東西落語特選

へっつい幽霊



 えー、「幽霊の手持ちぶさたや枯れ柳」なんてぇ川柳がございますが、絵なんぞを見ましてもたいがい、柳の下に、幽霊は出てございます。あまり朝顔の下に出てるなんてのはお目にかかりません。

 「幽霊なんてものは本当には無い」とおっしゃる方もあれば、「いやいや、おれは本当に見た、幽霊というものはあるものだ」とおっしゃる方もありで、本当のところは分かりませんが、お芝居なんかで見ますと、ちょうちんの中からスーッと尾を引いたようになって幽霊が出て参ります。どういうわけですか、昔から幽霊には足が無いとされております。
  
  
上方もの 道具屋さん
道具屋 へ、なにかお目に留まりまして
上方ものここにあるこのへっつい (=かまど) なんぼや
道具屋 へへっ、恐れ入りました、上方からおいでの方で、さすがお目が高こうございますなぁ。へぃ、いいできでございますよ。せいぜい勉強いたします。左様でございますなぁ...初めてのお客様でございます、今後ともごひいきに、という心も込めまして、手前ども涙を飲みまして、おまけ申しまして三円でございます
上方もの はぁ、はぁ、「初めてのお客」で「今後ともごひいきに」という心を込めて「涙を飲んで」「おまけ申して」三円。ほんならなぁ、初めての客やのうて、今後ともごひいきにちゅう心込めんといて、涙も飲まんで、おまけ申さなんだらなんぼ?
道具屋 はぁ、それは...やっぱり...三円で...
上方もの 道具屋、愛敬でなんぼかまけてぇな
道具屋 へぇ、ご愛敬で多少でしたらおまけ申します。おいくらほどでお願いいたしましょう
上方もの 三円にまからんか?
道具屋 ...これ...三円なんですけど...おいくらで?
上方もの 道具屋はん、あんた、買い物にうといなぁ...ええか、こんなもん三円で買うて、ほなさいなら、ちゅうてすぐに懐に入れて帰れるもんやないで。家へ持って帰るについちゃ車借りるの便利屋やとうのと、三円五十銭、下手したら四円についてしまう。このへっついお前さんの方でわいのうちまで運んでもろうて、全部合わせて三円でどうや、ちゅうてんねん
道具屋 ははぁ、イヤ、これは恐れ入りました。さすがは上方のお方、お買い物がお上手でございますなぁ...わかりました。荷運びは当方手慣れてございます。おっしゃる通り、このおへっつい、手前どもでお客様のお宅までお運びしましょう
  
この道具屋の主という人がまめな人で、自分で車を引きまして、お届け先へへっついを運ぶ。その日の商いを終えまして、夜も更けました夜中の二時ごろという時分、表の戸を割れるように叩く人がある。
  
上方もの 道具屋ぁ! 道具屋はぁんッ!!
道具屋 へいへい、へい、今開けます...少々お待ちください
上方もの 道具屋! うひゃぁ〜っ
道具屋 な、なんなんだい、大騒ぎだねぇ...へいへい、どちらさんで
上方もの 道具屋、お前、わいの顔、よーぉ知ってんな
道具屋 へぃ、お昼間、おへっついをお買い上げのだんな
上方もの よぅ憶えてた! あのへっつい引き取って!!
道具屋 へい、手前どもから出ました品物でございますから、お望みならお引き取りもさせていただきますが、これは道具屋の方の決めでございまして、三円で出たものを三円で引き取るというわけには参りません。半分の一円五十銭になりますが、ようござんすか?
上方もの 一円五十銭? 結構!! すぐに引き取って!!!
道具屋 おかしな話しでございますなぁ、あんなにお気に入ってお買い上げ願ったのに...一日も立たないうちに、しかもこんな夜中に...こりゃなんかわけがございますね、そのわけてぇのをお話願えませんかなぁ
上方もの いや、もう、なんにも聞かんと、引き取って
道具屋 気持ちが悪いじゃありませんか...じゃね、こういたしましょう。わけをお話していただけましたら、もとの三円でお引き取りをいたしましょう。どうです、だんな
上方もの ほんなら、道具屋ぁ、どんなことがあっても必ず引き取るかぁ、道具屋ぁ
道具屋 へいへい、必ずお引き取りいたします
上方もの ほんなら言うけどな、道具屋、お前の店であのへっつい買うて、わい家へ帰ったやろ、道具屋ぁ、ほんでおまえあのへっつい届けてくれて土間へ据えてくれたな、道具屋ぁ、ほんでな、わい晩飯済んでな、道具屋ぁ〜、ここんとこように聞いてくれゃ、道具屋ぁぁ、わいなんかなかなか寝られんでな、道具屋ぁぁ〜、なんかけったいな晩やなぁ思てな、道具屋ぁぁぁ
道具屋 いや、ちょっと待ってくださいよ、道具屋にゃちがいありませんけどね、そういちいち言葉の端に道具屋、道具屋ーって付けずにしゃべれませんかい?
上方もの はぁはぁ、それで、そのうちにな、どうぐぃやぁぁぁ〜
道具屋 まただよ...
上方もの あのへっついの隅から、ちょろちょろっと火が出たと思うたらな、どぅおぉぐぃやぁぁぁぁ〜〜、痩せて蒼い顔したのがな、どぅおぉぉぉぉぐぃやゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜
道具屋 しょうがねぇなぁ、どうも...
上方もの スーッと枕元へ来て、  「金...出せェェェ〜」

