東西落語特選

宿屋敵



 大阪の日本橋あたりへまいりますと、宿屋さんが仰山にあったんやそうでございまして、お伊勢参りの帰りにはみなこの辺の宿屋に泊まったんやそうでございますな。

 さて、ある一軒の宿屋の前にお立ちになりましたのが、頭を大髻(おおたぶさ)に結いまして大小を腰に差し、鉄扇をもったお侍。
  
世話九郎 許せ! 紀州屋元助とはその方か?
伊八 へッ、手前どもが紀州屋元助でございます
世話九郎 主の紀州屋元助とはその方か?
伊八 いえ、私は当家の若いもんでございます
世話九郎 「若いもん」? にしてはえろう頭が禿げておるな
伊八 あ、これは恐れ入ります。こういうところへ奉公いたしておりますと、いくつ何十になりましても「若いもん」でございます
世話九郎 名はなんと申すな?
伊八 伊八、と申します
世話九郎 む、その方じゃな、ニワトリの尻から生き血を吸うのは!
伊八 お戯れを...それはイタチでございます。私は「いはち」で...
世話九郎 おお、伊八か。ムッホッホッ、そうか、許せ。おお、これは些少ではあるがその方に取らせて遣わす
伊八これはありがとうございます...あの、これは...何でございますかいな、茶代 (=チップ) ...でございますかな?
世話九郎 その方に特別を以って遣わすのじゃ
伊八 さようでございますか、おおきにありがとうさんで...
世話九郎そのようにひねくり回さんでいい。中には一朱(一両の十六分の一)しか入ってはおらん
伊八 ハッハッハ、左様でございますか
世話九郎その方に特別を以って一朱遣わせしは余の義ではない(他でもない)。拙者、播州明石の藩中、万事世話九郎と申す者じゃ。夜前は泉州岸ノ和田、岡部美濃守の御城下、難波屋と申せし間狭なる宿に泊まりしおりところ、雑魚もモウゾウもいっしょくたに寝かしおって、巡礼親子が御詠歌を上げるやら、六部は念仏を唱えるやら、駆け落ち者は夜通しいちゃいちゃ申すやら、相撲取りは歯ぎしりを噛むやら、夜通し寝かしおらなんだ。今宵は間狭でもよい、静かな部屋へ案内いたしてくれぃ
伊八 ハッハッハ、それはご災難でございましたな、かしこまりました。それでは八番の部屋へご案内を申し上げます
  
と、案内いたしましたのは二階の隅の部屋でございます。続いてやって参りましたのが、兵庫の若いもんと見えまして、お伊勢参りの帰りの道中。
  
喜六 おーいっ、ちょっと待ったれや!
源兵衛 なんぞい!
喜六なんぞい、やあらへんがな、一人でとっととっとと先に行きないな! 昨日も言うてたやろがな。奈良の印判屋(いんばんや)に泊まったときに、大阪の日本橋行たら、紀州屋元助ちゅうとこ泊まったってくれて、頼まれてんねやないかい! 行き過ぎたらどないすんねん!
伊八 どうぞ、お泊りを
清八 堪忍してんか、いゃな、今日は「紀州屋元助」ちゅうとこへ泊まってやりたいねやがな
伊八 ありがとうございます。手前どもが紀州屋元助でございます
清八 なに! ワレんとこかい! オイ、このガキや、捕まえた、逃がすな!
伊八 盗っ人やがな...ええ、何人さんでございます?
喜六 わいらか、わいらは兵庫のしじゅうさんにんや
伊八これは大勢さんで、ありがとうございます。これ、四十三人さんやさかいな、風呂は小さい方ではあかん、大きい方を沸かして...ええと、魚な、鰆(さわら)があるやろ、あれを早目に焼いときなはれや。
へぇ、ありがとうございます。するとなんでございますかいな、あんさん方三人さんは宿取りさんでございますかな
源兵衛 そうや、わいら宿とんねや
伊八 ありがとうございます。どなた様のでも結構でございます。笠をちょっとお借りいたします
源兵衛 そんなもん、どないすんじゃ
伊八 へい、笠を店先へ出しておきます。するとその笠を目印に後の四十人様がどっと手前方へお越しになるという寸法で...
源兵衛 このガキゃ、おい、聞いたか? 欲の皮突っ張っりゃがって、おぅ、ええか、あんじょう聞けよ、わいら兵庫の若いもんや。旅しょうかいうたら三人や。芝居見よかちゅうたら三人や、一杯飲もか言うたら三人や、始終三人やちゅうねん
伊八 始終三人さん...四十三人やおまへんの...

