東西落語特選

手水廻し



ところ変われば品変わると申しますが、品が変わるわけではございませんで、品物の名前が変わります。大阪では朝起きまして顔を洗うことを「手水 (手水:「ちょうず」と読みます。お年寄りなどが、お手洗いへ行くことを「ちょっとおちょうずへ...」などと言うことがありますね) を使う」と申しますが、これが大阪を少し離れまして丹波の貝野村というところへ参りますともう皆目通じなんだんやそうでございますな。その時分のお噂でございます。

 ある大阪のお人が商用で丹波の貝野村の一軒の宿に泊りました。さて、明くる朝になりまして縁側に立ちますと、町中と違いまして田舎のことでございますから、景色が非常にきれいで、その上空気が澄みきってございます。
大阪の客 ああ...気持ちがええなぁ...今朝はここで顔洗わしてもらおか...(パンパン)これ、お女中
お清 お客様、なんぞごようでございますか?
大阪の客 いや、たいしたことや無いんやがな、ほんに気持ちのええ朝やさかいに、ここへ手水を廻してまわしてもらいたいと思いましてな...
お清 ...ちょ...ちょ? ...あの、お客様、いま、なんとおっしゃいました?
大阪の客 いやいや、手水を廻しておくなはれ、とこない言うてますのじゃ
お清 ...ちょうず...でございますか...はい...あの、わたしひとりでは決められませんで...主と相談して参りますので、しばらくお待ちを...だんな様、だんな様!
旦那さん 何じゃ、お清
お清 昨晩お泊りになった大阪のお客様が「ちょうずまわしてくれ」とおっしゃってますが
旦那さん ...ちょ...そんなん、みな板場にまかしたるけぇ、板場の喜助にききなさい
お清 はい、さよでございますか...喜助どん
喜助 なんじゃ、お清
お清 昨晩お泊りになった大阪のお客様が「ちょうずまわせ」とおっしゃってますが
喜助 なにぃ? 何を回すて?
お清 「ちょうずをまわせ」とおっしゃってますが...
喜助 「ちょうずをまわす」? わしも長いこと板場やってるけど、「ちょうずをまわす」てな料理、作ったことないで... なんぞの間違いとちゃうか?
お清 せやけど、だんな様が喜助どんにいうたらわかるておっしゃって...
喜助 ああ、そうか... 旦那が知ってはる料理かもしれん...よっしゃ、わしが行って聞いてくるわ...

旦那さん
旦那さん ああ、喜助か
喜助 旦那さん、いまお清が、大阪のお客さんが「ちょうずをまわせ」いうておいでじゃ、ちゅうて来ましたけど...えぇ、お恥ずかしい話しですけど、わたい、十三のときから板場やってますが、未だに「ちょうずをまわす」てな料理、包丁持ったことおまへん。旦那さん、「ちょうずをまわす」て、いったいどんなもんでおます?
旦那さん ...お前も知らんか? 実はわたしにもわからん。いやいや、お前が知ってるかいなと思うて聞きにやらしたのやが、これは困ったなぁ...

あのお客さん、三日も滞在してくれるとおっしゃってはる、ええお客さんや。まして大阪のお方、分かりませんてなこと言うてみなはれ、「田舎の宿はこれやさかいにどんならん」と思われるのもけたくそ悪い。これは困った...

そうや、喜助、お前今から上の村の寺へ行てきてくれんかぇ?
喜助 ...お寺へ...何しに行きますので?
旦那さん お寺のお住持、なかなかの物知りじゃ。「大阪のお客さんが朝起きるなり、『ちょうずをまわせ』とおっしゃいましたが、どういうことでしょうか」いうて、お前ちょっと尋ねてきて欲しい
喜助 へっ、ほなら、ちょっと行ってきますわ...

