東西落語特選

死神



 偽りのある世なりけり神無月 貧乏神は身をも離れず

 なんて唄が残ってございます。八百万神と申しまして、日本には物凄い数の神様がいるんだそうですな。ただ、あまり付き合いたくない神様もございまして...
女房 ちょいと、お前さん、昼間っからごろごろして酒ばかり呑んでないでさ、少しは稼ぎに出たらどうなんだい? 子供のなりをご覧よ、子供のなりを! こんなぼろぼろの着物を着せて、まるで雑巾じゃないかサァ。おまんまだってろくに食べさせてないんだよ。こんなんで、よく酒が呑めるねェ

ちょいと...ちょいと、お前さん、 聞いてんのかい!?
八五郎 あぁ!? うるせぇなぁ、てめぇは...聞いてるよ...聞いてますよってんだ、 ったく...

てめぇは、ナニかってぇとガミガミ言いやがって...銭がねぇ? ンなこたぁわかってらぁ。銭がねぇからこうやって残り物の酒を呑んでんじゃねぇか。銭がありゃあとっくの昔に酒に換えてるよ! ヘッ、これを呑んじまったらもう後がねぇんだ、ゆっくり味わわせやがれってんだ...(グビッ、グビッ)、ヒック...ウィ〜
女房 ウワッ...ったく、酒臭い息をかけないでおくれよ!
八五郎 お前はガミガミとうるさくっていけねぇ。ガキを見習え、ガキを! さっきからそうやって、黙って大人しくしてるじゃねぇか
女房 あんたのことが恐いから黙ってるんじゃないか。 見てご覧よ、震えてるじゃないか! まったく、子供をこんなに怯えさせて、なんて親だろうね! ロクな稼ぎも無いくせに酒ばっかりくらって、あんたみたいな穀潰しは 豆腐の角に頭ぶつけて死んじまいな!
八五郎 ...へっ、豆腐を買う金がありゃあ苦労しねぇや...
女房 このロクでなし! 唐変木! もう顔も見たくないよ!

出てけ!
八五郎 へっ、出てくよ...出てってやらァ!

  *************************  

ああ......あぁ...生きてんのが嫌になっちまったな...

いっそかかぁの言う通り、本当に死んじまおうかなぁ...

けど、どうやって死のうかなぁ...首でも吊って...いや、あれはいけねぇ。前に首吊り見たことがあるんだ。首が伸びて鼻水やよだれが出て、あれは形がよくねぇ。首吊りはやめだな...

海にでも飛び込むかな...いや、土左衛門てのもよくねぇな。くたばった後、サカナにつつかれるなんざゾッとしねぇや...土左衛門もだめだな...

匕首で喉でも突くか...なんか痛そうだな...