これこれ! 四十三人やないねやがな! お風呂は小さい方でええ...もう沸かしてる...それ、何をすんねん...魚...ぼつぼつ焼きにかかってる... ちがうねん、たったの三人やがな!
源兵衛 こら、なんちゅうことぬかすねん! 「たったの三人」? 気に入らんちゅうねやったら他へ泊まるで!
伊八 いやいやいや、どうぞ、泊まってもらわんかったら困ります
源兵衛 ほな、泊まってもええんかい!?
伊八 どうぞ、お泊りを
清八 どや、派手に上がろか、陽気に上がろか、それとも哀れに上がろか、陰気に上がろか?
伊八 は? 左様でございますなぁ、宿屋のことでございますので、陽気に上がってもらいましたらまことに結構で...
清八 そうか! ほんなら、派手に陽気に賑やかに上がらしてもらおかい?

そら、や〜っとこ、せ〜っの、よいこ〜らせっ、のォッ、部屋はどこやぁぁぁぁ〜ッ!!
  
にぎやかなお客さんやなぁ...どうぞこのお部屋でございます、と案内をいたしました部屋と申しますのが、間の悪いことに静かな部屋に案内してくれ、と言うておりました侍の隣の部屋。
  
清八 ほう、この部屋かい...なんと狭苦しいのう...ま、辛抱しょうかい。な、酒呑もか?
喜六 あたりまえやないかい、宿へ着いて酒も飲まんてなこと言うてられるかい! 呑も、呑も!(パンパンパンパンパン!)
伊八 へい、お呼びでございますか
源兵衛 おう、おまはん、なんちゅう名前や?
伊八 伊八と申します
源兵衛 伊八どんか、あのなぁ、酒あるかいな?
伊八 お酒でございますか、えー、手前どもでは上酒を吟味いたしております
源兵衛 そうか、そら結構や。わいらなぁ、兵庫のモンや。兵庫というたらおまえ、灘の生一本、いつも呑んどんねや。ええ酒呑ましてくれよ。それからなぁ、魚はなぁ、なんちゅうても明石の浦の活きのええ魚いつも食うてんねん。ま、大阪はちょっと落ちるやろけどなぁ、そこのところは板前の腕で食わしてもらおか。酒肴、どんどん運んでくれ

それからなぁ、雰囲気のええメンタ、いてるか?
伊八 はぁ? なんでおます?
源兵衛 いや、雰囲気のええメンタいてるか、ちゅうねや
伊八 なんや、ネコみたいにおっしゃいますな
源兵衛 ネコやないかい! 芸子はいてるか、ちゅうねや
伊八 ああ、芸子衆でございますか? それはミナミのことでございますさかいに、新町、堀江、島之内と仰山にいてます
源兵衛 いてるか、そらええ。活きのええヤツを三匹ほど生け捕りにしてきてくれ。絞めたらキュッと鳴くようなやっちゃ
伊八 まるでイタチだすな
源兵衛 ええか、さっそく酒肴運んでくれ。もうええ、と言うまで運んでくれ。それから、金の事やけどな、これはなんぼ安うてもかまへんさかいに
伊八 あ、い、いゃ...これは恐れ入りますです
  
伊八さん、驚いて下へ下がってしまいます。しばらくして芸子衆がやってまいりますが、こういう手合いでございますから、普通は「まあまあ、よう来たな。ま、こっち座って一杯呑みぃな」くらいの事を言うんですが、なかなかそんなこといいよらんで...
  