和尚さん、和尚さんおいでまっか?
住職 はい、はい...ああ、これは丹波屋の喜助どん、お久しぶりやな...どうなされた、今日はえらい急(せ)いて...
喜助 へぇ、実は今日は、物知りの和尚さんにお知恵を貸していただきたいことがありまして...昨晩お越しになった大阪のお客様が、今朝起きるなり「ちょうずをまわせ」てなことを言わはったんです。お恥ずかしい話しだすが、主もわたいも女中も、お客様の言うてはることが皆目わかりまへん。主が申しますには、上の村のお師さん、なかなかに物知りやからきっと教えてくれはる、と申すんですがなぁ、「ちょうずをまわす」てどういうことですやろうか?
住職 ほうほう...なにかいな、大阪のお人が...「ちょうずをまわせ」...ほうほう、ちょっと待っておくれや...ちょうず、ちょうず...と...うむ! よっしゃよっしゃ、何でもないこっちゃ

喜助どん、「長い」という字を書いて「ちょう」と読みますな
喜助 へい、「ちょう」ですな
住職 「頭」という字を書いて「ず」と読みますな
喜助 へぇ、「ず」...ですなぁ
住職 「ちょうず」すなわち「長い頭」を回してくれと言うてはるのじゃ
喜助 ......な、何とおっしゃった?
住職 いやいや、何遍もいわしなや、人の話しはよう聞かんといかんで。「長い頭」を回してくれと言うてはるのじゃ
喜助 はぁはぁ...「長い頭」ねぇ...いや、なるほど、心当たりがおます。なるほど、大阪のお人は難しいもの言いしはりますなぁ、長い頭が見たいならそう言うてくれはったらええのに。おおきに、ありがとさんでした。またお礼にあがります。ほな、さいなら!

ええ、旦那さん、行てまいりました
旦那さん おぉっ、喜助、どうじゃったな?
喜助 さすがはお師さん、物知りでんなぁ。すぐに分かりましたわ
旦那さん なんじゃった?
喜助 旦那さん、「長い」という字を書いて「ちょう」て読みますな
旦那さん はぁはぁ、「ちょう」やな
喜助 「頭」という字を書いて「ず」と読みますな
旦那さん はぁはぁ、「ず」やなぁ
喜助 「ちょうず」すなわち「長い頭」を回してくれ、とこない言うてはるちゅうことですわ
旦那さん あぁ、なるほど、いや、これはよかった。ほたらお清に言うてさっそく長い頭を...ちょっと待ちなはれや、これ...うちに「長い頭」てなもの、あるかい?
喜助 旦那さん、実はわたいにちょっと心当たりがありますねん。旦那さん、隣村の市兵衛ちゅう男、ご存知おまへんかなぁ
旦那さん 隣村の...いや、そんなお人は知らんなぁ
喜助そうでおますか、いや、この男が近在で評判の長い頭で、へぇ。なんせ二尺の手ぬぐい (一尺は約30cm で頬かむりができん、ちゅうくらいの長い頭で。なんでしたらこの男を呼んできて、ここで頭、回させましょか?
旦那さん はっはぁーっ、分かった! あの大阪のお客さん、そのお人の評判をどこかで聞いてきはって、うちに泊まったのを幸いに土産に見ていこう、とこう思てはるのんじゃ。喜助、ごくろうやが、さっそくそのお人を呼んできておくれ!
喜助 承知いたしました!

