東西落語特選

もぐら泥



 えー、よく聞かれるんです。「今日はなんの噺をするんだい?」なんて...

 たいがい、お芝居でも、映画でもコンサートでもその日の出し物が前もって決まっていないなんてことは滅多にございませんで、「今日はイレズミの人が多いから、健さんのヤクザ映画にしよう」なんてことはございません。ところが寄席というものは逆に、前もって出し物が決まっていることの方が少のうございまして、前の人のネタと重ならないように、お客様の様子も見てその場で出し物を決めるんですな。それで、よし、今日は『船徳』で行こう、なんて高座に出てきても、お客様から「明け烏!」なんて声が掛かったら、ニッコリ笑って方針変更ってんですから、どうも主体性というものがございませんな

 われわれ、よく「お客の顔を見てネタを選ぶ」と申します。失礼ながら、お客様のお顔を拝見して、「今日はお職人衆が多そうだな」と思えば威勢のいいお職人衆が出てくる噺をする。やたらとピカピカ光って、毛皮のコートを着たご婦人が多いときなんかは郭の噺を、子供さんが多いときには子供さんの出てくる「初天神」なんか喜ばれますな。


 で、今日は...(エホン)...だからってわけじゃないんですがないんですが......泥棒の噺でございます。
親父さん えーっと、どうも弱ったなぁ...(チョンチョンのチョン)おっかしいなぁ、どうやっても勘定があわねぇなぁ...

おぃ、お前、何やってんだよ、人が勘定してるそばでコックリ、コックリ居眠りなんかしてるんじゃないよ、やり難くってしようがないよ
おかみさん ...ぇ、居眠りなんかしてませんよ
親父さん してるよ。気が散るからよ、さっさと寝ちまいなよ...えーっと、これが今月の売り上げで、これが来月の払いで、と...どうしてここにこれだけしか金が無いかねぇ。

(チョンチョン、チョンチョンのチョン)

ふーぅっ...弱ったなぁ、こんなはずはねぇんだがなぁ...おぃ...おぃ!
おかみさん へっ...ぁ、はい、何ですか?
親父さん 何ですかじゃないよ、お前、こっから何か買いゃあしなかったかい?
おかみさん いえ、別にそっから何も...あ..そう言えば、ちょ、ちょっと買い物しました
親父さん おいおい、冗談じゃないよ、さっきからさんざっぱらソロバン弾かせて...で、いったい何を...これ? これを買ったのかい? なんだ、そうか、いやぁ、こないだからあるから、どっかから借りて来たのかと思ってたんだよ。いや、いずれ買おうとは言ったけれども、そうすぐに買うものじゃないでしょ。一言相談してから買っておくれよ。まったく、しょうがないなぁ、女てぇものは。目先が利かないんだから。あぁ、弱った...弱った、弱った
  
弱った、弱った、晦日の払いがおっつかない。弱っておりますと、弱り目に祟り目、というやつで、もぐらが土の下を掘り始めた。

もぐらと申しましても、ネズミみたいな背格好の、こう、手がシャベルになってて、サングラスを掛けた、ああいうモグラじゃございません。昼間は目が見えないふりをいたしまして、町中を施しを受けて歩きながら、めぼしいうちに見当を付けておく。このうちはどことどこに入り口があって、裏を抜けるとどこへ出る、どことどこに柱があって、桟の高さは何尺何寸...目印の傷をつけるってぇと、これが夜になると泥棒に早変わり。昔の家ってぇものは土台をコンクリートで固めたりしちゃいませんで、地べたにじかに柱を打ってますから、敷居の下を掘り下げて、そこから手を突っ込んで掛け金を外して中に入って仕事をする。上手い手を考えたもので、こういうのをもぐら泥と申しました。
  
もぐら泥 よっせ、よっせ...よっ...もうちょっとだ...あれ...この辺に掛け金が...ありゃ、寸法間違えちゃったかなぁ...いまさら掘り直すのもやっかいだしなぁ...弱ったなぁ
親父さん 弱ったなぁ...(チョンチョン、チョチョン)もう少しのことなんだがなぁ
もぐら泥 もう少しのことなんだがなぁ
親父さん わずかばかりのことでおっつかないってぇのは、情けないなぁ
もぐら泥 わずかばかりのことでおっつかないってぇのは、情けねぇなぁ
親父さん おぃ、お前、何してんだよ...人の口まねしてどうするんですよ。寝言いってんじゃないよ、早く寝ちまいなさいよ
おかみさん 起きてて寝言いう人がありますか
親父さん ...お前なら言いそうだよ...