清八 おう、来たか! 三味線ついてんか。ついたら調子合わしてくれ! さぁ、派手にやろうやないか、あらよっとよっとよっとよっとよ〜ッ

そら、注いで注いで、そらそらそらそら、うぉっほっほっ、うぇーっ、旅の疲れが吹っ飛んでしまうなぁ

さぁ、行こか行こか、うぉりゃうぉりゃうぉりゃうぉりゃうぉりゃうぉりゃ〜ッ!
  
  
世話九郎 (パンパン)伊八〜ッ、伊八〜ッ
使用人 伊八さん、八番さん、お呼びでっせ
伊八 あ、そうか? 何の用かいな...

へっ、お呼びでございますかな
世話九郎 ちょっと前へ出よ、もそっと前へ

伊八、泊りの節その方に金一朱遣わしたな
伊八 はい、確かに頂戴いたしました
世話九郎 そのおり、なんと申した?

夜前は泉州岸ノ和田、岡部美濃守の御城下、難波屋と申せし間狭なる宿に泊まりしおりところ、雑魚もモウゾウもいっしょくたに寝かしおって、巡礼親子が御詠歌を上げるやら、六部は念仏を唱えるやら、駆け落ち者は夜通しいちゃいちゃ申すやら、相撲取りは歯ぎしりを噛むやら、夜通し寝かしおらなんだ。今宵は間狭でもよい、静かな部屋へ案内いたしてくれぃ、と、申したに、あの騒ぎはなんじゃ。これでは眠れんではないか。早々に静かな部屋に換えてくれぃ
伊八 大変に恐れ入ります...今日はお客が一時に参りまして、部屋がみんな塞がってございます。えー、隣の部屋へ参りまして静めてまいりますので、それでご勘弁のほどを...
世話九郎 何でもよい、早ういたせ!
伊八 どうもあい済まんこってございます...へい、かしこまりました

へっ、ごめんやす
清八 うぉーぃ、うぉりゃりゃりゃりゃ、いはっっあん、こっちこっち、あんたもいっぱい呑んで
伊八 いや、手前ども、まだ下で用事がございますので...
清八 あ、そうか、ほんなら後で上がってきてんか。宿屋のもんみんなでぶぁーっと上がってどわーっと騒いで、夜通し寝ぇへんねやさかい!
伊八 それがその〜、ちょっとお願いがございますので...ちょっと静かにしていただきたいんでございます...
源兵衛 お? 静かにせぇ? おう、もの見て口きけよ、ここに酒肴が並んどんのや、芸子がおんのや! えぇ? 芸子あげて念仏でも唱えてぇちゅうのんかい? 静かにせぇちゅうなら、芸子呼ばすな!
伊八 いや、それが...手前どもは陽気にやっていただきましたら結構なんでございますが、...隣のお客人が静かにしてくれとこう申しますので...
源兵衛 するとなにかい、お前が言うとんのとちゃうんやな。よし、隣の客に言うとけ。静かにしたかったら宿屋一軒借り切れ、ちゅうて。えぇ? 兵庫の若いもんやないけ、旅の帰りにワーッと騒いどんやないけ。ごちゃごちゃ言うとったら向う脛ボンボーンと蹴倒っそーっちゅうとけ!
伊八 それが...なんでございます...只者やおまへんねん...只者や...いや、化けモンちゃいます、実はお侍さんですねん...
源兵衛 侍? ...それをもっと早よ言わんかいな...おれら、侍嫌いやねん、人斬り包丁持っとるさかいになぁ。侍かぁ...こらえらい拍子の悪いやつが泊まって...いやいやいや、静かにする、静かにするから、うまいこと言うといてや

こら、クソ芸子、大きな声上げて三味線弾きくさって、早よいにさらせ!