わい、幽霊の追いはぎてなもの、初めて見たわ。頼むさかい、あのへっつい、取って、とってぇ〜...とって、とって、とって、とって、とって、とっててぇぇぇぇっ!
道具屋 まるでラッパだねぇ... ま、ようがす。お引き取りいたします。夜が明けましたら早速にも...
上方もの そ、そんなこと言わんと、今とって! あのへっついあったら恐うて、わい、自分の家によう寝んねん... あかん、て...そんなこと言うんやったら、道具屋、お前のうちに泊めて
道具屋 そんなことおっしゃっても、うちはご覧の通り手狭でございます。あたくしと女房とが寝るのがやっとでございます。とてもお泊めするというわけには...
上方もの ほんなら、道具屋、お前、わいのうち行って寝て。わい、ここのうちでお前の女房と寝る
道具屋 そんなバカなことを! まぁいいや、おぃ、おっかぁ、どんな布団でもいいや、ああ、せんべいでいいからさ、ちょっと出してやってくれ...ま、その辺で適当にお寝なさいな
  
>明くる朝、さっそくへっついを引き取って参りまして店へ飾っておきますと、三円で売れて、夜中になるとドンドンドン、で一円五十銭渡して引き取る。品物は減らないで毎日一円五十銭づつ儲かる。

道具屋さん、たいそう喜んでおりましたが、さてふたついいことはありませんで、暫くすると店の品物がまるっきり売れなくなってしまいました。
  
道具屋 おっかぁ...いや、店先じゃちょいとまずいんだ。台所へ来とくれ...

えらいことになってきたよ、例のへっつい...呑気なこと言ってる場合じゃねぇぜ。あのへっつい近所でえれぇ評判なんだ。あの道具屋のへっついから幽霊が出る、あの道具屋の品物から幽霊が...道理でここしばらくまるっきりお客がこねぇわけだ。弱ったなぁ...
女房 そう言われれば...あたしもどっか薄気味の悪いところがあったんだけどさ...どっかへ捨てて来ちまおうか...
道具屋 だめだ、だめだ! それほど評判になってるものをその辺に捨ててみろ、あのへっついはあそこの道具屋が捨てたんだ、なんてまたどんな評判を立てられるかわからねぇ
女房 弱ったねぇ...誰か引き取ってくれないかねぇ...いや、そりゃただ貰ってくれる人はいやしないだろうけどさ、うちもあのへっついじゃずいぶんと儲けさせてもらったんだしさ、一円くらいならつけたっていいじゃないかさ、「一円付けて引き取ってもらう、その代わり何があっても苦情は聞きっこなし」ってことでさ
道具屋 んー、そりゃ一円くらいつけたっていいけどさ、貰ってくれる人があるかどうか...
  
