。
皮肉な偶然ですが、NHKでは今、「バチカンの至宝」というシリーズもやっています。録画をして、溜めてあります。
したがいましてミレーの聖母像は、バチカンの至宝には入っていません。これまた、日本の美術館にあります。
でも、それでよいではないですか。
信仰そのものも、伽藍の中にではなく、生活者の心の中に輝くものなのでしょうから。

2009年5月9日(土)
ミレー「格差社会」

ミレーの絵画作品に、そんな題名のはありません。
NHK「アインシュタインの眼」で特殊カメラによって分析されたのは「落穂拾い、夏」。
オルセーにある例のものより数年前に描かれたもので、日本にあります。
ご存知の方も多いと思います。背景にはこの農地を耕し、収穫している人々の姿。
そして手前の3人の女性は、耕す資格のない貧困の人々で、とりこぼされた落穂を拾わせてもらって生活の糧にしているのです。
ミレーのこの視点。社会へのまなざし。人々への慈愛。
私にとって、また市職員の皆さんにとって忘れてはならないものだと思いました。

2009年5月8日(金)
県内一斉、レジ袋有料化

公職研、昨年12月号を読んでいます。
富山市の「脱埋め立て都市」を目指す姿が紹介されていますが、その背景に、県内一斉、昨年4月からレジ袋有料化という事実がありました。
1袋5円(税込み)。全国初。
その後、よその県が追随したのかどうか、ご存知の方は教えてください。
富山市ではゴミ袋の有料化をしてないので、レジ袋は有用なゴミ袋として活用されていたそうで、反響が注目されていました。
しかしさしたるトラブルもなく、レジ袋有料化は市民に受け入れられ、「今やレジ袋辞退率は90%」。
さまざまな困難に直面しながらもひとつひとつ、解決していく市役所担当課長の姿が登場しています。
ごみは市内、どこからでも出るのですから、企業学校家庭、あらゆる人々との合意形成が必要です。
「チーム富山市」の合言葉のもと、ごみ減量そのものをネタにして、まちづくりをねらっているしたたかさにも感じ入りました。

2009年5月7日(木)
みなその本を失えばなるのみ

司馬遷の「史記」にある言葉だそうです。
国が滅ぶのは偶然ではない。為政者が人間の基本を失うからだ、という警句。
3月17日付け公明新聞にありました。
これと関連付けては失礼かも知れませんが、5日付け一般紙で見て感心し、ここに紹介したあの風刺漫画が忘れられません。
前列に蝶ネクタイに半ズボン、甘えた表情いっぱいの麻生、安倍、福田、小沢さんたち。そしてこれまたデレリとした表情で見守る岸信介、吉田茂らの「保護者」たち。
サラブレッドのような血筋を誇る方々なのでしょうが、どうしてころころ首相は代わらなければならなかったのか、と、考えてみます。
多選(同一人が何回も当選すること)を禁ずる意見や、世襲を制限する考えなどが常に取りざたされています。
市民が自由に選ぶ。あるいは選ばない、という仕組みにこうしてあえて制限を設けることに、やや私は疑問を感じるのですが、米大統領にも例があり、それはあながち「民主主義の後退」とは言えないのかも知れませんが。
それでも「民主主義の進化」とは言えないのではないでしょうか?
冒頭紹介した公明新聞のコラムは司馬遼太郎のネーミング、ご存知「司馬遷から遼(はるか)に隔たる」というエピソードから始まるものでした。
多選禁止、世襲制限は果たして、民主主義の極意に一歩近づくものなのか、遠ざかるものなのでしょうか。
いずれにせよ、理想は遼かなり、という印象です。
ただもう「本を失」うことなきよう、私は私の仕事に取り組みたいと思います。

2009年5月6日(水)
連休終わり

高速千円が社会現象になったGWだったのではないでしょうか。
まつりの持ち方についても、そのあおりを受け、冷静に考えることが必要だと、あらためて感じております。
さてそんな中、学生への親からの「仕送り水準」が86年レベルまで低下。食費に充てる額は77年並まで低下、とありました。3月5日付け公明新聞。
ウチの息子たちも東京、大阪でそれぞれ、GWも帰らずに「手っ取り早く切り詰められる手段」として食費を減らし、学生食堂でも「おかずを1品減らして生活防衛」しているのでしょうか。
学生時代から豪勢にやらなくてよろしいが、それにしても身につまされる世相ではあります。
連休が終ります。仕事に行けることにまず感謝、でしょうか。
よりよいまちづくりに、励もうではありませんか。

