ちょっと一息・・・おくつろぎ下さい。
タイを抱え釣り竿を肩にしてニコニコ笑っている「エビス様」この笑顔を”エビス顔”という。室町時代には7福神の1人となる。この一般によく知られているエビス様の正体がよく分からない、といわれている。
”いざなみの命(みこと)”と”いざなぎの命”の間に産まれた”ヒルコ”は「子の例(かず)に入らず」と葦船に乗せられて流し捨てられた神様である。この神様は、エビスの総本山である西宮神社に鎮座している。
もう一つの神様は「事代主命」である。この御方は大国主命の第3子で、出雲の国譲りの話に登場する。大和朝の使者が出雲にやってきた時、タイ釣りをしていて、そのタイを料理して使者にふるまい、条件成立の後には沖に船を出し、海中に消えたという。この系統が出雲の美保神社の祭神。
次は広田神社の神官で、神社の再建に力を出し、神功皇后が朝鮮から帰還の時、タイを釣って、祝宴を設けた。この功により西宮神社の祭神となったという「夷(えびす)三郎」である、という説もある。
漁民の民間信仰によると「エビス」は水死人のこと、それを拾うと豊漁になるといわれている。また地方によって鯨、鮫、いるか、流木などを指す場合もある。これらにはブリやカツオが着いていることもあり、大漁をもたらすものでもあった。
いうなれば海上を漂いながら辿り着く”漂着神”であり、異郷からやってくるもの”エビス”とはそのような意味がある。
エビス顔の裏には何かよく分からない暗い、不気味な何かが隠れているように思えてならないのである。それがいつの間にか時代が変わると7福神の1人となり、大漁の神と変化していくのであるから不思議な話である。
西宮夷社に接して魚の市場が設けられ商人はその魚を販売していく足場として各地に夷社が勧請され、そこが交易の場となっていく。さらに、西宮の神社の雑役をつとめながら「人形あやつり」や神社の領布を行う”夷かき”とか”夷舞い”と呼ばれたくぐつなどの芸能の徒の活動が加わっている。このあたりもなにやら怪しい「ヒルコ」や「事代主命」の世界に通じる匂いがする。