東西落語特選

無精床



 江戸時代に「無精床」と渾名をとった床屋がございました。うちン中は掃き溜めみたいにゴミだらけンなって、クモの巣が張り放題。親方も小僧も、真っ昼間っから店の真ん中で大の字になって昼寝をしているてぇ、そりゃあひどい有り様で。何かの拍子にこんな店に飛び込んじまったお客なんてものはまったくいいツラの皮で...
  
こんちわ、親方...こんちわ、親方、いないのかい? こんちわ、こんちわ!
親方 ぅるせぇなぁ...こんちわ、こんちわって...いっぺん言ぃやぁわかるじゃあねぇか...何か用か!?
いや、悪いんだが、すぐやってもらいてぇんだが...
親方 すぐやる? ナニを?
頭をやってもらいてぇんで
親方 どこへ?
どこへって...おれぁ頭を荷造りしてどっかへ届けようってぇんじゃぁねぇよ、頭をこさえてもらいに来たんだよ
親方 頭をこさえる? そりゃぁだめだ。うちは人形作りじゃぁねぇから、頭なんざ作れねぇ
そうじゃねぇんだよ、つまり...どう言ゃあ分かるんだ
親方 どう聞きゃあ分かるんだ?
バカなこと言ってないで、つまり、髪を結い直して、いい男にしてもらいてぇんだ
親方 ......お前さん、そんな無茶言っちゃあ困るなぁ...そりゃぁ髪を結い直すってぇのはうちは商売だから、なんとかするが、いい男にするってぇのは、そいつぁ、ちょっと無理な注文だな。いゃぁ、その御面相じゃあなぁ、ちょいと請合いかねるなぁ
なんだい、たいそう口が悪いじゃねぇか。まぁ、いいや。こちとら急いでるんだ。とにかく髪を結ってもらいたいんだが、すぐやってもらえるかい?
親方 ...お前さん、客じゃないのかい? 銭、払うんだろう?
そりゃあ払うよ
親方 そんなら何も余計なことを言うこたぁねぇじゃぁねぇか。黙って入ってきて座れば、こっちは仕事にかかるんだ。それを、頭をこさえろ、の、いい男にしろ、のって無駄口ばかりきくからいけねぇんだ。昔っから、おしゃべりなやつに利口なやつがいたためしがねぇって言うけど、まったくだ
なんだよ、まっきり叱言(こごと)をいわれに来たようなもんだ。すぐやれるんだね?
親方 それが余計だって言うんだ。お前さんの他に客がいるかい? お前さん、頭だけじゃぁなくて、目までわりぃのかい?
そりゃあなんてぇひでぇ言い方だよ。じゃあ、さっそくやってもらうとして、髷はこのとおりに結ってもらいてぇんだ
親方 そりゃあ無理だ。このとおりってわけにゃあいかねぇ
なんでだよ、客のおれがこのとおりにしてくれって言ってんだから、その通りにしなよ
親方 そりゃ無理ってもんだ。結い直すからなぁ、どうしたってきれいになっちまう
あたりめぇだよ、つまりこういう形に結ってくれって言うんだよ
親方 そんなことは素人がいちいち指図しなくても、こっちに任せとけばいいんだ
ふっ、ああ言えばこう言う...たまんねぇなぁ...
親方 さぁ、始めるから、頭をこっちへよこしな...うぇっ、臭ぇ...頭の手入れがわりぃな。こんなんじゃ、女はできねぇな
大きなお世話だよ、ンなこたぁ...親方、そこに沸いてるやかん、それ、ちょっくら取ってくんねぇ
親方 やかんが沸いてる? バカ言うもんじゃねぇ。やかんが沸いたりするか。やかんの中の水が沸いてんだ。やかんが沸くわけがねぇ
うっかり口もきけねぇ...じゃぁ、そのやかんを取ってくんねぇ
親方 弁当でも食うのか?
弁当持って床屋へ来るやつがあるかぃ! 頭を湿すんだよ
親方 頭を湿す? そりゃあいけねぇや。いいか、昔から「頭寒足熱」と言ってな、頭は冷やしとかなきゃいけねぇものなんだ。悪いことはいわねぇから、水で冷やしな
水で?
親方 そうだ。お前さんの前にあるだろ
水が? おれの前の水...って言ったら、この水かい?
親方 それ以外に水かあるか?
あるか、ったって...おぃ、この水、えらく汚ねぇじゃぁねぇか
親方 ああ。そうだ
そんなこと請合ってどうすんだよ。いったいいつから汲んであるんだ? えらく古いように見えるぜ
親方 さぁ、いつからあるか...別に汲んだってぇわけじゃねぇけどな
汲んだんじゃなけりゃあ、いったいどうしたんだよ
親方 屋根が漏るもんだから...ひとりでに雨水が溜まったんだ
なんだよ、雨漏りか? 冗談じゃねぇ! ...おぃ、親方...中で赤いものがチラチラ、チラチラ動いてるんだが、ボウフラじゃぁねぇか?