静かにする、頼むさかいにあんじょう言うといてや
伊八 さよでございますか...では、静かにお騒ぎやす
源兵衛 何を 抜かして...
伊八 そんではお願いをいたします、失礼をいたします

へっ、失礼をいたします。お侍様、静めてまいりましたので、これでご勘弁を願います
世話九郎 そうか、ご苦労であったな、それではその方も早々に休め
伊八 はい、どうもありがとうさんにございます
清八 ...あほらしなってきたな、ちょっとわーっと騒いだだけやないかいな。お預け食らわされてんねやないかい、なぁ、しかけたションベン途中で止めてるようなもんや。嫌ンなって来たなぁ、ホンマに...
喜六 そやけど、今度の旅はおもろかったなぁ。なんちゅうたって兵庫のもんやっちゅうたら知らんもんが無いねやさかいになぁ。なんでこないに「兵庫」て知れてんねやろう
源兵衛 そら、お前、相撲取りにええ相撲取りが出てるがな
清八 あれ、源やん、何かいな、相撲取りにええのんが出たら名が知れるか?
源兵衛 そらそうや、番付みてみいな、大阪のだれそれ、兵庫のだれそれとみな書いてあるやろうが。そやさかいに、兵庫にはええ相撲取りが居るさかいに名が知れてんねやがな
清八 ああ、そうか...そういや、あの須磨のお寺の坊さん、あれ相撲取りになったそうやな
源兵衛 そうや、坊さんやけど相撲が好きで、衣を脱いで相撲取りになったさかい「捨衣(すてごろも)」ちゅうねん。粋な名前やなぁ、えぇ?

小さいけどなかなかの力士やで、こう、前褌(まえみつ)をグッと掴みよるやろ、こう掴んだらスッポンが時を刻んでも離しよらんねやさかいなぁ
清八 お、そら何をすんねん、人のふんどし掴んで...お前何かい? やるつもり? ふふ、そうかい、お前がやるっちゅうねやったら、おれもちょっと相撲とるねんで...お前がそうくるなら、こうふんどしを掴んで...
源兵衛 お前がそう来るんねやったら、こう頭でカチ上げる...
清八 ほんならおれはこう深うさしてググッと吊り寄りに...
喜六 こらこら、おまはんら、こんなところで立ち上がってどないすんねん...こらこら、こらこら...こら、ええ相撲取りよんなぁ...こら行司がおらんといかんわ...おらノコッタノコッタノコッタ! ノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ! うわぁぁぁぁぁぁっ!! ただいまのぐんばい〜ッ げんのやまぁぁぁぁぁ〜ッ
世話九郎 (パンパン)伊八〜ッ、伊八〜ッ
使用人 ちょっと、伊八さん、八番さんお呼びやで
伊八 こら、今晩は寝かしよらんなぁ...

へ、お呼びでございますかいな
世話九郎 む、敷居越しでは話が出来ぬ、もそっと前へ出よ、もそっと前へ

伊八、泊りの節その方に金一朱遣わしたな
伊八 あればっかりやがな... はい、確かに頂戴いたしました
世話九郎 そのおり、なんと申した?

夜前は泉州岸ノ和田、岡部美濃守の御城下、難波屋と申せし間狭なる宿に泊まりしおりところ、雑魚もモウゾウもいっしょくたに寝かしおって、巡礼親子が御詠歌を上げるやら、六部は念仏を唱えるやら、駆け落ち者は夜通しいちゃいちゃ申すやら、相撲取りは歯ぎしりを噛むやら、夜通し寝かしおらなんだ。今宵は間狭でもよい、静かな部屋へ案内いたしてくれぃ、と、申したに、あの騒ぎはなんじゃ。

どんちゃんどんちゃんが済んだと思えば、こんどはノコッタノコッタとはなんじゃ。これでは眠れんではないか、早々に部屋を換えてくれい!
伊八 申し訳ございません、先ほども申しました通り、ただいま部屋がいっぱいに塞がっておりますので、静めてまいりますのでどうぞしばらくお待ちくださいまし...

へっ、ごめんやす!
喜六 おっ、伊八どんか! 一番取ろか?
伊八 一番取ろかやおまへんがな...隣のお侍が...静かにしてもらわな困りますがな...
源兵衛 あ、そうやったがな...済まんすまん、あんじょう言うといて、静かにするさかい...
伊八 どうぞ、お静かに...失礼をいたします...