と夫婦が話しをしている。その台所の窓の外、塀を隔てた反対側が裏の長屋の井戸端になっておりまして、そこで顔を洗っていたのが長屋に住みます渡世人で熊五郎。やくざの仲間内じゃ兄い株になっておりまして。井戸の水を汲みながらひょぃと耳に入りましたのが道具屋夫婦の話しでございます。
  
熊五郎 何をごちゃごちゃ言ってやがる? なになに、あのへっついから幽霊が? へっ、冗談言っちゃいけねぇ、笑わせやがる...なに、あのへっついに一円付けて貰ってもらう? 耳寄りな話しじゃねぇか。何が出るか知らねぇが、たかがへっついだ。

こんちゃ!
道具屋 おや、こりゃ熊さん、ま、お入んなさいな
熊五郎 ありがとさん...大将、塀越しの話しだから間違いがあったら勘弁しておくんなさいよ...そこにあるへっついのことかなぁ、一円付けて誰かに貰ってもらうなんてことをおかみさんと今話しちゃいませんでしたか?
道具屋 いい方に聞いていただいたなぁ、いや、あなた方のご商売にはずいぶんと強い方が...
熊五郎 いや、強いも弱いもねぇやな、あっしが引き取ろうってんで
道具屋 熊さんが、そりゃけっこう...だけど、ちょぃと近すぎるねぇ...いや、実はね
熊五郎 おっとっと、何も言わねぇでおくんねぇ。お前さんの方だって元手がかかってる品物だ。それをたとえ一円にせよ付けようってんだ。何かいわくが無けりゃそんなことしっこねぇや。あっしも男だ。一円貰って引き取ったからにゃ鬼が出ようと蛇が出ようと、お前さんのところにゃこれっぱかりも苦情なんざ持ち込みゃしねぇ、安心しておくんねぇ。今日はあっしばかりじゃねぇ、銀ちゃんもいっしょだ。

すいませんがねぇ、縄と天秤棒を貸しておくんなさいな。
  
 これからふたりして、天秤棒にへっついをぶら下げて担いで帰ります。熊さんの方は身体もがっちりとして、担ぎ物にも慣れている。ところが銀ちゃんの方はいけません。
 こちらは勘当を食らって銀ちゃんの長屋に身を寄せていますが、元々はさる大店の若旦那。力なんぞありゃしません。身体はか細い、担ぎ物にも慣れない。まだ通りが広いうちは良かったんですが、狭い路地に差し掛かって参りますとよけいよたよたしております。どぶ板に躓いてトントントントン、とたたらを踏んだ拍子に掃き溜めにへっついをドシン、とぶつけてしまう、へっついの角がポロッと欠ける。中から小さな固まりがコロリと若旦那の足元へ転がる。
  
銀ちゃん 熊さん! 幽霊の玉子だ!!
熊五郎 幽霊の玉子なんざ、あんまり聞かねぇな...こんなものが出やがったかい? ま、とにかくへっついを運んじまおうぜ、ワッショイ、ワッショイ...おう、手近なところで、銀ちゃんのうちの土間にへっつい置くぜ。

 へへっ、さー、玉子の中身は何が出やがるか...なーに、恐いことなんざあるもんか。おれがついてんだ。冗談言っちゃいけねぇ、まぁ見てなってことよ...

 封を切ってみるぜ...お、おい、金貨だよ...十円金貨だ...いったいいくらあるんだ? ひい、ふう、みい、よぉ、いつ...三十枚、三百円だよ、へぇ、出やがったねぇ、三百円とは...

 こんなことじゃねぇかと思ったんだよ。これに気が残って今まで幽たの野郎が出やがったんだよ。さぁて、三十円ときやがったか...

 なに、仕事は山分け? 分かってる、分かってるから、銭が出て、おれぁがっかりしてるとこなんだよ。高い手ぬぐい借りちゃったなぁ、こんなことならおれぁ一人で引きずって来るんだった...

 わかってるよ、こうなったらおれも男だ。今更四分六だの七三だのとしみったれたことは言わねぇよ。さ、手ぇ出してくれ、ひい、ふう、みい、よぉ...十五枚、いいね、銀ちゃん、これでお前さんが十五枚、おれが十五枚、それぞれ百五十円、ポーンと二つ割だ。これならいいだろぅ?
銀ちゃん へっ、この百五十円、貰ってもようござんすね...へへっ、ありがとうござんす...それから、どうでもようがすけど...割り前の五十銭は...
熊五郎 細かいねぇ...勘当は食らってもさすがは商売人のせがれだ...まったく百五十円も持ってて...やるよ、やらねぇとはいわねぇ...ほら、これ持っていきねぇ
銀ちゃん へへっ、あたしゃ、これ持って吉原へ
熊五郎 ああ、どこへでも好きなところへ行きねぇ。え? おれか、へへっ、お前が遊んでる間にこの銭を三倍にしてるか四倍にしてるか知れねぇ。え? 土間のへっつい? ああ、心配しなくてもいい、こいつが出ちまったんだ、もう骨抜きみてぇなもんだよ、もう幽霊なんざ出やしねぇ。安心して行っといで、後で始末付けとくから
  
若旦那は百五十円五十銭持って、シューーーッと遊びに行ってしまう。明くる日の夕方までにそっくり使って一文無し。
  
銀ちゃん おやおや、せめて五十銭だけでも残しときゃ良かった...そうだ、うちへ帰って熊さんに借りよう。あのお金、三倍、四倍にしてるって...