どうやって死ぬのが形がよくて楽かなぁ...
死神 教えてやろうか
八五郎 えっ!? な、なんだ、誰でぇ...お前か、誰だ、お前は? 薄汚ねぇなりしやがって
死神 薄汚ねぇたぁお互い様だ...おれか? へっへっへ...おれは...死神だ...
八五郎 死神ぃ? ははぁ、お前の仕業か! おれは今までどんなに貧乏したって死にてェなんて思ったことはこっから先だってねぇんだ。それがここへ来たら急に死にたくなっちまった。おれに妙な術をかけて取り殺そうってんだな! くそっ、そうは行くけぇ! うせやがれっ! どっか行きやがれ!
死神 へっへっへ...そう邪険にするもんじゃねぇ。別にお前さんを取り殺そうなんて気はねぇんだ。でぇいち、お前さんの寿命はまだ尽きちゃいねぇ。寿命の残ったヤツを殺すなんてことは死神のメンツにかけてもできゃしねぇ。安心しな
八五郎 なら、何しに出てきやがったんだよォ
死神 へっへっへ...人助けだよ、人助け...お前さん、ずいぶん金に困ってる様子だな...図星だろう...へっへっへ...実はな、お前さんに金もうけを教えて助けてやろうってんだ
八五郎 し、死神が人助けしようなんて、いってぇどういう了見でぇ?
死神 へっへっへ...先祖の因縁だよ...お前さんの八代前の先祖ってのが変わり者でな...祠(ほこら)を作って死神を祭ってたんだ。その功徳でな、その末裔の中でも一番落ちぶれたヤツを助けてやろうってんだ...つまりお前さんだよ...へっへっへ...こう見えても死神ってぇのはな...義理堅てェんだ...へっへっへ...
八五郎 お、おぃ、薄っ気味わりぃツラで笑うのァ、よせよ...しかし、「一番落ちぶれた」ヤツか...ヘッ、違ぇねぇや。ま、こうなったらどうにもしょうがねぇ、死神でもなんでも世話になりてぇところだけどさ...どんな金もうけだい? どっかからお宝でも掘り出そうってのか?
死神 そんなんじゃねぇ。お前さん...医者になんな
八五郎 医者? 医者ったって、おれァ脈の取り方だってわからねぇぜ
死神 脈なんぞとらなくていいんだ。その代わりお前さんに病人を治すまじないを教えてやる
八五郎 まじない? まじないって、どんなまじないでぇ?
死神 家へ帰ったらすぐに医者の看板を出せ。そのうちに「お願いします」と誰かが頼みに来る...いやいや、心配するな。お前みてぇな野郎のところへでも客が来るように術をかけといてやるよ。そいつのうちへ出かけて行って、寝ている病人を前にしたら、いいか、病人の足元か枕元を見ろ。必ずどっちかに死神が座っている。枕元に死神が座っていたら、「手遅れです」と言って手をつけずに帰ってくるんだ。こいつはもうどうしたって助からねぇ。しかし、足元に座っていたら、これを治す手がある
八五郎 ど、どうすりゃいいんだ?
死神 今教えてやる。いいか、一度で憶えるんだぞ。「アジャラカモクレン キューライソ テケレッツノパ」このあとパン、パンッ...と、手を二つ叩くんだ。これをやられると死神は離れなきゃぁならねぇ決まりになってる。死神がいなくなれば病人はすぐに治る。お前さんは礼金をたっぷりと貰えるってぇ寸法だ
八五郎 でも、おれ、死神なんて見えねぇぞ
死神 今、おれのツラが見えてるじゃねぇか...心配いらねぇ。お前にはもうおれの術がかかってる。いいか、わかったな。まぁ、騙されたと思ってやってみな。それから、言っておくが、お前さんが助けられる病人は八人までだ。そう何人も助けられちゃ、俺達の商売が上がったりだからな
八五郎 ...なんで、八人なんだよ
死神 昔から言うじゃないか...「四二(死に)が八」...と
八五郎 ...嫌なシャレだなぁ、ホントかよ...まぁ、だめだったって、どうせもともとだけど...妙な文句だなぁ、アジャラカモクレン キューライソ テケレッツノパ...で、手を(パン、パンッ)かい? ...あれ? 死神? ...死神さん? いなくなっちゃった...そうか、おれがまじないをやったから、いられなくなって消えちまったんだ。へへっ、こりゃァ、ことによると本物かも知れねぇ。ダメでもともとだ、よしっ、医者ンなってみよう
八五郎、急に元気ンなっちまって、すぐに長屋へ引っ返すてぇと、女房にガミガミ言われながらも、樫の板...なんてものはございませんから、カマボコ板に、漢字なんか書けませんからひら仮名で「いしや」と書いて長屋の戸口に釘で打ち付けた。「医者」だか「石屋」だか分かりゃしません。

