東西落語特選

品川心中



 今の品川と違いまして、江戸時代の品川というのは、それはもうたいそう繁盛しておりました。どうしてかと申しますと、京・大坂へ旅に行くものが「これより東海道」と書かれてある棒杭のところまでやってまいります。


●「いってこいや、江戸のことは心配すんな」

▲「あとのこと、頼まぁ。子供がまだ小さいんだ」

●「心配すんなって、ちゃんと可愛がってやるよ」

▲「女房が...」

●「ちゃんと可愛がって...」

▲「おぅ!?」


 などとバカなことを言いながら金を懐に入れて、品川の宿にやってまいりますと両側にずらーっと貸し座敷(女郎屋)が並んでおりましてね、懐が暖かいものですから、ついついフラフラっと行っちまう。

 品川にはいい貸し座敷がありました。土蔵相模、島崎、お化け伊勢屋...そういった名高い店があったもんです。


 その頃、品川の新宿に城木屋という貸し座敷がありまして、そこの板頭を努めているお染という花魁(おいらん=遊女)がおりました。「板頭」というのは要するにナンバーワンですな。おおぜい、花魁の名前を書いた札がかかっている、その一番かしらを努めている花魁ですな。

 これが若い、威勢のいい時分にはよかったんですが、...だんだんととうが立ってきますてぇと、自分より下の娘にどんどんとお客がついて、「お茶をひく」ということが多くなってくる。それでも我慢はしておりましたが、どうにもならないのが、この世界には「移り代え」(衣更えのようなもの)というものがある。これはたいそう金の要る事でした。

 どうして金が要るかと申しますと、単衣(ひとえ:夏の着物)物から袷(あわせ:冬の着物)に換える時に朋輩(同僚)を呼んで一席設けて飲ませて騒がせて祝儀を出して、「あたしこれで移り代えします」とやらなけりゃ移り代えできないというしきたりがあった。そいつができないってぇと、皆があわせを着てるってのにひとりだけ一重でいなきゃならない。そのうち若い娘に「移り代えも出来やがらないで」なんて、「フン」なんて言われて、悔しくって仕方が無いから、なとんかお客に来てもらおうとあちこちに手紙を出す。でもそういう女にはいい客が来なくなってしまいますからなぁ...


こんな...こんな辛い思いをするくらいなら、いっそ死んじまった方がいいや...


 しかし、自分が死んだら「あの女、移り代えができないから、苦し紛れに死んだ」なんて言われるのがまた悔しい。誰か相手を探そう、相手と一緒に死ねば、「心中」と浮き名が立っていいや...と、玉帳(お客リスト)を引っ張り出した。
  
お染 この人は、...親掛かりだからねぇ、親が心配するからよそう...この人は...女房子供があるんだねぇ...はぁ、中橋から通ってくる本屋の金さん...この人はいいやねぇ、身寄りも無いし、人間がボーッとしてるからちょうどいいや...この人に決めた
  
決められた奴はいい面の皮で、その瞬間から影が薄くなってきたりいたします。さて、お染は思いの丈を筆に言わせて手紙を書く。当の金三が手紙を開いてみると「お前さんと相談したい事があるから、是非来て下さい」とある。ありがてぇ、惚れた女からの相談事だ、てんで手紙を押し頂くように懐に入れて、都合を付けて品川までやってきた。
  
金造 おう、おうっ、お染
お染 え...? なんだよ
金造 「なんだよ」じゃねえや。おめえが相談があるってぇからわざわざ来たんじゃねえか。何も言わねえで、ぼーっとしてんのが相談か
お染 だってさ、お前さんの顔見たら、ああ、この相談はだめだな、って思っちゃった...
金造 何だよ、だめだなってのは。なんてぇ失礼な言い草だよ、そりゃ...言ってみろよ
お染 だって...金の要る話なんだよぉ
金造 なんだよ。金で済むのか。言ってみろよ、二百両いるとか、三百両要るとか、言いやぁいいじゃねえか
お染 そんなに要らないんだよ。四十両でいいんだ
金造 四十両? そ、そりゃ大変だ...
お染 ご覧よ、できゃしないだろぅ? 
金造 無茶言うねぇ...四十両なんて大金はだめだ...
お染 四十両無いと越せないんだよ、ここを...だから、さ、いっそのこと死んじまおうと思ってね...年期があけたらお前さんと一緒になろうと思ってたけどさ、それもできなくなっちゃった...あたしが死んだら...(クスン)...お前さん、時々あたしを思い出して...お線香の一本もあげとくれ
金造 おめえ、それ、どうにもならねえのか...世の中、金で済むことほど簡単なことはねぇっていうぞ...なに、お前さんが言うなって...そりゃそうだ。