フレーム
2009年5月5日(火)
特別会計全廃

本題の前に、写真の説明を。
ここはどこだか、もうお分かりでしょう。資料館側の堀です。
お城まつりのさなか、「黒鳥の卵にへびがからまっとるぞ〜」という通報があり、愛の広場から出動するも、手立てなし、というところにさしかかりました。
遠巻きにしてとまどう両親。まったくわれ関せず、のカメ3匹。このあと結局、へびは器用に泳いで向こう岸に。卵は無事ではありましたが、黒鳥はもう抱く気もないみたいでした。

さて特別会計全廃論を説くのは堺屋太一さん。月刊誌「公明」1月号。
「金融財政制度を根本的に変えなければいけません。現在の特別会計制度を全廃して正直会計に一元化、財政思想を一変します」
論のしめくくりに公明党にエールを送り、「今まではキャスティングボートを握るという発想でしたが、これからは自分で指を出し、この指に自民党が止まるのか、民主党が止まるのかと言えるようになってほしい」と。
私ども地方の議員もさらに政策議論にミガキをかけてまいりたい。
包括外部監査制度も姿を変えますが、以前から、もしチャンスがあったら丸亀市も一度、特別会計について監査人の指摘を聞いてみたかった、そんな発言を委員会か何かでしたことがあると思います。
堺屋氏のこの説を忘れず、どこかに温めておきたいと思います。

フレーム
2009年5月4日(月)
千円効果?お城まつりの人出はイマイチ

市役所職員の皆さん、出動お疲れさまでした。無事故で運営できましたでしょうか。
写真は、「お城まつりはいつがいい?」と、出かけて来られた方々や出店のスタッフほかいろんな方々からご意見を聞いているところ。
「それにしてもこんなに人出が少なかったですかね?」と口々に。
いろいろな方から情報が寄せられておりますが、「鳥取から、高速渋滞で丸亀に帰れません」
「9時からオープンのうどん店、9時18分で閉店」
「善通寺インターは見たこともない車の列。高速を降りて、みんな右折(こんぴら方面へ)」
ここにきて、いま一度、開催時期再検討の必要性を感じるのは私たちだけではありますまい。
皆さんのご意見をさらに伺いたいと思います。

2009年5月3日(日)
列島縦断12000キロ

平成16年に放送した番組を、連休、シリーズ一挙再放送していました。
北は北海道の稚内を出発、JR線のみを使い、同じ駅に2度と寄らず、最長距離を旅する。
ともかく録画。昨日それをやっていて、たまたま旅が四国にさしかかるところ、「録れてるかな?」とちょうどテレビをつけてみたのでした。
上記のルールからいうと、四国はJRで瀬戸大橋を往復することになり、ダメということになりますので、四国は特別、という扱い。
岡山で「四国フリーきっぷ」を別途買い求めます。
そしていざ、瀬戸大橋へ。
夕景の瀬戸内海を、マリンライナーが走る。そのシルエットを、カメラは徐々に引きながら見せてくれます。
BGMともあいまって、胸にぐっとくる光景ではありました。
録画できていることに安心して、テレビはそこでOFF。こんどちゃんと見る日が楽しみです、が、それはいつのことやら。5時間半の番組です。
思うに、よその土地をきれいに撮ってくれていても、それがアタリマエと思えて、感慨はそこまでかも知れません。
知っている光景が出てきて、ひときわ美しく感じるのかも知れません。そういうものではないかと思います。
日常の光景と摩滅させずに、感性を研ぎ澄まし、もっといいもの、すばらしいものを発見する毎日でありたいです。

2009年5月2日(土)
なぜ、改革は必ず失敗するのか

前の佐賀市長、木下敏之氏の本。
サブタイトルは「自治体の「経営」を診断する」。
もう何回となく、この「輝け」にも引用させてもらいました。そしてとうとう、読了いたしました。
選挙での、私のリーフレットのプロフィルのところに、「1週1冊の読書に挑戦」と書きました。
お渡しする方それぞれに、着目点はちがうもので、「あら、誕生日が同じだわ」「大学の後輩だね」などという方もおられれば、「ほう」と、この「1週1冊」に目を落とす方もいらしてくれました。
選挙終わって、今年の実績は0〜1冊。いまもうれつに、追い上げております。
とにかく家中、ヨコになってる本は読んで読みまくり、タテにして本棚に納める。
GWもまつりもございません。(明日は出かけます・笑)