ところがこんな有り様でも死神の術の力ですか、翌日にはお客が来ました。それも大沢屋という金満家の番頭さんで「主が五年の長患い。なんとかお助けを」と言う。

喜び勇んで大沢屋へ乗り込んで、さて病人を見る...てぇと、いい案配に死神は足元に座っている。
八五郎 へへっ、こりゃぁありがてぇ
大沢屋番頭 え? 今、何かおっしゃいましたか?
八五郎 い、いやいや、こ、こっちのことでござんす。それより、お宅の旦那さん、何人もの医者に見てもらったんですって? で、治らなかったんでしょ。でもね、あたしの見立てでは、旦那さん、すぐ治りますよ
大沢屋番頭 す、すぐに? せ、先生、気休めをおっしゃらなくて結構でございます。 この五年の間、江戸、上方の名医と名のつく先生方に何十人となく見ていただきましたが、一向によくならない、ばかりでなく病名さえ分からない。もうどうにも仕様が無い、こうなったらもうなんでもいい、「医者」と名が付けば何だろうと...いやいや、こ、これは失礼をいたしました。とにかく困り果てまして先生におすがりしたような次第でございまして...でございますから、気休めは結構でございます。正直に、先生のお見立てをおっしゃってくださいまし
八五郎 いや、信じられねぇお気持ちァ分かりますがね、ま、あたしに任せておきなさい。あたしが、必ず治してあげますから
大沢屋番頭 ほう、それは...よほどの高貴薬で
八五郎 いやいや、あたしをそんじょそこらの並みの医者といっしょにしちゃぁいけねぇ。やたらと薬を出すのはヤブ医者で。あたしゃね、まじないで治しますから、えぇ。あたしがひと睨みすりゃぁ病いの方で逃げていっちまう。それについちゃぁ番頭さん、お前さんにお願いがある。ちょっと人払いをしてもれぇてぇんで。あたしが呼ぶまで誰も来ないように。病人と二人きりにしてくだせぇ...

...へへっ、いっちゃった...さぁ、死神め、覚悟しやがれ...

アジャラカモクレン キューライソ テケレッツノパ

パン、パンッ
まじないをする、とたんに死神のやつ、うらめしそうな顔をしたかと思うとスーッと空気に溶けるように消えてしまいました。すると、今まで蒼い顔をしてあえいでいた病人が突然からだを起こして、「ああ、よく寝た、番頭さんや、お腹が空いた。鰻重と天丼を食べたい!」なんて言い出したものですから、もう大変ですな
大沢屋番頭 ああっ、だ、旦那様が治ったぁぁぁぁ!

 あああぁぁぁ......ああ、ああああぁぁぁ!

 せ、先生、ありがとうございます!!!
八五郎 いやいや、これも人助けですから。

はっはっはっはっ
もう大沢屋では大騒ぎでございます。その日はさっそく主の快気祝いの祝宴ですな。八五郎大先生はもちろん主と並んで上座に据えられまして、それはもう芸者まであげての呑み放題の食べ放題。翌日は付き人の行列に先導されて、お駕籠ン乗って長屋へと帰って参りました。もちろん、礼金もどっさりと...

こうなって参りますと、かみさんも掌を返したように
女房 お前さんはたいしたものだねぇ、甲斐性があるねぇ、あたしゃお前さんって人はどっか見所があると思ってたんだよ、だからさ、どんな苦労だって苦労だなんて思ったことはこっから先もありゃしないんだよぉ〜
八五郎 へっ、何を言ってやがんでぇ...
さて、大沢屋のものが

「あの先生は名医だ」

「治る見込みの無い病人を治した」

「名医が見放した病人を治した」

「礼金として五十両渡した」

とふれて回るものですから、「診て欲しい」という人も相当にあったんですが、「礼金が五十両」というのに怖じ気づいてしまいまして、こうなりますと来るお客はみな大金持ばかりですな。しかも、「凡夫盛んにして鬼神もこれを避く」と申しますが、その通りで、やっこさんが出かけて行くと死神が足元に座っている。人払いをして、まじない一発、たちどころに病人は全快。「ああ、この先生は名医だ」で、礼金がボーン。