へっ、行て参じましてございます。静めて参りましたのでこれでどうぞご勘弁を
世話九郎 む、そうか。雑作であった。そのほうも早く休め
伊八 へっ、ありがとうございます
清八 けっ、あほらしなってきた...源やん、お前がな、人のふんどし掴んだりするさかいにこないなんねやないかい。そんなことされたらつい力が入るやないかい...
源兵衛 ま、相撲の話はやめとこ。どうしても力が入るわな。静かな話をしようやないか
清八 静かな話て、何や
源兵衛 色事の話やないかい
清八 色事? 色事!? おい,源やん、わいらの顔見てみい。色事の話が出来る顔か? そやろがな、夜逃げの話なら出来ても、色事の話ができるか?
源兵衛 おい、こらこら、おまはん、そういうことを言うなよ、色事ちゅうなものは顔ですんねやないぞ、おれの色事の話を聞いたらお前らビックリするぞ
喜六 おう、源やん、そらどんな話や
源兵衛言うて悪いけどなぁ、間男(他人の嫁さんと浮気すること)や。それも侍の嫁はんやで。間男して、人ふたり殺して、五十両盗ってやなぁ、未だに捕まらんちゅうねん。色事すんねやったらこういう色事してくれ。
清八 おい、源やん、お前えらいこと言いよったなぁ、そらいつの話や?
源兵衛八年ほど前や。うちの親父さんに勘当(悪行が過ぎた子が親から親子の縁を切られ、家を追い出されること)を受けて、高槻の叔父さんのとこで世話になってたことがあったやろう。
清八 ああ、あったあった...
源兵衛 あの時分やがな。

 おれの叔父さんちゅうのがな、高槻で小間物屋をしてんねや。武家屋敷を得意先にしてぐるーっと回ってる小間物屋や。
 おれも叔父さんに甘えて無駄飯ばかり食ろうててはいかんと思うて、荷を持って同じように得意先周りをしてた。半月もしたらだんだんと勝手が分かってきた。そのうちにな、叔父さんが風邪ひいて寝込んでしもうたんや。ぶらついててもあかんと思うたんでな、一人で稼ぎに行ってきます、と荷を担いで高槻の屋敷町をずーっと回ってた。

 高槻の藩中で重役の小柳彦九郎という侍の屋敷や。勝手を知ってるさかいに台所から入っていて「小間物屋でございます」と声を掛けたが返事が無い。しばらく待ってたら衣擦れの音がさよさよさよ、として出てきたんがここの奥方や。