親方 あぁ、ボウフラもずいぶん増えたなぁ...こないだまで、オタマジャクシがいたんだが、みんな脚が生えて、とんでっちまった
じょうだんじゃねぇや! こんなドブの水みたいなもんで頭が湿せるかい! そこに寝てる小僧を叩き起こして水を汲みにやりゃあいいじゃあねぇか!
親方 いや、そりゃあ困る。なにしろこいつぁ、ただでさえ大っ食らいでなぁ、水汲みなんて力仕事なんぞさせた日にゃぁ、どのくれぇ食うか底が知れやしねぇ。お前さん、そんなに新しい水が欲しいかい?
ぁたりめぇだ!
親方 じゃぁ、その小僧に朝飯と昼飯と晩飯をご馳走してやってくれ。それで腹いっぱいになって、「もう食えねぇ」てぇことになったらもう大丈夫だ。水汲みでもなんでもさせてやりな
おぃ! 冗談言うねぇ! 水汲むのに、なんで三度のおまんまおごらなきゃならねぇんでぇ!
親方 おめぇ、そうわがままばかり言うもんじゃぁねぇよ...しょうがねぇなぁ...じゃ、こうしな。そこんとこにある手桶、それ持って、この先一丁ばかり行ったところの豆腐屋の水を分けてもらいな。そこの水はいい水だから、そいつを汲んで、頭を湿すといいや。ついでに、おつけの実にするから、油揚げ、一枚買ってきてくれ
なんでおれが親方ンちの用足しまでしなきゃならねぇんだ! えぇ!? いってぇどこの誰が、頭を湿すのに、一丁も先に水汲みに行くってぇんだ!!
親方 ...そんなら黙ってその水で我慢しな
だって...ボウフラが湧いてんじゃぁねぇか!
親方 大丈夫だよ。うちのボウフラは質がいいから、食いついたりしねぇ
そりゃぁ食いつきゃしねぇだろうけど、気味が悪りぃじゃあねぇか
親方 その点はでぇじょうぶだ。そこのひしゃくで桶の縁を二、三べん、コンコンッと叩いてみな...ほら、ボウフラがスーッと下へ沈むだろ。そのスキをうかがって上の方の水をスッとすくってみな...心配すんねぇ。人間、やりゃあできる
へっ、おでれぇたねぇ...ボウフラのスキうかがいかい? じゃ、まぁ、やってみようか...このひしゃくでコンコン...なるほど、スーッと下へ沈まぁ。感心なもんだ
親方 そうだろ。そこまで仕込むにゃあ相当に骨が折れた
ウソつきやがれ! 骨折ってボウフラ仕込むやつなんぞいるもんか! あれ? 沈んでたボウフラが上がってきたぜ。もう一度叩いてみるか...コンコン...あ、また下がった...あぁ、上がって来た。コンコン...また沈んだ。へへっ、こいつぁ、面白れぇや!
親方 おぃおぃ、ボウフラと遊んでちゃいけねぇ。ボウフラが沈んだところで水をスッとすくって、そいつでもって頭を湿すんだ
そうだった。すっかり忘れてた。頭を湿すんだった。ひしゃくでコンコン...沈んだところを、スッと...あぁ、すくえた...のはいいが、うぁぁ...なんだ、この水!? こりゃぁ臭せぇや! ひでぇ臭いだね、どうも...う、うわぁ...なんかヌルヌルして...ひぇぇ〜...お、親方、なんとか湿した...早いとこ、やっちまってくんねぇ...こりゃぁたまんねぇや!
親方 グズグズ言ってねぇで、湿したらそこへ腰掛けるんだよ...おいおい、奴(やっこ)、起きろおきろ、仕事だ。しょうがねぇ小僧だなぁ。のべつ寝てやがらぁ...おい...おい、奴! ...あれ、この小僧、寝ぼけやがって、膳箱だしてどうしようってんだ、目をさましさえすりゃぁ飯を食うもんだと思ってやがる。飯じゃぁねぇ、客だ、客だ。たまにゃぁ生き物をやってみろ!
...おい、親方、いま何てった!? なんだい、その「生き物をやってみろ」ってぇのは? 頭は親方がやってくれンじゃねぇのかい!?
親方 あぁ、あっしもやるけどね、下剃りだけは小僧にやらせてやってくんな。なんせ、うちへ奉公に来て三年になるんだが、まだ生きた客の頭をあたったことがないんだ。かみそりをもってやかんのケツをガリガリやってるだけじゃ稽古にならねぇ。やっぱ本物の頭じゃなくっちゃ腕はあがらねぇんだ。そこいくと、おめぇさんの頭てぇものは、ちょうどいい具合に大ぶりで、稽古には持ってこいってぇもんだ。稽古頭てぇやつだ
おかしな事を言うな、稽古頭だなんて...おぃおぃ、大丈夫かい? 小僧さん、おめぇ、また恐ろしく高い足駄を履いてんなぁ...これじゃなきゃ背が届かない...あ、そう...どうでもいいけど、転ぶんじゃぁないよ。なにしろ刃物を持ってるってぇことを忘れんじゃぁないよ! うまくやっとれよ、いいかい、痛くねぇようにだよ...