ところが、ごくたまに死神が枕元に座っていたりしますと、
八五郎 だめです。いくらあたしでもこの病人は治らない
そ、そんな、先生は治らない病人を治したと評判じゃないですか。お願いします。お礼が五十両で足らなければ百両でも二百両でも...
八五郎 いや、お礼がどうこう云うんじゃない、この病人の寿命はもう尽きています。いくらあたしでも無い寿命を延ばすことはできません。すまないが、あたしはもうこれで失礼します
やっこさんが家を出ようと敷居をまたぐ、すると病人がガクッ、と息を引き取る。「ああ、あの先生は名医だ」と、いい方へいい方へと物事が運んで参ります。病人を六人助けた時には八五郎もすっかり大金持になって、長屋を引き払って表通りに大きな家を構えまして、金を懐に酒、女、博打とほうぼう遊びまわる。女房子の方も負けずに着物を買ったり芝居を見たり、美味いものを食ったりと贅沢三昧ですな。

さて、こういう男が金を握りますてぇと、今も昔も考えることはひとつでございまして、どうもあの古女房じゃ物足りない、おれにゃふさわしくない、ってんで新橋に出ていた芸者を身請けいたしまして、別宅を構えてこれを囲ったりいたしまして、そっちに入り浸るものだから、たまに本宅へ帰るてぇとまた女房に散々ガミガミ言われる。やっこさんとしては面白くございませんな。
八五郎 うるせぇ、お前なんざァどっかいっちまえっ!
てんで、いくらかの金を掴ませて、子供ともども叩き出してしまい、代わりに若いのを家へ引っ張り込んで今日は伊豆、明日は箱根と遊びまわった。

ところが、金というものは稼がないで使う一方だと、意外に減り方が早いもので、一年ほど経つとスカンピンになって、元の長屋暮らしに戻ってしまった。そうなりますと、若い女も別に八五郎に惚れて一緒になっていたわけじゃございませんので「金の切れ目が縁の切れ目」と、さっさと出て行っちまった。
八五郎 ま、いいや、「四二が八」のうち六人まではやっちゃったけど、まだ二人残ってる。また医者を始めるか
と戸口にカマボコ板の看板を上げましたが、いったんツキが離れてしまうとどうしようもないもので、三日経っても、四日経っても誰も来ない。

十日も経った頃やっとこさ「お願いします」と来た人があった。けれども、行ってみると死神が枕元に座っている。「これはとても治りません」と言って帰るだけだから、礼金どころか、足代も出ない。それからも何日かごとに人は来るけれど、行ってみると死神が枕元に座っている。物事の歯車がくるい始めるとこんなもんですな。これには八五郎もほとほと参ってしまいました。