私がマーカーを施した部分をちょっと拾い読みしてみますと、
○医療費のうち終末医療にかかるお金が四割を占めている…
○働いている女性が多いほど出生率が高い…
○幼稚園も、夏休みなどの長期休暇中に子供たちを預かるようにすべき…
○日本の将来を考えると、道路等の整備よりも、子育て支援対策の充実のほうがはるかに意味がある…
○保育所も幼稚園も所得制限を設けずに、何人目の子供でも無料とすべき…
○韓国では、住民番号が広く利用されているため、引っ越すときも転入届のみで済む…
○ただちにできることは、企業にいた有能な方を幹部に積極的に採用すること…

ビシバシと打つ手が示されますが、タイトルはごらんのとおり「必ず失敗」と。
公務員の意識と生産性を高めることなくして、という前置きがついて、ということだと思います。

あんまり引用しまくったら著作権法を問われるかも知れません。おそるおそる、究極の、私の感銘した部分を紹介させていただいて、しめくくります。
…地方の県知事が「自立するまでは地方振興策を」と発言することがありますが、逆に「権限をくれたら、自分たちでこんな産業を興し、新しいビジネスをはじめます」という提案を出したことがあるでしょうか…p204
ここのところは、私が選挙戦を通じてスポット遊説で叫びまくった、まさにその内容とピタリ、一致します。
今こそそういう地方政治家を選ぼう、と。
地デジ対応、多チャンネルの議員を目指します。4年後の選挙戦の頃には、もうすっかり、この世からアナログ波は忘れ去られているのです。
議員といい公務員といい、分類上は生産者ではありませんけれども、それ以上に、今日的な意味においてクリエイティブな職種であらねばなりません。
がんばりましょう。

2009年5月1日(金)
やっただけの調査

数ヶ月前のナンバーからの紹介で恐縮です。
すでに紹介してしまったかも知れません。申し訳ありません。
そのページに自分で付箋を貼って、「輝けに書く」と記してありますので、言うことを聞くしかありません。
関西学院大学教授、大谷信介氏が、大阪府内44市町村が行った市民意識調査を調べて驚いたこと、というのが書いてあります。
公職研08年11月号です。
…衝撃的だったのは、これだけコンピューター化された時代にあって、調査データを磁気媒体で保存していたのは44自治体中8自治体しかなく、かつそのデータを職員が分析可能な自治体は、わずか4自治体しかなかったのである…
さらに衝撃は続き、
○ある課がそういう調査をしていること自体、他の課は知らない。
○市全体として調査結果を活用している自治体は…皆無。
これを名づけて「やっただけの調査」。
教授の書いた記事のタイトルは「『やっただけの調査』から『分析できる調査』へ」
このページに貼り付けた付箋。
「輝けに書く」という用事は果たしたわけですが、はがさないでおきましょう。
・調査に名を借りた広報紙のような例
・誘導質問でだいなしになった例
・モニターを客観視してはいけないという例
などなど、短い文章ですが実例を踏まえ、おそろしいほどリアルです。
きっといつか、役立つことになりそうです。
いや失礼。市職員の皆さん。あくまでよその事例でありました。

2009年4月30日(木)
読書の再開

公職研という月刊誌、これから追っかけて読み進める作業を再開します。
まずは09年1月号。これまでに断片的に紹介したものもあるかも知れませんが、3つ、先進事例を語らせていただきます。
@島根県松山市。ごみ減量貯金箱制度。ごみ減量分をお金に換算して貯金するしくみ。
A市広報編集をNPO法人に委託。北海道北広島市。市民と行政が協働で市広報の編集をします。
B恋愛小説仕立ての総合計画。愛媛県今治市。より多くの市民に関心をもっていただくための工夫。「続編はいつ?」と問い合わせもあるそうです。「新しく若い市長になり、私たち職員の冗談とも受け取られる発案を認めてくれた」といったような記述もありました(趣旨)。
市職員の皆さん、もっとみずみずしく発想を!