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市兵衛 あの〜、旦那さん、さいぜん、喜助どんが呼びに来てくれましたんですけんども、なんぞわたくしにご用事ですやろか...
旦那さん あぁ、おまえさんが市兵衛さんか、よう来てくれた...ほほぅ、なるほど、長い頭やなぁ...いやいや、訳をいわな分からんけどな、実は大阪からお越しのお客さんが、お前さんのその、長い頭のことをお聞きになってな、旅の土産にぜひ見ていきたい、とこない言うてはるのじゃ。お礼はいかようにもさせてもらうでな、お前さんのその...長い頭...それ、お客さんの前で、こう...グルグルと、回してもらうわけには、いかんやろうか...
市兵衛 ああ、そんなことでやすか、いやいや、お安い御用でやす、へぇ。そんなことならあっちゃこっちゃでしょっちゅうやっておりますで、へぇ、心得てやす
旦那さん やっとくなさるか。おおきに、助かります
市兵衛 ところで、旦那さん、お客さんはどちらにお泊りで?
旦那さん おぉ、さっそくやっておくれか。これはありがたい。離れの方に泊まってはってな、さっきから庭先に出てお待ちじゃ。ごくろうやが、お願いしますで
市兵衛 承知いたしました。ほたら、ちょっと失礼いたします
大阪の客 どんならんな、田舎の宿屋は...顔を洗うだけに、いつまで待たす気や? ...(パンパンッ)これ、これ!
市兵衛 えー、お客さん、失礼いたします
大阪の客 え? おや、まあ、これはなんとも頭の長い人が入ってきたで...お前さん、なんじゃな?
市兵衛 へぇ...回しに、参りました
大阪の客 あぁ、お前さんが回してくれなさるのか。ほな、さっそく、回しておくなされ
市兵衛 へぇ、かしこまりました。ではさっそく(クルクルクル、クルクル)こないなもんで、どうでっしゃろ
大阪の客 ......何をしてんねん、この人は...早う、回しておくなされ
市兵衛 えぇっ!? もっと早うですか? では(グルグルグルグルグル...グルグルグルグル)...ハァ、ハァ、こ、こんなもんでどうでっしゃろ
大阪の客 いや、早うしてもらわんと、わたしはもう一時近くも待ってますのじゃ!
市兵衛 も、もっと早うですかぁ!? ...首がちぎれてしまうわ...では!(グルングルングルングルン...グルングルン...グルン)...こ...こんなもんで...ど...ど...
大阪の客 何じゃ、この人、かってに頭まわして伸びてしもうたで!? もうええ! 手水も使わしてもらえんような宿屋はどもならん! わしゃもう立つで!
旦那さん 喜助、「ちょうずをまわす」とは「長い頭を回す」ことではなさそうやで。あの大阪のお客さん、三日も逗留するちゅうてはったのに、えらい怒って立ってしまわはったがな。またあのお寺の坊主、何を教えやがったんじゃ...まぁ、すんでしもうたことは仕方がないとして、これから先、大阪のお客さんが来たときにまたこんなことになったら...これは困ったことになったで...
喜助 えぇ、それでしたら、こうしはったらどうでおます? 旦那さんが大阪にお越しになって、どこぞの宿にお泊りになってですな、朝方、宿のものに「ちょうずをまわせ」とこうおっしゃったら、すぐに分かると思いますが...
旦那さん なるほど! これはええとこに気がついた。善は急げじゃ。さっそく大阪へ行こう。おまはんも来てくれるか?
喜助 喜んでお供します!
  
まことに商売熱心なお方で、自分とこの宿をば臨時休業にして、大阪へやってまいりまして、あちこちを見物した上で、日本橋辺りに宿をとりました。さて、翌朝でございます。
  
喜助 旦那さん、おはようさんでございます
旦那さん おお、喜助か。おはようさん。わしゃ、今朝のことが楽しみで、ゆうべは一向に寝られなんだ。おまはんはどうや?
喜助 いやぁ、実はわたいも一睡もせずでんねん。
旦那さん ほな、さっそく頼もか?
喜助 そうですな、どんなものが出てくるか楽しみですな...へっへっへ
旦那さん ほな、いくで...(パンパン)こ、これ...お、お女中! いよいよやと思たら、こ、声が震えるがな...
女中 はい...お客様、えらいお早いお目覚めで、おはようございます。何かご用ですか
旦那さん ああ、すまんがな、ここへ...「ちょうずをまわして」...もらえませんかな?
女中 はい、かしこまりました。しばらくお待ちを
旦那さん ......いてしもうた...さすがは大坂の宿やな。主人に相談に行けへんがな
喜助 そうですなぁ。ほんに感心も得心もしましたわ
  
言うておりますところへ、お女中が戻ってまいりました。昔の赤がね、つまり銅ですな、ぴかぴかに磨き上げた赤がねの金だらいに湯をなみなみと張りまして、盆の上には房楊子 (昔の歯ブラシ) と歯磨き粉、塩が添えてあります。
  