 熊さん、熊さん...まだ帰ってないや
  
一方の熊さんはてぇと、これも悪銭身につかずで、百五十円五十銭きれいに取られて一文無し。
  
熊五郎 おれも焼きが回ったじゃねぇか...どうにもしょうがねぇなぁ...そうだ、うちへ帰って銀ちゃんに借りよう。いくらか元がありゃまた食いつくって手があらぁ...おや、若旦那?
銀ちゃん 熊さんですか? お金貸してください
熊五郎 よせやい、それじゃおれが言うことがねぇじゃねぇか...百五十円どうした...みんな使っちゃったの? よく使ったねぇ...おれかい? いや、人の事は言えねぇ。実はおれも文無しなんだよ。まあいいや、ハナっから無かった銭だ、諦めて寝よう
  
熊さんの方は諦めがようございました。布団に潜り込むとグーッといびきをかいて寝てしまう。若旦那の方はてぇと、何か寝にくい。ゆうべの今ごろはみんなで踊りをおどったりして楽しかった、と前夜の事など考えておりますうちに

 どこやらで打ち出す鐘が

ボ〜〜〜ン

土間へ置いてございますへっついの隅からちょろちょろと火が出たと思うと、痩せて蒼い顔をしたのがスーッと出て、銀ちゃんの枕元へ立ちますと

金返せ〜〜


 と言ったもんだから、銀ちゃん驚いたのおどろかないの、ウギャァァァァァァッと悲鳴を上げて伸びてしまった。この声を聞きました熊五郎、表の戸を蹴破って飛び込んで参りました。
  
銀ちゃん う、ふぇ〜ん、く、熊さん、あんた嘘ばっかり...幽霊引き受ける、引き受けるっていといてちっとも引き受けやしない、あたしの方へおっつけっぱなし...
熊五郎 出たかぃ...ちきしょう、おれの方へ出やがりゃいいのに、何か言ってたかい? なにぃ、「金返せ」だぁ? 幽霊の借金取りか? えれぇものが出やがったなぁ、いやいや、心配しなくてもいい。うちへおいで。おれが側で寝てやるからでぇじょうぶだよ
  
銀ちゃんを自分のうちへ連れて行きまして、まだ起きるには早すぎる。二人で寝ましたが、熊さん明け方にうちを飛び出すてぇと昼時分に戻って参ります。
  
銀ちゃん お帰りなさい。どこ行ってたんです?
熊五郎 おめぇのうちへ行ってきたんだ。立派なうちだとは聞いてたけど、あれほどとは思わなかったなぁ。奉公人だけでも十四、五人はいたなぁ。あんなけっこうなうちにいられなくってこんな小汚ねぇ長屋で、おれみてぇなもんと友達になって...親不孝だなぁ

 おとっつぁん、泣いてたぜ。こういうわけで、幽霊の金、使っちまって、うっちゃって置きますてぇと若旦那の命にかかわります。親なんてなぁ、ありがてぇじゃねぇか。勘当をしたせがれでも、さて命にかかわるとなりゃ黙っちゃいねぇや。三百の銭を出してくれたけれども、札じゃどうにもしょうがねぇや。こういうわけだから、金貨で願ぇます。さすが、大店は違うね。ガチャリと金庫を開けると十円金貨で三百円、おれぁここに預かって来た。今夜、幽霊に会って、この銭叩き返してやれ
d(2へへっ...ど、ど、ど、ど、どういたしましまして...ゆ、幽霊なんてもの、一ぺん会えば...じゅ、十分でござんす...裏を返したり馴染みになったり ?! するもんじゃありません!);
熊五郎 おぅ、銀ちゃん...声が裏返ってるよ...そうかい? じゃおれが幽たんの野郎に返してやろうか。あいつをおれんちに引っ張り込むにゃぁ...そうだ、このへっついをうちの土間に運んじまやぁいいんだ。手ぇ貸してくれ。なに、昼間は何も出やしねぇや。いいかい、しっかりしとくれよ、ワッショイ、ワッショイ...
  