2009年4月29日(水)
カタカナ語をわかりやすく

公明新聞で2回に分けて例示が掲載されていました。27日付けにその後半が。
国立国語研究所の提案。
ユニバーサルデザイン→万人向け設計
ノーマライゼーション→等しく生きる社会の実現
…ご努力は認めますが…苦しいですね。
モラルハザード→倫理崩壊…う〜ん。
ライフサイクル→生涯過程…むずかしいかも。
リーフレット→ちらし…不要かも。
たとえば「ライブラリー」を固定的に「図書館」としてしまうと、逆にムリが生じるのでは?
そういうわけで、言い換えは難しいですね。
以前、あの「クールジャパン」という番組で「日本語」がテーマにされてまして、各国で外来語をどう扱うかが語られていました。
中国語なんか、うまく「音」でシャレた訳をしてますよね。
フランスでは「コンピュータ」のことは本来「…(忘れた)」とかいうのですが、コンピュータで通る、とか。それを決める委員会があるのだとか。つまり日本の、国語研究所というわけですか。
そもそも、ヨコモジに堪能で言い換えのほうがうっとうしいと感じる世代から「もうヨコモジはかんべんしてくれ」という世代まで、一律というのがムリがありますわね。
ビジョン→展望…こんなの必要?
プライオリティー→優先順位…う〜ん。
フェローシップ→研究奨学金…なるほど。漢字のほうがラク。
ハイブリッドとかハザードマップとか、もうあきらめるしかないものもあるのでは?
ボトルネック→支障。
ともかく、支障がないように、お願いします。

2009年4月28日(火)
「鯛願城就」

字のまちがいではないのです。
玉藻公園のタイのえさやり体験と天守閣復元を願ったネーミングだそうです。
そしてもう一つの大願成就、それは同公園内、岩の亀裂に根を張った「ど根性松」へのネーミングで「大岩成樹」だとか。
4月12日付け四国新聞、客員論説委員、竹内守善氏の寄稿の中にありました。
タイトルは「官僚だたき一色の日本」。氏自身、県職員だったことを踏まえ、現代の世相に見る公務員像について持論を展開しておられます。
ヒステリックな公務員たたきを憂慮し、「これまで何でも官僚任せにしていた政治家が仕切ることになっていく。それで、私たちの生活は良くなるのだろうか。公務員制度改革より、政治屋さんの改革の方が急務である」
まあ、新聞に論陣を張ることができるほどの公務員さんなら、文句はありませんとも。
おおいに、公務員さんたちの「大願成就」に期待します。
そして政治屋さん改革もやってまいります。ご期待ください。行政の向こう岸は政治。互いに「対岸成就」、やりましょう。

2009年4月27日(月)
死生学

サイエンス0(ゼロ)、という番組がNHKにあります。テレビをつけたらたまたまやっておりました。
私は別の番組に用があったので、5分くらい眺めて、チャンネルを変えてしまいましたが、「死生学」というのをやっていて、興味がありました。
アポトーシス、とか、死と向き合う心、とか、語られていました。
現代はともかく死を厭う、拒む、目をそむける。なんでもかんでも延命。それを根本的に転換することが、語られていたように思われます。
たまたま、(まだ読了してない!怒) 元佐賀市長、木下敏之氏の「なぜ改革は必ず失敗するのか」のいよいよ後半にて、安楽死の選択へ、法改正を、という部分がありました。
またたまたま、公明という月刊誌、最新の5月号を読んでいたら、これに通じる内容の記事に出会いました。後日また紹介します。
私も着実に、老後に近づいています。私が老いるころには、「もう死なせてちょうだい」という制度になっているでしょうか。
それよりも本人の自覚として、「良き人生であった。もうよろしい」と覚悟できるような人格になれているでしょうか。
その両方が進まなければなりません。
しかし現実には、「ここまでニッポンを作るのに苦労してきたわたしらを殺す気か」という声がうずまいているようです。それもごもっとも。
悩んでまいりたい。おおいに、悩んでまいりたい。

2009年4月26日(日)
「ノーをなくす」

この、短いコラム記事に感動しました。
23日付け公明新聞1面。
出所は「スターバックスを世界一にするために守り続けてきた大切な原則」という本。日本経済新聞出版社刊。
ハワード・ビーハー氏の言葉として、この言葉が紹介されています。
開店10分前に「開店」。そうすることによって「まだ開店時刻前だからダメ」をなくす。
ノーをイエスに変えた、ということです。
コラムのしめくくりは「困難な課題でも『ノー』と言わず立ち向かい、結果を生み出す行動で信頼を築きたい」。
議員としてキモに銘じたいと思います。
と同時に、市職員の皆さんにも贈りたいと思います。