さて、そんなある日のこと、江戸でも一、二を争う金満家の河口屋善兵衛の番頭が飛び込んできて、「先生、お願いいたします!」

ところが行ってみるとやっぱり死神は枕元に座っている。
八五郎 番頭さん、済まないが...こちらのご主人は...もう手遅れですな
河口屋番頭 そんな...そ、そこを何とか
八五郎 あたしも何とかしたいんっすよ。したいけれど...ほら、ね...枕元にさぁ、その〜...これじゃ手が出せません
河口屋番頭 せ、先生...今、主に亡くなられますと...店を手放さなくてはなりません。先日いきなり倒れて以来目も醒まさず、多くの名医と評判の先生方に診ていただきましたが、もう「手遅れだ」というお見立てばかりで、お内儀もこのとおりすっかりやつれはててしまわれました。先生にならお助けいただけるものと...二百両のお礼を用意してございます
八五郎 ...二...二百両...いや、そのお礼をいただけるのはうれしいが、こればっかりは...
河口屋番頭 三百両でいかがでしょう
八五郎 いや、いくら増やしてもらってもこればっかりは...
河口屋番頭 ハイ、ハイ...お内儀から「五百両」という声が掛かりましたが
八五郎 競りをやってんじゃないんだよ...しかし、五百両...う〜〜ン...
河口屋番頭 先生、お疲れのご様子ですな、次の間に御膳を用意してございます。あちらでおくつろぎなさったらいかがでしょう
八五郎 いや、あっしゃ、もうこれで失礼させていただきやす...
河口屋番頭 いやいや、先生にはどうあっても主の病気を治していただかなくては、今日は泊まり込んででもなんとか埒をあけていただいて...
八五郎 そんな...もう勘弁してくださいよ...
半分ベソをかきながら番頭さんに次の間へ連行されて参りますと、床の間の前に立派な座布団がしつらえられております。八五郎が座につくとすかさず女中が膳を運んで参ります。逃がすものか! という構えですな
河口屋番頭 出入りの料理屋からあつらえたものでございます。お口に合いますか...これ、お清! 召し上がるのは先生ですよ、それではお膳の置き方が逆じゃないか! 魚の頭が左、尾が右に来るように置くんだ。直しなさい。そうそう、ぐるっと回して...

まったく...先生、とんだ失礼をいたしました。女中供にはふだんからきつく申しておりますんですが、まったく無作法で面目次第もございません
八五郎 ......おおっ! ......番頭さん! その女中さん、旦那の命の恩人だよ、誉めてやっとくれ!
河口屋番頭 ? この...お清が、でございますか? そりゃまたどういう事で? な、なぜでございます?
八五郎 いやいや、いずれわかりますよ。それより、頼みがあるんだが。この家にね、しっかりとした力のある若い衆が四人、揃いますかね
河口屋番頭 ええ、力自慢なら何人でも
八五郎 いやいや、四人でいいんだ。気の利く、すばしこいのを四人、集めておくれ。いいかい、四人揃ったところで話しをするから
番頭さん、力自慢の若者たちを引き連れて八五郎のところへやって参りました
八五郎 いいかい、四人が旦那の布団の四隅に座るんだ。で、あたしが合図をする。ひざをポーンと叩くから、そしたら、いいかい、四人が一斉に布団の四隅を持ってグルッと反対向きに回して欲しい。いいかい、反対向きになるようにだよ、頭が足、足が頭になるように。これはやり直しが利かないから、しっかりやっとくれ
へいっ、と一同が病人の部屋へ揃います。八五郎が見ると、やはり死神は旦那の枕元に座っている。「この病人、もう一息だ」と思うから、死神のやつ、枕元でますます目を光らせて病人を睨み付けている。病人もぐったりとしてきた。しかし、いくら死神だって、ここんこと何日もこの有り様で連日徹夜で病人を睨み付けつづけていたものだから、疲れが出て当たり前ですな。そのうちコックリコックリと舟をこぎ始めた。