誰か他の客だまくらかして、都合つけられぇのか...じゃ、どうあってもだめなのか、死ぬしかないのか...? そうか...

おめえが死ぬんなら...おれも死のうじゃねぇか
お染 お前さん、本当かい? いっしょに死んでおくれかい?
金造 おくれですよ、おおくれですよ。あたりめぇじゃねぇか! 女房が死のうって時に、亭主が生きてたってしょうがあるめぇ! お、おらぁ一緒に死のうじゃねぇか
お染 じゃ、お前さん、善は急げってぇからさ、今夜死んでくれる?
金造 えぇっ? そ、そりゃ急な話だな、おれぁ、いろいろ用事があるんだ、きょ、今日はいけねぇよ
お染 用なんてどうでもいいじゃないか、どうせくたばるんだよ
金造 い、いや、だめだ、だ、だめだよ! 明日の晩だぁ...う、うそなんぞ言いやしねぇ、来るよ、絶対来るよぉ
お染 そう? ホントに明日の晩来てくれるかい? ほんとだろうねぇ、ん〜っ、上手い事言って逃げるンじゃない? 信じていいんだね...ああ、この世では一緒になれないけど、お前さん、あの世で所帯を持とう
金造 そりゃいいや、蓮の葉の上で所帯を持とう
  
 まるでアマガエルですな。
 お染の方はてぇと、明日この男が来るようにってんで、その晩は金三を大事にするのなんの...必殺技の乱れ撃ちという奴ですな...夜が明ける頃には「もうあの女の為なら、おれは命はいらねえ」なんて女郎買いの決死隊みてぇな了見になりまして、道具屋を呼んできて家中のものを始末して、長屋を引き払い、匕首(あいくち)を買って、ほうぼうに暇乞いに行く始末で。
 一番しまいに自分の親方に当たる人のところへやってきたけど、表からは入りにくいので台所の勝手口から...
  
金造 んちわ、...んちわ...
親方 なんだ、裏口で妙な声出してやがるんは...なんだ、金三じゃねえか
金造 へえ、金三でござんす...台所にあるのがぞうきんでござんす
親方 相変わらずくだらねぇこと言ってやがるなぁ...まあ、こっちあがんな
金造 いや、ここでよござんす
親方 そうか? で、どうしたんだぃ、ちっともうち来ないじゃねえか。 たまには面見せろやぃ...何だ、どうかしたのか、...おめぇ、なんか影が薄いぞ?
金造 いや、あの...今日はお暇乞いに伺ったんで...
親方 暇乞い? なんだ、いゃだなぁ。どっか行くのか? どこ行くんでぇ
金造 え? ど、どこって... どこ行くんざんしょ?
親方 なんだ? 旅だろ?
金造 へえ、旅立つんでござんす
親方 上方か
金造 いや、...西にはちげえねぇと思うんですけど...ずっと遠いんで。十万億土...
親方 ...で、いつ帰ってくるんでぇ
金造 へえ、盆の十三日には...
親方 何なんだよ、そりゃ...昼日中から気味の悪い...そういや、おめぇ、品川の花魁...お染、とかいったな、おめぇ妙に入れ込んでるって聞いてるぜ。気をつけろよ、騙されて心中でも持ち掛けられんなよ...なんだ、こいつ妙にうろたえやがって...お前、その懐に入れてるもの、こっちへ寄越せ! 匕首じゃねえか。おぃ、誰か、金三ふん捕まえろ、こいつどうも様子がおかしい...あ、こら、待ちやがれ!
金造 すいませーんっ!