2009年4月25日(土)
剣道連盟総会

きょう、表題の会合があり、席上少し、あいさつをさせていただきました。
先日の四国新聞にモンスターペアレントのことが特集されていたのを題材にしました。
・(写真撮影では)うちの子供を真ん中にして
・朝、起きないから起こしてほしい
・体操着は学校で洗ってほしい
…。
そんな、新聞見出しだけ、話の中に引用させていただいたうえで、
「およそ剣道をはじめ『道』と名のつくスポーツがこれからますます重要ではないか」と、私は語らせていただきました。
道とは、人の道です。モンスターとは、人の道をはずれた、という意味か。
公務員道、というコトバがあってもいい。議員道、も。
道について、議論する場。議会とは武道館そのものかも知れません。

2009年4月24日(金)
空き店舗活用

4月7日付け公明新聞に、商店街の空き店舗を活用し「地域に住民の触れ合う場を」というのが紹介されていました。
東京都立川市の事例です。
都、市、事業者が3分の1ずつを負担。期間は3年間。
市の「商店街空き店舗対策モデル事業」という制度がまずあり、都には「新・元気を出せ!商店街事業」というのがあり、これをセットしたもののようです。
これを受けて、事例@自治会長が提案した井戸端会議のできる「語り茶屋」。
事例ANPOが立ち上げた文化講座の開かれる場所「ひろばサラ」「デイサービスサラ」。
が紹介されています。
いずれも人のつながりをつくる場所として活用されています。商店街本来の活動を支援するものではないわけで、空き店舗活用といってもこの事業、丸亀市役所で担当するとしたら商工観光課ではなく生活課、ということになるのかも。
トータルな「知恵しぼり」のできる市役所が望まれます。

2009年4月23日(木)
クールジャパン「大阪」

NHKの番組「クールジャパン」。
録画しておいて見る時間なし。溜まる一方でしたが今夜は見ました。
お題は「大阪」。スタジオを飛び出して。
今の通天閣は2代目。初代通天閣を写真で初めて見ました。
下は凱旋門、上はエッフェル塔という設計。まことに「大阪的」(笑)。
ご存知でした?
さて、外国人が「印籠」を隠し持ち、道行く人にいきなり声をかけます。
「コノモンドコロガ、メニハイラヌカ!」
番組では事前に、東京で同じことを「実験」。ほとんどがシラ〜ッとしたリアクション。
ところがっ!
大阪人はほとんどの方が「ハハ〜ッ」とひれ伏すアクションをしてくれていました。
お年よりも、チャパツのカップルも。そしてテーマソングを歌いだす人、子どもにも同じことをやらせる人。
なるほど。ここまでちがいますか。
コメンテーターが最後にうまくまとめを。
「東京に負けるな」という意識もあるでしょうが、個性では負けてない。世界に発信を、と。(趣旨)
模倣でなく、かっこ悪さも気にせずに、堂々と発信することだと思います。

2009年4月22日(水)
レッドクリフ2

昨年、そのパート1が上映されました。
映画の最後に「パート2は来春」とあり、期待しておりました。
その「2」を、映画館で鑑賞してきました。
2時間半くらい。一息つくヒマもありません。
しかし戦闘シーンは少々むつごく、そしてプロット(筋書き)がちと甘くないですか?
アクション巨編として大いに楽しめますが、さて、そもそもどうしてこんなにたくさんの人々が死ななければならないのか、と考えます。
戦争というのは、ひとつの政治形態だと思います。最悪の。
この映画はですから、政治そのもの、と、観てはいかがでしょうか。
少なくとも今の私の心境で観るならば、そうとしか見えません。
パート2の冒頭に、回想的にパート1のコマが出てきます。以前にも書きました、
「民衆を守れぬ戦になんの意義があるのか」(趣旨)との言葉が重いです。
ここに始まる丸亀市議会の新しいステージも、まさに市民を守る戦いの場でなくてはなりません。

2009年4月21日(火)
四つ葉のクローバー

社会福祉法人プロップ・ステーション理事長、竹中ナミさん。
「チャレンジド(障がい者)は四つ葉のクローバー」と。17日付け公明新聞。
普通は三つ葉。標準から外れた異端の四つ葉を幸せのシンボルと位置づけ。なるほど。
きょう、訪問先で、「介護保険制度にとても助けられた」という声をいただきました。
思わず私、言ってしまいました。「私ども議員に寄せられるのは困ったという声ばかり。困っている人を助けるために制度があるはずなのに、どうしてこんなにうまくいかないのか、と考えてしまうのです」と。
人生、ほぼ順風満帆でいっている人々、いわば三つ葉のクローバーの人々が負担しあい、四つ葉のクローバーの人々を支えていくという仕組み。そして「支える」から共生、共助のユニバーサル社会へ。
政治の責務はますます重いと思います、国も地方も。