そうだ、うん...うまい、うまいよ...こりゃぁいいや、ちっとも痛くねぇ。親方がうるさいだけあって、仕事はしっかりしてらぁ。ちっとも痛くねぇ。これじゃぁやってるかやってねぇか分からねぇくれぇだ...

ナニ? まだやってない? ...道理で痛くねぇと思った。

じゃぁ、始めるかい? ...いてぇ、いてて...おぅ、痛いよ! おい、ほんとにかみそりでやってんだろうな!? まさか、毛抜きで引っこ抜いちゃあいめぇな! お、おめぇ...いてっ...もうちょっと痛くねぇように...
親方 このバカ野郎! しっかりやらなきゃダメじゃねぇか! ブルブル震えたりしてやがって、そんなんじゃいい仕事はできねぇ。いいか、客の頭だと思うから震えるんだ。構わねぇからいつもやってるやかんのケツだと思って、思い切ってやれ!
お、親方、乱暴なことを言っちゃいけねぇ! この上思い切ってやられて堪るもんか! どうにも痛くってやりきれねぇ...親方、頼むから代わってくれ!
親方 ちぇっ、しょうがねぇなぁ...たまに仕事をやらようとすりゃあこのザマだ。だからいつまでたってもうまくならねぇんじゃぁねぇか。こっちへかみそりを貸してみろぃ...あれっ? おめぇ、こんなものでやってたのか? あきれた野郎だ。こんなモノで切れるわけがねぇだろう!? こりゃぁあがっちまったかみそりじゃぁねぇか。

さっきこれで足駄の歯を削ったろうが!
おぃおぃ、ひでぇことをするじゃぁねぇか。足駄の歯を削ったやつで頭をやられた日にゃぁたまったもんじゃぁねぇ
親方 お客さん、小僧のやったことだ。大人げねぇことは言いっこなしだよ。ま、気を悪くしねぇで、勘弁してやってくんねぇ。

おい、奴! よく見てろ! 仕事ってぇものは気を大きく持ってやらなくっちゃぁいけねぇ。いいか、他人の頭だ。少しくれぇ切ったって痛かねぇってぇ気持ちでやれ、いいか! てめぇなんざ、ブルブル震えながらやってっからろくな仕事ができゃしねぇ。見てろよ。だいたい、頭なんてぇものは...あれ? あぁ、奴、悪かった、こりゃぁひでぇ頭だ。大きいから稽古台にちょうどいいと思ったが、とんでもねぇ。地がブヨブヨしてらぁ...いいか、奴、こういう頭はコンニャク頭といってな、めったにねぇくれぇドジな頭で、一番やり難いんだ
なんだい、親方、人の頭をつかまえてドジだなんて言い草があるかよ
親方 こういう頭も修行だ。いいか、てめぇはかみそりを立てるからいけねぇ。立てりゃあどうしたって、こう...やってバリバリと引っかかる
いててて、痛てぇじゃぁねぇか! 親方、いまわざと引っかけたろぅ! おれの頭で稽古されちゃぁたまんねぇや!
親方 お客さん、おめぇさんも痛てぇ、痛てぇつてうるさいねぇ。人間、辛抱ができないようじゃぁ、出世できねぇぜ。いくさへでも行ったつもりになって、命懸けでがんばりな
床屋へ来て命懸けなんぞなれるか!