ハァ、ハァ、よう、お染、約束どおりきたぜ
お染 まあ、お前さん、よく来てくれたね。お前さんが来てくれなかったらどうしようか、と思ってたとこ。もうこの世の最期だから、今夜は威勢良く呑もうよ
金造 呑む、ったって金なんぞありゃしねえぜ
お染 いいじゃないか、どうせくたばっちまうんだ。あの世まで取りに来ゃしないよ
金造 そうだな...そうしよう
  
 呑み納めの食い納めだってんで、金三の奴は喉まで詰め込んでひっくり返ってしまった。

金三にありあわせの布団をかけて、お染は部屋を出る。そのままいくつかの座敷を勤め、夜更けに部屋へ帰って参りますと、金三は鼻から提灯出して、グウグウいびきをかいて寝ております。
  
お染 あーぁ、よく食ったねぇ、これから死ぬって時に...あたしゃモノが喉を通らないよ。よくよく能天気に出来てるんだねぇ...こんな間抜けなヤツと死ななきゃならないなんて、あたし前世でよほど悪いことしてきたんだねぇ...

ほら、金さん、起きとくれよ、金さん!
金造 ふぇぇー? もう食えねぇ〜...
お染 何言ってんだい、お前さん、時間だよ...死ぬ刻限だよ、分かってンのかい? お前さん、あたしと死ぬんだよ!
金造 え? 死ぬ? ああ、...そうか。忘れてた。
お染 忘れちゃイヤだよ。顔見合わせてても死ねやしないよ。何か死ぬもの、持って来たかい?
金造 このくらいの匕首...
お染 へぇ、よく郭に持ち込めたね
金造 いや、親方んちで分捕られちゃった
お染 まったく役に立たないねぇ。そんなことだろうと思ってたよ。いいよ、あたしが、ほら、カミソリを二枚あわせといたから、ほら、これお前さん持って、あたしがこれ持って、「ひのふのみ」でお互いの喉を切りっこしようよ
金造 ぶるぶるぶる! そ、そ、そ、そりゃ乱暴だ!
お染 当たり前だよ!
金造 喉は急所だ!
お染 急所だから死ねるんじゃないか!
金造 おらぁ聞いた事があるんだ。こういう薄い刃物で切った傷はあとで縫うのに骨が折れる...
お染 縫われてどうするんだよ、あたしたちゃ死ぬんだよ
金造 なあ、こうしねえか。縫針をこう二本あわせてさ、こう、互い違いに鼻の下をつつきっこしてりゃそのうち...
お染 あたしゃね、しもやけの血を抜こうって言ってるんじゃないんだよ。いいよ、じゃ海へ飛び込もうよ
金造 そりゃだめだ、おれぁ風邪引いてるんだ
お染 風邪がなんだよ...お前さん、やる気はあんのかい! いいからおいで!
  
 金三の手を取って引きずるようにしてお染が裏口から出ると、一面の柵矢来、その一角に木戸があって、錠がかかっている。この錠に手ぬぐいを引っかけてぶら下がるようにすると、潮風で腐っていたのか錠がパキッ! ギギーッ、と音を立てて木戸が開いた。海の方から吹いてくる風がピューーーーーッ!
  
お染 金さん、こっちだよ
金造 ぶるぶるぶる、暗くって何も見えねえ...
お染 いいよ、見えなくったって。桟橋は長いよ
金造 その代わり、命は短けぇ
お染 かけあい漫才じゃないんだよ...さ、ここだよ、金さん、先に飛び込んどくれよ
金造 み、水があるよ
お染 あるから死ねるんじゃないか。早くしとくれよ、後がつかえてるんだかさら。...だめだよ、誰か来るよ、早く行っとくれ、あんた一人死なせやしないよっ!
  
 魂が抜けたようにただ震えている金三の尻を、お染はクルッと裾をまくると後ろからダーッ! と蹴飛ばした。不意をくらった金三、もんどりうって海へ落ちた。続いて飛び込もうとするお染を...
  