フレーム
2009年4月20日(月)
当選証書

「選挙にがんばる人じゃなく、当選して2倍、仕事をする人に」
スピーカーから、そんなアナウンスが流れてきました。
ご近所を歩く私の背後からついて来る遊説カーからの声。
4月18日、夕暮れ。
応援してくださる皆様の声が、アナウンス原稿にないナマの声となって、私の胸に響きました。
さて、業務再開。夜はナイターレースの点灯式典に参加。
30艇、いっせいにスタート。

2009年4月11日(土)
「輝け」休止のお知らせ

日本国では法律で、選挙告示期間に政治家が政策を発表するHPを更新してはいけないキマリになっています。
世にも不思議な感じですが、それには過去の経緯があるのです。
明日、市議会議員選挙告示につき、選挙終了まで、このHPはやむを得ず更新いたしません。
選挙が近づくと戸別訪問も禁止です。かつて戸別に、おカネを配った候補者がいたそうです。
文書表現も制限されるのです。
そういう風土、受け取る市民性、そういうものをなくしていかなければ、子へ孫へ、やさしいおじいちゃんたちはとんでもない禍根を残していくことでしょう。
私たちの世代で、そういうものは「卒業」したいものです。
ともあれ法律を順守します。

2009年4月10日(金)
タスポ効果

過去最高益、とコンビニ好調。
タスポの失策?で、タバコを買う人がコンビニに走った、ということ。
ちょうどいい機会なので発表しましょう。
去る12月7日に禁煙を始めました。
今も続いております。
コンビニさん、ごめんなさい。

2009年4月9日(木)
直轄事業負担金制度

今日の新聞、1面に国直轄事業の県負担金、農水関係も29億円、給与も含む、と。
1枚めくると、農水省ヤミ専従で疑惑発覚後も虚偽説明、との見出し。
1枚もどして、29億円の下にはこの制度廃止への国と知事との「意見交換会」は「物別れ」。
昨日もここに登場いただいた大阪府知事。「地方のほそぼそした仕事は地方でやる。政治家には、補助金の在り方や税財源の移譲について国家観を示してほしい」。まさに同感。
もう、これでは国がちゃんと統治しているとはいえない、それだけはわかる。
でも倒す人がいない、次を担うシステムがない。
県には国の方でなく県民のほうを向いてほしい。
そのバックヤードに、私たち市議会が論陣を張りたい。
地方による国のコントロールが実現する日を呼び寄せるのは、それはもう、地方選挙しかございません。

2009年4月8日(水)
入学式

桜の下を、本人らも初々しいがこちらも初々しい、お父さんやお母さんに手を引かれ、入学式に向かう姿がたくさん、見られました。
さてこちらは大学の入学式の話。
橋下知事は大阪府立大の入学式で「説法」。
府民の税金使っているのだからそれなりの成果を、というような意味のスピーチをしたと新聞に書いてあります。
そりゃそうで、まことにごもっとも。でもことさらこんなところで言われたくない、という雰囲気もしますが、いかが?
それを言うなら市長も市立小学校で言ったらどうでしょう?
「ゼイキンなんだゾ」
それを言っているあなた自身もゼイキンで生きている。
なにもかもカネに換算しコスト意識で責めたてる。
同じ日付の紙面に、仕送り額が史上最低に、という記事もありました。
親も同じ思いで、コスト意識で責めたてたりして。
ただ、政治や行政ではない、教育という世界ならばこそ、それに似つかわしい贈る言葉もあるのでは、と思います。
学校はロボットの生産工場ではないのですから。

2009年4月7日(火)
取り消しを撤回?

北朝鮮に振り回された日本。
「有事」も未熟さ露呈。
怒りと不安…。
ミサイルに関する情報では「取り消しを撤回」という場面も。
そして「自治体に住民対策丸投げ」。
新聞記事を詳しく読んでいる時間がない今の私。見出しだけを追ってみました。
思いますのに、住民対策はいかなる時でも自治体が担わねばならないでしょう。
ですのでさっさと国は地方分権、財源税源移譲を進めればよろしいと思います。
が、そうはいかない事情がある。
自治体の「熟度」、これがポイントだと思われます。
そしてそれが高まるのか、低まるのか、ひとつの時代を画するのが来る4月19日であるのでしょう。
ミサイルの弾道予測以上に、いま、まちづくりはむずかしい。
地方行政、地方政治に取り消しも取り消しの撤回も許されない。
地方自治の「熟度」を高めていきましょう。