「これは、奥方様でございますか」
「これは小間物屋。今日は殿御も留守、女中どもも宿下がり、わらわ一人がほつ然としてる身。そなたに買い求めたいものがあるによって、どうぞあがってたも」
 ときたがな。左様でございますか、と案内されたんが奥方の居間や。小いそうになって座ってるとな、
「小間物屋、そなたささたべるか」
「えー、笹は食べたことございませんけど、タケノコやったらいただきます」
清八 何を言うとんねや、あほ、「ささ」ちゅうたら「酒」のことやがな
源兵衛 そうやがな、おれも若かったさかい知らんかったんやがな
清八 そこで、おまえ、呑んだんかい?
源兵衛 いやいや、ここで「ほんならいただきます」てなこと言うとられるかいな。ここのところはそれとなく断わるようでもあり、断わらんようでもあり
清八 どない言うた?
源兵衛 いただきますればいただきますし、いただきませなんだらいただきません
清八 んなややこしい言いようすな。それでどないしたんや
源兵衛 さあ、ほんなら奥方「クスッ」と笑うて、「これ、ひとつ」と杯を出して来よった。
「そうでございますか」と受けたらそこへドクドクッと酒を注いでくれよった。これをググッと呑み干すと「これ小間物屋、わらわにもたも」「あ、左様でございますか」と杯を渡して酒を注ぐとググッと呑み干してわしに返して寄越す。わしが呑んだら相手に返す、やったりとったりしているうちにホロッ、と酔いが回ってきたがな。
「奥方様、ご用事とおっしゃいますのは?」
「これ小間物屋、そなたが当家へ出でしおりより、女中どもの噂話、垣間見しその姿、ほんによい殿御と思い染め...」
清八 おい、ちょっと待て、その「よい殿御」ちゅうのは誰のこっちゃ?
源兵衛 お前、人の話し聞いてへんのか。おれの話してんねやさかい、おれのこっちゃ!
清八 はぁー、おまはん「よい殿御」かい。ホーッ、よい殿御も八年も経つと変わるな
源兵衛 ぬかせ! まあ、そうなったら寝ては夢、起きてはうつつ、幻の。煩悩の犬は追えども去らず、菩提の鹿は招けども来らず。夜毎につのるこの想い、どうかこの恋かなえてたも、とこう来たわい
喜六 源やん、喜んだやろ
源兵衛 なんの、喜ぶかいな。こんなとこで喜んだりしとれるかい。
「奥方様と私とは身分が違います。月とスッポンでございます。釣り鐘とちょうちんでございます。どうぞその儀ばかりはご容赦を」
「これ小間物屋、そなたにこうして打ち明けたからにはどうぞこの恋かなえてたも」
「や、その儀ばかりは」
「かなえてたもらぬその折りは、この通りじゃ」と懐から懐剣を取出して喉元に突き刺そうとする。
「奥方様、そんなご短慮な」
「それならかなえてたも」
「いやその儀ばかりは」
「なら死のうか」
「いやいや、それは」
「さあさあ、さあさあ、小間物屋、返事やいかにーっ」
「や、是非に及ばず!」
清八 なにを言うてんねん。「是非に及ばん」やなんて。それでどうしたんや
源兵衛 もうこうなったらおれもヤケや。どないなとなれ、と二人でイチャついてるところへ帰ってきたんが小柳彦九郎の弟で剣術使いの雷蔵ちゅうやっちゃ。
「義姉上が不義密通を! 相手は小間物屋、おのれそこへなおれぇぇっ!」ちゅうて刀を抜いて来たがな。こらたまらん、うわーっと逃げるところを後を「待てーっ」追いかけてきた雷蔵、廊下が磨き上げられてるところへ足袋がさらやったんやなぁ、ズルッと滑って刀をチャリーンと落としよった。それがおれの足元にとんできたがな、思わずそれを拾い上げて、雷蔵の胸にブスーッ!
清八 殺ったんかい...そ、そら、凄いなぁ...
源兵衛 さあ、そうなったら奥方の顔色が真っ蒼や。
「小間物屋、えらいことをしてくれた。こうなったらわらわを連れて逃げてたも」
「承知いたしました、が、先立つものがございません」
「ここに五十両の金子がある。これを持って逃げてたも」
「承知いたしました」と奥方の手を引いて、垣根越しにやり過ごしておいて後ろからズブーッ!

フッフッフ...どうや、間男したやろ、人ふたり殺したやろ、五十両盗って未だ捕まらんちゅうねや。どうや。こういう色事せぇちゅうねや
喜六 うわーっ、びっくりしたなぁ...源やんは色事師やなぁ...こら日本一の色事師や。たいしたモンやなぁ源やんは、源やんは色事師や...あ、源やんは色事師、色事師は源やん、あ、源やんは色事師、色事師は源やん、 あ、源やんは色事師、色事師は源やん!
世話九郎 (パンパンッ)伊八、伊八〜ッ
伊八 こら、いよいよ今晩は寝かしよらんな...