八五郎は「ここだ!」とばかりに四人に目配せをし、膝をポーンと叩いた。とたんに若い衆が布団をグルッと回す。「ありゃ?」と目を醒ました死神に向かって八五郎、すかさず

アジャラカモクレン キューライソ テケレッツノパ

パン、パンッ


 死神のやつ驚いたのなんの、こんな話し聞いた事も無い、枕元にいたはずがいつのまにか足元にいて、まじないを聞かされちゃった、足元にいてまじないを聞いたら死神は消えなきゃならないのが業界の取り決めですから、「ギャーッ」と天井まで跳びあがってそのまま消えてしまった。するといきなり病人が立ち上がって「鰻重と天丼が食いたい」ってんで...
河口屋番頭 先生、こっ、これはっ!!?
八五郎 おめでとうございます。ご全快ですな
河口屋番頭 ありがとうございます!!
八五郎 で、五百両の 方は?
河口屋番頭 すぐにお届けいたします。 取りあえず御足労いただきましたお草履代といたしまして、まずは十両お持ちください
八五郎 あ、そうかい、十両?...これは礼金と込みで? 礼金とは別! ありがたいねぇ。ここまで来るだけで草履がボロボロになって困ってたんだよ
八五郎、その足でさっそく馴染みの酒屋へ繰り込み、そのまま夜まで呑んで食って、いい心持ちで店を出た
八五郎 ああ、ありがてぇ。今日は我ながらうまくやったねぇ。布団をぐるっと回して、「アジャラカモクレン」とやった時のあの死神の慌てようったらねぇや。目ン玉ひん剥いて「ギャーッ」って飛び上がりやがった
死神 驚くのは当たり前だ
八五郎 おっ...びっくりした...お前さん、あの時の死神かい? じゃぁ、あの枕元の死神はお前さんだったのかい?
死神 お前は恩を仇で返したんだ
八五郎 いや、ちょっと待ってくれ、そんなつもりじゃなかったんだ。死神ってのは誰も彼もおんなじような不景気な面...いやいや、似た顔でさ、似たような着物着てるから気がつかなくってさ、いや、もしあんただって知ってたらおれはあんなことしやしなかったぜ、ホント
死神 やったことは取り返しがつかないってのが世の中の決めだ。人に恥をかかせやがって。このままじゃおれは死神仲間の笑い者だ...さ、来てもらうぞ
八五郎 どこへ? ど、どこへ連れて行くんだよ! 止めてくれ、離してくれよ!
死神に手を引かれてふらふらとついていく八五郎。立ち止まろうとしても足が勝手に死神について歩いて行く。しばらくすると見たことも無い洞窟の前に出た
死神 この中に入るぞ
八五郎 暗くて足元が見えねぇ、転んじまうよ
死神 足元か...へっへっへ...おれは病人の足元で跳び上がったぜ
八五郎 だから、そいつは謝ったじゃねぇか
死神 いいから、この杖につかまれ。だまってついてこい
八五郎 やめてくれぇ、助けてくれぇ...あれ、妙に明るくなってきやがった...
死神 これを見ろ
八五郎 あ...あぁ...な、何です、この蝋燭...いったい何本あるんです? 見渡す限り、蝋燭ばかりだけど...
死神 これが人間の寿命というやつさ
八五郎 人間の寿命!? 「人間の寿命は蝋燭の火のようだ」って言うけど、本当だったのかい?
死神 本当さ...例えばそこの、ほれ半分くらいの長さでボーボー音を立てて燃えてるヤツ
八五郎 え? あ、これ? なんか、勢いがありますねぇ
死神 そりゃ、お前の別れたかみさんの寿命だ
八五郎 へぇ、なるほどねぇ。へへっ、あいつらしいや。音がガミガミ言ってるように聞こえてくらぁ。で、その横の、長くて威勢のいいのは?
死神 そりゃお前の息子の寿命だ。こいつは長生きするぜ
八五郎 へぇ、あのガキの...で、その横のは? 暗くって短くって今にも消えそうなの...これ...これってまさか...
死神 そうさ、それがお前の寿命だ
八五郎 え!? ...そ、そんな...
死神 お前の寿命だよ。よぉく見ておきな。もうすぐ消える。消えたら死ぬんだ。
八五郎 死ぬって言ったって、あっしゃこの通り元気ですよ。病気ひとつ持ってねぇ。死ぬなんて、そんなばかな。なんであっしの寿命がこんなに短いんだ!?
死神 知りてぇか...教えてやろう。元もとのお前の寿命はこっちの蝋燭だった
八五郎 こっち? そうそう、そりゃそうでしょうとも、そうでなくっちゃ! 長さは半分くらいだけど、威勢がいいや。だからさ、これは何かの間違いでしょ
死神 間違いじゃねぇ。お前、おれを出し抜いて死神を足元に置いたな。そのお陰で河口屋の寿命は延びた。延びた寿命はどこから来たと思う? 何もねぇところから寿命が生えて来たとでも思ったか? お前はな、河口屋と自分の寿命を取りかえっこしちまったんだ。恩を仇で返した報いだな。お前はもうすぐここで死ぬんだ。本当ならあの酒屋の帰りにそのままのたれ死にするはずだったんだが...自分がどうして死ぬのかくらい知りてぇだろう、自分の寿命の消えるところを見せてやろうと思ってな、こうして連れてきてやったんだ
八五郎 そ、そんな...し、死神さん、お願いだ、もう二度とあんたを騙すような真似はしねぇ、た、頼む、助けてくれ、もう一度だけ...あ、あんた言ったじゃないか、おれの先祖が死神を祭ったんだろ、だから、もう一度だけ...た、頼む!
死神 だめだ。これは自業自得ってヤツだ。おめぇ、初めて会った時、どうやって死ぬのが形がよくて楽か、知りたがってたな。教えてやるよ。その蝋燭を吹き消すんだ。そうすりゃ、火が消えるようにフッ...と死ねらぁ。ちっとも苦しくねぇ。形もいいぜ...へっへっへ...
八五郎 よ、よしてくれ! 冗談じゃねぇ!!

