時うどん



 物売りにはそれぞれ売り声というものがございます。竿竹売りは「さーおやー、さおだけ」と長く伸ばしてございますな。これが「さおだけっ、さおっ」てな、せわしない売り声ではどうも具合が悪うございます。

 売り声にはそれぞれ季節感というものがございます。金魚売てなものは夏のもんですな。「き〜んぎょ〜ぇ、金魚」ああ、夏やなぁ、という気がいたします。

 一方、冬の売り声の代表といえばうどん屋さんですな。「うど〜んや〜ぇ、おそば」


 何も言うことはない、有名な噺である。上方では「時うどん」これが江戸では「時そば」となる。

 江戸時代の時刻の数え方について。当時は約二時間を「一とき」として計時していた。正午が「九つ」で二時間毎に八つ、七つ、18:00が六つで20:00が五つ、22:00が四つ、午前0時がまた「九つ」で二時間毎にまた数が減っていくというシステムであった。従って、最初にうどんを食べた「九つ」は午前0時頃、翌日喜六が食べた「四つ」は午後十〜十一時であったということだ。ほんの一時間の違いで大きく違う

 さて、この「時うどん」は桂枝雀の高座の録音をベースにしている。枝雀というひとは凄い噺家で、「百年前後も昔に作られた噺を現代人に理解できるようにリフォームする」という困難な作業を師匠の米朝譲りの知的アプローチで(ただし、方法手段はそうとうに違うが...)見事に成し遂げている希有の噺家である。ただ、彼の高座を文書にすると、どうも具合が悪い。彼独特の「連呼」が、文字メディアにそぐわないのだ。

などというフレーズが随所に出てきて、それが独特のリズムを以って観客を巻き込んでいくのだが、それをそのまま文章にすると...妙なのである。この辺が話芸の話芸たる所以だろう。

 というわけで、枝雀の録音は数々持っているのだが、なかなか紹介することが出来ない。残念である。

『時うどん』の歴史
原話は『軽口初笑』(1726年)にある。上方の『時うどん』が明治時代に三代目柳家小さんが東京に移植して『時そば』となった。

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