へっ、何ぞご用事でございますか
世話九郎 む、敷居越しでは話ができぬ。もそっと前へ、もそっと前へ参れ。

伊八、泊りの節にその方に金一朱遣わしたな
伊八 返しといたらよかった... へいへい、確かにいただきましてございます
世話九郎 そのおり、なんと申した?
伊八 へい、夜前は泉州岸ノ和田、岡部美濃守の御城下、難波屋と申せし間狭なる宿に泊まりしおりところ...
世話九郎 黙れだまれ、それは拙者の申すこと。その折り拙者播州明石の藩中にて万事世話九郎と申したがそれは世を忍ぶ仮の名。真は高槻の藩中にて小柳彦九郎と申す。

八年以前、妻弟が手込めに合い、その敵をと探すうち、伊八、喜んでくれ、今宵ついにその敵に巡り合うことが出来た。
伊八 左様でございますか、それはおめでとうさんでございます。で敵と申しますのは
世話九郎 隣に泊まり居る三人の者、そのうち源兵衛と申すもの、拙者の探す敵に相違無い。そちらの方から名乗り出るか、それともこちらから討って出るか、二つに一つの返答を聞いてまいれ!
伊八 へぇぇぇぇっ? あの、隣の三人連れでございますか? まあ、これはえらい人をとめてしもうたなぁ、へ、しばらくお待ちやす...

邪魔しまっせ
喜六 ...源やんは色事師! 色事... あ、伊八どん...済まんすまん、大人しいに寝るさかいに
伊八 いや、寝てもろたら困りますねん。ちょぃと起きといてもらわんと。この中で源兵衛さんとおっしゃるのは...ああ、あんさんでっか...あんさん、八年ほど前に高槻で何かお女中のことで間違いが...
源兵衛 聞いてくれてたんかいな、つらいなぁ。そうやがな、間男してな、人ふたり殺して五十両盗って...
伊八 そんなこと念を押してたらあきまへんで。隣に泊まってるお侍が、その小柳彦九郎はんでんねん
源兵衛 ええっ!? 小柳彦九郎? えらい拍子の悪い... いやいや、あら嘘やウソや、わいらなぁ、宵から騒いだというては怒られ、相撲取ったいうては怒られ、というてそのまま寝られへんやないかいな、というてなんぞオモロい話というて色事の話くらいしかできへんやないかいな。というてわしらが色事の出来る顔か? そうやないか。三十石船に乗ったときに他人がしてた話を我が事のように言うただけや。あんじょう言うといて
伊八 言うに事欠いて、何でそんな嘘つきなはんねん。隣のお侍、えらい怒ってはりまっせ。ま、どうおっしゃるかわかりまへんけど、ちょっと話ししてみます。

へ、行て参りました
世話九郎 どのように申しておったな
伊八 えー、あの話は、宵から寝られんもんやさかい、三十石船に乗ったときに人から聞いた話を我が事のように話したまでで、嘘話やと、こう申しております。顔を見ましたところ、そんな大それたことのできるような顔でもございませんので、嘘や、というのがまことだろうと存じます。この話はどうぞお聞き流しを
世話九郎 この期に及んで「嘘」などと卑怯未練な奴。こちらの方から討って出よう
伊八 いやいや、そのような事をなされては困ります。宿屋商売でございますので、刃物沙汰などございますと、あきないにかかわりますんで
世話九郎 そうか、では明日正巳の刻、日本橋にて出会い敵といたす。連れの二人もさぞかし助太刀をいたすであろう。助太刀は何十人あっても構わん。ひとり残らず切り刻んでくれる。よしんば助太刀をする、せぬに関わらず、ついでであるから首をはねてしまおう。それまでは伊八、お前に預けておく。もし一人でも逃がさば、家内中撫で斬りじゃ。さよう心得よ!
伊八 は、はいっ

こ、こら、どうもえらいことになってきたがな...
源兵衛 ああ、伊八どん、あんじょう話ししといてくれたか?
伊八 あきません。明日のお昼に日本橋で出会い敵や言うてはります。どっちみち、連れのふたりも助太刀するやろ言うて...
喜六 せえへん、せえへん
伊八 いや、する、せんに関わらずついでやさかいに首はねてしまう言うてはります
清八 ついでにはねられてたまるかいな、源やん、お前がしょうもない嘘話するさかいにこんなことに...
源兵衛 え、え、えらいことになってきたがな...
  
三人が蒼い顔になって震えておりますが、一方のお侍はこの期に及んで胆が据わったものとみえまして、そのままグッースリと寝てしまいます。明くる朝目を醒ましますと、うがい手水に身を清めまして旅支度。用意が整いますと、
  
世話九郎 (パンパンッ)伊八、伊八〜ッ
伊八 あの声、一生わすれられんなぁ...