土間へへっついを据えまして、三百円の銭を目の前に置きますてぇと
  
熊五郎 さ、とっとと出てくれ...人の銭なんざ預かってても面白くもなんともねぇや。

 さ、出やがれ、幽霊!
  
と、夕方から怒鳴り始めた。いくら出ろと言われましても、幽霊としちゃ夕方には出難い。そのうちに日が暮れまして、どこやらで打ち出す鐘がボ〜〜ン... 土間のへっついの隅からチョロチョロ、チョロチョロと火が出て参ります。
  
熊五郎 まだ出やがらねぇ...じれってぇ幽公だなぁ...出腐れぇ、幽霊ーッ!
  
幽霊、シューッと、出たことは出たんですが、へっついの陰で小さくなってる...
  
幽霊 あ...ヘッ...ヘヘッ...あの...お待ちどうさん...
熊五郎 出てやがらぁ...土間の隅っこで小さくなってやがる...間抜けなところに出てやがんなぁ。ちょっと前へ出な。

 なんでぇ、その「お待ちどお」ってなぁ。うなぎ丼をあつらえたんじゃねぇんだぞ。恨めしい、とかなんとか言って出やがれ。気の利かねぇ野郎だなぁ
幽霊 それが、別に恨めしくも何ともないもんっすから...
熊五郎 何だと、この野郎、恨めしくねぇのになんだって出るんでぇ、べらぼうめぇ
幽霊 それについちゃ、話しをしなきゃわからねぇんですがね...

 あっしゃ娑婆にいたころはね、左官の長五郎っていいましてね、表向きは左官なんっすが、本当のところは博打打なんですよ。あっちの賭場いっちゃ博打をし、こっちの場所いっちゃ悪戯をし、でね。

 で、あっしゃ名前が長五郎っていいやすでしょ、でね、「丁」より他に張ったことが無いんですよ。ある賭場でね、丁の目が八目も続きやがった。こりゃあっしの受け目だ、見るみる内に目の前に金子の山が出来た。そうすると、あっちからもこっちからも手が出てきやがる。「長さん、ここんとこ、ひとつ聞いといてくんねぇな」「長さん、ちょいとばかしまわしてくんねぇな」友達があっちからもこっちからも手を伸ばしてきやがる。

 こりゃいけねえや、このままじゃ元も子もなくしちまう、そう思ったからうまく座を切り上げてうちへ帰って参りやしたがね、明くる日になりやすと、どこで聞きつけたのか友達が「長さん、夕べはずいぶん良かったようだけど、実はお袋が病気で」だの「かかぁが近々お産で」だの、まったくうるさくていけねぇ。

 銭を金貨で三百円に変えて、商売もののへっついの中に埋め込んで、フグで一杯やったんですがね、当たってるときってなぁ酷ぇもんで、その晩フグにまで当たっちまいやがった。で、そのまんまコロリと参っちゃった。

 どうせこちとらみてぇな極道ですからねぇ、極楽へ行けるたぁ思っちゃいませんがね、「地獄の沙汰も金次第」ていうでしょ。へっついの中の三百円出してもらって、こいつを閻魔の横っ面叩き付けて、極楽へ通してもらおうと思って、「金出しておくんねぇ」って頼むんですけどね、だめだ。あっしの姿を見ると目ぇまわしたり、逃げ出したり...

 親方はいい度胸だねぇ。  どうもご苦労さん
熊五郎 そうか、それで話しゃわかった。けどね、幽ちゃん、ここがおめえとおれの相談だよ。これはおめえの銭にゃちげぇねぇけども、おれのおかげで娑婆に出てきたんだよ、この銭ゃ。手付かず三百円持って行こうとは思わねぇだろうねぇ
幽霊 はぁ...いくらか割り前はねようってんですか...いくら欲しいんです?
熊五郎 いくら、なんて威勢がわりぃじゃねぇか。ポーンと二つ割にしてさ、お前が百五十円、おれが百五十円の縦ん棒なんざ、気分がいいじゃねぇか。じゃ、いいかい、貰うよ。ひい、ふう、みい、よぉ、いつ...と、お前が百五十円、おれが百五十円の縦ん棒、気分がいいなぁ!
幽霊 ...気分なんざちっともよくねぇ...でぇいち、閻魔だってこれじゃいい顔しねぇだろ...半端でしょうがねぇや...
熊五郎 半端か...正直なこと言うと、おれも半端なんだよ。えぇ? おめえもおれも嫌いじゃねぇんだから、二人でどっちかへ、追っ付けっこしちまうか?
幽霊 へへ...へへへ...そりゃ、よござんす...けど...道具はあるんですかい?
熊五郎 渡世人のうちで、道具がねぇことがあるかよ、何がいい? さいころふたッ粒? いいねぇ、おれもあれが一番だ...ほら、これがおれのさいころだ。わざわざあつらえた上物だ。