もう少し痛くないようにやっておくれよ!
親方わかった、わかった...もうちょいとの辛抱だよ、じきに慣れる...おい、奴、おめぇどこ見てんだ? いいか、こっちを見てろ。こうやってかみそりを寝かして、こう、スーッと...おめぇ、いったいどこ見てるんだ? ナニ、表に角兵衛獅子 (かくぺじし:大道芸の一種。ちょいと昔のテレビ時代劇にはちょぃちょぃ出て来たが、子供が小さな獅子頭を被って、曲芸を披露し、銭をもらう) が来た? 何が来たっていいじゃぁねぇか。こっちを見ろ、こっちを。おれの手元だよ、手元。まだ表ェ見てやがる。そっちじゃぁねぇ! おれの手元だってのに...コンチクショウ!
いて、ててて...ああ、痛てぇ!

いやだっ! もう止めた!

おれァ、止めたよ! 親方、小僧に叱言を言いながらおれの頭を殴るたぁひでぇじゃぁねぇか!
親方 いゃぁ、すまねぇ、どうも...あのやろう、いくら言っても表ばかり見てやがるもんでね、張り倒してやろうと思ったんだが、手が届かねぇもんだから、つい、近間で間にあわしちまった...
冗談言うなよ! 間に合わせでぶん殴られて堪るか... おぃおぃ、やけに痛くってたまんねぇ...あれ? あ、血だ...親方、血が流れて来たぜ!
親方、おめぇ、頭ァ、切ったな!?
親方 どれどれ、血が流れてる? おお、やった、やった
やったじゃねぇや! 情けねぇことになっちゃった、

医者呼んでくれぇ〜...
親方 なぁに、それほどのことじゃぁねぇ、安心しな。縫うほどのこたぁねぇから
  
  
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 別名『けんつく床』

 江戸時代の床屋は結構人が集まる場所で、例えば『崇徳院』なんてぇ噺では、「若旦那がひと目ぼれしたどこの誰とも分からないお嬢さんを探すのに、出入りの頭が、人寄り場所で聞き込みをしようと、床屋と湯屋を梯子して、頭がツンツルテンになった」というエピソードが出てくる。江戸っ子はオシャレだったから、床屋と湯屋は繁盛していたのだ。

 この「床屋」という表現、今では「いけない」表現なのだそうだ。「目の見えない人」「耳の聞こえない人」「脚の悪い人」を指す言葉が差別用語として排斥されて久しい。これらは確かに差別的ニュアンスで使われることが多い言葉だった。しかし、床屋もそうなんだろうか。どうも花屋は「生花店」、魚屋は「鮮魚店」(八百屋は...なんてぇんだろう?)などなど、「ちゃんとした」呼び名ができてるようだ。

 というのが、あるラジオ番組で、新人アナが「休みの日に床屋さんへ行って...」をなんども繰り返したところ、その番組の司会者のベテランアナが「新人ですので勘弁してやってください。理髪店、理容店と言うべきところを...」などとわざわざ謝ったのだ。そういえば、以前、東南アジアに単身赴任している商社員が電話出演して現地の生活を紹介したときにも、「食事のしたくは女中がやってくれますから...」と言ったら、電話の後で、「不適切な表現がありました。メイドと言うべきところでしたね」などと、同じく司会者が謝罪していた。

 こう考えてみるてぇと、落語なんてぇものは「不適切な表現」で「固まっちゃってる」と言える。筒井康隆氏が『虚構船団』などの表現についてさんざっぱら文句を言われ、ついに爆発して(今様の表現では「キレて」というのだろうが、ヤな言葉だ)一時筆を折ってしまったが、例えば『フグ鍋』なんて噺は、

    旦那と幇間が、「フグは食いたし、命は惜しい」というわけで、乞食に試し食いをさせ、そいつが死ななかったら安心して食おう


という内容で、オチでしっぺ返しを食うので、救われるが、途中は人権派のみなさんのヒンシュクを買うこと必至である。ま、そのうちメゲずに登録しますが...

 ついでに...「咄」という字、「はなし」と読みます。歴史的に見ると、「噺」より「咄」が古いようで、さて、どう区別して使うべきか...うちでは「噺」に統一しいてます。



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