 し、死神さん、あ、あんた言ったよな、「八人まで助けられる」って。さっきの河口屋で七人目だったんだ。最後のひとりで自分を助けられねぇか、な、死神さん!
死神 へへっ、妙な理屈をひねり出したじゃねぇか...なんだってそう生きていたいんだ? 生きてたって仕様がねぇじゃねぇか。かみさんはいねぇ、子供もいねぇ、金だってねぇ。死にたかったんだろう? ...へっへっへ、そうギャアギャア騒ぐんじゃねぇ...いいだろう。やってみな。ただし、自分でやるんだぜ、おれは手を出せねぇ。寿命が尽きたやつを助けるわけにゃいかねぇからな
八五郎 い、命が助かるなら、な、何でもするから
死神 ここに半分燃えさしの蝋燭がある。これをお前にくれてやる
八五郎 へぇ、こ、こ、この、も、燃えガラ...
死神 その燃えつきかけている蝋燭の火をこの燃えさしに移してみろ。もし、火を移すことが出来たら、お前の寿命はその分だけ延びる。もししくじったら、そのまま死ぬぞ。いいな。やってみな
八五郎 へ、へい...や、やってみます...やります...火を...蝋燭の火を...
死神 へへへっ、震えてるぜ...震えると消えるぞ...消えると死ぬんだ。ほーら、消えるぞ
八五郎 や、止めてくれ...黙っててくれよぉ、ハァ、ハァ、よ、余計に震えちまうじゃねぇか...
死神 へへへっ...へへっ...大丈夫かぃ...汗がだらだら垂れてるぜ、汗で火が消えちまうぜ...そんなに息をハアハアするなよ...息で消えちまうぜ
八五郎 黙ってくれ...黙って見ててくれ...頼むから...あ、汗が眼に入って...



火が...



火が...ああ...



消え...た...
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 この噺の最後の部分は次の様に演じられることもある。

     八五郎がやっとのことで火を燃え殻に移すことに成功する。死神が「うまくやったな。蝋燭をこっちへ寄越しな。元どおりに立てといてやる」というが、「そんな事言って吹き消そうってんだろ」と八五郎は蝋燭を握り締めたまま離さない。「まあいい、好きにしな。それ、祝いの酒だ」と死神に酒を勧められる。八五郎は嬉しさのあまり、「ぐび、ぐび、ぐび...プファ〜ッ...あ、火が...」ガクッ


 つまり自分で吹き消してしまうわけだ。こっちの方が「落ちらしい」落ちと言えるかもしれないが、いかんせん、怪談としての怖さは、今回取上げた形の方が上だろう。


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