若い衆 ああっと!

お染さん! ハァ、ハァッ...な、なんてことるすんでぇ。どうも様子がおかしいから後をつけてきて良かった。ちょっと、ちょっと落ち着きねぇ! ...とんでもねえことするじゃねえか、えぇ? 金のことなんだろ? 番町の旦那が来てるぜ。頼まれた金、持ってきたって。昔馴染みのお染が困ってる、放っちゃおけねぇってさ
お染 え? あぁ、そうかい? ...いやだねぇ、あ、あたしに惚れてるんならそれらしく、とっとと来るがいいじゃないか...フン...あ、いけない、あんた来るのがちょっと遅かったよ、先に一人飛び込んじゃったんだよぉ
若い衆 えぇっ? そりゃァいけねぇ! 誰でぇ! ...金三? 本屋の? あぁ、ありゃ、いいや
お染 いや、よかないよ
若い衆 いいんだよ。金三なんざ誰も気にしゃしないよ...いや、いいんだよ、ほっぽっときゃサメか何かが適当に始末してくれらぁ。大丈夫、おれぁ、誰にも言いやしねぇから
お染 そうかい、...お前さんが黙っててくれるんなら、あたしだって別にかまやしないんだけどね...じゃ、お前さん、先に旦那のところへ行ってうまくつないでておくれでないか。あたしゃちょっとお参りしたら、すぐ行くから...大丈夫だよ、お金が出来たってのに、今さら死にゃしないよ。  頼んだよ。

...フウ...

ちょいと、金さん、...お前さん、ちょいと早かったよ。どうしてお前さんてものはこう間が悪いんだろうね、お金が出来ちゃったんだよ。それじゃ死ぬ事無いじゃないか。あたしゃお前さんの分まで幸せになるからさ、お前さんも迷わず成仏しておくれよ。なんまいだぶ、なんまいだぶ...じゃ、あたしゃ旦那が待ってるから、...さよなら...失礼〜...
  
 って、まあこんな失礼な話はありゃしませんが。お染の方はそのまんま店の方へ駆けていってしまいます。

 海の中で溺れながらこのやり取りを聞いていた金三、

    ちくしょう、おれだけ突き落としておいて自分は死なねぇなんて...おれはここで死んでも...必ずお前を取り殺すからなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!


 と苦し紛れに手足をググイッと伸ばすと品川の海は遠浅ですので、膝までしか水が無い。
  
金造 何だ、浅せぇんだよ、こりゃぁ。おれぁ、横になって溺れてたのか...おお、寒い、...ヘァックショイ! なんだよ、鼻からダボハゼが出てきやがった。
  
 自分の長屋は始末してしまったので行くところがない。合わせる顔はないけれど、親方のところへ行くしかありませんな。ズブ濡れで震えながらとぼとぼと歩いておりますと、当時は野良犬というものがうんとおりましたからな、犬が承知いたしません。「妙な奴が来やがったぜ」とばかりにワンワンワン、と吠え立てます。逃げると余計追ってくる。命からがら親方の家まで来ると裏からそっと入れば良かったんですが、表の木戸をドンドンドンッ、と叩いた。
 驚いたのは親方の家の若い衆で、その時分、若い者が集まるとろくな事はやっておりませんでした。「もういっちょ!」とか「丁か半か!」とか、そんなことをやってた。そこへ犬は吠え立てる、木戸をドンドン叩かれる、訳の分からない喚き声はする。てっきり役人の手が入ったと勘違いした。
  
兄ぃ おおっ、何だ!
いけねぇっ、手が入った!
あわっ、明かりを消せっ!
兄ぃ こら、何やってんだ、バタバタするんじゃねえ、そんなことしたらなおやばいじゃねぇか! 明かり消したら余計あやしまれるじゃねぇか! いてててっ、誰だ、今おれを踏んづけた奴、しょうがねぇなぁ、いいか、おれが出るから、静かにしてろよ...
ヘイ、今開けやす。そんなドンドンたたいたって...いや、なにもしちゃいませんぜ。ちょっと待っておくんなせぇ。木戸がひっかかって...いいか、開けるぞ いや、何でもござんせん。へい、いま開け...
  