へ、おはようさんにございます
世話九郎 夜前は雑作であったな。これは宿賃じゃ。それからこれはその方に遣わす。また縁があったら会おう
伊八 え? ちょ、ちょっとお待ちを。預かっております三人をご覧ください。手前から源兵衛、清八、喜六となっておりますが、あの三人をどのようにいたしましょう
世話九郎 ふむ、旅立つと申せば立たせてやれ。泊まると申せば泊まらせてやればよかろう
伊八 日本橋の出会い敵は?
世話九郎 日本橋の...? うぉっほっほっほっ、伊八、ありゃ嘘じゃ
伊八 ウソ!? そんな殺生な! わたい、三人後ろ手に縛り上げて布団部屋に押し込んで、夜通し寝んと番してまんねやがな。なんで選りによってそんなウソつきなはった
世話九郎 伊八、ああ申さんと、また夜通し寝かしおらんわ
  
  
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 本ホームページで初めての上方落語である。
 江戸落語に比べて上方落語を文書化するのは難しい。独特のイントネーションや豊富なニュアンスの文章による再現は困難であるし、だいたいなんと文字に書いたものか悩むような言い回しが多い。私自身は香川県の人間であるので、テレビ・ラジオで「関西弁」というものに比較的なじみがあるのだが、関西弁と一括りにしては本当はいけないのである。この話には大阪と兵庫の人物が登場しているが、上方落語は京都や大阪周辺の兵庫、池田、泉、あるいは奈良、吉野熊野などの人物が多数登場し、それぞれ言葉が違うのである。それを「関西」出身でない私が的確にとらえ、文書化することは大変困難な作業なのである。

  
 H11.11.11、ポッキーの日に、西口さんとおっしゃる方からありがたいご指摘を受けた。
    兵庫の三人連れが出てくるところで、「奈良の淫売宿泊まったときに」とありましたが、これは、「奈良の印判屋(いんばんや)に泊まったときに」が、正しいのです。小刀屋とならんで有名な宿屋であったようです。
  
間違うにことかえて淫売屋とは、なんちゅうこと! と赤面の次第である。謹んで訂正させていただいた。同様の誤解は多々あると思う。ご指摘を乞う。
  
とはいえ、上方落語はとても楽しいので、ぼちぼち挑戦していきたいと思っている。京阪神にお住まいの皆さんで、ここのホームページの「関西弁」は妙や、まちごてる、どこの言葉や、それは? ちゅうところを見つけはったら、どうぞ、メールで知らせとくれやす。それよりも、いっそ上方落語をあて(これ、わて、て書くべきなんやろか?)にかわって文書化してくれはりまへんかなぁ?

 愚痴はこれくらいにして、この話に登場する源兵衛、清八、喜六は上方落語にしばしば登場する三人である。源兵衛(あるいは源助)はしっかりもので、三人のリーダー格、清八もしっかりはしているし、決して源兵衛の弟分というわけではないのだが、精神的には源兵衛を頼りにしている。喜六は他の二人よりやや年若く、年相応以上に頼りない。江戸落語の与太郎に匹敵するくらいに頼りない人物である。

 この三人の名は上方落語に単独で、あるいは組になってたびたび出てくる。たいていの話で、上記の人物像はほぼ一致しており、憶えておくと親しみが湧く。

 同様に江戸落語の常連は建具屋の半ちゃん、たばこや(あるいは小間物屋)のみーちゃん、横丁のご隠居、洟垂れ小僧の金坊に丁稚の定吉、前出の頼りない若者の代表である与太郎などである。

 文中の「三十石船」のことである。京都と大阪の間に淀川が流れており、交通手段として船の定期便が往復していた。落語を聞くと船頭が櫓を漕いであやつる程度の船だったようだが、当時の河川用の船としては大きいほうだったようで、「三十石船」と称され、上方落語ではBig Nameである
  
  


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