女中 旦那様、こちらへ置かさしてもらいます
旦那さん さあ、喜助、「ちょうず」が届いたで...「長い頭」とえらい違いじゃ
喜助 ははぁ、さすがは大阪でおますな。立派な器が使うてますな
旦那さん 「うつわ」? これ、食べ物か?
喜助 いや、旦那さん、これは食べ物と言うよりは「飲み物」でおます
旦那さん 飲み物? はぁはぁ、飲み物なぁ...するとナニかいな、大阪のお人ちゅうものは、毎朝こんなもの飲んではるのかえ? この白い粉は?
喜助 塩ですな
旦那さん 何に使うんじゃ?
喜助 その中へ入れて、お好みで味付けに使いますので
旦那さん で、この、なんじゃツーンとにおう粉は?
喜助 これは洋風の薬味でやす
旦那さん で、この棒は?
喜助 それで、かき混ぜるんですがな
旦那さん へぇ...まあ、料理のことはおまはんが本職やさかいな...ほな、ちょっと頂いてみようか...喜助、いっぺん、作ってみておくれ
喜助 かしこまりました!
  
これからありったけの塩と歯磨き粉を湯の中に放り込み、房楊子でダーッとかき混ぜて...
  
喜助 どうぞ、お上がり
旦那さん な...なんじゃ、泡だって...どんぶり五杯分くらいあるで...ほ、ほな、よばれるわな...これ、ほんまに一人分か? ひょっとしたら残すかもしれんが、残ったらおまはん、飲んでくれるか?
喜助 そらもう、喜んでお相伴させていただきます!
旦那さん ほたら、いくで...

(ぐび、ぐび、ぐひ)、おぇっ...ぷぅ...(ぐびっ、ぐびびっ)うぷっ...(ぐび、ぐびびっ)...ぷふぁっ、あかん、喜助...こんなに残ってしもうた...おまはん、これ飲んで...
喜助 旦那さん、こないにぎょうさん残して頂きまして、ほな、いただきます!

(ぐび、ぐび、ぐひ)、おぇっ...ぷぅ...(ぐびっ、ぐびびっ)うぷっ...(ぐび、ぐびびっ)...ぷふぁっ...ぐぉぉぉ、ごちそうさまっ! ふぁぁ〜っ
女中 旦那さん、もう一つ、ここに置きます
旦那さん 喜助! また来たで!? もうわしはとても飲めん。おまはんに全部上げるで、どうぞお上がり
喜助 旦那さん、ゲフ...わ、わたい...今のでもう、腹がダボダボいうてます...と、とても...ウプッ...もう飲めしまへん...
旦那さん 弱ったなぁ...(パンパンッ)これ、お女中...

残った一杯はお昼に頂きます
  
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 「ところ変われば品変わる、品が変わらずにモノの名前が変わる」ことから起こった間違いを描いた噺で、『転失気』に通じる「知ったかぶり」の滑稽さも含んだ噺です。

 本当なら大阪と丹波の言葉の違いを出すべき噺なのですが、わたくしの力ではとても及びません。で、短くて分かりやすい噺なのに収録をためらっておりました。でも噺家さんもあまりその辺に気を配って演じているようにないので(主に笑福亭鶴光師匠の高座です。オールナイトニッポン、聞いてましたでー)、「ま、いっかー」のノリで公開します ^^;

 なお、この噺は『貝野村』という噺の後半部です。全体の粗筋を書くと...

 大阪のとあるお店の若旦那が、少し前に暇をとった丹波の貝野村から来ていた女中に恋患いで命が危ない。その娘を嫁にもらいうまでのゴタゴタが前半。後半は、若夫婦が訳あって貝野村へやってきて、若旦那が「手水を廻して」と云ったとき、意味が分からなくて、長い頭を回してしまう。あまりのことに「恥をかかされた」と怒った娘は若旦那を連れて大阪へ帰ってしまう。娘の父親はハタと困った。大阪に親戚ができたのに、またこんなことになっては貝野村の恥じゃ。そこで、父親とその使用人とふたりで大阪は日本橋の宿に泊り、そして上記のような事態に至るのである。

 このような内容なので、前半と後半は必ずしも互いに必要ではなく、それぞれ独立して演じられる場合が多いようです。いずれオリジナルの『貝野村』を取上げてみましょう。



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