2009年4月6日(月)
ナイターの灯り

おとといでしたか、小雨曇天のなかでしたから、余計に強く感じられたのかも知れません。
競艇場に、ナイターの夜間照明が灯されていました。テスト点灯をやっていたのでしょう。
ものすご、明るい。
私は以前、「これだけエコ、環境問題が言われているときに、どうして夜間照明なのか」と、疑問を呈されたことがあります。
なるほどごもっとも。ほんとにそうだ、それへのコメントはあるのか、という思いになりました。
大都会にひとつ夜間設備ができてもどうってことないでしょうが、地方では大きな問題です。
夜間の照明を自粛するなら、もう一般市民の私たちも率先して、「日没とともに休む」という体制にならなければなりません。もちろん、それは現実的ではありません。
だとすれば、夜間の照明に対してそれに倍するエコ活動があって当たり前の世の中です。
そのことを、私も忘れずに、提言してまいります。

今日の遊説:09年度予算への公明党の貢献
・過去最大規模の住宅減税
・非正規雇用の安全網強化
・環境にやさしいエコカー減税
・“無保険の子”の医療保障
・ねんきん定期便
・中小企業を税制支援
以上6項目について、解説しました(内容省略)。

2009年4月5日(日)
宇宙エレベーター

公明新聞に「こども」のページがあります。
毎月第1,3,5土曜日の5ページ目。
4日の土曜日に取り上げられているのは「宇宙エレベーター」。
簡単に説明しますと、宇宙ステーションからひゅるひゅると蜘蛛の糸みたいなものを地球におろしていって、地上に到達したらエレベーターを取り付け、これで宇宙に行くのだそうです。
実現に向けて、困難は「ほぼ、ない」のだそうで、20年後には建設が始まるかもしれないそうです。
リアルな想像図や構造の解説図が載っています。
水をさすようですが、こんなもん作ったら、まず「ゴミが当たるやろ〜」というのがしろうとの思いつくこと。
エレベーターの速度は列車くらいなので、誰にでも乗れる。
費用も海外旅行程度。
すばらしい。
まあ、やる意味があるなら、やればいいと思います。
こういう構想を尻目に? テポドン騒ぎです。
北朝鮮のうごめきを中心に、各国の思惑もまたそれぞれ。
あまりに「地上くさい」、話ではあります。
どうやら宇宙から、蜘蛛の糸をおろしてくれる人はいないようです。
隣人の迷惑を相談・解決してくれる、宇宙市議会議員が必要となります。

2009年4月4日(土)
寝台特急ラストラン

進学、就職、結婚…。
さまざまな人生シーンを運んだブルートレイン。
日本で最後の便が九州東京間の富士・はやぶさ。それも廃止されることとなり、NHKの番組がそのドラマを追っていました。
80歳代の父親への親孝行にと、九州への温泉旅行の帰途の60歳の息子。
寝台列車で横になれないと旅もできない、だからもう九州から出て来れないと、九州のおばあちゃんを思い涙を浮かべる家族。
寝台列車歴も長い車掌さん。きっぷを切りながらまずはその夜の乗客の顔と行き先をひととおり覚えるというのに驚きです。
「もし列車が遅れたりしたときには、次に降りるお客への配慮が必要です」と。
子どもが寝付けなくて周囲に迷惑なときには別の座席を。
翌朝、富士が見えれば特別な車内放送を。
知らなかったのですが、早朝、東京行きの車窓右側に富士山が見えるなんておかしいのでは?と思っていたところ、新幹線と異なり、在来線はぐにゃぐにゃ曲がるから、富士山は左右に見えるのだとナレーター。驚きでした。
画面ははアップで、車内放送をする車掌さんの横顔をとらえます。
「まもなく富士川を渡ります。左側に富士山が見えます。ここが最高の眺めと言われています」。
カメラを構える乗客たち。
次の瞬間、カメラは河川敷。
鉄橋にさしかかる列車をカメラは追い、右にパンして、アングルに見事に、白い富士山が入ってきます。
この番組だけで、いったい何台のカメラ、そしてクルーが取り組んでいるのでしょう?
撮影一発勝負で、こんなに登場人物が捕らえられるはずもなく、また快晴の富士山に会えるわけでもないでしょう。
…と、番組ひとつ見ても、さまざま感動、思い、質問が浮かびます。
議員を車掌さんに喩えれば…。
ほんとに11万人の乗客に、その顔を覚え、的確なサービスをできているのか。
まだまだ未熟なことを思い知ります。
「運転手はキミだ、車掌はボクだ」という歌がありましたが、まことに、「市長はキミだ、車掌はボクだ」。
お客の一人ひとりに配慮をめぐらせることこそ、私たちの仕事なのかも知れません。
ラストランのその日まで、私も怠りなく、業務を遂行したいと思います。

2009年4月3日(金)
もう、変えないかん!