(チョンチョン、チョチョチョン)

ああ、どうしても二円足りないなぁ
もぐら泥 ...どうしても二寸足りねぇ
親父さん おぃ、二寸て金があるかい
おかみさん あたしは何も言ってませんよ
親父さん 何もったって...お、おい、あの土間の隅を見てみなよ...眠気覚ましにあの、土間の隅を見てみろってんだよ
おかみさん え、何です、土間の隅...あぁ、いやだ、誰? あんなところにタネまいたの
親父さん なんだよ、その「タネまいた」ってのは
おかみさん だって...手が生えてる
親父さん お前さん、まだ寝ぼけてるね。手が生えたりするかよ。ありゃ...盗人だ
おかみさん えっ!? ドロ...?
親父さん シッ! 静かに...いいから、細引き持ってこい、細引き。今からあのやろう、とっ捕まえてやる。そいでもって、あした警察に突き出せは、「ごくろうさま」ってんで褒美に二円くらいくれるだろう。それ支払いの足しにしよう。いいか、静かにしろよ、このドロ公、逃がしちゃつまらねぇ...

こらっ! このやろう!!
もぐら泥 あっ、ま、待っておくんなさい! お、親方、別に悪気があってやったんじゃない!!
親父さん なんだ、この野郎!! てめぇはこんなこと、いいと思ってやってんのか!?
おかみさん お前さん、よしなさいよ。やだよ、やだってんだよ。何も盗られたわけじゃないんだからさ、離しておやんなさいよ。この人だって何か事情があってこんな事始めたんだろうしさ
もぐら泥 あ、おかみさんですか、おかみさんですか、そうなんっすよ! あっしゃねぇ、うちへ帰りますってぇと、えぇ、八十五になるお袋が長の患いで...グスッ...商いがままならねぇもんで、薬ひとつ買ってやれず...へぇ、つい出来心でございますんで、どうかお許しを
親父さん うるせぇ、出来心で人のうちに手ぇつけられて堪るかよ! こら、もっと手ぇ伸ばしやがれ!伸ばせよ! 盗人の手は長げぇっていうじゃねぇか!
もぐら泥 いててててて、おんなじだよ。親方、痛いよ、ねぇ、手がちぎれちゃうよ。親方、ねぇ、勘弁してくださいよ
おかみさん お前さん、やだよ、縄付きやなんか出すの。こんなの捕まえたら、また、子分やなんか大勢いてさぁ、あとで仕返しに来られちゃ堪らないよ。やだよ、火なんかつけられんの
もぐら泥 そうですよ。あっしゃ六十五人、子分がいますから
親父さん てめぇは黙ってろ! 見てみろ、付け上がってやがる。八十五のお袋が養えねぇで、子分が六十五人もいるはずがねぇ!
もぐら泥 なるほど、ごもっともでござんす...いててて、ごもっともですがね、友達は大勢いますから、へぇ、あっしが捕まるてぇと、みんなでこのうちに火ぃつけますよ、いいんですか? 火ぃつけますよ!
親父さん つけるならつけろ! このうちは借家だ!
もぐら泥 あ、借りてんですか...ねぇ、親方、勘弁してくださいよ、ねぇ、頼むよ!
親父さん うるせぇっ! 勘弁できるけぇっ! おれぁ、今、帳尻が合わなくって気が立ってんだ!
もぐら泥 へっ、いいよ、てめぇなんぞに頼むか! 見てやがれ、てめぇなんぞぶっ殺してやる! ぎゃっ、いててててててて...ウソです...痛いよ、親方...手がちぎれちゃう...もう了見入れ替えました、心を入れ替えて、堅気になります。だから、親方...ね、後生ですから...親方? 親方? もし? 大将? あれ、静かになっちゃったよ...寝ちゃったのかい? ヤだよ、こういう形で、寝ちゃったてぇのは...

まいったなぁ、ドジ踏んじゃったなぁ...また、やけにきつく括り付けやがったなぁ、あー、痛てぇ...手の色が変わっちまってるだろうなぁ...コンチキショウ! いてて...ああ、何とか逃げられねぇかな...

な、なんだよ、この犬っころ...こっち来るな! シッ...