木戸を開けると、うす暗がりの中に立った男は、全身水を浴びたように濡れ鼠で、着物のあちこちがかぎ裂きになっている。髪はざんばら、額にバックリと傷があいて顔全体に血がベットリ...
  
兄ぃ アワワワッ、...どどどど、どちらさんでごごごござんすかぁぁっ、あの、あのあの...な、何? き、金三? お前、とうとう心中しやがったのかぁっ? ...何でもいいから、迷わず成仏して...なに? 生きてる? あ、...脚があらぁ...そうか、てめえ、女死なせて自分だけ助かって帰ってきやがったな!
金造 違うんだ、兄貴...グスッ...おれだけ海に放り込まれて、女は金が出来たからって、まるっきりとびこまねえ...
兄ぃ なんだ、情けねえ話しだなぁ、えぇ? まあいいや、こっちあがんねぇ。...おい、金三が海に飛び込んだんだ、誰か着物出してやって...って、なんて有り様だ、おめぇら! おう、おめぇ、一体どうやって梁の上になんぞ上ったんだ。おめえか、おれの背中から頭に駆け上がってったやつぁ! なにぃ、はしご持ってこい? 自分で何とかしろぃ。ったく! おぅ、おめえどうしたんだ。
兄貴、おれぁもう駄目だ
兄ぃ なんでだよ
親不孝した罰があたったんだ。おふくろ呼んできてくんなぁ...へっつい(かまど)からおっこってぬかみそ桶に飛び込んじまった...
兄ぃそんなことで死にゃしねぇ! って、そのへっついにあたま突っ込んでる奴。え? どうやって入ったかわからねぇ? 抜けなくなった? おい、そーっと抜けよ、油か何か塗って、いや、無理に引っ張っちゃ駄目なんだよ、そいつの頭は巾着頭なんだから。妙にこう、上の方がでけぇから、無理しちゃ...おう、そいつの頭壊してもいいけど、へっついが壊れると明日から飯がたけねぇぞ! まったく...何だこの匂いは...何? 与太郎が厠(かわや=トイレ)におっこった? どうするんだよ、全く、面倒見切れねえぜ。いいか、まず敷物を敷いて、それからそーっと...
兄貴、大丈夫だ...野郎、自分で上がってきた
兄ぃ おい、上がってきちゃいけねぇ!
毎度おなじみ、品川心中の半ばでございます。お後がよろしいようで

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 メジャーなネタである。

 この噺の後半は、なんとか気を取り直した金三が仲間と共に、幽霊に化けてお染を騙し、剃髪(頭髪を剃ること)させて仕返しするという内容で、ずいぶんと陰気な噺になるのだそうである。そのため今では殆ど演じられる事がなくなってしまった。

 以上の内容は大筋では古今亭志ん生の高座をベースにしているが、春風亭柳朝、小朝の師弟その他、今まで聞いた様々な噺家の内容を反映している。

 昔の遊郭は基本的に、女性が就職する時に借金をし、年期奉公の形でその借金を返済していく。利息も含めた借金が全て返済できた時点で自由の身、というのが建前だったのだろうが、現実には借金がどんどんと増えていくようなシステムが様々に仕組まれていて、よほどのお大尽が借金を一気に肩代わりでもしてくれない限り(身請け、という)若いうちに遊郭を抜ける事は困難だった。この噺の「移り代え」というのもそのような制度のひとつだったのだろう。

 「本屋」の金三が、ここでは酷く軽く扱われている。今時の本屋さん、つまり書店というものの社会的な立場からすると、なぜこの本屋はこんなに皆からバカにされているのか、不思議だが、実は江戸時代の本屋とはいかがわしい商売と考えられていたのである。

 当時の「本」というのは黄表紙とか浮世草紙とか、だいたいがポルノまがいの、あるいは心中物とか、不道徳にして非倫理的な妖しげな娯楽読み物ばかりだった。「本屋」というのはそれら草紙をあちこちまわっては貸して歩く、出張ポルノ雑誌レンタル業だったのである。



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