まちで見かけるある政党のポスターのキャッチフレーズ。
赤の字で、よく目立ちます。
最近とくに、よく目に飛び込んできます。そうそう。変えないかん。まずあなたのところの党首を、と。
その党首。
「政権交代不可能なら辞任する」と新聞見出しにありました。
それはちがうやろ〜(笑)。
辞任したら政権交代可能かも、なのでは?
どっちにしても、このポスターに賛成。
もう、変えないかん!

2009年4月2日(木)
レッドクリフ1→2

1日付け公明新聞に「レッドクリフ1の評判」というコラムがありました。まもなく「同2」の公開を前に、興味深く読みました。
昨秋私も映画館で感動。中国と日本で同時ロードショーの結果、両国での評判の違いを、この記事は紹介しています。
中国では誰もが三国演義を読む。その上での登場人物の描き方への評価が中国ではさかん。一方日本では戦闘シーンがもっぱら評判。なるほど。私も確かに日本人。
孔明が馬の出産を助けるシーンがありましたが、生まれた馬に名づけて「萌萌(モンモン)」としたのには、中国の映画館では爆笑だったとか。
「そんな名前、当時ありえねえ」とのことで。
そんなことはちっとも知らない日本人の鑑賞者である私は戦闘シーンにもドラマ展開にも大いに堪能。退屈させない作品でした。
驚いたのは最後の字幕。「続きは来春4月公開」ですって。
こりゃあかん。私自身の「赤壁の戦い」真っ最中やんか(笑)。
我らのこの「戦い」も佳境。熾烈。壮絶!
映画の中で、民を見捨てて撤退を提案する武将に将軍は「民を守れずに何のための戦いか」と一喝。
血塗られた武器に替えて政策を引っさげ、選挙という形の「民を守る」戦いに、いざ出陣!

2009年4月1日(水)
若者ぼろぼろ

4月1日。お正月とはまた異なり、働く現場で昨日とはあらたまる光景の見られる日。
天候不順。強風にたたきつけるような雨かと思えばそのかなたには青空が。
09年度を占うかのような…。
さて、本日付け四国新聞、映画について語るおなじみのコーナーがありますが、今回は「ディア・ハンター」という1992年の作品が取り上げられていました。
記事のタイトルが「ベトナム戦争で若者ぼろぼろ」。
コーナーを飾るイラストには有刺鉄線越しにピカソの青の時代を髣髴させる傷心の顔。見出しやイラストは大事です。つい引きこまれて、読んでしまいました。
映画のことに触れようとして紹介したのではありません。この「若者ぼろぼろ」というフレーズが気にいっただけです。
きょうは22歳の若者と、ほんのわずか、話をする機会がありました。明るい好青年。
この世代の人々をぼろぼろにするのは、何も戦争だけではありません。
1月の、あの成人式の光景を思い起こします。この中の何割が投票所に行くのかなあ、と考えました。
戦争がぼろぼろにし、不況がぼろぼろにし、物質の豊かさまでもが、心をぼろぼろにすると言えるかも知れません。
でも体制の「下で」生きているのでなく何かしら、体制を「コントロールしながら」生きているというありさまにしなければなりません。
自分をぼろぼろにするものに屈しない生き方、抗戦していく生き方。
個人ももちろんですが、社会制度的にもそうです。
その最高最大の場は、選挙でしょう。
最近はため池に、めずらしい鳥類の群れを目にしませんか?カモくらいの大きさの。
彼らだって脅威からは身を護るすべを知っている、と、ふと考えるのです。
若者が選挙に行かない、政治を振り返ろうともしないとすればその姿は、カモより気の毒、という思いです。
戦争でもないのに、自分でぼろぼろの道を選んでいる、というか。
4月1日、この荒れ模様の天候の日に、新聞記事から、こんなことを考えました。若い方々よ、戦わずして、参加せずしてぼろぼろになるな、と。

07年度分はこちら
TOP
08年度分はこちら

このコーナーは12月31日で閉じます。
引き続きブログに移行しますので、そちらで
ご覧ください。ケータイからも読むことができます。

輝け!ブログへ→
http://happy.ap.teacup.com/kagayake/
輝け!市役所の星ブログ