な、なにすんだよ! 片足上げて、うわっ、やめっ...うわぁ...ペッペッ...うわぁっ、何も砂まで掛けてくこたぁねぇだろぅ...

トホホ...
兄貴 おーい、さっさと来いよ! ったく、おめぇくれぇドジなやろうはねぇなぁ。顔が利く、顔が利くなんて言ってやがって、ぜんぜん利きゃぁしねぇじゃねぇか! おめぇだって、初顔も同然じゃねぇか。ったく、おれがたまたま五円持ってたから助かったんだぞ。もし、あの銭が無かって見ろ。おれもおめぇも無事じゃけぇれなかったんだぞ。

ったく...あの銭だっておれの金ってぇわけじゃねぇんだ。いや、そりゃあ今はおれの銭だけどよ、明日の朝、あの銭がねぇってぇことになっちまったら、どうにもこうにも、おれの顔が立たねぇことになっちまうんだ。

いいか! 明日の朝まで待ってやるから、おれっちまで、耳を揃えて持ってこい、いいか!
弟分 あの...あ、兄貴...待って...ああ、行っちゃった...怒らせちゃった...兄貴、いざとなるとおっかねぇからなぁ...

そんな、五円なんて金が急にできるわけねぇんだよ、弱ったなぁ...どうしようかなぁ、質へ行って借りるったって、質草がねぇと貸してくれねぇしなぁ...貸してくれるやつがねぇくらいだから、くれるやつぁあるわけねぇしなぁ...

あ、また、この路地が薄っ暗いんだ...やだなぁ...わっ...な、なんだ、犬か...脅かすなよ、この野郎、犬っころのくせしゃぁがって!
もぐら泥 おい...
弟分 わぁっ...な、なんだ、誰だ!? ...誰かいるのか?
もぐら泥 おめぇの足元だよ。もっと下、もっと下...おめぇの足元だよ
弟分 え? 下って...なんだよ、誰か寝てるよ...乞食か?
もぐら泥 そうじゃねぇ、おれぁ、盗人だよ
弟分 ぬ、盗人!? すいません、勘弁してください! あっしゃぁもうほんっとにスカンピンなんですぅ!
もぐら泥 何もなぁ、おれは盗もうってぇ盗人じゃねぇんだ
弟分 へぇ...じゃ、ものを盗まない盗人?
もぐら泥 そんな盗人はねぇ。そうじゃねぇ、まあ、話しを聞きねぇ。いやぁ、今日はな、このうちに入ろうと思って、昼間のうちに見当つけておいて、敷居の下を掘ったのは良かったんだけどよぉ、ちょっとドジ踏んで、中で手をふん縛られちまったんだよ
弟分 えっ? それじゃぁ、身体は外で、手は中?
もぐら泥 そうなんだよ。中でおやじがなんか言ってた。あした役人に突き出す、なんてこと言ってた。ごめん被りてぇやな、そういうことは...それで、おめぇにちょっと頼みがあるんだ。おれの腹掛けのたすきの背中のところに、忍び隠しがあるんだ。中に小さいガマ口がへぇってる。その中に細かい刃物やなんか入ってるから、ちょっと取ってくれねぇか。穴から手ぇ突っ込んで、細引き切って逃げるから...いや、おれぁウソは言わねぇ、後で絶対に礼はする。礼はするから、頼む、ガマ口取ってくれ。頼む、後で必ず一杯おごるから、こ、この通りだ、頼む!
弟分 え? 礼はする? 本当かい? で、ガマ口って...え? ここ? あ、ほんとだ...こんなところに...ガマ口が...うわぁ...ずいぶん銭が入ってんなぁ...このガマ口...ひい、ふぅ、みい、よ...十円くらい入ってるよ...
もぐら泥 おいおいおい、銭はどうでもいいんだよ...他人のガマ口の中、ジロジロ見るんじゃないよ! そんなことより、早く刃物取ってくれ!
弟分 ほ、ほんとに...ほんとに縛られてんだろうなぁ...あぁ?
もぐら泥 おい、何をグスグズしてるんだよ! 早く刃物取ってくれ! 細引き切って逃げるんだからよぅ!
弟分 はぁ...はぁ...う..へへっ...へへへっ...うひゃぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!
もぐら泥 あ、逃げやがった、チクショウ!

ドロボーーーーッ!!!!
  
  


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