 ほら、転がすと、いいだろ、よく目が変わるだろ?

へっへっへ、じゃ行くよ、壷に入ります...よっ、と...さぁ、張った! どっちでも口切ってくれ!
幽霊 どっちでもってね、さっきも言った通り、あっしゃ丁より他に張ったことのない男でね...へへっ、丁、と行きましょう
熊五郎 いくら張る?
幽霊 いくらったって、全部行っちゃいやしょう!
熊五郎 へぇ、全部! いい度胸だねぇ
幽霊 いや、度胸がいいわけじゃねぇんだけどね、グズグズしてて夜が明けちまったらこっちぁ消えて無くなっちまうから、早く勝負をつけねぇと...そいじゃ親方、駒、あわしておくんなさいな
熊五郎 よし、じゃおれが百五十円、おめえが百五十円、恨みっこ無しだぜ...勝負!

 五二の半!
幽霊 あっ...あぁぁ〜...
熊五郎 よせよ、幽霊のガッカリしたの、初めて見るけど、あまりいいもんじゃねぇぜ...じゃ丁方駒落とすぜ
幽霊 あぁ...五二ねぇ...これがもう一回やると、四ゾロに変わるんだけどなぁ...あっしの大好きな...親方、すまねぇけどもう一番、サイ、入れおてくんねぇな...
熊五郎 え? 悪いけど、そりゃ断わろうじゃねぇか...おめえに銭がねぇのはこっちゃぁちゃんと知ってるんだ
幽霊 いや、あっしも幽霊、決して  足は出しません
  
へっつい幽霊でございました。
  
  
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 文中で出てきた「裏を返す」「馴染みになる」とはいずれも花柳界の用語である。
  • 「裏を返す」は女郎買いに始めていった客(「これを初回という」)が再び同じ店を訪れて同じ女郎を指名すること
  • 「馴染みになる」は三回目以降のこと
を言う。

 今回採録したのは三代目桂 三木助の高座の録音である。今の若い三木助は四代目で、三代目の息子である。先代三木助は四代目がまだごく若い時分に亡くなったそうで、四代目は別の噺家に預けられて成長し、噺家になり、ここ十年ちょいの間に四代目を襲名した。

 先代はいい噺家だった。もうひとつ「お神酒徳利」という噺も採録する予定だが、上品でありながら味のある噺家だ。私が大好きな一人です。

 今の三木助も若いにしてはうまいのだが、どうもこの頃の若い落語家はコントの悪影響を受けているようで、演じ方が「臭い」。小朝にしても楽太郎にしても、うまいのだが、わざとらしさが強く感じられる。落語は演劇だ、とわたくしどこかで書いたことがあるが、芝居てぇものは役者同士の間でするもので、いちいち客席に向かって「笑ってちょうだい」とばかりに「ギャグ」を飛ばすと、それは客席を白けさせることになるだけ。コントの場合はそれを敢えて強調して行うことで、逆に効果を上げる。それはそれでいいのだが、落語の場合はどうだろう。ここは笑うところだよ、と客席に顔を向けて、きっかけを出しながら演じる芸は、わたくしにはコントにしか見えないのだが...

[平成14年] などとグチを言ってたら、三木助さん、自殺してしまった。西の枝雀も(こちらは誉めちぎっていたのだが)自殺。小さん師匠はご寿命とはいえやはり不帰の人。小南師匠も知らないうちに亡くなっていた。落語界も人材がどんどん減っていく。

 私が最近「おおっ!?」と思ったのは柳家権太楼さんですね。いい噺家になりました。真打披露のころはちょっと臭すぎる、と思ってましたが(もう二十年前だ)、これから十年、二十年が楽しみです。


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